ある日先生である主人公はクラスにいじめがあると相談された……。

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書いたことすら忘れた結構前のやつなので、たぶん続きはありません。このまま削除するよりかは、という事で供養投稿です。


秘密

 俺の人生は怠惰、惰性、妥協の連続だった。だから、先生という役職についたのも、別に学生時代に恩師に出会ってその教鞭姿や思想に感銘を受けて………など美談になるような話はなく、ただただ一番身近な職業でそれが公立であれば安定している。それだけだ。

 高校と選んだのも、高校生ならばもうすぐ大学生ということもあり生徒たちは大人びているはずだと、などとまあ、言い訳気味で高校の先生になった原因を並べているが、結局のところ俺を高校教師と駆りたてたのはラノベだ。物語上で描かれていた、生徒と教師の恋愛、異世界、ラブコメなどなど。現実ではそんな事は起こりようがないはずなのに、昔高校生となった時あまりの起伏のない日常に失望したはずなのに、俺は未だに学生時代の空想にしがみついて居る。

 

 

 1

 

 

 「イジメだって?」

 

 放課後。山口葉月学級委員長から相談があると聞いた俺は、自分が担任する1年2組の教室から空き教室に彼女と共に場所を移し、開口一番の彼女の言葉に苦虫を噛み潰すような表情になった。

 

 「いえ、まだ確証得ていませんので、私の思い過ごしかもしれませんが」

 

 教員2年目で初めて任されたクラスでイジメ、まだ始業式から2ヶ月しか立ってないのに。先生となった以上いつかはイジメのような問題に直面すると思っていたが早すぎる。

 天井を見て小さくため息をついた。

 

 「先生? 坂上先生?」

 

 葉月はかわいい眉を曲げて、不安げに俺を見る。

 

 「あ、なぜそう思ったのか教えてくれ」

 

 「はい、昨日の事です。部活を終えたあとに教室に歴史のプリントを忘れたのを思い出して、教室に行ったら宮園大志くんがずぶ濡れで教室の隅で蹲っていました」

 

 宮園大志。確か一番最後の窓側に席があって、髪が目にかかるぐらい長くメガネを掛けたいつも本を読んでいる、孤立気味なオタクの子か。

 

 「何かあったのか声をかけて聞いたのですが、なんもないの一点張りで、最後には怒鳴られて追い出されてしまいました」

 

 葉月は悲しみを含んだ口調で言った。正直山口葉月はかわいい、濡れカラス羽色で黒く美しいロングヘアーに目鼻立ちのきりっとした人形のように綺麗な顔立ち。並の男性で普通は心配して心優しく声をかけてくる彼女を拒絶できるはずがない。拒絶するとれば、他人に知られたくないそれ以上の並々ならない理由があるか………

 ん? 歴史のプリント

 

 「ああ、それで今日歴史の宿題を遅くに提出したのか」

 「はい、先生。ご迷惑をおかけしました。それで、おかしいですよね? 昨日は雨も降ってなかったのに、それに彼帰宅部なんですよ? それなのにあんな遅くまで教室にいて、その上ずぶ濡れなんて………やはり」

 「それはまだ分からないよ、そういえば山口さんの部活が終わるのは何時ぐらいなんだ? 大体午後6時ぐらい?」

 「いえ、早くても午後6時半、遅い場合は午後7時ぐらいです」

 「ちなみに昨日は? 部活は早く終わったの?」

 「はい」

 

 時計を見る。まだ2時間ぐらいある。どうしたものか、教室でずーと見張るのもなー、必ずイジメの場所は教室とは限らないし、明日のクラス朝礼でそれとなく注意するのも、彼が告口を疑わられてさらに事を荒立てるかもしれない。

 それにまだ疑いであって、本当はイジメにあっていないかもしれない。友人とじゃれ合っていただけの結果かもしれない。

 これはイジメにあっているだろう………俺はまだ現実から逃げ、楽観している自分につっこんだ。

 兎にも角にもまずは、本人から話を聞くしかないな。

 

