九尾の末裔なので最強を目指します   作:斑田猫蔵

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雷獣は細かな事情を語りだす

 面談に同席していた雪羽だったが、彼はものの五分ほどで解放された。青松丸の監督のもと、適性試験やビジネスマナーの座学などをこなすのだという。その後は昨日出来なかった資料の準備を少し行うのだそうだ。

 一転して退屈そうな表情を浮かべた雪羽は、青松丸に優しく誘導されながらも会議室を後にした。

 

「……雪羽のやつ、無理して明るく振舞ってましたね」

 

 閉じられた扉を見ながら呟いたのは三國だった。やや深刻そうな表情を浮かべている。しかし口調には驚きはなく、むしろ予想通りだと言わんばかりでもあった。

 

「そりゃあ無理もありませんよ。昨日の事が尾を引いているんでしょうね」

 

 即座に応じる萩尾丸の言葉は落ち着いていたが、何処か軽薄な雰囲気が漂っているように思えた。世間話をするようなノリだと感じられたのだ。

 三國は思う所があるらしく、顔をしかめた。

 

「甥はあれでも神経の細かい所があるんですよ。信じて下さらないかもしれませんがね。その癖妙に頑固な所があって、落ち込んだり凹んでいたりするのをギリギリまで隠そうとするところもありますし……」

「雷園寺君の性質についてはその通りだと僕も思うよ。繊細な所はさておき、それ以外は若かった頃の君にそっくりだもん」

 

 またも口を開いたのは萩尾丸だった。三國の意見に同調するのみならず、サラッと指摘までする始末だ。若い頃の事を引き合いに出され、三國は渋い表情を浮かべる。その顔つきや目の動かし方は、確かに雷園寺雪羽のそれに良く似ていた。まぁ、誰しも年長者に若い頃の事を口出しされるのはしんどい事であろう。

 

「しかも今回は島崎君に襲撃された事もありますし、何よりその背景に蠱毒が絡んでいました。それがあいつにはこたえたんでしょうね」

「…………!」

 

 物静かな口調で告げる三國を前に、源吾郎はそれこそ電流を流されたような驚きを感じていた。雪羽がショックを受けた原因。それは源吾郎に襲撃された事ではなく蠱毒の影響があったからだと、三國が言外に告げているように思えてならなかったからだ。源吾郎は口の中が急激に渇き始めるのを感じた。三國はこれから何というのだろうか。

 

「蠱毒は妖怪たちにとっても恐ろしい存在ですが、雪羽にとって蠱毒はそれ以上の存在ですからね。何せ義姉《あね》、いや()()()()()()()()()()()()()()()。しかもそれが自分のせいだと思っていますし」

 

 顔をしかめて告げる三國から源吾郎は視線が離せないでいた。雪羽の母が蠱毒によって殺された。この事実を()()()()()()()()事に源吾郎は密かに衝撃を受けていたのだ。この事は叔父の三國は知らない話だと、雪羽から聞かされた直後であるし。

 源吾郎は萩尾丸や紅藤たち、そして春嵐に視線を走らせた。

 

「三國さん。雷園寺のお母様の事をご存じだったとは……」

 

――紅藤様か萩尾丸先輩が、要らぬ気を利かせてこの話を告げたのだろうか?

 師範や先輩たちには失礼と思いつつも源吾郎は心中でそう思っていたのだ。三國は諦観を寂しく滲ませながら頷くだけだった。ただ、源吾郎の狼狽ぶりに少し驚いた素振りを見せてはいたが。

 当たり前だろう。さも当然のように三國は言い放つ。

 

「のっぴきならぬ状況に陥った甥を引き取るんだからさ、そりゃあもちろん何故そうなったのか、その辺をきっちりと聞いておくのが筋という物なんだよ。

 あの話は兄……雪羽の父親から聞いたんだよ。俺が雪羽を引き取るって聞いて相当に焦って、それで事情を話してきたんだ」

 

 変な所で父親ぶったんだよ、あいつは。そう言い捨てる三國の顔には、抑えようのない嫌悪の色が浮かんでいた。

 

