九尾の末裔なので最強を目指します   作:斑田猫蔵

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災禍見据えて雷獣吼える

「……ごめんね二人とも。初めから僕が苅藻の叔父さんにきちんと依頼していれば君らを巻き込まずに済んだのに」

 

 苅藻の姿が見えなくなってから、兄の庄三郎はさも申し訳なさそうに呟いた。妖怪絡みの話になると察知した源吾郎が、即座に認識阻害の術を展開させる。この手の術は源吾郎としてはそれほど妖力を消耗しない。更に言えば今回は派手に闘う展開が訪れる事はまずない。

 だからこそ、自身の妖力の消耗を気にする事は無かったのだ。

 

「巻き込んだなんてとんでもありません。庄三郎さん。僕らは僕らの意志でここに来たんですから」

 

 庄三郎の言葉に真っ先に応じたのは雪羽だった。その声は若干上ずり、チワワかポメラニアンの遠吠えのようだった。そして明るい日中であるにもかかわらず、彼の瞳孔は黒々と開いていた。何故だか解らないが若干興奮しているようだった。

 

「苅藻さんがあんな事を言った時はヒヤッとしましたけど、それでも、苅藻さんが苅藻さんなりに二人を気にしていると知って僕は安心しました。お金に困ってる庄三郎さんの絵を買って下さるみたいですし……先輩には何に気を付ければいいか教えてくださったじゃないですか。

 うちの親族は……大人連中が糞みたいな連中で、まぁその糞まみれなので」

 

 雷園寺のやつ、結局それが言いたかっただけだろ。源吾郎はとっさにそう思ったが、もちろん口には出さなかった。

 身内に関する事柄に、雪羽が過剰反応するのは源吾郎も十二分に知っていたからだ。そして、親兄姉や親族に構われる源吾郎の境遇を羨み、密かに妬んでいたという事も。源吾郎はかつて、雪羽がただただ叔父の三國に甘やかされているのを見て、密かに嫉妬した事があった。状況が状況と言えども、今思えば実に浅はかな事だったと断言できる。源吾郎は叔父の一人や二人が厳しかろうとどうという事は無いが、雪羽には頼れる肉親は三國しかいなかったのだから。

 雪羽が今ここでおのれの親類への想いをぶちまけるのは適切な事ではないのかもしれない。しかし雪羽は今ここで言いたかったからこそぶちまけたのだろう。そのように思っていたから、源吾郎は特に何も言わなかった。それに自分は雪羽の言動を注意できるほど立派な存在でもないし。

 

「まぁその……家庭環境とか親戚関係も妖《ひと》それぞれだもんね。身内と言っても他人みたいなものだし、集まれば色々あると思うんだ」

 

 なだめるように告げたのは兄の庄三郎だった。その声音は優しくて落ち着き払ったものだった。何より雪羽に寄り添うような、大人びた物言いだった。ああ、やっぱり兄上は俺よりもうんと大人なのだ――当たり前すぎる事を、奇妙な感慨と共に源吾郎は抱いていた。

 

「ええと、ごめんね雷園寺君。何というかありきたりな事しか言えなくて」

「そんな事ないです庄三郎さん……と言うか、僕こそ何かすみません」

 

 ハッとしたような表情で雪羽が唐突に謝罪した。慌ただしい雪羽の表情の変化に面食らっていると、彼は眼鏡のつるや落ち着いた色味の髪に指を這わせながら告げた。

 

「ええと、その……名前とか見た目とか普段と違うんですけど、僕は雷園寺雪羽なんです。今回は人間も多いし色々とややこしいんで、人間の退魔師に化けてただけなんです。騙すつもりは無いんです」

「ふふっ、別にそっちも気にしてないから。大丈夫だよ雷園寺君」

 

 変装も何もバレバレやったやん……そんな風に源吾郎は心の中でツッコミを入れる傍ら、庄三郎の対応はやはり柔らかな物だった。初めから雷園寺君だろうと解っていたんだ。その言葉に雪羽はあからさまに驚いていた。

 

「前に会った時、雷園寺君も色々話してくれてたでしょ。その時に弟と仲良くしてくれているんだなって思ってね。そんな子だから、きっと弟の手助けに来てくれてるんじゃないかって僕は思ったんだけど」