 「うん。情報ありがとう山口さん、こっちで色々調べて判断するよ」

 「いえ、とんでもありません。私も明日それとなくクラスメートに色々聞いてみます」

 「うん、助かるよ。やっぱり生徒と先生では壁があるからね」

 「任せてください。もし本当に自分のクラスにそんな悪質な事が起きていたら、とても………許せません」

 

 目を鋭くさせ、義憤に燃える葉月に俺は頷いた。

 

 

 2

 

 

 山口葉月は部活という事で別れた俺は、学校の隅々まで見回り、女子トイレは流石に入れないが、宮園大志の姿を探したがいなかった。もう帰ったのだろうか、別に彼も毎日はイジメにあってはいないのだろう。それだけでも知れて俺はちょっと嬉しい気持ちになった。

 いや、まだ判断は出来ない。頭を横に振った俺は、2階の職員室に行き生徒たちの宿題のプリントの束を手に取り、教頭にも一言言って、教室の鍵を取り、3階へと上がり自分が担任する1年2組へと向かった。

 

 1年2組の引き戸を引き、中を確認する。案の定大志の姿はないし、無人であった。茜色の夕日が窓に差さる。時計を見ると5時である。音楽室から吹奏楽部の偶に音程がずれた音楽と指揮者の先生からの激しい叱咤、グランドからは野球部の掛け声と共にこれまた叱咤の声が聞こえた。

 そんなに怒らなくても………頭の隅でそんな事を思い、窓側の一番最後の席、宮園大志の席へと近づく、机は何年と使い古された如何にも公立の机だと物語っていた。その上には罵詈雑言は書かれていない。

 生徒たちの宿題であるプリントの束を机に置き、ギギギと嫌な音を鳴らす椅子を引き、座った。心地いいとは言えない椅子の感触に懐かしい感触を覚えた。

 そして、プライバシーの侵害で罪悪感を感じながらも引き出しに手を入れ、中を探る。中には教科書や筆箱とゴミなど雑物だけで、イジメの証拠となるものは何もなかった。やはり無いか、これは明日彼に色々聞くしかない。

 

 仕方ない、俺は赤ペンを手に取った。プリントをチェックする直前、ふと宮園大志の席がいわゆる主人公席だったという事に気づく、もしかして彼は主人公なのかもなと、未だに筋金入りのラノベ脳である自分に呆れつつプリントのチェックに入った。

 

 

 「あれ、坂上先生?」

 

 引き戸の音で終わらないプリントチェック地獄から現実に引き戻され、声の元へと頭を向ける。

 そこには山口葉月が学生カバンを片手に持ち、カバンを斜めに掛けて立っていた。彼女は扉の横にあるスイッチを押し明かりを点けた。蛍光灯の音が教室に響き、彼女の姿を瞭然としている。

 制服から体操服に着替えており、髪を後ろに束ねポニーテールにしていた。ついさっきまでは部活だったのだろう、汗に濡れた体操服は彼女の肌に引っ付き、つい先日まで中学生だったとは思えない、彫刻のような整ったボディラインを強調させる。透き通った白い肌は赤みを帯び、顔は紅潮している。やや息が荒く、深呼吸しては息を整わせていた。なにか急いでこの教室に来たと思った。

 

 「ああ、山口さん。どうしてここに? またなにか忘れ物?」

 

 俺は頭を葉月に向けるも、目は極力彼女を見ないようにして、平常心を保ちながら聞いた。

 

 「いえ、先生こそどうしてここに?」

 「学校の隅から隅まで探し、あわよくば今日中に宮園さんに会って、一刻も早く事の真相を確かめたかったが、やはりと言うか見事に空振りして、それでも万が一と考え、現在教室でプリントの採点をしながら彼を待っている」

 「そうですか、私もそのような感じです。昨日は部活を終えて彼に出会ったので、もしかしたら今日も、という感じで部活が終わってすぐ足早に来ました」

 「なるほど。なら大丈夫だ。彼は俺が待つので、君は安心して帰りなさい」

 「いえ、そうは行きません。一度関わった以上は―――私も一緒に待ちますよ」

 

 そう言って彼女はニコッと笑い俺の手前にある席に座った。

 

