九尾の末裔なので最強を目指します   作:斑田猫蔵

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若妖怪は年明けに集う

 気が付けば大晦日も元日もあっという間に過ぎていった。もちろん源吾郎は食客としてぼんやり過ごしていた訳ではない。若き労働力として大掃除を手伝ったり、母や長兄の買い出しに駆り出されたりと、そこそこ充実した休みを送っていたのだ。

 家族たちと協力して年末年始を過ごしていたのは何も源吾郎だけではない。雷獣の雪羽とて同じ事であった。叔父夫婦の家で休暇を取っている彼もまた、家族のために何くれとなく雑事をこなしていたのだという。そして彼の養母である月華は大晦日に産気づき、元日の未明にかけて双子を出産したのだという。男児と女児が一人ずつで、母子ともに健康とのこと。月華と双子たちは五日程度入院せねばならない訳であり、今も産院で静養している最中なのだそうだ。

 休暇の間、源吾郎は雪羽と直接会っている訳ではない。それでも相手方の事情を知っているのは向こうから連絡が入って来るからだった。互いに休暇中は多忙であるから連絡は最小限にして負担が掛からないようにしておこう。年末休みの前に源吾郎と雪羽はそのように取り決めていたのだ。その取り決めに従いつつ、雪羽は割とマメに源吾郎にメールを入れていたのである。源吾郎の事を今となっては親しく思い、それ故に自分の現状を伝えたくて仕方がない。そんな彼の気持ちはメールの文面からも伝わっていた。

 のみならず、雪羽は年賀状まで源吾郎にあててしたためていたのだ。元日に実家に届いたから、それこそクリスマスの前後に投函したであろう事はうかがえた。しかもゴム判子を使っているもののほぼ手書きである。全くもって雪羽のマメさや用意周到さには恐れ入るばかりである。

 雪羽は確かに三國の許で甘やかされ、悪ガキと呼ぶにふさわしい振る舞いを行っていた時もあるにはあった。だが、雪羽の本性は()()()()()()()()()()()()事は源吾郎も知っている。雪羽は確かに強い妖怪であるし、その強さに相応しい地位に収まる事の出来る器の持ち主なのだと、源吾郎も素直に認めていた。

 何故源吾郎がそのように思っているのか。それは雪羽が初めから悪心を抱く妖怪ではないと悟ったからだった。今の雪羽は萩尾丸の再教育や源吾郎たちとの接触もあり、数か月前よりもうんと落ち着いた若妖怪に変貌していた。それは萩尾丸が雪羽を好ましい性格へと変質させたからではない。今源吾郎たちに見せている雪羽の性格の方が、本来の彼の性格なのだ。むしろ繊細で穏和な自身の心を護るために、そして他者に影響されやすい気質を具えたがために、あのヤンチャな悪ガキになっていたに過ぎないのだ、と。

 前々よりそのような気配は伺えたのだが、宗一郎たちと出会った時の頃の話を聞いて、やはり元は大人しい良い子だったのだと思うようになっていたのだ。むしろ幼かった頃の宗一郎が途方もないごんたくれで、事もあろうに雪羽の尻尾を引っ張って遊んでいたという話にはのけぞらんばかりに驚いたのだが。

 

 さてそんな雪羽なのだが、今朝は珍しく電話が入ってきたのだ。今日で三が日も終わりだし、折角だから一緒に初詣をしないか、と。源吾郎は少し考えてから、正式な返事は後で構わないかと雪羽に告げた。

 別段、初詣と称して雪羽に会う事には乗り気だった。明日になればどのみち職場で顔を合わせるのだが、それとこれとは別である。

 但し、会うにあたり懸念が二つばかりあった。親兄姉らから許可が下りるか否かと、家に帰る段取りについての事である。その二つがひとまず懸念として脳裏に浮上したのだが、まぁ大丈夫であろうと思い直す事にした。源吾郎とて年末年始の家族サービスは彼なりに行ったつもりである。家に戻る時間は予定よりも遅くなるかもしれないが、最悪タクシーを使えばどうとでもなるだろう、と。

