九尾の末裔なので最強を目指します   作:斑田猫蔵

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黒羽の使者は何を見る

 紅藤たちと三國たちの面談は未だに続くようだったが、源吾郎もまた席を外すように命じられた。三國は落ち着いて応対してくれたが、源吾郎が口走った呪われた血統云々の話は、蠱毒に憑かれたショックで取り乱したがゆえに出てきた言葉という事にされてしまった。いや俺は正気だったんだぜ。源吾郎は内心密かに憤慨してはいたが

それを口にする事はなかった。正気だと言えば言う程正気を疑われる事は源吾郎も心得ていたからだ。

 それに源吾郎がそう思っているだけで、自分はまだ本調子じゃないのかもしれないし。

 

 

 事務所に戻ると雪羽たちの姿が視界に飛び込んできた。大人しくデスクに向かって書き物をしていた雪羽であったが、源吾郎の姿に気付くや否や顔を上げて手を振ってきた。修道服の背後では尻尾も楽しげに揺れている。

 

「早かったじゃないっすか島崎先輩! 大丈夫だった?」

 

 妙にテンションの高い雪羽の許に、源吾郎はやや速足で近付く。普段のペースで動いていたら雪羽の方が駆け寄ってきそうなのを察知したためだ。

 

「うん。俺は大丈夫だよ。三國さんも優しかったし」

 

 子供だましの、当たり障りのない言葉が口から滑り落ちる。これに雪羽は疑問を持つだろうか? 源吾郎は少しだけ身構えていた。

 

「そっかぁ、良かったぁ」

 

 源吾郎の懸念は杞憂に終わった。良かったと言い放つ雪羽の面に浮かぶのは屈託のない笑みである。源吾郎の言葉を疑わず、素直に受け取った事がここでも明らかになった。

 源吾郎は安堵しつつも、雪羽も少し疲れているのだろうと思った。普段の雪羽であれば、源吾郎の心の揺らぎや演技を見抜いていたであろうから。雷獣は単純な嗜好の持ち主で深く考えるのが苦手であると聞かされていたが、その分直感力に長けている。雪羽もそんな雷獣の特徴を幼いながらも持ち合わせている事は源吾郎も既に気付いていた。

 

「雷園寺君も良かったよな。まぁ状況が状況だけど、三國さんに会えてさ。あの人も……立派なお、いや保護者だと思うよ」

 

 うっかり親と言いかけ、源吾郎は保護者と言い直した。疲れが残っているのは何も雪羽だけではないようだ。萩尾丸の言う通り、今の三國は実質的に雪羽の養父だ。しかし三國も雪羽も叔父と甥の関係であると頑なに主張している。雪羽の実父が健在であるから、気を遣っているのだろうか。

 

「先輩から見ても叔父貴は立派な保護者だって思うんですね。実はさ、俺に付き従ってたオトモダチとかからは叔父貴と俺はむしろ兄弟みたいだってよく言われてたからさ。そこんとこどうなんだろうって思ってたんだ」

「まぁ、そう思う人もいるって事だろうな」

 

 源吾郎はあっさりとした口調で流しておいた。三國は若くてヤンチャそうな気配を見せているから、雪羽の兄だと思えばそういう風に見えるのだろう。また妖怪は何百年も生きるから、百年近く歳の離れた兄弟というのもあり得る話だ。

 そもそも論として、源吾郎の中では父親と叔父と兄の区別は明確ではない。特に区別しなくても問題はなく、父も叔父も兄も「年長の親族男性」というくくりに入れておけば事足りたのだ。しかも長兄の振る舞いは父親のそれに近く、叔父の姿に実の兄以上に兄らしさを感じていた。

 そんな感覚を持つ源吾郎であるから、やはり雪羽の言葉は軽く流すのが無難なのだ。自分の親族男性たちの認識について話していたらそれこそややこしくなるわけだし。

 余談だが、母親や叔母や姉と言った「年長の親族女性」たちの方は明確に区別できている。母も叔母も姉もそれぞれ母として叔母として姉として源吾郎に接していたからだ。親族と言えども男女でそのような違いが出てくるのは不思議な話でもある。

 

「それよりさ、雷園寺君は何をやってたの」

 

 親族たちとの関係性を頭から振り払い源吾郎は尋ねた。源吾郎が面談に参加している間雪羽が何をやっていたか。素直に興味があったしそっちの話に移行したほうが良いような気もしたのだ。

 

「さっきまで適性検査をやってたんだ。それで今は勉強中」

 

 いやまぁ勉強って大変だぜ。ちょっと気の抜けた声を出しながらノートを源吾郎の近くに押し出した。白いノートの上には、明朝体めいた文字が行儀よく並んでいる。

 

「これ、雷園寺君が書いたのか?」

「俺のノートに俺以外の誰が書くって言うのさ? あ、でも雷撃を使ったら文字の印字も出来るけど、そう言うのはしんどくなるからあんまりやらないし」

 

 怪訝そうな表情を浮かべつつ返答する雪羽を前に、源吾郎の顔が引きつる。雷獣の新たな能力を知り素直に驚いていたのだ。雷撃放出に生体レーダや脳波への干渉だけでも大したものだ。それだけにとどまらず雷撃印字までできるとは……それがどう役に立つのかは解らないが。

 少し考えてから、源吾郎はノートの文字を指差した。気になった事は直接問うべきだと今更になって気付いたのだ。

 