 「しかしだな、今日はもう宮園さんは」

 「あっそれ、今日提出した私達の宿題ですか?」

 

 葉月を帰らそうとする俺の言葉を塞ぎ、山口葉月は俺が採点しているプリントを見て、あからさまに話題を変えた。

 

 「ああ、そうだ。それで」

 「へー大変ですね。見た感じまだたくさん残ってますね、後どのぐらい掛かる感じですか?」

 

 また俺の言葉を塞ぐ葉月に、俺はため息をつき答えた。

 

 「これで半分だから、後2時間ぐらいだな」

 「え、本当ですか? という事は合計4時間はプリントの採点をするのですか? 先生って大変ですね」

 「俺はまだ2年目の新人だからな、クラスを担任したのも今年が初だしまだ色々慣れてないが、ベテランの先生ならもっと効率良く出来て俺の半分しか時間が掛からないと思うよ」

 「それでも、2時間じゃあないです。映画1本は見れますよ」

 「ふっそうだな。でもまあ、仕事だからな、仕方ないよ」

 「私手伝いましょうか?」

 

 心配そうに上目遣いで顔を覗く葉月にたまらず俺は目を逸らした。

 

 「いや、大丈夫。生徒に手伝ってもらうのは流石に悪いよ」

 「でもそれじゃ後2時間ぐらい掛かるですよね、私が手伝ったほうが途轍もなく早くなるとは言いませんが、もっと早く済みますよ?」

 

 そう言って葉月は時計を見た。俺も彼女の視線を追って時計を見る。確かに彼女の言う通りこのままじゃ夜9時ぐらいまでは掛かりそうだ。

 

 「でもだな、家のは方大丈夫か? 親御さんの方から色々言われない?」

 「大丈夫ですよ。うち親両方共に海外に出張中で、姉がいますが、なぜか嫌われてて仲が悪くてあまりこっちに関わろうとしませんので………学校も家から近いので大丈夫です」

 

 そうだったのか、まだ全員家庭訪問をした訳じゃなかったので、葉月の家庭状況に素直に驚く。

 

 「じゃあ、ごはんとかは一人で作ってるのか?」

 「はい」

 「洗濯とかも?」

 「はい、もちろんです」

 「凄く偉いな」

 「えー凄くなし、偉くもないですよ。普通です普通」

 

 毅然としている葉月に、俺は自分の高校時代は実家暮らしで親に全部やって貰ったのを思い出し、彼女から自分以上の逞しさを覚えた。だったらもういいだろう。彼女は自分以上に自立した人間だ。

 

 「ハアー分かったよ、はいこれ」

 「やったっー! ありがとうございます」

 

 プリントを受け取り顔を破顔して喜ぶ葉月に、今まで彼女への性格に対して認識の違いに気づく。こんなに長く会話した事はなく、今まで学級委員長だった彼女以外と接する機会がなかったとは言え、彼女はもっと感情の変化が少なく、クールなイメージだったが、どうやら違ってて普通の女の子だったようだ。

 

 「ペンは持ってる? 無いなら貸すけど」

 「はい、大丈夫です」

 

 葉月は学生カバンから筆箱を取り出し、中から赤ペンを取って俺に見せた。

 そして前に向き、プリントの採点を始める。俺もペンを動かしてプリントに意識を戻した。他の部活も終わったようでペンの音と蛍光灯の音だけが教室を支配する。

 

 暫くして、顔を前に向け体をぐーと伸ばしていると、葉月の後ろ姿にブラジャーのホックが見えた。常時ならば見えることは無いが、運動後という事で汗がそれをぼんやりながら見えさせていた。彼女は気づいていないだろうが目のやり場に困るので、自分のためにも注意するしかないだろう。直接な物言いは彼女に失礼だろうし、きょうび簡単の言でもセクハラとなるので、やんわりで着替えを促そう。

 

 「えっと、山口さん」

 「はい?」

 

 葉月はプリントの採点をしながら答えた。

 

 「さっきまで部活だったでしょう? 汗で体冷えてない? 大丈夫?」

 

