九尾の末裔なので最強を目指します   作:斑田猫蔵

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ハーレムの野望と源吾郎の才能

 ハーレム構築。この文言を源吾郎が口にしたその瞬間、周囲の空気は一変した。何というか、今までは源吾郎に対してかなり好意的な空気が漂っていた。それが変化したのである。良い方向か悪い方向かは言うまでも無かろう。

 

「ハーレム構築ねぇ、そ、そうなんだー」

 

 畠中さんはそう言ってひとまず笑った。場を和ませようとしてくれたに違いない。しかし明らかな作り笑いは硬いものだった。

 

「ま、まぁ島崎君も男の子だし、女の子に囲まれてチヤホヤされたいって気持ちがある事は解るかな。私も彼氏ができたけど職場でイケメンとかがいたらテンション上がるもん」

 

 鳥園寺さんは言いながらチーズを口に放る。美形を見ればテンションが上がる。何気ない一言であるが、源吾郎には何故かその言葉がグサッと来た。

 だが鳥園寺さんの言葉は終わりではない。チーズを飲み下すとそのまま言葉を続けた。

 

「だけど、そんな願望をガチで叶えたいって思うのは凄いと思うわ。色々な意味で」

「あ、ありがとうございます……」

 

 色々な意味で凄い。これが素直な称賛ではない事は源吾郎にも解っていた。何より、鳥園寺さんの眼差しには呆れの色が多分に浮かんでいる。

 

「だってさ島崎君。あなた今素面よね? そのリンゴジュースだって……」

「もちろんソフトドリンクですってば!」

 

 鳥園寺さんの質問に対して、源吾郎は半ば食い気味に応じた。おっとりした雰囲気のお嬢様と言った感じの鳥園寺さんなのだが、実のところ呑むのが好きな一面がある事を源吾郎は既に知っていた。というか今もお洒落なジュースを飲んでいるように見せかけてカクテルを口にしているし。

 

「もしかして、ハーレムが合法的に構築できるから妖怪としての生き方を選んだのかしら?」

 

 カクテルで喉を湿らせた鳥園寺さんは単刀直入に質問を投げかける。源吾郎は目をしばたたかせ、引きつった笑みを浮かべるのがやっとだった。ある意味彼女の言う通りではある。しかしそれを口にするのははばかられた。頷いたら頷いたで、「ハーレムを作りたいから妖怪の道を選んだドスケベ」と思われそうだし。

 ただでさえ変態疑惑が浮上しているのだ。あまり妙なイメージを持たれてしまうのは精神的にきつい。

 源吾郎が黙っていると、鳥園寺さんの視線は妖狐な米田さんに向けられた。

 

「聞いた話だと、妖怪の社会って一夫多妻も一妻多夫も相手が同意すればオッケーだって聞いたんですけれど、それって本当なのでしょうか」

 

 鳥園寺さんの問いかけは、米田さん相手でもかなり直截的だった。末っ子故に物怖じしない性格なのか、それとも米田さんの若いギャルっぽい見た目に引きずられた為なのか。源吾郎は不意にそんな事を思っていた。

 

「そうね。確かに妖怪社会の方が、結婚とか恋愛とかは自由度があるかもしれないわ。確かにみんなが納得すれば、一夫多妻とかでも咎められる事は無いわね。まぁ、妖狐の場合だと、一夫一妻とか一対一のカップルとか夫婦で落ち着くケースが多いけどね」

 

 妖狐が一夫一妻。そんな米田さんの解説に、畠中さんと鳥園寺さんが感心したように声を上げる。妖狐のステロタイプの中に淫獣というものもあるにはあるが、それこそ風評被害のようなものだ。無論魅了の術に長けた者もいるし、玉藻御前のように多情な妖狐もいる事はいる。しかし魅了の術はそもそも色事のみに使われるものではないし、多情なドスケベはむしろ種族というより個体としての特徴だ。何よりスケベは人間の方が多いという認識まであるくらいだし。

 

「ただ、一夫多妻とか一妻多夫を構築するならば、相手が愛人を抱えていたとしても笑って流せるほどの度量は必要でしょうね。何せ自分は一人なのに複数の妻や愛人を抱えているのよ。なのに妻や愛人たちには自分一人だけを相手にせよ、と強いるのは不公平に過ぎると思わない?」

「そ、そんなもんなんですね……」

 

 源吾郎は思わず声を上げていた。鳥園寺さんにしろ米田さんにしろ、今源吾郎が口にしたハーレム構築の件について色々と考えて思った事を口にしている。だがその内容はあまりにも重い。その重さ加減に源吾郎は少し引き気味だった。失礼かもしれないが、そんなにガチな話なんだ、と半ば他人事めいた考えさえ浮かんでいたくらいなのだ。

 

