ただお前と馬鹿なことやりたい、それだけの話   作:迷探偵

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第2話

「明智ー」

「………」

「明智ーー」

「……」

「あーけー」

「……なんだい」

「おはよう明智」

「おはよう、あと先輩付けてね」

明智は辟易していた。何にって、今まさに隣に立って一緒に登校する構えを見せている男に。

どこから聞きつけたのか明智が世話になっている家に遊びにくるし、逆に自分の家に誘ってくるし、登下校の際も見かけたら駆け寄ってくる。

遊ぶといっても、スマホもゲーム機も互いに持っていないため、やってることは課題をこなしたり無駄話をするだけなのだが。

最初は何が目的だと勘ぐったりもしたのだが、すぐにやめた。蓮が友達になろうと言っていたのを思い出したからだ。

こいつは友達になろうとしてる。俺なんかと。そう思うと変に勘ぐるのは馬鹿馬鹿しく思えた。

以前の自分には、友達と呼べるような間柄の人間はいなかった。唯一それに近いものがあったのが蓮だったのだが、それさえ友達だからというより怪盗団に近付いて情報を得るためという打算にまみれたものだ。

それなのに。なんで、こいつは。

「明智、今日カレー作るんだが食べに来ないか?」

「本当は?」

「課題手伝ってくれ」

「なんで高校の問題はスラスラ解けるのに中学校の問題はつまづくのかな……」

「で、来るか?コーヒーも付けるぞ」

「……行こうかな」

………カレーとコーヒーに釣られる俺も大概馬鹿かもしれない。今更ながらに明智はそう気づいた。

「うわっ!」

ドタン!と転ぶ音がして目を向けると、男性が倒れて、手に持っていたビニール袋からコーラらしきものが転がり出ていたところだった。

明智は咄嗟に自分の近くまで転がったコーラを手に取り、蓮は男性に近寄って声を掛けていた。

「大丈夫ですか?」

「大丈夫、ありがとうね」

蓮の手を借りて立ち上がった男性は恥ずかしそうにしていたが、見たところ怪我はなさそうだ。

明智がコーラを渡すと、「君もありがとう」とニッコリ礼を言われた。

「開ける時気をつけてくださいね」

「ゲッそうだった……あはは、ありがとう…君達学校だろ?気をつけて行ってらっしゃい」

引きつった顔をしながら男性は明智と蓮を見送ってくれた。さて学校に行こうと歩き出すとすぐ、蓮が止まった。

「蓮?」

「……なんでもない」

顔が、青い。少し具合が悪そうだ。

さっきまで普通にしてたのに突然どうしたのだろうか。いや、だからどうした。本人がなんでもないと言っているのだから放っておけばいい。

放って、先に行けばいい。

「……馬鹿が移ったか」

「明智?」

「こっち、ベンチがあるから。少し休もう」

「いや、明智は先に行っててくれ」

「いいから」

腕を掴んで強引にベンチまで連れていけば、蓮は観念したかのように大人しく座った。明智に苦笑を向けている。

「少し眩暈がしただけだ、すぐ治る」

ふと、思い出した。

怪盗団を嵌めるために一緒に行動していた時、蓮が「大丈夫」と言っていても心配していた蓮の仲間達。それを少し離れたところから冷めた目で見る明智。

あの時の自分は……羨ましかったんだと、思う。

心配してくれる仲間に囲まれて、正義のヒーローみたいな怪盗団のリーダーしてて。明智と同じ獅童に人生狂わされて、周りに厄介者扱いされて、なのに、こいつは。

「……」

「ほら、もう大丈夫だ」

そう言った蓮の顔色は、もう元通りになっていた。そう確認すると、明智は歩き出す。

「ありがとうな、明智」

その言葉には、舌打ちで返した。

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

それはゴールデンウィーク2日目のこと。

明智の自宅に一本の電話がかかってきた。

「吾郎、雨宮さんよ」と手渡された受話器に、蓮なのに家電にかけてくるのは珍しいなと電話に出ると、それは蓮ではなく蓮の祖母からだった。

「え……蓮が?」