 これは果たしてセクハラになるのだろうか、いまいちセクハラか、セクハラじゃないかの境目が分からず、これでも言葉を選んだつもりだった。手伝ってやったのに、セクハラされたと思われて嫌われたらどうしよう。

 心配しながら葉月の反応を伺っていると、彼女がピクッとなったと同時に自分も驚いてピクッとなった。

 

 「えっと………汗拭きシート使ったはずなのですが、もしかして臭います?」

 

 葉月は振り返り俺の顔を見て、困ったように言った。

 

 「いやいや、山口さんが臭い訳ないじゃない! 寧ろせっけんの様な良い匂いっ―――」

 

 そこまで言って、自分が既にセクハラしている事に気づく。

 

 「えっ? じゃあ―――」

 

 葉月は自分の身体をしばし黙視して、俺が言おうとしている事に気づいたようで顔を赤くした。

 

 「ちょっと、着替えて来ます」

 

 耳を赤くさせ顔を伏せて小声で言う葉月はカバンを取り、小走りで教室を出るという寸前、こっちを見て「先生のエッチ」と恥ずかしいそうに言った。

 

 ――――え? 何そのラノベでしか聞かないセリフ。もしかして、もしかしてなのか? これは? 脈アリなのか? 俺の長年の夢が終ぞ叶うのか? いやでも、俺のは顔は別に格好良くは無いし、好きになる要素なんてどこにあるんだ。 彼女もノリで言ったのかもしれない………いやでも―――

 吃驚した俺は、葉月の一言を彼女が戻ってくるまで何度も脳内で反芻させた。

 

 

 葉月は制服に着替え戻し、俺の「おかえり」と言う言葉に小さく頷き恥ずかしいそうに席に座り、無言でペンを走らせた。俺もそうしてペンを走らせ無言が長い間続く。

 

 「このプリント採点が終わったら、もう今日の先生の仕事は終わりですよね」

 

 未採点の残りのプリントが僅かと言うところで、葉月は調子を取り戻したようで、腕を動かしながら落ち着いた口調で口を開いた。

 

 「いや、そうも行かない。他にもまだ日常業務も溜まってるし」

 「え!? 先生っていつ休みがあるんですか?」

 「君たちが思っているほど休みはないよ、休日出勤は当たり前で安月給だし。それでも去年の初任者研修はよりはましで、俺は経験してないが、働き方改革前はもっと大変だったらしい」

 「うわー本当に先生って大変な仕事ですね」

 

 ドン引きする葉月に俺は苦笑いした。

 

 「あ、先生。こっちは終わりました」

 

 葉月と同時に俺もプリントの採点を終えた。

 

 「お、俺もちょうど終わった所だ」

 「なら良かったです。どうですか? 私に手伝われて良かったですよね」

 「うん。本当だね。ありがとう、山口さん。山口さんが居なかったら、もっと時間が掛かっていたよ」

 「ふんふん」

 

 葉月は満足したように笑った。

 

 「結局来ませんでしたね宮園さん。やっぱり、もう帰られたのですね」

 「元々分かっていた事だし、それでも万が一で待ってたからね。じゃあ、帰ろうか?」

 「はい」

 「山口さん。もし良かったなんだけどこんな時間だし、夜道も危ないし家まで送るよ」

 「え? 良いのですか? ありがとうございます」

 「もちろんだよ、寧ろ手伝ってくれてこっちがお礼言いたいよ。このぐらいは当然」

 

 立ち上がり背伸びをして、机の上を片付ける。窓の開け締めを確認して、机の向きを正して、明かりを消して葉月と共に教室の外に出る。さっき職員室から拝借した鍵で鍵をかけ、そして鍵の返却や諸々で職員室に赴いた。

 職員室に着くと、慣れたコーヒーの匂いに鼻腔に漂った。鍵を返し自分の席に向かい、引き出しに採点が終わったプリントの束を入れる。そして、まだ残っている元々学校内でやろうと思っていた日常業務をカバンに入れ、職員室に居る他の教諭に労いの言葉いれて、職員室を出た。待たせていた葉月と共に階段を降りて、学校の駐車場に停めてある自分の車へと向かう。