「そう言えば、昔のフランス貴族のマダムは、話し相手とかおだてて貰うために愛人を雇い入れていたそうよ。夫公認でね。だからその、源吾郎のハーレム要員が源吾郎とは別に愛人を作っててもそんなもんじゃないかしら」

 

 マジでか、と源吾郎は叫びそうになり、さりげなく口許に手を添えた。フランスは日本とはまるで異なり自由恋愛の国であるというが、男の愛人という職業があったとは恐れ入る話だ。

 

「夫公認の愛人がいたって、何か解る気がしますよ、島崎主任!」

 

 フランスマダムの愛人の話に喰いついたのは畠中さんだった。彼女は頬を赤らめてあからさまに興奮している。

 

「あ、確かに私は今独身で彼氏もいないですけど、やっぱり夫婦として夫を愛していても、イケメンとか美少年とかいたら良いなって思いますもん! それに貴族同士の結婚だったら色々と冷え切ってるでしょうし、そうなったらやっぱり心の潤いとお肌のためにも必要だったと思うんですよ。私も、メインの推しがいても、他のイケメンキャラとか気になりますし」

「……」

 

 源吾郎はしばし口を閉ざし、周囲を眺めていた。思いがけぬほどディープな話にもつれ込んだために、源吾郎には口を挟む猶予が与えられなかったのである。いかな女子力を磨いている源吾郎と言えども、愛人を持つマダムの気持ちを考察する事は難しい。少女漫画は目を通せてもレディコミには手が届かない。それが源吾郎の女子力だった。

 

「ねぇ島崎君」

 

 あれこれと思案する源吾郎に声をかけたのは鳥園寺さんだった。

 

「やっぱりハーレム構築を野望として据えたのは、学生時代にモテなかったからなのかしら?」

「モテたかどうかって話をしていないのに、モテなかったって決めつけるのは良くないですよ!」

 

 年長である鳥園寺さんを前に、源吾郎はやや強い語調で言い返してしまった。しかし鳥園寺さんは怯まない。むしろ得意げに微笑んでやっぱりモテなかったのよ、と言う始末だ。

 

「だって真にモテてる子だったら、そんなわざわざハーレム作りたいとか言わないもの。何もせずに女の子たちが寄って来るんだから、それが当然と思っているかもしれないよ」

「まぁ確かに仰る通りですよ」

 

 鳥園寺さんの言葉に、源吾郎は素直に頷いた。見た感じはおっとりとしたお嬢様なのだが、中々彼女も何を言い出すか予測がつかない。妙な事を言って刺激するのは危険だと感じたのだ。

 

「とはいえ、僕とてモテるように努力しましたし、今でも努力している所ですよ」

「それで努力して、強い妖怪になって、世界征服とかもやっちゃって、女の子にモテモテになりたいって事なのね?」

「ざっくりとしたところで言えばそんな感じですね」

 

 厳密には、最強の妖怪になる前にモテモテになったりハーレムを構築出来たりしていたら良いと思っているが、そこは話せばややこしくなりそうなので黙っておいた。強くなる事とモテモテになる事。この二つ自体は異なった事柄であるが、源吾郎の中では二つは分かちがたい者として絡み合っているのだから。

 

「モテモテになりたいから強い妖怪を目指して妖怪として生きるようになる事を決意したって、本当に凄い事よねぇ……」

 

 凄い事、と鳥園寺さんは今一度告げた。その言葉と表情には、呆れと共に感慨に耽った様子が滲んでいる。

 

「だってさ、モテモテになるだけだったら他の道だってあったはずでしょ? バンドを組んだりホストになったりさ。それこそ、大学デビューして垢ぬけた陽キャとかになったらモテモテになれるかもしれないし。

 なのに敢えて一番難しい道を選ぶなんて、やっぱり大物なのかもって思っちゃうな」

「まぁ、他の選択肢も考えた事はありましたよ」

 

 源吾郎は鳥園寺さんを見据え、軽く笑った。

 

「実はホストとかもなろうかなって思ってた時期があったんですよ。ですが小学生の時に作文で発表したら大問題が発生しましてね……それにこんな見た目なんでホストは諦めました。バンドとか、陽キャになるのも、本来の僕とは何か違いますしね」

 

 言いながら、源吾郎は学生だった時の事を思い出していた。女子に好かれる事を狙って演劇部に入った彼であるが、そこで恋愛を発展させていたら、或いは違った生き方を選んでいたのかもしれないと思っていたのだ。

 実を申せば、源吾郎は演劇のみならず声楽の方面の才もあった。演劇や声楽に詳しい者からは、そちらの進路を選ぶようにとそれとなくアドバイスされた事もある。

 しかし源吾郎はそれらをはねのけ、モテ道とおのれの野望のために、妖怪として生きる事を選んだのだ。




 本文中にあった「マダムの愛人(男)」は国によっては実在した職業らしいです。
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