 

 庄三郎の紡いだ言葉に、源吾郎も思わず感嘆の息を漏らしていた。変装がバレバレであるという事には触れずに、それらしい事を雪羽に伝えたのだから。

 頷く雪羽の表情はやけに凛としていた。

 

「ええ。本当に弟さんには……源吾郎さんには良くしてもらっています。僕にも()()()()()()()してもらえますし」

「そうだったんだね。それは良かったよ。源吾郎は末っ子でちょっとワガママな所があると思ってたから、雷園寺君に色々と迷惑を掛けていないかって心配していたんだけどね……」

 

 そんな、とんでもないですよ……雪羽と庄三郎のやり取りを、源吾郎は渋い気持ちで聞いていた。実の兄、それも末の兄にワガママだと言われた事は別にどうでも良い。()()()()()()()()()()()。雪羽の放ったその言葉が源吾郎には辛かったのだ。

 源吾郎の思う優しい人と、雪羽の考えるそれとは大きな差があるためだ。

 機嫌が悪くても嫌がらせを仕掛けない。ちょっとしたおやつや飲み物を渡す時に見返りを求めない。そんな態度でさえ雪羽は優しいと感じてしまうらしかったのだ。オトモダチと言う名の取り巻き連中との関係性を知っていたのでおよそ察しは着いていた事ではあるが……雪羽に優しさを見出されるたびに、源吾郎はじっとりとした気持ちを感じずにはいられなかった。

 

「ともあれ、叔父上は少し拗ねちゃって、俺らにツンデレをかましただけだって明らかになって良かったと思うよ」

 

 おのれの心中に立ち込める気持ちを払拭しようと、源吾郎はそんな事を言った。

 

「……急に兄上の絵を買うなんて、ツンデレムーブをかましていた割には羽振りがいいなぁ」

 

 苅藻がやって来てから数分後。源吾郎はギャラリー展のパンフレットを眺めながら隣の雪羽に呟いた。庄三郎はこの場にはいない。お手洗いに向かっていたからだ。源吾郎や雪羽の前では年長者らしく振舞っていたが、やはり緊張したらしい。

 パンフレットから視線を外し、隣の雪羽を眺めながら言葉を続ける。

 

「しかも来年とはいえ三國さん夫婦に出産祝いと……雷園寺君には次期当主候補決定のお祝いまで出すみたいだし……いやその、叔父上だって三國さんたちと交流があったから、そう言うお祝いを出すのは当然だと思ってるよ。だけど出費に出費が重なったら叔父上でもしんどいんじゃないかなって思ってさ……」

 

 雪羽の視線を気にしつつも、源吾郎は言葉を紡いだ。叔父の苅藻がどのようにお金を使うのか、その事についてとやかく言うつもりは無い。ただ今回は、ケチな苅藻の割には羽振りの良さが目立ち、不思議に思っただけだ。

 

「先輩もお金のやりくりとか気にするんですね」

「そりゃあね。一応一人暮らしだし」

 

 お金のやりくりと源吾郎が言った時、雪羽の表情は屈託のない物だった。雪羽自身はお金の心配とは無縁そうに源吾郎には見える。特に現在は萩尾丸の許で再教育を受けているので尚更だろう。お金の管理は萩尾丸がしていたし、萩尾丸の許で暮らしている間は、特に雪羽は出費の心配をしなくて良いのだから。

 

「苅藻さんが特に大丈夫なら大丈夫って事じゃないですかね。特段、その手の話はなさってなかったみたいですし」

 

 雪羽はそう言って視線をさまよわせていたが、源吾郎の方に向き直るといたずらっぽい笑みを浮かべて見せた。

 

「案外、萩尾丸さん辺りが苅藻さんに小道具の発注とか仕事の依頼とかをなさったのかもしれませんね。苅藻さんもいちかさんも、大昔は萩尾丸さんの許で術の手ほどきを受けて、それで一人前の術者に育ったみたいですし」

「…………」

 

