九尾の末裔なので最強を目指します   作:斑田猫蔵

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 久しぶりに源吾郎君視点です。
 内容はまぁ……タイトルの通りですね。


半妖なじられ出自を思う

 萩尾丸の編成した救出部隊の一つ、後衛部隊第二班は比較的若い妖狐たちで編成されたグループだった。

 もっとも、若いと言っても相対的な話である。構成員の殆どは二尾であり、生後百年を超えた妖狐ばかりだった。百歳と言えば妖怪の中では若者の部類に入る。とはいえ凡庸ながらも経験を積んで堅実に力を蓄えているが故の落ち着きと思慮深さを彼らは具えていた。後衛の事後処理と言えども、幼い妖怪たちの生命に関わる仕事である事には変わりない。指揮官である萩尾丸はそう言った事も考慮して妖選《じんせん》を行っていたのだ。要するに、能力が高いが未熟な若妖怪ではなく、標準的な能力ながらもある程度経験を積み、冷静に行動できる妖狐たちを優先的に選んだのである。

 そうして編成された構成員の中に、一人だけ()()がいた。その妖狐は第二班の構成員の中では最年少でありながら、既に四尾に到達していた。能力が高く、それでいて未熟な妖狐である。

 件の妖狐の名は島崎源吾郎という。雉鶏精一派の第二幹部・紅藤の秘蔵っ子であり、尚且つ本当の玉藻御前の末裔の一人として名高い妖狐の半妖だった。

 

 

「ひっ……来るな、来ないでくださいお願いします……」

 

 へたり込み、鼻水と涙を垂れ流す標的を源吾郎は見下ろしていた。未だに周囲を照らし続ける照明が、四尾を具えた源吾郎の影を色濃く造り出していた。標的である人間の術者の男に、その源吾郎の影が重なる。

 雷園寺雪羽は既に彼の叔父である三國が保護しており、そのまま病院に搬送されていた。時雨たち一行も救出部隊によって保護済みである。源吾郎たち後衛部隊が行っているのは、残党狩りと物的証拠の収集だった。源吾郎は初陣ながらもその仕事を真面目にこなそうと思っていた。

 

「来ないでと言ってはいそうですか、と素直に返事すると思ってるんですか? 別に取って喰う訳でもないんですし、大人しく従った方が身のためですよ」

 

 源吾郎はため息のような声音でまず標的を説得した。相手は人間だし、手荒な事をせずに説得できれば良いと思っていたのだ。

 しかし――卑屈な表情で震える男の姿を見ているうちにふつふつと怒りが湧いてきた。お前何()()()()してるんだ、と。

 

「仕事云々はさておいて、あんたの事は赦せないんだよ」

 

 冷え冷えとしていた源吾郎の両目に、にわかに憤怒の焔が灯った。そうだ。こいつらは雷園寺の兄弟を、子供妖怪たちを嬉々として虐げて悦に入っていた連中なんだ。こいつ自体は末端で責任も罪も薄いのかもしれない。しかしだからと言って容赦する理由にはならない。

 源吾郎は意を決し、相手の腕を掴んだ。引き立てて確保するために。

 特段妖怪らしい事をしている訳ではない。妖狐の半妖である為に腕力は普通の成人男性と大差ないのだから。強いて言うならば、四尾を顕現し妖気を放出しているくらいであろうか。

 ところが術者の男は地面に尻を付けたまま、むずかり泣きじゃくり始めた。幼子のように。

 

「ゆ、赦せないだなんて、ひどい事を言わないで下さいよぉ。僕はですね、か弱い人間としてあいつらに、恐ろしい妖怪共に脅されて従っていただけなんですから。島崎さん、あなただって解るでしょう、人間がか弱くて、妖怪たちの横暴にはどうにもならないって。人間であり、尚且つ妖怪でもある島崎さんならば、僕の気持ちは解りますよね?」

「言うに事欠いて被害者面してるんじゃねえよクソダボが!」

 

 源吾郎の中で何かが弾けた。弾けた結果がこの恫喝だったのだ。術者の男は涙で濡れた瞳で源吾郎をひたと見つめている。先程の言葉も相まって、単に強者に媚びる恥知らずにしか見えなかった。

 生理的嫌悪を伴う義憤が源吾郎を突き動かしていた。

 

「いやいや従ってたから罪に問われないなんて思うとはド厚かましいにも程があるんだよ。振り込め詐欺も麻薬密売だろうと、何も知らない末端の馬鹿共まで情け容赦なく逮捕されている事くらい、テレビを見りゃあ解るだろうが! 捕まりたくないから嘘泣きして俺に見逃してもらおうって思ってる事くらいお見通しなんだよボケが。

 それにだな、俺にはお前の気持ちなんて解らないし解りたくもないな。雷園寺の兄弟を、子供を殺し合わせるようにけしかけて、その光景を手を叩いて喜んでいたような糞共の気持ちが解るくらいなら、死んだ方がマシじゃ!」

「……フン」

 

 ひとしきりまくしたて終えると、源吾郎は一息ついた。烈しい憤怒のせいで若干息が上がってしまったのだ。呼吸を整えている間も、もちろん男の様子に気を配ってはいる。彼はそこで、男の表情が一変した事に気付いた。情けない涙は既に引っ込んでおり、醒めた目つきで源吾郎を見上げていたのだ。むしろその彼の瞳にありありと侮蔑の色が浮かんでいた。