 

 

 

 

 就職祝いの自分へのご褒美で買って、もう2年になる軽自動車に自分以外の人を入れたのは葉月が初めてだった。

 葉月の住所を彼女にナビに入れてもらって、車を発進させてもう5分。音楽も点けずに二人の会話は特になく、葉月は何か楽しげにスマホをいじっていた。

 運転しながら助手席に座る葉月の様子をチラチラと確認しては、別にタバコは吸わないが車用芳香剤を買って良かったと思う。車内に入った後葉月からは特に反応はなかったが、悪い反応よりはマシだった。

 葉月の顔を見ては再確認する。山口葉月は本当に可愛いらしい。そう言えば、彼女は入学式で入学生代表を務めるほど、学業も優秀であり、スポーツも何をやっても直ぐに上手くなったと人づてに聞いたことがある。文武両道、才色兼備とは正しく彼女を指すだろう。彼女はきっと将来大学をきっかけにこんな田舎から離れて、東京に行き大成して、何にでも成れるのだろう。

 それに比べ俺は、家から近いと言う事で学校を選び、欲望に任せなあなあで先生と言う職業に就いた。

 これが持つものと持たざるもの差なのだろう。いや、努力の差か―――。現時点では別に先生と言う職業を選んだのは後悔してないが、偶に思う。何であの時もっと努力したら違う選択だってあったのだろう。

 

 憂いた目で信号待ちをしていると誰かの可愛いお腹の音が鳴った。自分じゃない。つまり葉月だ。

 

「生徒にこのまま手伝ってもらったのに無償て言う訳も行かないし、何か食べたいものとかある? 奢るよ」

 

 俺は少し苦笑い混じりで笑いながら言った。

 

 「いえ、良いですよ。私が好きでやった事ですので」

 

 断られてしまった。しかし、このまま再び言うのパワハラとなる可能性があるので、と言うところで葉月のお腹の音がまた鳴った。二度三度と。

 

 「すみません。お願いします」

 

 葉月は耳を赤くさせて顔を伏せる。

 

 「ああ、任せてくれ。じゃあ何か食べたいものはある?」

 「えっと、お任せします。私はなんでも」

 

 それを言われると困った。俺としては手伝ってもらった礼―――いや、本音で言えば下心ありきで―――彼女が食べたいものは何でも奢る予定だったが、お任せすると言われると逆に判断に迷う。

 ナビを確認すると現在地の近くには、居酒屋とファミリーレストランとコンビニがあった。

 居酒屋は22時までなら飲酒しなければ学生でも入れるが、学校に近いと言う事もあり、他の教諭に会いそうだ。

 ファミリーレストランは他の生徒とその家族に会いそうだ。

 コンビニは買って、車で食べれる。もしくは彼女に持ち帰って家で食べてもらうと言う選択肢もあるが………

 

 そうこう悩んでいると、葉月は見かねてスマホのマップを見せて言った。

 

 「えっと………じゃあ、ラーメンとかどうですか? ナビのマップにはありませんが、この近くで私もよく行ってて、知り合いにあった事が無いので、その店なら大丈夫と思います」

 「ラーメンか、よし分かった」

 

 俺は信号が赤から青になったのでアクセルを踏んで、葉月のスマホから聞こえるナビ声に従い、店へと向かった。

 

 「ラーメン八咫烏か」

 

 葉月が言うに店には駐車場はついてないそうなので、適当に店の近くのコインパーキングに車を停めて、葉月の後について行き歩き10分。やっと店が見える。周りにも他に店があり、すぐに見失いそうだった。

 

 個人経営だろう。ドアを開け、一人分がギリギリ通れる通路を抜け中に入るとカウンタ席だけで10席しかないこじんまりとした店だった。客も3人しか居なく、みんな1席ずず開けて座っていた。

 

 「いらっしゃいませ! 注文はそちらでチケットを買って、お渡しください」

 

