ただお前と馬鹿なことやりたい、それだけの話   作:迷探偵

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第1話

悪神は倒された。

かくして世界に平和が訪れ、認知世界は消え、怪盗団は日常へと戻っていく。

自分はといえば、地元に帰るために仲間に見送られながら電車に乗る。

またね

元気でな

さようなら

かけられる言葉1つ1つに返事を返し、扉が閉まっても手を振る仲間に自分も手を振り返す。

さようなら

また会おう

別に今生の別れではない。また近いうちに会えるのだ………覚えられているかは別として。

やがて電車が発車し、仲間達の姿が見えなくなってきた頃、適当に空いてる席を見つけて座る。

カバンの中の黒猫はここで声を出すとマズイと理解してか、ずいぶん静かだ。カバン越しに撫でて、じんわりと僅かに伝わってくる温度に安堵する。

そのうちウトウトと瞼が重くなり、微睡むように眠りに落ちる。

『なんで、あと数年早く出会わなかったんだろうね、蓮…』

ああ、そうだな。俺もそう思うよ。

隔壁の向こうに消えて行った言葉に同意して、ブツリと意識が途切れた。

 

 

 

 

****

 

雨宮蓮が祖父母の家にやってきたのは、中学校に上がる直前だった。

小学校の卒業式を控えたある晩、なんの前触れもなく高熱を出して倒れたのである。さらにタイミングが悪いことに、どこからか風邪をもらってきてそれが悪化し、1週間も寝込んだ。卒業式には出られなかった。

共働きの両親は、また怪我や病気になっても看病できないことと、どちらも出張することを理由に父方の祖父母の家へ蓮を預けることにした。

小学校を卒業し、中学校にまだ入学していないタイミングだったので、蓮はそのまま八十神中学校に入学することになった。

ガタンゴトンと電車の音が聞こえる。

いつもなら東京行きの電車に揺られているのだが、何故か今回は八十稲羽という聞いたこともない場所行きの電車に乗っていた。

高熱を出したあの晩、蓮は未来ともいうべき高校2年生から1年間のことを思い出した。

風邪は本当になんで罹ったのかはわからないが、あの高熱が記憶を思い出すキッカケだったのではと考えている。

いつもは実家へ帰る電車に揺られ、いつの間にか1年前の東京行きの電車に乗っているというのが常だったので、正直蓮も困惑していた。

何故5年前なのかも不明であるが、今なら罪を犯す前の彼と出会えるのでは?と浮かれたのも束の間、祖父母の家に預けられることになった時の気持ちを想像してほしい。そもそも彼が5年前にどこに住んでいたのかも知らないが。

『次は〜、八十稲羽〜…八十稲羽〜…』

いないだろうなぁ……なんて考えながら電車を降り、両親のメモを頼りに祖父母の家までの道のりを歩く。

慣れない地形に悪戦苦闘し、人に聞きながらもやっと着いた祖父母の家をぼんやりと眺める。

和風建築で、表札には『雨宮』と掘られていた。間違いなくここだろう。しばらく厄介になる家を見上げていると、誰かが近づいてくる気配がする。

そちらに目を向けると、同世代くらいの少年が歩いていた。だが蓮の目を惹いたのはその少年の容姿だった。

少し長めの栗色の髪、髪と同じ色の瞳。

とても整った顔立ちで、なるほど未来で探偵王子と呼ばれるのも頷ける容姿だ。

傍から見れば普通に歩いているが、蓮は違う感想を抱いた。

───つまんなそうにしてるな。

記憶より少し幼さが残るその少年から目が離せないでいると、向こうもこちらに気づいたのか伏せていた目線を上げる。視線が絡まり、数秒。

怪訝な顔をしていた少年が、何かに気づいたように視線を動かす。視線の先を追うと、祖父母の家の表札を見ていた。

『雨宮』と掘られた表札は先程とは何も変わっていないが、目の前の少年はそれで何か答えを得たらしい。

「……雨宮蓮?」

ふは、と笑いが込み上げる。

なんてところにいるんだ、アンタは。

どうやら怪盗として培ってきた勘は、今回は外れたらしい。

「また会ったな、明智」

あと数年早く出会えていたら。

そう言っていたのは彼の方なのに、本人は苦虫を噛み潰したような顔をしていた。

 