 雪羽の大胆な仮説を前に源吾郎は言葉がすぐに出てこなかった。いかにも露骨な話であるが、その通りかもしれないと思っていたためだ。正式な弟子と言えるのかどうかは定かではないが、苅藻やいちかが萩尾丸の許で術者としての勉強をしていたのは事実であるらしい。源吾郎や雪羽が生まれる遥か昔の事であるが、そもそも萩尾丸は源吾郎の母よりも年上である。

 それに、萩尾丸は源吾郎たちの知らない事を多く知っているみたいだし、自分たちに知られないようにあれこれと手を回すのも得意だった。そのように思うと、雪羽の仮説も信憑性が増す気がしたのだ。

 

「とにかく先輩、苅藻さんのお金の出所はひとまず脇に置いて、これからどうするかを考えましょうよ」

「お、おう、うん……」

 

 弾んだ声音で雪羽に言われ、源吾郎はちょっとだけ面食らってしまった。雷獣である為か、雪羽は気持ちの変化がやや早い所がある。そうと知っていても、いざ触れてみると驚いてしまう事も多々あった。

 彼は手にしていたスマホの画面を源吾郎に突き付ける。「芦屋川満 事故」と言うワードでの検索画面だった。芦屋川満って誰だったか……そう思っていると雪羽がおもむろに口を開いた。

 

「狐の毛皮を使って作品を作った造形作家がきな臭いって苅藻さんも言ってたでしょ? それで気になって調べてみたんだよ。そうしたらこんな結果が出たって訳」

 

 認識阻害の結界が生きているのを良い事に、雪羽はスマホ画面を近づけて笑った。普段の彼らしからぬうっそりとした笑顔である。だがそれよりも――画面を躍る文字の方が源吾郎は気になった。

 芦屋川満そのものについては、資産家の子息だとか何だとかで羽振りの良い芸術家のボンボンであるらしい。だがその周囲の人間たちが問題だった。何というか、彼に近しい人物、特に才覚のある同業者が()()()()()()()()()()()()()()()というのだ。それも今年の下半期に入ってから。

 何かが造形作家に憑いている。禍々しくて厄介な存在だ――苅藻の言葉が源吾郎の脳裏で蘇る。

 

「それで……らいおんじ、いや梅園君はどう思うのさ」

「どうもこうもあるまい」

 

 源吾郎の問いかけに、雪羽は何故か憤慨したように鼻を鳴らした。

 

「こりゃあ完全に何かが、いやそれこそ蠱毒の仕業だろうね」

 

 蠱毒。そう言った雪羽の瞳が奇妙な塩梅にぎらついた。

 

「蠱毒は何も相手を取り殺すだけじゃあないんですよ。扱いようによっては、蠱毒はあるじに富をもたらす事だってできるんですから! とはいえ、その富も相手を陥れた上で得られる物なんですけどね」

「……そのくらい、俺だって知ってるよ」

 

 嬉々として、それこそモノに憑かれたような気配で話す雪羽に対し、源吾郎は冷静に言ってのけた。蠱毒ならば厄介だと苅藻が言うのも無理からぬ話だ。そのように納得していた源吾郎であるが、それでもなお雪羽は言葉を続けた。

 

「多分なんですけど、今回の蠱毒は犬神かもしれませんよ。苅藻さんも、下手人の狐が手出しできないって言ってたじゃないですか。犬神なら、お狐様も怖がるのは当然の流れですよ。蛇や金蚕(きんさん)とかなら、お狐様たちだってどうにかなるでしょうけれど。猫鬼(びょうき)は狂暴すぎて手に負えませんし」

「そもそも蛇や虫けらだろうとも、蠱毒である時点で普通の妖怪には手に負えない存在だと思うんだけどなぁ」

 

 そう言ってから、源吾郎は思わず身震いした。自身が蠱毒に侵蝕された時の事を思い出したからである。

 

「ま、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。猫みたいだとかハクビシンみたいだって言われるけれど、俺はあくまでも雷獣なんだ。犬っころなんて敵でも何でもないよ」

 

 雪羽は源吾郎の姿を見、やけにゆっくりとした口調で言い放ったのだった。雪羽の言葉は、彼の心情を反映したものではなくむしろ彼自身を鼓舞するための、恐怖を押し流すための言葉であるのだと源吾郎は解釈していた。

 ともあれ敵を知らなければならないだろう。そう思っていると、ようやく庄三郎が戻ってきた。

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