 頭に白いバンダナを巻いた自分と同じ20代であろう店長が、元気のある声で券売機を指して言った。

 券売機の札に表記された、色んな種類のラーメンの値段はほぼ一律980円でその他のトッピングは100円だった。基本コンビニ弁当な俺にとってラーメン一杯にこの値段は妥当かどうか判断できなかった。でも、彼女の勧めなら値段に見合ったラーメンに違いない。

 俺は葉月に2千円を渡した。葉月は申し訳無さそうに金を受け取ると、逡巡する事なく慣れた手付きでチャーシューラーメンと卵と大盛りの札を押して、お釣りを俺に返した。俺は一通りラーメンの種類を見たあと、初めての店と言う事もあり冒険はしたくなく、前任者である彼女を習い同じものを頼んだ。

 

 彼女と共にカウンターの奥の席に座り、チケットを店主に渡した。水はセルフサービスなので、彼女のコップに冷水を注ぎ自分のコップにも注ぎ入れた。

 

 「ここって本当に美味しいんですよ」

 「へー」

 

 葉月は自分のお気入りの店を他人に紹介出来たのが嬉しいようで、嬉々として俺に店の良さを教えてくる。葉月の話を聞きながら店主をちらっと見ると、さっきよりもラーメンを作る速さがテキパキしていて、その顔には矜持ある笑顔を浮かべていた。

 

 「へっお待ちチャーシューラーメン大盛りです。こちら卵です」

 「あ、もう出来た。私はもう味を知っているので、先生先にどうぞ」

 「悪いな」

 

 正直、奢っている身としては葉月に先に食べて欲しかったが、さっきからこの店のラーメンがどのぐらい美味いのか、己の語彙力を遺憾なく発揮させる葉月のプレゼンで俺のよだれが止まらなくなっていた。

 

 箸を取って、チャーシューラーメンを見た。自家製麺であろうは面は、ちょっと普通の面より太く、鶏ガラスープから良い匂いが漂ってくる。面の上に厚いチャーシューが2枚、その隣に春菊が添えられていた。卵は別皿だったので、自分で乗せた。

 

 さて、葉月から長らく煽られたお味はどんなもんなのか、お手並み拝見と行きますか。もう普通のラーメンの味では俺を満足できなくさせていた。

 そして、俺は箸を碗に挿して、面を掬い啜った。

 

 

 「どう先生? 良い店だったでしょう?」

 

 ラーメンを食べ終えて、再び葉月を彼女の家まで送る道の車中で葉月は俺に聞いた。

 

 「ああ、とても良かったよ」

 

 正直美味かったが、葉月が表現したほどでは無かった。無論美味かったし、当然機会があれば一人でも通うつもりだが、いざ食べて、ああこんな物かちょっと失望してしまった。それほど葉月が表現したラーメンは次第に俺の中で神格化されて居たのだろう。実に末恐ろしい事だ、言葉の味の表現が実際に体験した味を超えるなんて、どうやら彼女には詐欺師にも成れる才能が有ったらしい。良い意味で。

 

 「本当にですか? なら良かったです。それでですね。あの店、別のラーメンも美味いんですよ」

 

 彼女は今度別のラーメンを俺にプレゼンしょうとした。

 もうやめてくれ、しかし俺の耳は勝手に葉月言葉を通過させ、脳はその言葉に基づき最高峰の味を想像する。もうそのラーメンを食べれ無くなってしまった。例え食べたとしても葉月から聞いて想像する味より下の味にちょっと満足できなく失望しながら完食してしまう。

 彼女は天使の顔を被った小悪魔だ。今度あの店に行ったら何を頼めば良いんだ。誰か彼女を止めてくれっ………

 

 ちょっと涙目で葉月の話を聞いているとその願いが神に届いたかは分からないが、葉月のスマホに着信音が鳴る。葉月は気持ちよく話しているところを邪魔された為か、少し不機嫌になり、俺に「すみません」と断りをいれた後、電話に出た。

 

 「ん? なに? んーまあ、良いけど。じゃあ、日曜日ね、詳しい時間はまた後で連絡するから、うん。じゃあまた。私もよ。なに? ………えー恥ずかしいよー。いや、言わない。だから私もって、もう切るね。うん。はいはい」

 