「そりゃあまぁ、兄だって雷園寺家とやらに縛られて、先妻と後妻の親族たちに睨まれて身動きがつかないのは俺だって知ってたよ。しかし兄は、やつらの要求を呑んで雪羽を手放すしかできなかったんだ。見捨てたのと同じさ。

――だというのに、俺が引き取ると言った時にはいっちょ前にうろたえたんだぜ? お前みたいな力だけある未熟者が引き取って大丈夫なのかってな?」

 

 源吾郎は何も言えず、ただただ三國を見る他なかった。雪羽が心配していたような、ショートする気配はなく、むしろ冷静な態度を見せている。だがその言葉の節々には、雪羽の父やその背後にある雷園寺家への冷ややかな悪意がにじみ出ていた。

 自分は末弟で、雷園寺家に嫁いだ兄の他にも兄姉が何匹かいる。三國は悪意を滲ませた表情そのままに源吾郎たちに言い添えた。

 

「力はないけど未熟者を卒業した兄貴たち姉貴たちはだな、初めから雪羽を引き取る事なんて信じられないと渋りやがったんだよ。元々は兄貴らも姉貴らも入り婿の弟妹たちって事で雷園寺家に散々すり寄って尻尾を振っていたくせにだぜ? ああそうだよ。それこそ次期当主になるかもしれないって言う雪羽にも叔父叔母として好かれようとあれこれ画策してたんじゃないかな。

 それがだな、当主だった義姉が亡くなって長兄が再婚させられて次期当主に相応しい息子が生まれた所で手の平返しをしたんだよ。雪羽は雷園寺家の厄介者だ、()()()をわざわざ取り込むのは馬鹿のする事だってな。ああ本当に、兄弟とはいえ情けない恥知らずどもだよ」

 

 だから俺が雪羽を引き取った。そう言う三國は勝ち誇ったような笑みを見せていた。

 

「放っておけばそれこそどこの馬の骨とも解らん妖怪とか術者に引き渡しかねない状況だったからな……もちろん、雪羽の事は不憫に思っていたよ。だけど、情けない兄姉たちにムカついたというのもまごう事なき事実さ」

「三國様……」

 

 雪羽にまつわる長い物語を聞いていた源吾郎は、衝撃を受けつつも腑に落ちた感覚を同時に抱いていた。雪羽の三國に対する過剰なまでの遠慮。生誕祭の折に灰高になじられた時の三國の激昂。その理由がここではっきりと解ったためだった。

 源吾郎はまた、静かな怒りを見せる三國の姿に驚いてもいた。冷ややかな悪意を滲ませながら語る三國の姿はある意味彼らしくない。だがそれこそが、兄姉らへの怒りの深さを物語ってもいた。

 さて三國に小さく呼びかけた春嵐は、おずおずと三國を眺めている。その視線に気づいた三國が咳払いしていた。

 

「ああ、申し訳ありません。ちょっとヒートアップしちゃいました。いやはや、もう三十年以上前の事なんですがね、思い出しただけで腹が立ってしまいまして……」

 

 そこまで言うと三國は言葉を濁らせる。既に落ち着きは取り戻したらしい。隣にいた春嵐は、三國をちらと見てから微苦笑を浮かべていた。

 

「あの日の事は私もはっきりと覚えてますよ。何しろ三國さんは、『野暮用だから出かける』と言ってふらっと出ていったかと思ったら、まだ幼い雷園寺の坊ちゃまを連れて帰って来ていたんですから。

 寝耳に水どころの騒ぎじゃなかったですよ。私も月華様たちも三國さんと雷園寺家の関係については存じておりましたが、雷園寺家の甥を引き取るなんて話は一言も聞かされていませんでしたからね」

 

 驚いたと言いつつも春嵐の表情はあくまでも穏やかだった。過去の事だと割り切っているのだろうか。そんな側近を前に三國も苦笑いを浮かべた。

 

「仲間であるハルや他の皆に伝えなかったのは悪かったと思ってるよ。しかしハル。もし事前に雪羽を引き取る話をしていたら、お前は無茶な事は止めるようにって説得してたんじゃあないのかい?」