 

「チッ……半妖で人間として暮らしてきた期間が長いから話が通じるかと思ったけれど、所詮は()()()()()()()()()()()畜生だったって事ですかね。まぁそんなもんだろうと思ってたけどな。なんせご先祖様が血に飢えた淫売で、しかもそんなご先祖様に憧れているような手合いなんだからさ。しかもてめぇは元々人間様として育つようにって両親から育てられてたんだろう。それなのに妖怪として生きようとするなんて……忌々しい、混ざり者の裏切り者め」

「…………!」

 

 舌打ちと共に紡がれた男の言葉にたじろぎ、源吾郎は気付けば半歩ばかり退いていた。横っ面を張り倒されたような、心臓を無遠慮に握りしめられたような衝撃を源吾郎は受けていた。術者の男は単に源吾郎を詰っただけに過ぎない。だがその事に源吾郎はショックを受けていたのだ。

 源吾郎はだから、自分の斜め後ろから狐火が飛来してきた事に気付かなかった。

 

「ひっ、うわわ……」

 

 飛んできた狐火は男の右足の真横に着弾した。花火のように派手に光って広がっているように見えたために、男は情けない悲鳴を上げていた。妖狐たる源吾郎には、件の狐火が全くの見掛け倒しである事は見抜いていたのだが。

 

「そうだとも。僕らは人間様の話が通じない畜生なのかもしれないね……君ら人間様からしてみれば」

 

 落ち着いた調子の声音と共に、誰かが源吾郎の傍に歩み寄って来る。振り返ってみてみると、その誰かは二尾の黒い妖狐だった。萩尾丸の部下の一人であり、今は源吾郎と同じく後衛部隊第二班に投入されていた。余談だが彼は玉藻御前の末裔を自称しており、今回の救出作戦にはそうした自称・玉藻御前の末裔も複数存在していた。

 彼は今一度狐火を作り、今度はそれを自身の手許でフワフワと弄んでいた。

 

「あのさ、君はもう歩けないのかな? それだったら足なんて要らないよね?」

「何を勝手に……」

 

 男は恐怖と驚きと僅かな怒りで顔を赤く染めながらすっと立ち上がった。立ち上がった術者の男はそのまま護送されていった。源吾郎の許にやって来た黒狐ではなく、彼が術で顕現させた屈強な体躯の兵士によって。

 先輩妖狐が見せた鮮やかな手腕の一部始終を、源吾郎は呆けたように見つめる他なかった。だがしばらくすると肩に手を添えられ、その感触で我に返った。黒狐は朗らかな笑みを源吾郎に見せていた。

 

「ご苦労様。人間だから妖怪よりも捕まえるのが()だって、島崎君は思っちゃったのかもしれないね」

「…………そうかもしれないですね、先輩」

 

 職歴的にも妖生経験的にも先輩格に当たる黒狐の言葉に、源吾郎は素直に頷いた。黒狐もまた訳知り顔で頷き言葉を続ける。

 

「とはいえ、仮に残党を捕縛するんだったらむしろ妖怪を狙った方がやりやすかったかもしれないね。僕ら妖狐は言うに及ばず、妖怪たちの方が君の強さや血の意味を知っているだろうからさ」

 

 今度は源吾郎は何も言わなかった。人間ではない畜生。人間の世界に背を向けた裏切り者。術者の男の言葉が、源吾郎の頭の中でこだましていた。自分の生き方を、自分そのものを否定された。そのような考えがどうしても浮かんでしまう。

 

「島崎君。あいつに何か言われたのかもしれないけれど、そんなの気にしない方が良いよ」

 

 そんな源吾郎の心中を察したかのように、黒狐が言った。驚くほど優しい声音だったので、収まりの悪さを感じながら。

 

「ああいう手合いは単にその時の流れとか状況に合わせて生きているだけに過ぎないんだよ。だからそんな奴の言った事なんて気にしなくて良いんだ。萩尾丸様も紅藤様も、君が半妖だという事は特に気にしていないんだからさ。

……確かあいつは僕らとは話が通じないと言っていたよね。だけど残念ながら話が通じない相手が存在するというのはまごう事なき事実だったんだ。実際には、あいつが君の説得を聞かなかっただけなんだけどね。

 いや、そもそも話を聞いて素直に悔い改めるような手合いだったら、こんなテロまがいの行為に参加しないだろうけどね。ふふふ、あの男も身辺を洗ったら余罪がザクザク出てくるだろうさ」

 

 育ちの良い、上品なお坊ちゃまにしては頑張った方だと思うよ。黒狐のこの言葉を、源吾郎は複雑な気持ちで受け止める他なかった。相手が妖狐として源吾郎の言動を肯定してくれたのは有難かった。しかし()()()()()()()()()()である雷園寺雪羽が、今回の救出作戦で大活躍したのを源吾郎は知っている。

 もちろん源吾郎と雪羽の役割が違う事は解っている。それでも、おのれが世間知らずのお坊ちゃまに過ぎない気がしてならず、じりじりとした焦燥感を抱かずにはいられなかったのだ。




 ダボとは関西圏で用いられる方言であり、アホやドアホよりも強い罵倒を意味します。その上にクソを付けている訳ですから……源吾郎君ガチギレしてますねこれは。
 と言うか雪羽君に絡まれた件については、実はそれほど腹を立てていなかったのでは? と言う疑惑さえ浮かんできました。
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