 葉月は電話を切ったあと、はぁーため息ををついた。

 そして俺の疑問な目に気づいたようです。彼女はあっさりと答えた。

 

 「彼氏からです。デートをしようとしてうるさくて、それに彼は軽々しく言うんですが、愛してるなんて簡単に言えないじゃないですか。私が思うに、愛してるって軽々しく言った分だけ、愛の重みが減ると思うんですよね。先生はどう思います?」

 

 葉月の彼氏と言う言葉は今までデート気分で舞い上がった自分に、冷水をかけられた気分だった。一気に現実に引き戻される。

 そりゃそうだ。山口葉月のような綺麗な子が彼氏が居ない方がありえなかったのだ。

 思えば自分はなんて馬鹿なんだ。葉月の「先生のエッチ」と言う彼女のなりの照れ隠しのノリに脈アリなんて勝手に思いこんでいた。そうだ、自分のような人間を好きになる人なんて居ないのに。

 

 何度も心の中で自分を批判して、平常心を取り戻していく。

 

 「ああ、わか、るよ。確かにそう、だね」

 

 果たして、自分は上手く彼女に同調して動揺を誤魔化せたのだろうか―――分からないが、その後会話はなく、葉月ずっと俺を見ている。

 

 

 暫く運転して、いつの間にか葉月の家の近くについたので葉月に彼女の詳細の家を聞いた。

 

 「ついたよ山口さん。具体的どこらへん?」

 「うーん。もうちょっと前」

 「分かった」

 

 車を前にゆっくり動かして、ある一軒家に山口の名札があったのでその家の前で車を止めた。

 葉月はシートベルトを外して、車の外に出た。

 

 「あ、そう言えば、坂上先生の下の名前はなんでしたっけ?」

 

 葉月は車の扉を閉じる前に、思い出したように俺に聞いた。

 

 「虎徹だよ。坂上虎徹」

 「へー結構カッコいい名前ですね」

 「入学式の顔合わせで自己紹介したはずだったんだがな………」

 

 残念そうにこぼした俺の言葉に彼女は苦笑いをして、すみませんと言ったあと

 「今日は送ってくれてありがとうございます。また手伝わせてくださいね。じゃあ、また明日。虎徹先生」

 「あー考えておくよ。また明日ね。山口さん」

 

 葉月は車の扉を閉めて、自分の家に入った。

 先生と絡むことが多い学級委員長の彼女にすら、自分の下の名前を知らない。

 俺は普段他の生徒から、苗字すらない、簡単な先生呼びだったのを思い出し、自分の影の薄さに苦笑いをした。アクセルのペダルを踏み家への帰路に就く、そして葉月の彼氏の事を思い出し、少し泣いた。さって、自分の4畳半のアパートに帰ろ。日常業務やイジメ疑惑とやる事がまだまだ沢山ある。彼女とは明日からは一人の生徒と一人の教師として向き合おう。そうして、俺は勝手に恋をして、勝手に失恋をした。

 

 

 

 

 「ただいま」

 

 靴を家履きに履き替え、明かりが点いているリビングに向かった。

 

 「た だ い ま。姉さん」

 

 姉の山口皐月が葉月に気づかずテレビを見ていたの再び笑いかけてただいまを言った。

 すると、さっきまでテレビを見て笑っていた姉はなぜか血相かえた。

 

 山口葉月の姉である皐月は、葉月と誕生日三ヶ月しか違わず同じ高校の1年3組に通っている。

 葉月が清楚型であるとすれば、皐月はギャル型である。金色な髪に小麦色な肌そして、左右の耳に開けられた数あるピアス、日頃服に隠れて見えないが数多いタトゥー。しかし、それらはこれでもかと無秩序に雑然と入れられた、誰でも困惑する気持ちが悪い物では無く。しっかりとした見事のまでにその身体の着飾り、魅力を引き出す物だった。

 

 普通であれば皐月が葉月の姉である事は想像出来ないが、皐月のその葉月と負けるとも劣らぬ綺麗な顔立ち、が二人が姉妹である事を如実に表わしている。

 

 「ああ、おかえり」

 