「…………三國さんはやると決めたらやるお方ですから。無闇に止める事なんてできませんよ」

「その間が気になるなぁ。何のかんの言ってやはり俺を説得するつもりだったんじゃないか。ま、俺もそう言う事だろうと思って誰にも言わずに動いた訳だけど」

 

 三國と春嵐のやり取りを眺める源吾郎の心中には様々な考えが渦巻いていた。まずもって、雪羽の父方の親族が三國以外にも大勢いるという事に驚いた。雪羽が身内の話をするとき、保護者である三國やその妻の月華、或いは春嵐などの三國の部下たちの事しか話題に上らなかった。源吾郎はだから、今の今まで雪羽の父方の親族は三國だけだと思っていたのだ。だが三國の話が真実ならば、他の叔父たちや叔母たちについて言及しないのは当然の流れだとも感じている。

 

「人間に置き換えるとだね、高校を出て就職したばかりの若者が、小学生になるかならないかの幼子を養子として引き取ったようなものだよ、島崎君」

 

 考え込む源吾郎に解説したのは萩尾丸だった。彼のその顔には、いたずらっぽい笑みが浮かんでいる。

 

「しかもその若者は就職するまではヤンキー崩れの暴れん坊ときている……そりゃあ誰だって驚くし心配するだろう」

 

 三國たちの手前、頷くのは心の中だけに留めておいた。萩尾丸の解説のお陰で、三國の英断がどれほどの驚きをもたらしたのかはっきりと解ったのだ。衝動的に甥を引き取った三國の行為が善い事なのかどうか源吾郎には解らない。しかし三國らしい行動だと思った。

 

「まぁそんな経緯があって引きとった訳ですから、俺もしっかり雪羽を育てないと駄目だなと思ったんですよ。まずもって強さを得る事。それで雪羽の事をきちんと認めて安心させる事を重視しました」

「それで、今日の彼に至るって事だよね」

 

 萩尾丸の口調は相変わらず軽く、しかも笑い声さえ混じっていた。今日の彼が何を指すのかは明白だった。現に三國も春嵐も恥じ入ったような表情を見せているではないか。真の保護者である三國よりも、春嵐の方が深刻そうな表情であるけれど。

 

「強さを教えて自信を付けて、それで立派な妖怪に育てようと思ってたんだろうね。だけど実際には、プライドばかり高くて増長しがちな坊やになってしまったってところだね。しかも元々からして強くなる素養があったのに、三國君がせっせと鍛えたから無駄に強くなっちゃって、一層手に負えなくなったわけだし」

 

 更に萩尾丸は言い足した。雪羽がとんでもない存在に育ったという事を彼は言っている訳なのだが、やはりノリは軽い。他人事であると思っているというよりも、真相を知りつつ面白がっているという所だろうか。

 いずれにせよ性質の悪い話が展開されている事には違いない。

 

「……言い訳がましくなるかもしれませんが、最近では私どももどうにかせねばと思っていました」

 

 渋い表情を浮かべて言い放ったのは春嵐だった。

 

「遅かれ早かれ、雷園寺のお坊ちゃまは三國さんの許から離れ、外部機関で教育を受けさせようと思っていました。もう一人の保護者である月華様と一緒に、彼を受け入れて教育してくれそうなところをここ数年前から探してもいたんですね。

 ですが……中々良い所は見つからなかったんです。妖怪組織にしろ術者の組織にしろ、マトモな所はお坊ちゃまを受け入れようとしてくれませんでしたし、逆にすぐ受け入れようとするところは調べてみればきな臭い組織でしたし」

「灯台下暗しってやつだね」

 

 春嵐の密かな苦労話を聞いた萩尾丸はそう言って笑っていた。

 

「はじめから僕に相談していれば、月華さんはともかくとして春嵐君もそんなに苦労しなかったんじゃなかったかな。ほら、僕が妖材教育が好きなのは君らも知ってるでしょ?」

 

 萩尾丸の言葉に三國と春嵐は顔を見合わせているようだった。三國は三國で、春嵐と月華が共謀して動いていた事に驚いていたのかもしれない。

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