九尾の末裔なので最強を目指します   作:斑田猫蔵

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妖怪の道を選ぶに迷いなし

「それにまぁ、父さんを見て優しくて甘いって源吾郎が思うのも無理は無いわね」

 

 源吾郎、と名前を殊更に強調し、双葉は言った。

 

「何しろ源吾郎は末っ子でしょ? 子供が何人もいると、お父さんはどうしても末っ子に甘くなるのよ。それに年齢的にも、息子というよりも実質孫みたいな感じだし」

 

 実質孫。双葉のこの説明に源吾郎は納得していた。島崎家の家庭環境を知らぬ人間からは、源吾郎は宗一郎が若くして設けた息子だと誤解される事もしばしばあった。実の父である幸四郎は、源吾郎が生まれた時には四十代の後半である。孫を持つ年齢というにはちと早いかもしれないが、他の子供らと違って源吾郎を孫と見做していた可能性もぬぐえない。

 もちろん、幸四郎も三花と共に保護者としての責務は果たしていた。ついでに言えば宗一郎が源吾郎の父親のように見えたのは、それこそ若いパパのように張り切って末弟の面倒を見ていたからに他ならない。

(宗一郎自身が、そもそも弟妹の面倒を見るのが好きだったのだ)

 父の自分への態度に想いを馳せていると、双葉が言い添えた。

 

「そうね、若い頃のお父さんって宗一郎兄さんや誠二郎に似てるって思えばいいわ。あ、庄三郎もお父さんに似てる所があるかも。

 それでね源吾郎。お父さんも私や宗一郎兄さんだけの時は結構父親らしい感じだったのよ。まだお父さんも若かったし、それぞれ長男と長女だったから、子育てにも気合が入っていたのかも」

 

 若かった頃の父が兄たちに似ている。その言葉は源吾郎には思いがけないものだった。だが、源吾郎が知らぬ若き日の父の姿が明瞭に浮かんでくるようだった。

 兄たち、特に宗一郎や誠二郎が受け継いだ妖狐の特質は、実は母親や叔父たちに似た容貌だけだったりするのだ。身体的能力的な部分は人間とほぼ変わらないからだ。内面的な性格が父に似ているというのも自然な話だろう。

 四人いる息子らの中で一番父に似た気質なのは、二番目の兄・誠二郎だろうと源吾郎は思っていた。縁あって工場に勤務している次兄であるが、寡黙でコツコツチマチマと働くのが好きな部分は、学者で書きものが好きな父に相通じる部分があった。

 

「さて源吾郎。そろそろお父さんの話から離れて、妖怪としての話をしたらいかが? もちろん私も妖怪の事は多少は知っているけれど、今は私よりも源吾郎の方が多くの事を知ってるでしょうし」

「あ、うん。そうだった……」

 

 姉に促され、源吾郎は我に返ったような心地だった。そうだ。本当はここに集まった女性陣に自分の妖怪としての出自を明かし、ついで好印象を持ってもらう。そんなプランが脳裏にあったはずなのだ。

 ワクワクドキドキしながらも、源吾郎はそのようなプランを組み立てていた。しかし集まったメンバーを見た瞬間に、ある意味番狂わせが起こったのである。鳥園寺さんたちが集まっていた事も予想外だし、姉の後輩である畠中さんが源吾郎の父に関心を持ったのもそうだ。

 今更女子たちに異性として好かれようとは思っていない。しかし大妖怪の末裔として称賛はされたい。源吾郎は澄ました表情を作り、改めて自己紹介を始めた。

 

「既にご存じかと思いますが、僕は玉藻御前の直系の曾孫に当たります。もちろん人間の血も引いているのですが、妖怪として生きる方が肌に合っていると思ったので、高校を出てからは妖怪として生きております」

「玉藻御前がご先祖様で、お父さんが人間って事は半妖なんだよね?」

「そうですね。厳密には妖怪の血が四分の一、人間の血が四分の三ですが」

 

 驚いたように問いかける畠中さんに対して、源吾郎は涼しい顔で言ってのけた。今彼は尻尾を顕現させていない状態である。妖気を感じ取れない相手であれば、普通の人間に見えるのも致し方ないだろう。

 しかし場所が場所なので、尻尾を顕現してつまみ出されても問題である。飲食店は動物とか動物の体毛は禁物なのだ。

 そう思っていると、カウンターの向こうにいると思っていたバーテンが澄ました様子で源吾郎たちのテーブルに近付いてきた。理由はすぐに判った。手軽につまめる物を持ってきてくれたのだ。銀色の丸盆の上に載る皿の上には、スライスチーズとかクラッカーとか斜め切りされたカルパスとかが並んでいる。芸術的な配列がなされてあり、バーテンのセンスの良さとプロ意識が源吾郎にも読み取れた。

 

「どうぞ皆様盛り合わせです……それと九尾のお兄さん。別に気にせず尻尾を出してもらって構いませんよ」

 

 盛り合わせを置きながら、だしぬけにバーテンが言う。源吾郎が目を丸くしていると、茶目っ気たっぷりに彼は言い足した。

 

「本業はバーテンですけどね、実家が術者の一族なんで君らみたいなヒトたちとは馴染みなんですよ。むしろ私も、あなたの尻尾には興味ありますし」

 