 

 

****

 

明智吾郎がそれを思い出したのは熱に魘されていた時、自宅としていた施設でのことだった。

自分の犯した罪から最期まで、キッチリ全てを思い出した明智は困惑した。死んだはずなのに何故生きているのかと。

熱で茹だる頭では考えは纏まらず、まず回復に専念しようとひたすら寝ると3日で完治した。体になんの異常もないことを確認してからの行動は早かった。

ここはどこか、今はいつか、そして鏡を見てわかったのだが何故か縮んでいる──探偵とは縮む運命なのか?

ここは幼い頃から住んでいた施設で、今は信じられないことに約5年前。縮んでいるのも当たり前だ、なにせ今の明智は中学校2年生になろうとしていた。

そして一通り調べ終わった後、明智がとった行動は

 

完璧な猫かぶりで養子にしてくれる人を探すことだった。

 

施設ではなかなか自由に調べ物ができず、まず施設を出て自由に調べ物ができる環境を作ることが良いと考えたのだ。何を調べてるって、もちろん実の父親の不正や、片手間程度に人探しである。

やがて猫かぶりに騙さ……目を止めて、是非にと言ってくれる夫婦に引き取られていった。

その夫婦の住まう場所が、八十稲羽だった。

「また会ったな、明智」

憎くて、恨めしくて、憧れて、嫉妬して。

かつてこの手で亡き者にしようとしたアイツがそこにいた。

確かに何年か前に出会えていたら、と切望したのは自分だし、探してもいたが、まさかこんなド田舎で出会うなんて思わなかった。

思わず顔を思い切り顰めた。

 

 

 

 

 

****

 

感動(?)の再会から一夜明け。

明智と蓮は朝から神社にいた。

結局あの後は祖父母に挨拶、荷解きとやることがある蓮が話し合う時間を取れなかった。

なので今日、わざわざ明智が迎えに行ったのだ。完璧な笑顔と共に蓮の友人だと名乗れば、蓮の祖父母は喜んで孫を外に送り出した。

「なるほど?つまり君が思い出したのは1、2週間前なんだ。僕は2ヶ月前かな」

「そうか」

「……そうかって、君、気にならないのか?何故こんな現象が起きているのか、何故二人で思い出した時期に差があるのか」

「そういうのは気にするだけ無駄というか、調べてもわからないからな」

そう言うと蓮は眠たげに大きな欠伸を1つした。昨夜は荷解きに思いの外時間がかかってよく眠れなかったのだ。

蓮は経験則から言ったのだが、明智は納得していないらしい。

「それより明智、お前まだ人殺してないよな?」

それよりってなんだ、それよりって。

大体そんなことを聞いてくるなんて、デリカシーの欠片もない奴だな。など、蓮には言いたいことは山程あったが。

嘘は許さないとばかりに真っ直ぐ明智を見るものだから、居心地が悪くなってしょうがなく答えることにした。

「殺してないし、ペルソナも覚醒してない。それでも僕が人殺しなのは変わらないけど、」

「それでも、今殺してないならやりようはいくらでもある。生きて、償うんだ。生きているから、償えるんだ」

「…………」

なんだこいつ。と、思っているのがありありとわかる顔をする明智に苦笑する蓮。

「明智の言う通り、過去に戻ろうがお前がやってしまったことは変わらない。だけど、やり直せるんだ。今度は、って思うのはいけないことじゃないだろ?」

「……今度こそ、とは思わないのか?」

「ないな、もうお前は獅童に復讐するにしてもあんな方法はとらないよ」

まるでそうであってほしいと祈るかのように即答を返す蓮に明智は顔を顰めた。

事実、獅童に対する恨みは変わらずあれど、誰かを殺す手段はするつもりがないのだが、それを蓮に間髪入れず見抜かれたのが不服だった。

「知ったような口ききやがって」

「知っているからな」

なんなんだ、こいつは。

さっきから落ち着き過ぎていないか?

