九尾の末裔なので最強を目指します   作:斑田猫蔵

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大妖怪たちの作戦会議――若狐は納得す

「そう言えば、今回の作戦にはそこの仔狐も加わるんですよね、萩尾丸さん」

 

 萩尾丸の視線の動きに気付いた灰高が、ここでようやく口を開いた。仔狐というのは言うまでもなく源吾郎の事である。玉藻御前の直系の末裔であり、既に中級妖怪の域にある彼の事を仔狐呼ばわりした事に、雪羽は軽く驚いてしまった。

 

「ええ。紅藤様から正式に許可も頂いておりますので」

 

 雪羽はそれとなく隣席の源吾郎に視線を向けた。詳しく観察するまでもなく、源吾郎は強い緊張状態に陥っていた。色白ながらも日頃は血色の良さが特徴的なのだが、今回ばかりは頬も青ざめ唇さえも白っぽく変色している始末である。ついでに言えば発言の節々や三國の言動に大げさなほど反応し、ぶるぶると震えていた。

 震える彼の背後では、白銀の毛並みに輝く四尾が針金のように鋭く直立していた。縮められず本来のサイズ――一本一本は全長一メートル半にも及ぶのだ――のまま生えているのだから、本体の緊張ぶりとは裏腹に尻尾の壮麗さが目を引いてしまう。もっとも、緊張のあまり変化がおろそかになり、尻尾のサイズの調整すらままならない状況にあるだけなのだが。

 源吾郎がここまで緊張しているのも無理からぬ話だろう。雷園寺君の異母弟が拉致されたから、その救出に君も協力してもらう。シンプル過ぎる解説と共に連行され、大妖怪たちの居並ぶ会合に出席されているのだから。

 社用車での移動の間に、萩尾丸は何がしかの説明を源吾郎に行っていたのかもしれない。しかし運転時間は二十分程度と短い物であったから、源吾郎が萩尾丸の言葉をきちんと咀嚼し理解できたかどうかは怪しい。というより雪羽自身も萩尾丸が何を語っていたのか判然としない所なのだから。

 

「島崎君には僕の部隊の補助員として参加してもらおうと思っているんです。そうですね……メインの救出部隊ではなく、サブの制圧・事後処理部隊の補助員に使う予定です。皆様も、僕が()()()()を行う際に後始末のために若妖怪を使う事があるのをご存じですよね? 今回は島崎君にもその役割を担ってもらおうと思ったんです。まぁ初陣ですので、指揮官の指示で動いてもらう事になりますが」

 

 萩尾丸は一度言葉を切ると視線を動かした。まず源吾郎を見やり、それから集まっている妖怪たちを見渡したのだ。

 

「サブの部隊に投入いたしますので、救出作業そのものに影響を与える心配はないでしょう。ですが彼の存在が下手人の反抗心を弱める作用をもたらすのではないか。そのように僕は考えているのです――何せ彼は玉藻御前の直系の子孫ですからね。よしんば向こうがそれを知らずとも、彼が強い妖怪である事には違いありませんし」

 

 源吾郎自身が、下手人たちが反抗する事に対する抑止力になる。その言葉を雪羽は不思議な気持ちで聞いていた。とはいえ源吾郎の能力を過小評価している訳ではない。萩尾丸や三國、そして彼らの側近たちも今回の救出劇に参加するのだ。大妖怪ばかり集まっている部隊の中では源吾郎の強さもさほど()()()()()のではなかろうか。そのように雪羽は思っていたのだ。

 

「成程、それでそこの仔狐を敢えて連れてきたという事ですね。良い使い方ではありませんか」

「九尾の末裔を手駒として扱える……犯行グループはさておき、雷園寺家や三國さんの縁者たちなどにそれを知らしめるうってつけのチャンスですもんねぇ。萩尾丸さんらしいお考えではありませんか」

「まぁ確かに島崎君も強いもんな。訓練とはいえ雪羽との戦闘で勝利した事もある訳だし」

 

 萩尾丸が思わせぶりに黙ると、他の妖怪たちが口々に意見を述べていた。雪羽は黙って彼らの言葉に耳を傾けるだけだった。源吾郎は確かに有能な妖怪なのかもしれない。しかし彼を使役できる権限を周囲に知らしめるのは別問題だろう。雪羽は素直にそう思い始めてもいたのだ。

 

「さて皆さん。島崎君を作戦に加える事に異存はありませんか? あれば何でも仰って下さい」

「萩尾丸さん……」

 

 異存が無いか。そう呼びかけた萩尾丸に対し、一人の妖怪が声を上げた。他ならぬ源吾郎その妖《ひと》だった。彼はご丁寧に手を挙げ、意見がある事を周囲にアピールしているではないか。

 

「僕自体は救助部隊に加わる事に異存はありません。紅藤様と、萩尾丸先輩からのご命令ですからね。ですが、その……」

 

 質問を投げかける源吾郎の言葉は途中でしりすぼみになっていた。直截的な事は言っていないものの、救出作戦の妖員として選抜され、投入される事に戸惑っているであろう事は伝わってきた。

 

