6/16(木)
その日、蓮は祖父母に頼まれて食品の買い出しに出ていた。商店街でもたまに買い物をするが、特にこだわりがないならジュネスに行けば大抵のものはある。食品コーナー特有のヒンヤリした空気を感じながら、今日の晩ご飯は煮物か、と野菜コーナーに足を向ける。買う物リストに書かれた野菜を祖母に教わった通り吟味していると、近くにいた客の会話が聞こえてきた。
「カレーって何入ってたっけ?」
「にんじん、じゃがいも、玉ねぎ…」
カレーかぁ……今のところカレーだけは自分が作っているが、将来自立して一人暮らしする時にカレーしか作れませんじゃ辛いものがあるだろう。なのでカレー以外のレパートリーも増やしたいと思って祖母からも教わっているのだが、どうしても和食がメインになる。祖母以外にも誰かに師事したいところだ。
「ピーマン、まいたけに…ふきのとう?」
考えながら野菜を選び、カゴに入れる。
カレーにピーマンやふきのとうを入れるとは、なんとも個性的だ。まあ、家庭によって違うのだな。
「ねー、千枝。カレーに片栗粉って使うよね?」
「…?そ、そりゃ、使うんじゃん?」
「使わないと、とろみつかないよね」
ん?カレーに片栗粉入れるのか?カレーは片栗粉なくてもとろみはついてるが、それでは足りないのか。まあそういうご家庭もあるか……。なんだか声の主の作るカレーに興味が湧くが、構わずにんじんをカゴに入れた。
「じゃあ片栗粉と…小麦粉もいるかな」
「こ、小麦粉って、あれでしょ。薄力粉と、強力粉?どっちだろ」
「強い方がいいよ、男の子いるし」
んん?カレーに小麦粉?
思わずごぼうを持ったまま固まってしまった。
「トウガラシ。辛くないと、カレーじゃないよね」
トウガラシ。まあ、カレーは元々ある程度辛いが、スパイスとして入れる人もいなくはない、のか?少なくとも蓮の周りにはいなかったが。
すっかり話を聞くことに集中していたことに気付き、ごぼうをカゴに入れた。
「いいやもう…らしい物、何でも買ってこ。
なら、キムチも買ってかない?あと、胡椒?」
「胡椒は白と黒があるよ?」
「お、さっすが、旅館の娘!とりあえず両方買おっか」
「そうだ…隠し味も要るよね」
「そういや、テレビで言ってたな…
確か…チョコ…コーヒー…ヨーグルト…。
あたし、好きなチョコあるんだった!
けどあたし、コーヒー苦手だから、コーヒー牛乳でいいよね?」
「…あ、魚介も混ぜる?きっといいダシが出るよ」
隣の主婦と目があった。彼女も野菜を取ろうとした手を止めていた。語らずともわかる、目で通じあって頷きあった。
(一体どんなカレーを作ろうとしているのか!)
もうダメだ、好奇心が抑えられない。
気になって買い物してた手を止めて聞き入ってた。あきらかにカレーの材料ではない。
作ろうとしているのは誰なのか、思い切って振り向いてみると、見えたのは見覚えのある人物達だった。
「……あれ、君は」
連れなのだろう、カートの傍でオロオロしていた灰色の髪の男性がこちらに気付いた。頭を軽く下げて挨拶すると、「元気になったんだな」と嬉しそうにニッコリ笑った。
「その節はお世話になりました」
「ああ、気にしないでくれ。明智とは仲直りしたか?」
「はい。あの、ところで…あの二人は……」
「……>そっとしておこう」
苦笑いで見守る男性に何も言えなくて、カレーと称したナニカを作ろうとしている女性二人に目を向ける。まだ材料を吟味しているようだ。
そこでようやく、恩人の名前を知らないことに気付いた蓮は、少し慌てて名乗った。灰色の髪の男性は微笑んで、鳴上悠だと名乗り返してくれた。
「赤い上着を着てるのが天城で、緑の上着を腰に巻いてるのが里中だ。雨宮のことは明智から聞いてるよ。夕飯の買い物か?」
「はい、先輩は……そういえば、なんで三人で買い物してるんですか?」
「ああ、明日林間学校なんだ。同じ班だから夕飯のカレーの材料を買いにきたんだ」
「カレー……?」
「……本人達はカレーの材料を選んでるつもりなんだ…」
頭が痛いとでも言うように手を額に当てる鳴上に、どうやら困っているようだと蓮は感じた。ここで「そうですか」と会話を切り上げて帰宅することもできるだろう。だが、蓮はそれを選ばないことにした。
「よければカレーの作り方教えましょうか?」
「え?……そういえば明智が君のカレーは美味しいと言ってたな、いいのか?」
「はい、というか大抵ルーの箱に書いてますから、まず材料を買いましょう。俺はカレーにはスパイスを使うけど、カレーなんて肉と人参と玉ねぎとジャガイモとルーがあればとりあえず作れますから」
いつも無言で食べてる明智が鳴上に味の感想を言っていたことに驚いたし詳しく聞きたかったが、これは置いておくとしよう。いつか俺の前で言わせる。決意を新たに、蓮は材料探しに向かった。背後から慌てて鳴上が追いかけてくる気配を確認しつつ、人参や玉ねぎを鳴上のカートにポイポイ入れる。
「ジャガイモは芽のところは取ってくださいね、毒があるので。あと、皮を剥いても表面に緑がかってたら、そこも剥いてください。芽と同じく毒です」
「わかった」
「ルーはこのメーカーがオススメです」
全部を食べ比べをした訳ではないが、カレーといえばこれだろうという有名なメーカーのルーを勧める。時間とお金に余裕があれば食べ比べしてみたいのだが。
「あ、このメーカーは知ってる」
「有名なんで、一度は食べたことがあるかもです。作り方も書いてあるので、とりあえずその通りに作れば問題ないと思います」
「ありがとう、助かるよ。料理はよくするのか?」
「カレーは俺が作ってますが、それ以外は祖母に教わってる途中です。祖母は和食中心なので、洋食の師匠募集中です」
冗談めかして言ったのだが、鳴上は目を瞬かせた後、「俺もなんだ」と笑った。
「俺も今料理の練習してるんだが、どうにも和食があまり馴染みがないからかうまく作れなくて。よければ、お互いに教えあわないか?雨宮の作るカレーにも興味あるんだ」
今度は蓮がパチリと目を瞬かせた。
「……俺が和食とカレーで、先輩は?」
「洋食にはそこそこ自信あるぞ」
「なるほど」
ふむと考える。鳴上と接した時間は少ししかないが、それでも悪い人ではないとわかるし、洋食の教えも乞える。断る理由もないし、いいかもしれない。あとルブランのカレー布教できるかも。
「よろしくお願いします、先輩」
「ああ、よろしく」
ここに、奇妙な同好の士が結成された。
後日談。
蓮が鳴上にコロッケの作り方を教えてもらいに行った時、林間学校のカレーの件について、鳴上が蓮に深く深く礼をしたとかなんとか。
鳴上悠
イメージとしてはアニメ版。
なお、この小説ではアニメ版の良いとこ取りしてペルソナが傷ついたら本人も傷つくという設定。(でもイベントはゲーム版)
まだまだ慣れないことばかりで四苦八苦してるが、菜々子にお惣菜以外の料理を食べさせてあげたいと独学で料理を勉強中。
実は和食に馴染みがないのは仕事人間の親が手の込んだ和食をあまり作らないからという裏設定。