先程の「調べてもわからない」という発言といい、慌てた様子がないし、まるで無意味だということを知っているかのようだ。明智は同じく『前回』の記憶を持った蓮が目の前に現れた時、それはもう驚いたのに、蓮にはそのような様子がない…明智のように表情に出ないだけかもしれないが。

肝が据わってるとかそういう次元じゃない、もっとなにか、そう、まるで老人と話しているような───。

そう考え込んでいると、視界にヒラヒラと手が映り込む。

「なあ、明智。聞きたいことがあるんだが」

「………」

「明智?おーい」

「…なに」

「お前、どこまで知ってる?」

「は?」

ヒラヒラと明智の目の前で手を振る蓮の言葉の意図が分からず聞き返す。

「『前回』のこと、どこまで覚えてる?」

「……獅童のパレスで、死んだところまでだけど」

「なるほど…じゃあ、明智から見て『俺』ってどんな奴だった?」

「さっきからなんなんだ、それを聞いてどうする」

「俺にとっては大事なことだ。無口だったとか、暗いやつだったとか、なんでもいいんだ…頼む、聞かせてくれ」

何故そうまでして聞きたいのか、明智にはわからない。わからないが……そこまで言うなら、彼にとって大事なことなんだろう。

それなら、遠慮なく、思いのまま、言わせてもらおう。

「お人好しの甘ったれ」

「………」

「困ってる人を放っておけないし、自分から厄介事に首突っ込んで痛い目見て、それでもやめない偽善者。どんな逆境でも諦めない馬鹿。口数は多くないけど無口というほどでもなかったね。暗いやつでもなかった。いつも何事にも一生懸命だったよ」

「……そうか」

フッと笑った蓮に、嫌味は通じているのだろうか。それとも、通じているからこそ笑っているのだろうか。

「それで?」

「ん?」

「それを聞いて、何がわかったんだい?」

「わかったことはある。が、お前に言ってもしょうがないことだから」

「あ"?」

馬鹿にされたようなので蓮の胸倉を掴もうとするが、するりと避けられる。明智は大きな舌打ちをして、もう一度胸倉を掴もうと…

「なあ明智、俺と友達になろう」

……したところで、ピタリと体を止めた。

今、目の前にいる男は、なんと言った?

確か直前に人のこと馬鹿にしておいて、それで友達になろうって?

俺と?お前を殺そうと、認知のお前とはいえ蓮を殺した俺と?友達に?

───馬鹿にしてるのか。してたな。

「テメェ馬鹿にしてんのか」

「まさか。本心からの言葉だ」

「馬鹿にされた直後に友達になろうなんて言われてもなるわけないだろ」

「馬鹿に……?」

「『言ってもしょうがないことだから』って言っただろうが」

「ああ、あれは…本当に、言ってもどうしようもできないんだ。言ったからといって現状が変わる訳でも、なにかヒントが得られる訳でもない」

「じゃあなんで聞いてきたんだ」

「言っても混乱するだけだし、聞かない方がいいぞ?」

そこまで言われたら、むしろ聞きたくなるのが人のサガである。明智は今度こそ蓮の胸倉をガッシリ掴み、真正面からその灰色の目を睨みつけた。

「言え、お友達ごっこはそれから考えてやる」

「………」

正面から見てる分、いつもより蓮の顔がよく見え、その目に色んな感情が乗っているのが見えた。

迷い、戸惑い、少しの諦念。

たっぷり数十秒考え込み、蓮は努めて簡単なことを言うように笑ってみせた。

「『前回』の記憶を持って時間を遡るのは、俺はこれが初めてじゃないってだけ」

その言葉に明智は最初、どういう意味かわからなかった。ゆっくり、噛み砕いて、それが言葉の通りだと気づいた時、息が止まるかと思うほど衝撃を受けた。

正しく、その時明智に電流走る、という衝撃だった。この現象を調べてもわからないと言われたことも、納得した。きっと自分でも調べたことがあるのだろう、そして無駄だったのだ。