「こんな事に関わるのは初めてだろうから、戸惑うし怖いんでしょ? 大丈夫だよ。君が動かねばならないのは時雨君たちの救出が終わってからの事だからね。相手が刃向かってきた時の妨害とかが出来ればと思ってはいるけれど、その場で妖気を垂れ流して相手を威圧するだけでも良いんだからさ」

 

 君の妖気であっても普通の妖怪相手では十分威圧出来るはず。萩尾丸は暗にそのように主張しているらしかった。

 源吾郎は神経質そうに組んでいた指を眺めていたが、思い切って顔を上げた。

 

「僕の妖気ごときで相手への威圧になるのでしょうか。というよりも、僕はこの度の救出作戦で足手まといになる気がしてならないのです」

 

 か細い声で絞り出されたその言葉こそが源吾郎の本音であろう。雪羽は密かにそう思っていた。時雨が拉致されたこの事件を、源吾郎は重大な事件であると彼なりに受け止めている事は雪羽にも解っていた。だからこそ源吾郎は憐れなほどに緊張し恐れおののいているのである。自分のしょうもないヘマが取り返しのつかない事態――要は時雨たちが死ぬ事だ――を招くであろう事を恐れている事もまた明らかだった。

 

「君がこうした場に慣れていない事は僕も初めから解っているよ。()()()()()後衛部隊に投入すると言ったんだ。島崎君。今回は君自身に妖質《ひとじち》を救出しろと無茶ぶりをしているんじゃあないんだ。妖質《ひとじち》の無事が確保された後に、それでも下手人たちが暴れるならばそれを制圧すれば良いだけの話さ。それも指揮官の指示の上でね。

 君も日々の修行と鍛錬で、拙いながらも妖怪としての闘い方を身に着けているだろう? その力を存分に振るえば良いんだ」

「…………」

 

 源吾郎はすぐには何も言わなかった。半信半疑と言った表情で、萩尾丸と雪羽とを交互に眺めている。

 

「島崎君。今回君にもこの救出作戦に参加してもらう事になったけれど、参加する事()()()()に意義があると僕たちが判断したからさ」

 

 萩尾丸は真面目な表情で断言した。源吾郎は相変わらず緊張した面持ちである。

 

「組織の頂点に立つ妖怪、絶大な権力を持つ妖怪にはリスクが憑き纏う事を、君には是非とも実感してほしいんだよ。島崎君。今回は雷園寺君の縁者が標的にされたけれど、こうした事は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()事でもあるんだよ」

「俺の周囲でも起こりうる事、ですか――」

 

 源吾郎は目をしばたたかせ、はっとしたような表情で萩尾丸を見つめ返していた。萩尾丸は澄ました表情で頷き、言葉を続ける。

 

「そうだとも。一般妖怪の間ですら小競り合いやトラブルはままあるんだ。それなのにどうして貴族妖怪や組織の幹部クラスの妖怪が平和に暮らせると思うんだい? 権力を持つほど影響力は増すし、影響力が増すほど敵対者も増えると心得るんだ。

 そして敵対者は必ずしも堂々と立ち回るとは限らない。むしろ相手の弱みを掌握し、そこを突くという動きを取るのが常だろう。今回のようにね。島崎君とて権力を持って有名になれば、君を陥れ傷つけるためだけに、君の妻子たちや信頼する部下を狙う輩が出てくる事があるかもしれない。その事を今のうちに知っておくのは大切な事なんだ」

 

 自分の身内を狙う輩がいずれ出てくるかもしれない。その鋭い言葉に源吾郎はまたも顔を伏せた。萩尾丸の真意を知り、彼なりに思う所があったのだろう。もしかしたら、親兄姉が自分のために狙われる事があるのではないか。そんな事を思ったりしているのかもしれなかった。

 数秒ほどしてから源吾郎は顔を上げた。顔色は戻っていないものの、その表情にはもはや迷いはなかった。

 

「解りました萩尾丸先輩。出来る範囲になりますが尽力いたします」

「納得してくれて良かったよ」

 

 萩尾丸はそう言うと、今度は救出作戦を源吾郎に敢えて教えた理由について言及していた。源吾郎には知らせずにおく事も考えたものの、萩尾丸や雪羽――特に雪羽――の態度の違いに戸惑い、不必要な心配をさせるのではないか。そのように萩尾丸は考えたらしい。また思いつめた雪羽が源吾郎に事のあらましを語り、そこから情報がリークする事も危惧していた。いっそ源吾郎にも打ち明けて救出作戦に巻き込めばこういった懸念は解消される。そのような意図から若狐源吾郎も救出作戦の一員に加わったのだ。

 もっともこれらの話については、妖怪たちは話半分に聞いているようだった。話している最中に三國の許に電話がかかってきたからだ。三國と春嵐は電話対応のために退出してはいるものの、半ば怒号とも呼べる三國の声は部屋の中からも丸聞こえだった。




 救出作戦の参加にガクブルしている島崎君ですが、一年前までは割とガチで普通の高校生だったんで仕方ないですね。
 この作品、メンタル面での成長がかなり重要視されてますからね……
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