 そう言って起き上がり、すぐさま去ろうとする姉に葉月は話しかけた。

 

 「姉さん。もうご飯は食べました?」

 「ああ、外でな」

 「なるほど。私もです。でね聞いてください。今日と言うか、さっきですが面白い事に会ったんですよ」

 「………」

 「実は今日、先生に車で家まで送ってもらっていたのですね、でその道中私が普段贔屓にしている店に一緒に行って、味を懇切丁寧に説明したんです。食べる前は喜んで聞いていたのですが、食べ後の車中でまた話そうとしたら涙目になって嫌がってたんですよね。ふふふ、今思い出しても笑えてきます」

 「………ほどほどにね。で、もう良いかな?」

 

 皐月には今の話でどこが面白かったのか皆目検討つかなかったが、葉月の話は終わったなら、適当に合わせさっさと切り上げ、リビングから離れ、2階に上がり自分に部屋に入った。

 

 「ハァー」

 

 皐月が去ったあと、リビングに一人残された葉月はため息をついた。

 どうやら、姉と仲直りできるのはまだまだ先に成りそうだ。やっぱり、タトゥーとかピアスとかを入れる事を勧めたのが、いけなかったのかな。

 それにしても、今日のあの涙目の先生………

 

 「ワンちゃんみたいで、可愛いかったなっ。私に彼氏が居たって知った時も………ふふふ、あー、どうにか首輪をつけて飼えないかなー」

 

 リビングにはテレビからの笑い声が響き、葉月は車中の坂上虎徹の事を思い出しながら、湧き出る愉悦を胸にゆっくりとソファに倒れた。

 

 すると、突然スマホに着信音が入った。

 

 葉月は眉をひそめて、苛立ちを顔に出した。

 

 「ちっ」

 

 大きく舌打ちをして、スマホを取る。スクリーンを見るて、葉月は更に不機嫌になったが、それでも、電話に出た。

 

 「なに?」

 『あ、あの、は、葉月さん』

 

 声の主は女性だった。葉月の不機嫌の一声を聞いて、緊張で声を尖らせる。

 

 「うん。それで、なに」

 『えっと、あの、上手くいきましたか?』

 「うん、上手く行ったよ」

 『そうですか、なら良かったです』

 「終わり? それじゃ」

 『あ! ま、待ってくださいっ!』

 「……まだなにか?」

 『あ、え、も、もう……やめませんか』

 「は?」

 『ひっ!? あ、わた、私もう辛くって……』

 「ふーん。それはなに、私に楯突くつもりと言う事?」

 『い、いえ。とんでもないです! ただ……」

 「ねぇ、あんた。高校生で援助交際していた事についてバラしてもいいの? していいなら、私は別にやめても良いよ」

 『……分かりました。やります』

 「……はあー、今回やってくれたら、別の人に変えてやるから」

 『ほんっ、本当ですか!?』

 「うん。約束する」

 『ありがとうございます! それで……やり方についてですが』

 「あ、そいうのは、変わらずあんたに任せる。あんたがあれをどういじめようが私には関係ないから」

 『はい。分かりました』

 「うん。今度こそ終わり? それじゃ」

 『はい。また明日です。葉月さん』

 

 電話を切って、葉月は小さく息を吐いた。

 

 「なんか、冷めちゃったなー」

 

 そう呟いて、葉月はリビングの電気を消してから自分の部屋へと戻る。

 

 途中で葉月は、オーケストラの指揮者の如く腕を動かし、自分が完全に支配した完璧なクラスを想像して、嫣然と笑った。

 

 あの女は後一度しか使えない、が、問題はない。まだ手札は何枚も残っている。

 それに、だって、秘密を抱えてない人なんて居ないのだから……

 




 坂上虎徹 ラノベ脳で先生になった 1年2組を担任している
 山口葉月 学級委員長 主人公に相談する 黒髪ロングで清楚 でも裏あり?
 宮園大志 イジメられているかも? 前髪が目にかかるぐらいある
 山口皐月 山口葉月の姉 葉月と仲が悪い ギャル金髪褐色 葉月の勧めで?耳ピアスに身体タトゥーを入れている

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