 ああ成程そう言う事か。バーテンの言葉に源吾郎は腑に落ちた気分だった。というかよく考えれば、さっきからずっと自分らは妖怪だの半妖だのとはばからずに言っていた所ではないか。源吾郎はもちろんの事、兄姉たちも人間に対しておのれの本性を口にする事にはかなり慎重だ。そう言う方面に理解がある所を会場にしたのも、当然の流れだ。

 

「ま、確かにこれじゃあ普通の人間にしか見えないですよね」

 

 言いながら、源吾郎は軽く力み、尻尾を顕現させた。室内なので全長数十センチのミニサイズに留めておく。普通妖怪は変化するときの方が力むそうだが、源吾郎は尻尾を隠した状態の方が多い。尻尾を出す時に力んだのはそのためだった。

 ミニサイズなれど、自慢の尻尾である。春の連休の最中にバリカンで短く刈り込んだ事もあったが、今では何事も無かったかのように毛足も生え揃っている。

 ジャズらしき音楽が流れる中、源吾郎の銀白の尻尾は柔らかい照明の下でキラキラと輝いていた。

 女性陣の視線は、さも当然のように源吾郎の尻尾に向けられる。突然出現した事もさることながら、その美しさに見入っているのだろう。

 

「可愛らしい、いや綺麗な尻尾ねぇ……サラサラフワフワって感じかな」

「やっぱり島崎君も妖狐だし、尻尾の手入れの方もぬかりないわねぇ」

 

 まず声を上げたのは畠中さんと米田さんだった。彼女らは素直に源吾郎の尻尾の質の良さを褒めてくれている。

 若い女子らしくすぐに声を上げるだろうと思っていた鳥園寺さんは、源吾郎を凝視したまま思案に暮れているようだった。ややあってから、彼女は視線を源吾郎の尻尾から本体に戻し、口を開く。よく見たら真顔だ。

 

「てか思ったんだけど、島崎君前よりも妖力増えたみたいね。あ、確かに前も結構強そうな妖怪だって思ったけど……」

「妖力が増えた? 僕がですか」

 

 鳥園寺さんの問いに源吾郎は首をひねった。妖力が増えたというのは妖怪的には強くなったという事と同義だ。強さを求める妖怪として喜ぶべき言葉なのだろうが、何ともしっくりこなかった。自身が強くなったという自覚はあまり無かったから。

 

「どうなんでしょうかね。僕としては特に強くなったとか、そう言う所は特に感じませんが……」

 

 そう言って、源吾郎は出されてあるリンゴジュースで一旦唇を湿らせる。口の乾きが収まってから、もう一度口を開いた。尻尾を揺らしながら。

 

「それに尻尾も増えてませんよ? 狐というのは強くなるにつれて尻尾が増えるものなのですがね、特に増える気配もありませんし……」

 

 真顔で告げる源吾郎に対して、米田さんが笑い出した。と言ってもギャルっぽい見た目とは裏腹に、控えめで楚々とした笑い方である。

 

「島崎君、強くなりたいって言う意識が強いのは知ってるわ。それに多分鳥園寺さんが仰るように成長している事も事実だろうし。だけど強くなったからって、すぐに尻尾が増えるわけでもないのよ。もしそうなら、私たちは尻尾を増やすのに苦労しませんし……

 それにね、尻尾の数は増えれば増える程、次の尾が生えてくるまでに蓄えるべき妖力は増えるんですから。二尾とか三尾くらいまでは若い子が多いけど、それ以上になると若い子も少ないでしょ?」

「あ、はい。確かにそうですね……」

 

 米田さんの解説は優しげな物であったが、源吾郎は気恥ずかしさを覚えてしまった。妖狐は妖力を蓄えるたびに尻尾を増やすが、一尾から二尾、二尾から三尾と増えていくにつれて尻尾を増やすために必要な妖力が増えていく。その事は源吾郎も知っていた。

 才覚のある妖狐は若いうちに二尾や三尾になる事もままある。しかしそれ以降は才能よりも経験や実績なのだ。米田さんにたしなめられて、その事を一瞬とはいえ忘れていたのだと思い知らされた。

 

「あの、私もちょっと質問して良いかな?」

「もちろん、どうぞ」

 

 軽く手を挙げて質問の意思表示をしたのは畠中さんだった。

 

「さっき島崎君は半妖で、人間として暮らしていたけれど今は妖怪として暮らそうとしているのよね? その……自分の生き方で悩んだり、戸惑ったりした事は無いのかな?」

「悩みとか迷いはないですよ」

 

 畠中さんの問いに源吾郎は即答した。演技でも何でもない、本心からの答えである。

 

「確かに出自としては半妖……妖狐のクォーターになりますね。実を言えば、僕も血の濃さで言えば人間に近いんですよ。もちろん人間として生きる事も出来たのかもしれません。兄姉たちは人間として暮らしていますからね。

 ですが、人間としての生きる道には、俺が望んだものは無いと気付いたんです。そこがまぁ、俺が玉藻御前の血を色濃く引いているという証拠なのかもしれません。

 なので畠中さん。僕の事は心配しなくて大丈夫です。妖怪として生きる事に不満はないですし、むしろ望みが叶うと解っているので嬉しいくらいです」

 

 源吾郎がそう言って微笑むと、畠中さんだけではなく鳥園寺さんまでもが驚いたような表情を見せていた。


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