『そうなのよ、そっちにお邪魔してないかしら』

「いえ、来てませんが…」

『あら、どこ行っちゃったのかしら……。あの子、泊まりに行く時は必ず連絡入れてたのに……ごめんなさいね、ありがとう。他を当たってみるわ』

「いえ…あの、僕も探してみるので、詳しく教えてもらえますか?」

しばらく話し、ピッと通話終了して思考を巡らせる。

蓮が昨日の昼から帰っていない。正確には、昨日の朝に見たきりいなくなってしまった。祖父母と朝食を一緒に食べて、昼食を食べようと探したところいなくなっていた。靴は全部揃っている、家には屋根裏まで探してもいない。

最近この平和だけが取り柄の町には、物騒な事件が続いている。殺人が2件、誘拐が1件、誘拐は被害者が帰ってきたらしいが。

それもあって蓮の祖母は電話越しでもわかるほど不安そうにしていた。今日帰って来なかったら警察に捜索願を出すそうだ。

あの馬鹿、何かに巻き込まれてないだろうな…。

「あら、どこ行くの?」

「ちょっと町中歩いてきます」

「気をつけて、いってらっしゃい」

「………い、いってきます…」

気恥ずかしくて走って家を飛び出した。

あの挨拶には、まだ当分慣れそうにない。

 

 

歩いて歩いて、時々人に尋ねて、あらかた町は見て回った。疲れたが、収穫はあった。

「クソッ……どこ行った」

少なくとも蓮は外には出ていない。

町中や学校まで見てきたが姿は見えず、目撃者もいない。靴も揃ってたというし、外に出た可能性は限りなく低い。裸足で出たらそれこそ人目を惹くだろう。

じゃあ家の中、いや違う。祖父母が家中探して見つからなかったのならいない。蓮の性格からしてどこかに隠れているイタズラという線もない。

じゃあどこにいる?まるで家の中で忽然と消えたような……。

歩きながら考えていたのがいけなかったのだろう、ドンッと誰かとぶつかってしまい、明智は尻もちをついた。

「うわっ」

「大丈夫か?ぶつかってすまない」

「いえ、大丈夫です……」

見上げると、高校生くらいだろうか。灰色の髪の男性がこちらに手を差し伸べていた。それを取らずに自力で立ち上がる。男性の連れだろうか、男女がこちらをみている…今日聞き込みをしてない人達だ。

可能性は低いとわかっていても、一応聞いてみることにした。

「あの、今日黒髪の癖毛の男子見ませんでしたか?身長は僕くらいなんですけど」

「うーん…俺は見てないな、皆は?」

「俺らも見てないぜ、人探しか?」

「今朝から連絡つかなくて…町中探したんですけどいなくて。最近物騒でしょう?心配なんです…」

ピリッと空気が張り詰めた気配がした。

この空気は知ってる。何か知っている、もしくは心当たりがある時のものだ。ようやく引けたビンゴに笑いたくなるのを必死に抑えた。

「あの、何か心当たりありませんか?」

「えっ!?えーと……」

「ごめんなさい、知らないの。見たら探してる事伝えるわ」

「…そうですか、ありがとうございます」

茶髪の女性が言い淀むのを、黒髪の女性がフォローした。しかしここで食い下がっても意味はない。この人達が蓮の行方を知っている確たる証拠もないのだ。明智が疑っているのは、いわば勘であった。

「僕はゴールデンウィーク中はこの河原付近で聞き込みしてるので、何か思い出したら教えてください」

「ああ、わかった」

灰色の髪の男性一行とはそこで別れた。

その日はあまり眠れなかった。

翌日、言葉通り昼頃まで河原付近で聞き込みをしていた明智に、話しかけてくる人がいた。

昨日の、灰色の髪の男性だ。

やっと来たか、という本心は隠してこんにちは、と挨拶した。

「昨日言ってた友達のことなんだけど、もう少し教えてほしい。なんでもいいんだ、こんな性格だとか興味のあったこととか、あと名前とか」

なんか最近似たような問答したな。

「ええと…名前は雨宮蓮で、性格はお人好しです。困ってる人を放っておかない、根っからの善人。どんな逆境でも諦めず自分の正しいと思ったことをする自由人。だから何か事件に巻き込まれてないといいんですが。興味のあったこと……こ、コーヒーとカレーとか…?」