しかし、それがさっきの質問とどう関係しているのかはわからなかった。

「……いろいろ聞きたいことはあるが、まずそれが聞いてきたことと何か関係があるのか」

「どの時期の明智かな〜って」

「わかるように話せ、お前そんなにコミュ障だったか?」

「……なんて言えば伝わるか…」

ポツリ、ポツリと、慎重に言葉を選びながら蓮は話し出す。明智は一言一句その言葉に隠された意味も逃さぬよう、静かに耳を傾けた。

「戻されるんだ、どうやっても。……お前が死んでから、色々あったけど地元に戻ることになって。地元に戻る電車に乗ると、いつの間にか時間が戻ってるんだ……俺が保護観察で東京に行くための電車に」

「………」

「何度か繰り返すうちに、疲れてきて。最近の俺は、お世辞にもお前の言う『何事にも一生懸命な俺』じゃなかったから……ああ、比較的最初の方の周回の明智なんだなぁって」

「きっと最近の周回の明智に聞いたら、真反対の印象が聞けると思う」と、淡々と語る蓮は……本人が言うように、とても疲れているように見えた。

知らず力を込めていた胸倉を掴む手をそっと外し、蓮を解放する。

どう反応していいやら、わからなかった。

蓮も反応を期待していなかったのだろう、軽く咳き込むと何事もなかったかのように「な、明智にはどうしようもないことだっただろ?」と明るく宣う。

……それが、これ以上なく不愉快だった。

胸倉を掴んでいた手を握り閉めて、蓮のボディに拳を捻り込む。顔ではなくボディというところがまた明智らしいところではあった。

「……っが、ぁ…!」

「ヘラヘラすんな、吐き気がする」

地面に倒れ蹲る蓮に、明智は憎々しげに吐き捨てた。痛みで涙が浮かぶ目で、明智を睨み上げる蓮に、明智も睨み返した。

両者一歩も引かない睨み合いの末……蓮は、知らず知らず涙をポロポロと流していた。

嗚咽を漏らし、拭っても拭っても流れ続ける涙に、明智は世話の焼ける奴だと溜め息をついた。

蓮の話が本当かどうかはわからない。確かめようもないし、明智には蓮曰く『最初の方の周回』の記憶しかない。

しかし、本当だとしたら、それは……なんて残酷な話だろう。同じ1年を繰り返すなんて、そんなの正気でいられない。

ヘラヘラ笑っていられるはずがないのだ。

痛みから泣いていた蓮は、だんだん今まで泣かなかった分を取り戻すかのように涙を零し続けた。泣き叫ばないのは、意地だろうか。

しかし泣かせておいてなんだが、こういう時は背中でも摩るべきだろうか。考えた末、明智はただ隣で蓮が泣き止むのを待つことにした。

しばらくすると、目を真っ赤に腫らした蓮が口を開いた。

「…久しぶりに泣いたらスッキリした」

「あんだけ泣けばな」

「お前ちょっとやり方が強引過ぎないか?」

「またその貼っつけたようなニヤケ顔晒したらぶん殴ってやるよ」

「……明智には…言われたくないな」

余計な言葉が聞こえたので蓮の頭を叩いた。涙は相変わらず流れてるし、お世辞にも綺麗とは言い難いが、さっきよりはマシな笑顔だった。

「なあ、明智。やっぱり友達になろう」

「お前ドMなの?」

「いや、本当はずっと、お前と友達になりたかったんだ。探偵王子のお前でもいいけどさ、素のお前と、ちゃんと友達になりたかった」

「……いいのかよ、俺で」

「うん」

そこに含まれるものに気づいて、また明智はそれはそれは長い溜め息を吐き出した。

「勝手にすれば」と言ったのは、彼への負い目があったから。でもとても嬉しそうに喜ぶ蓮を見てまた溜め息をついたのだった。

 

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