「いや、そう言う事じゃないんだ。雷園寺君の文字、めっちゃ綺麗だからびっくりしたんだよ。女子の字って言っても遜色ない位だぜ」

「ああ、そう言う事だったのか。あはは。俺、先輩をびっくりさせるのに成功したな」

 

 雪羽が高笑いするのを見ているうちに源吾郎は安堵していた。普段通りの姿を見たからという事もあるが、それ以上に自分の意図した内容が相手に伝わった事を感じ取ったためでもあった。

 

「だけど字の綺麗さってのは男も女も関係ないよ。ていうか、俺らみたく貴族妖怪だと字が綺麗かどうかってのも結構大切なんだぜ? それこそ資料とか書類とかへのサインとか署名とかが大切になってくるわけだし……俺も昔、お屋敷にいた頃はじいやとかねえやから字の書き方は教えて貰ったんだ」

 

 お屋敷、とかじいやという言葉に源吾郎が面食らっていると、雪羽は得意げな笑みを浮かべて更に言い添える。

 

「島崎先輩だって無関係じゃないですよぉ。先輩だって、ゆくゆくは婚姻届けとかたくさん書くんじゃないんですか。そんなときに字が汚いと、奥さん候補がドン引きしちゃうかもですよ」

「確かにそれは大問題だな!」

「そうそう。先輩って奥さんいっぱい作るんだろうから、そう言う所も気を付けないと」

「確かにそうやな」

 

 妙な所で妙に二人で盛り上がっていると、それまで影の薄かった青松丸が咳払いをして自己主張をした。源吾郎は我に返った気分になり、ついでテンションもダダ下がりになった。彼はホッチキスで留めただけの冊子を源吾郎に見せつつ、困ったように微笑む。

 

「二人とも元気そうで何よりだけど、ひとまずは仕事……お勉強の方をやろうか。結婚とか婚約届けとかの話は君らにはまだ早いだろうし」

 

 そうですね……源吾郎は素直に頷き、青松丸から冊子を受け取った。

 オスの妖怪の場合、生後数十年程度で繁殖は可能になる。しかしすぐに相手の女妖怪とくっついたり子供を設けたりするようになるかと言えばそれは別の話なのだから。源吾郎らはある意味大人の話をしているつもりになっていたが、真の大人妖怪からすればやはり子供の戯言に見えたとしても致し方ない。

 

 

 昼休み。社員食堂から戻ってきた源吾郎は雪羽が起きていてこちらの様子を窺っている事に軽く驚いた。昼休憩の時、雪羽は食後突っ伏して寝ているか、手持ちの本を眺めてぼんやりしているかのどちらかである為だ。しかも彼も色々と疲れているであろうからなおさらだ。

 余談だが源吾郎が社員食堂に出向いたのは昼食を作る気力が戻っていなかったためである。人数的にも工場作業員向けの食堂だったが、源吾郎が利用しても問題はなかった。

 

「珍しいな雷園寺君。こんな時間に起きてるなんて」

 

 源吾郎の言葉に雪羽は軽く微笑むと、窓辺を見やってから口を開いた。

 

「何か普段以上に鴉が多いみたいで気になったんだよ。あいつらも繁殖期は過ぎてるのにさ」

「確かに……」

 

 鴉が多い。この指摘に源吾郎も素直に頷いた。研究センターから食堂に向かう道中で、源吾郎も鴉を複数羽見かけていた。彼らは空を飛んだり枝や屋根に止まったり啼き交わしたりと思い思いに過ごしていたが、中にはこちらを見ているような者もいた。嘴は太く盛り上がり啼き声も澄んでいたから、概ねハシブトガラスばかりなのだろう。

 

「そりゃあまぁ鴉なんてどこでもいるけれど、今日はやけに目立ったからさ……」

「得意のレーダーで調べたら、何処の誰なのか解るかもしれないぜ」

「確かにそうかも……」

 

 またしても世間話が弾みそうな瞬間を迎えていたが、何故か雪羽は途中で言葉を切った。不審に思い彼の視線を辿る。紅藤や萩尾丸たちが事務所に入って来るのが見えた。どうやら彼らは今の今まで打ち合わせを行っていたらしい。

 

「お疲れ様です、紅藤様に萩尾丸さん」

 

 何処からともなくやってきた青松丸が紅藤たちをねぎらう。お疲れ様です。源吾郎たちもこれに倣い、紅藤たちに挨拶をした。

 

「……打ち合わせの結果について、詳しい事は昼一にお話しするわ」

 

 紅藤はそう言って周囲を見やる。源吾郎と雪羽が互いに近くにいるのを見つけると、一呼吸置いてから言葉を続けた。

 

「今回の首謀者は、やはり八頭怪だと思っております。ですが……この雉鶏精一派に、というよりも八頭衆の中にも彼と通じている者がいるかもしれない。その可能性も浮上してきました。非常に残念な話ですが」

「あれだよ。獅子身中の虫という奴だね」

 

 裏切者が八頭衆の中にいるかもしれない。そう言った紅藤の顔は苦り切っていた。その一方で萩尾丸は道化めいた笑い顔を見せている。

 源吾郎の脳裏に浮かぶのは先程見た鴉たちだった。もしかしたら、何者かが鴉を通じて源吾郎たちを監視しているのではなかろうか。

 いや、鴉を使って監視しているのが誰かなどという事は明白だ。何しろ八頭衆には、鴉天狗の灰高がいるのだから。あの鴉は灰高の遣いなのだろう。

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