今更ながらに蓮の趣味も知らないことに気付いた。だからといって蓮=コーヒーとカレーは酷いと自分でも思う。

「コーヒーとカレー?」

「彼のコーヒーとカレー、美味しいんですよ。弛まぬ努力の成果です」

それは事実だった。蓮の最初のコーヒーなんて、苦すぎて飲めたもんじゃなかった(飲んだ)が、回数を重ねるごとにどんどん成長する様はなかなか面白かった。最近では振る舞う人によって豆の配合を微妙に変えてるらしい。おかげで蓮の祖父母や明智の義両親はすっかりコーヒーにハマっていた。

カレーも、最初こそ激辛カレーを作りがちだったが、今では夕食がカレーの日は明智もご相伴に預かっている。これがまたコーヒーと合うのだ。聞いた話だと、昔の周回でルブランのマスターの免許皆伝を何度ももらっているので、今はそれを元に独自のカレーを模索中なのだそうだ。

「僕が知ってるのはこれくらいです、役に立ちそうですか?」

「ああ、もちろん。俺も積極的に探してみるよ、じゃあ」

「──そうは、させませんよ?」

去ろうとする背中をガシッと捕まえる。

ギョッと目を剥く灰色の目に、ニコリと微笑みかけてやる。

「心当たりがあるなら、連れていってください」

灰色の髪の男性─鳴上悠に連れられてきたのは、ジュネスというデパートだった。鳴上は迷いなくエレベーターに進み、屋上階のボタンを押す。しばらく待つと、屋上のフードコートの一角の机に、昨日見た男女が座っているのが見えた。

「ん、鳴上どうだった……って、昨日の」

「なんでここに?」

「心当たりがあるなら連れていかないと誘拐犯として通報するって言われて…」

実際は通報したところで証拠不十分でなんのお咎めもなく解放されるだろうが、思った以上に効果的だったらしい。

何か警察沙汰になると不都合なことがあるのだろうか。ボンヤリと静観していると、茶髪の男性が話しかけてきた。

「俺、花村陽介。お前は?」

「明智吾郎です」

「あ、そうだった、まだお互いの名前も知らないもんね。あたし里中千枝」

「天城雪子です、よろしくね、明智くん」

呑気だな、と思った。人が行方不明で、やっと手がかりを見つけたと思ったのに自己紹介なんてやってる場合か?

わかってる、これは焦りだ。それは明智にもわかっている。

鳴上には待っていてほしいと言われた。危険だからと。それを危険ならなおさら行くと突っぱねたのは明智だ。第一、昨日今日知り合った赤の他人を信じて待つなんて、明智には無理難題に等しかった。

「それで、連れていってもらえますか?」

「……本音を言うとね、待っていてほしい。本当に危険な場所なの」

「でもね、友達がそんな危険な場所にいるのに自分だけ待つのは出来ないっていう、君の気持ちはとっっってもよくわかる」

「だから、条件だ。連れていくから、俺達の指示に従うこと。これ以上は無理だと判断したら、すぐさま撤退する。いいか?」

「わかりました」

花村の提示した条件を、妥当だと了承する。

「じゃあ、行くか!」

屋上を出てどこに行くのかと思っていると、家電製品コーナーの大きなテレビの前で止まった。テレビで何をするのかと思う間に鳴上が素早く周りを確認して、人がいないことを確認するとテレビに手を伸ばした。

その手はテレビの画面に触ることなく、ずるりと画面に手が飲み込まれた。言葉を無くす明智に「あたしも最初そんな感じだったわ」なんて里中が感慨深げに呟く。

「里中もまだ2~3回しか行ってないだろっと」

テレビの中に姿を消した鳴上に続くように花村もテレビに突っ込んだ。傍から見たらシュールなことこの上ない。

「明智くんも、あたし達と一緒なら入れると思うから」

テレビに半身突っ込みながら手招く里中を不気味に思いながら、恐る恐るテレビに触れる。まるで水面に手を入れたようになんの障害もなく入った。

──あの馬鹿、見つけたら1発殴ってやる。

そう覚悟を決めて、体をテレビに入れた。

ふと、思い出す。

確か蓮の家にはこれより少しサイズが小さいテレビがあったな、と。

 

 

 

 

 

******

 

 

 

 

 

テレビの向こうには、まるでテレビ番組のセットのような舞台装置があった。そしてそこには熊がいた。

「およよ、初めましてクマ!先生のお友達?クマはクマだクマ!よろしクマ!」

訂正、熊の着ぐるみを着た何かがいた。もはや熊なのかもわからないデフォルメのされ方だが、本人がクマと名乗っているから熊なのだろう。

「えっと……僕は明智吾郎、よろしく」

「ゴロークマね!」

やたらグイグイ来るこの熊の着ぐるみは何なのか、助けを求めて鳴上を見ると、苦笑してクマを宥めてくれた。

「すまない、クマはこの世界に元々いたやつなんだ。娯楽に飢えてるから新しく来た君にも積極的に絡んでくると思う」

「ま、ウザったいなら無視すればいいからな。それよりクマ、情報持ってきたぞ。これで本当にわかるんだろうな?」

「まーかせんしゃい!クマの鼻からは逃れられないクマー!」

「逃れてるからこうして明智が来たんだろうが…」

花村が呆れながらクマに話している間に、天城が明智に教えてくれた。このテレビの中の世界では無闇に歩くと危険なので、まずクマの鼻で蓮の場所を探知してから向かう。ただその探知に必要な情報が足りなかったため、明智から聞いた情報をクマに聞かせることで探知が可能になる…らしい。なにぶん天城達も初めてのことらしく、全てクマ曰く、になるらしい。あんな情報で本当に探せるものなのか?しかし今はそれしか手がかりがない。

その問題のクマは、花村と話した後しきりに周囲をクンクンと嗅ぎ回り、ビシッとある方角に向けて指を向けた。

「こっち!こっちから臭うクマ!」

是非クマには警察犬の訓練を受けることを勧めたいが、それは一旦置いておこう。

こっち、と示された方へクマが歩いてゆくのを皮切りに、それに続いて歩き出す。本当は一歩下がった距離から着いていきたいのだが、何故かこの世界は濃い霧が漂っていて、ピッタリと固まって行動しないと明智が迷子になる可能性が高かった。

「そういや聞いてなかったな、その雨宮ってやつと明智は学年いくつだ?」

暇つぶしとばかりに花村が問いかけてくる。正直こうなる予感があったから離れて着いていきたかったのだが、まあしょうがない。無理言って着いてきた自覚はある、それくらいは答えよう。

「僕が中2で蓮が中1です」

「中坊!どーりで見ない顔だと思った」

「雨宮くんに至っては、ついこないだまでランドセル背負ってた歳じゃん」

ランドセルを背負った蓮。

出会った時期にはもう卒業していたので見ることはなかったが、想像しても違和感を覚える。

蓮が持っているのは、モゾモゾと動くバッグが1番しっくりくる。

「そんな小さい子がここに……」

すいません、そいつ精神年齢貴女と同い年くらいなんですよ。とは、明智もさすがに言えなかったが。知らないところで小さい子扱いされている蓮に笑ってしまった。

「お、言ってたら着いたぜ」

花村の言葉に視線を前に向ける。濃霧でよく見えないが、どうやら目的地に着いたらしい。さらに近付いたら、明智にもボンヤリとその建物が見えた。

「刑務所……」

それを呟いたのは明智だった。明智しかそれがなんの建物か分からなかったといった方が正しい。

ただの学生には縁のないもの。明智がそれを知っていたのは、『前回』探偵をしていた関係で少し知っていただけだ。

一見なんの変哲もない建物だが、窓は鉄の棒が嵌められて逃げられないようになっている。いかにも、という出で立ちだ。

「新しい場所だ、皆油断せず行くぞ」

鳴上の言葉に、周りの空気がガラリと変わる。なるほど、鳴上がリーダーらしい。

戦えない明智を守るように鳴上達が周りを囲ってくれている。どこにそんなものを持っていたのか、武器まで構えている。……そういえば、このテレビの世界が危険だというのは聞いていたが、どう危険なのか聞くのを忘れていた。どう危険なのか知っていれば、丸腰なりに対処のしようがある。

あと単純に、武器まで持ち込むほどの危険がなんなのか、気になる。

「そういえば、危険って何がどう危険なんですか?」

「ああ、ここはシャドウっていう化け物が出る」

「シャドウ!?」

答えてくれた鳴上の言葉に被せるように驚いてしまった。首を傾げる鳴上に、慌てて謝って何でもないと取り繕う。

足は探索をしながら、頭は忙しなく動いていた。『シャドウ』…明智にも馴染み深い単語だ。ではここはパレスかメメントス?しかし明智の知るソレとは違うような…。

「言ってたらお出ましだよ!」

「シャドウクマ!」

その声に思考に沈んでいた頭を切り替える。顔を上げると、すでに明智とクマ以外は戦闘態勢に入っていた。

鳴上の前に何かのカードが現れ、それを握り潰すと背後から何かが現れる。あれは、あれは……。

「ペルソナ!」

思っていたものズバリを鳴上が吼える。

ペルソナ。ということはやはり、ここは明智の知っている異世界と似て非なる世界なのだろう。

鳴上のペルソナは素早くシャドウに接近し、制服姿のシャドウ─場所が場所なので看守なのだろうか─を真っ二つにした。

先を急ごう、と皆が進み出す。その中で明智は真剣な表情をしながら内心溜め息を出した。

護られるなんてガラじゃない。なのに自分がそれに甘んじているのは、ロビンフッドもロキもいないからだ。いたら単独で乗り込んでる。イセカイナビもペルソナもシャドウを暴走させる力もない自分は、惨めなほど無力だった。

刑務所の中は監獄のような雰囲気で、道の両側に壁に埋め込まれる形の牢獄があった。全体的に薄暗く、電灯は頼りなく薄青い光を放っていた。

「なんなんでしょうね、この建物。テレビセットから離れてない場所に刑務所って、ちぐはぐだ」

「ここは人の抑圧された心が作り出した場所クマ」

「抑圧された心?」

「悩みとかー、コンプレックスとかー、そういうのクマ」

歪んだ認知でできるパレスとはまた違うらしい。当たり前か、ここは認知の世界じゃない。

となると、ここは蓮の抑圧された心が作り出した場所ということになる。怪盗たる蓮と、刑務所の中の監獄。うーん、切っても切り離せない因縁である。

牢獄の鉄格子に見せかけた扉を何度か開けながら、時々出るシャドウは鳴上と花村が率先して蹴散らしながら進むと、広い部屋に出た。

「ここは……」

「なにもないな、先に進もう」

キョロキョロと見回しても広いだけで何もない。先に進もうと足を踏み出して、気づく。

進行方向に、何かいる。

さっきまでいなかったのに、何か…誰か、いる。

鳴上も気付いたのか、驚いた声をあげた。

当然だ、そこにいたのは、鳴上の後ろで控えているはずの──明智だった。

「僕…?」

夢か幻か、明智は逃避しかける頭を無理矢理引き戻してなんとか目の前の明智の姿をした何かを観察する。

背丈も服装も、今の明智の生き写しのようだ。だが、目が違う。その金色の目には覚えがある。散々見た色だ、忘れるはずもない。

「明智くんのシャドウ…!」

「下がれ、明智!」

背に庇われる明智に、可笑しくてしょうがないという嘲りの声が耳に届く。

『庇われる資格なんてないのにな?』

「!」

ぞわりと鳥肌が立つ。

なんだ、こいつ。喋るのか。

思えば明智は他人のシャドウは腐る程見てきたが、自分のシャドウは獅童の認知の自分以外見た事がなかった。ペルソナ使いのシャドウは出ないから当たり前といえば当たり前なのだが。

目の前に自分がいるのは、あの時のことを思い出して苦い気持ちになる。

『お友達ごっこは楽しいか?お前が与えられなかったモン押し付けられて、満足かよ』

「それは……」

『──反吐が出る』

明智の全てが、シャドウの明智を拒否しているかのような忌避感。口にする言葉を耳にするだけでも拒否反応が起きそうだ。

『今が満たされるほど、『前回』の俺が惨めになるなぁ。蓮を裏切って、殺して、獅童に処分されて。挙句また復讐のためにお友達ごっこ?ハハハッ我ながら酷いことを考えるもんだな』

「違う」

『何が違うんだよ。まさか本当に友情とやらを感じていた訳じゃないのに。蓮とこんなくだらないごっこ遊びしてんのは利用価値があるからだ。そうじゃなかったら誰があんなウザったい偽善者と一緒にいるか』

「違う、違う!!」

『違わねぇよ!!』

聞きたくないと耳を塞ぐ。わかってる、心当たりなんてないのならば堂々と否定すればいい、そんなことわかってる。

相手はシャドウ──つまり、もう1人の明智なのだ。

自分がそんなこと思っているなんて知りたくない、聞きたくなかった。

だって。だって、初めてだったのだ。なんの見返りも求めない親愛の情など、向けられたことがなかったのだ。

それを、あいつは当然のように差し出してくるから。自分もやらなければ、と。

『俺はあの時から全く変わっていない…ガキのように駄々を捏ねて、見たくないものは見ないフリ……それに比べてどうだ?あいつは変わったぞ?………置いて行かれる日も近いかもな』

置いて、行かれる。

そうなればきっと、明智はまた──。

嫌だ。

嫌だ。

嫌だ!!!

「お前なんざ、お前なんざ……」

「落ち着け、明智」

お前なんざ俺じゃねぇ。そう言いかけた時、優しく背中を叩かれる。

ハッと周りを見回すと、鳴上が明智を真剣な瞳で見つめていた。

「雨宮くんを助けるんでしょ?」

「あんなもん、タチ悪く暴走してるだけだ」

「私達もついてるから落ち着いて」

気付くと明智を護るように立っていた鳴上達が、心配そうにこちらを見ていた。その姿が、怪盗団とダブる。

「しっかりしろ、落ち着け……」

そうだ。シャドウは嘘をつかない。

誇張は多少あろうが、あのシャドウの言うことは明智の本心なのだろう。それは異世界でシャドウ相手に仕事をしていた明智が1番よく知っている。

………復讐に利用するためでしか友達を作れないなんて、知りたくもなかったが。

シャドウは、こちらを探るようにジッと見つめていた。

「…僕は復讐することしか生きる意味を見いだせない。それでいいと思ってた」

『………』

「でも、蓮は友達になろうと言った。僕のやってきたこと知ってるくせに、それでも友達になろうと言ってきた」

『利用価値があるから、了承した』

「それも否めない。僕には復讐しかないから。でも、それだけじゃなかったんだ。

一度裏切った。築いてきたものも、情も、全部捨てて。

だから今度こそ、蓮を裏切りたくない。あいつが許す限り、望む限り、今度こそ隣に並び立ちたいだけ」

『……くだらねぇ』

「そうだね、くだらない。でも、僕にはこれだけで十分だ」

それが、今明智が嘘偽りなく望むことだ。

隣に立って、くだらないことして、話して、出かけて、遊んで、喧嘩もして…。

蓮と一緒なら、そんなことも悪くないと思うから。

シャドウは呆れたような顔した。

「君は僕で、僕は君だね」

苦笑しながら認めると、シャドウは同じく苦笑しながら頷いた。

シャドウの体が淡く光を放ち、その姿が掻き消え、現れたのは白い義賊。大きな弓を手に持ちマントをたなびかせ、明智を見ている。その姿が1枚のカードに変わり、明智の前に降りてきた。

「おかえり、ロビンフッド」

明智の半身、その片割れ。『嘘』の仮面の帰りを、存外穏やかな心持ちで迎えた。

と、同時にとてつもない疲労感に思わず膝をつく。この感覚は覚えがある──ペルソナに覚醒するととてつもなく疲れるのだ。ということは……。

「明智、大丈夫か?」

「大丈夫です、それより今のは…」

「明智のペルソナだ」

鳴上の言葉にやはりと内心ほくそ笑む。

これで守られずに戦える。やはり守られるのは性にあわない。というか、1人で蓮を助けられるかもしれない。元々1人で行動する時が多いから、そっちの方が気が楽だ。

「今日はここまでだな、鳴上」

「そうだな」

「えっ」

「えっ?」

「もう帰るんですか?」

「ペルソナ覚醒して明智くんも疲れてるでしょう?」

「先に行きたいのはすっっっっごくわかるけど、ここは無理せず一旦帰ろ?」

里中の言うことももっともだ。現に明智の体は休息を求めて立つのもやっとなほどクタクタに疲れている。

一理どころか百理もあるが、家で不安な思いをしているだろう蓮の祖父母のことを考えると、1日も早く蓮を助けてとっとと帰したい。というか、恐らくペルソナを覚醒させていない蓮をこんなシャドウが普通に襲ってくる異世界に放っておくのは不安だ。

「僕はまだ行けます」

「気持ちはわかるけど……」

「明智、ここに来る時の条件覚えてるか?」

『これ以上は無理だと判断したら、すぐさま撤退する』

忘れてない、が。だけど……。

それでも何か言いたげな明智に、里中が「わかるわかる…」と神妙に頷いていた。

「落ち着けって、この世界は現実世界に霧が出ない限りはシャドウは大人しいから。だよな、クマ」

「そうクマよ。逆にこっちの霧が晴れる日は現実世界は霧に包まれるクマ。そうなったらシャドウは凶暴化するクマ」

「……つまり、現実世界に霧が出てこない限り蓮は安全?」

確認するように口にすると、皆一様に頷いていた。

「多分雨宮くんこの監獄の一番奥にいるだろうし、ここからまだ長いかもしれない。立つのもやっとでしょう?その体で行くのは無茶だよ」

「そーそー、雨宮くん助けるのに明智くんが倒れちゃ意味ないよ」

一番、奥。

今行くと言っても止められるだろう。押さえ付けられでもしたら抗う術がない。ならば、一度家に帰って休んで、明日また来ればいいか。里中の言う通り、ここで明智が倒れてたら意味がない。

そう自分を納得させて、皆に着いて退散する。

歩くのも辛い明智を気遣ってか、休憩も入れながらゆっくり進んだ。明智は鍛えよう……と心に決めた。

その道中、休憩していた時。ふと、思い出したように花村が話しかけてきた。

「なあ、明智」

「はい?」

「あー…お前の…シャドウが、言ってたじゃん、殺したって。………お前、この町に今起きてる殺人事件に関わってるのか?」

「ないです」

怖いほど真剣な花村が問いかけてくるのを、間髪入れず否定する。本当に関わりがないし、そんなことをしようものなら蓮が黙っていないだろう。

即答で返した明智に花村はポカンと呆けた後、破顔した。

「おう、そっか!……って、そんな即答されたらかえって怪しいぞ?」

「本当に違いますって」

「わかったわかった。ま、話したのがシャドウだしな。シャドウが話したことは深くは聞かない、暗黙の了解っての?お前が雨宮のために今必死なのはわかるしな」

「………そう、見えますか?」

「見える見える」

その言葉に明智は自嘲の笑いを浮かべそうになるのを必死に堪えた。自分も変わったものだ。一度死んで、文字通り生き返ったからだろうか。いつも苛んでいたイラつきや虚無感が和らいでいた。

……いや、生き返ったから、だけじゃないのは明智にもわかっていた。わかっていたけれど、認めるのは癪だった。




明智吾郎(中2)
死んだら逆行してた元高校生探偵。
この小説における蓮の相方。時間を遡った仲間であり、ライバル(蓮公認)
最近の悩みは蓮が鬱陶しいこと。蓮の前では嘘の仮面はつけてないから楽なんだけど、ちょっと一人の時間もほしい。
蓮と再会した後、この地域で売られてるコーヒー豆でいかに美味しく淹れられるかの実験台になった。ルブランほど良いコーヒー豆がないので最初はただただ苦かったが、最近は美味しいものを淹れられるようになったようで内心ホッとしてる。
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