 

「――そんな訳で、同僚の雷園寺君から初詣のお誘いが来たんだけど、行っても大丈夫かな?」

「別に良いのよ源吾郎。明日から仕事だから、仕事に障らないように気を付けてね」

「雷園寺君は同僚と言うより源吾郎の友達でもあるんだろう? 良いじゃないか、新年から気心の知れた相手と初詣も楽しいぞ」

 

 朝。源吾郎のややおずおずとした申し出を、両親は二つ返事で快諾してくれた。あまりにあっさりとしていたので源吾郎がむしろ拍子抜けするほどに。

 良いの? 俺、家族サービスをほっぽって遊びに行くけれど。半ば焦りつつ源吾郎が問うと、双葉が箸を止めてさもおかしげに笑みを向けてきたのだ。

 

「お父さんもお母さんもオッケー出してくれてるんだから、別に気にしなくて良いじゃない。ていうか私や誠二郎も、この休みの間にちょくちょく遊びに出かけたりもしたけれど、お父さんたちもお兄ちゃんも何も言わなかったんだから大丈夫よ。

……ま、源吾郎も末っ子で甘えん坊だから、家に戻って家族とべったり過ごしたいんだなぁって私は思ってたんだけど。庄三郎は元々出不精だし、ギャラリーもまだ閉まってるから出かけたがらないのは解るけど」

 

 姉の言葉に微妙な笑みを見せていると、兄の誠二郎が助け舟を出してくれた。

 

「姉さん、源吾郎だって曲がりなりにも独立してるんだから、まだまだ子供みたいだって思わせるような言い方をしたら嫌がるんじゃないかな? 多分だけど、源吾郎は父さんたちや俺らに気を遣ってずっと一緒にいてくれたんだと思ってたんだけど」

「ま、まぁ誠二郎兄様の言うとおりだよ」

 

 そうでしょ、と言わんばかりにこちらを見やる誠二郎に対し、源吾郎は慌てて頷いた。久々に家族に会えたのが嬉しくてべったりと過ごしてしまったのか、普段離れて暮らしているから家族サービスをせねばならないと思っていたのか。正直な所源吾郎にもどちらなのかはっきりしなかったけれど。

 

「そんな訳で、夕方までにはこっちに戻って来るつもりなんだ。それで荷物をまとめて今日中に帰るから」

 

 夕方から夜にかけてなら、電車についての心配もいらないだろう。源吾郎がそう言いかけたまさにその時、宗一郎から提案が降ってきた。

 

「源吾郎。帰りは僕が車で送ってあげるよ」

 

 長兄の申し出に、源吾郎は目を丸くした。そんな源吾郎に笑みを見せながら、宗一郎はゆっくりと言葉を続けた。

 

「流石に高速は混んでいるかも知れないけれど、車の方が電車よりも早く帰れるだろうからさ。源吾郎と雷園寺君は単に戦闘訓練だけじゃなくて仲が良いって聞いたから、きっとお互い積もる話もあるんじゃないかな。だからさ、今日は時間とか気にせず楽しんでもらえたらと僕も思ったんだ」

「お兄ちゃんってば、本当は源吾郎を車で送りたいだけでしょうに。まぁ源吾郎。そんな訳だから、帰りは車で送ってもらえば? あんただって電車代が浮く訳だし、ウィンウィンになるわよ」

 

 宗一郎の言葉に双葉は目ざとくツッコミを入れている。もちろん、源吾郎に長兄の意図を伝えた上でそれに乗るように促しているのだが。

 ありがとう兄上。感謝の意を示す源吾郎の笑みは引きつってしまった。正月休みの最後まで末弟の面倒を見てやりたい。面倒見のいい宗一郎らしい考えではないか。もちろん、源吾郎としても有難い話である事には変わりないのだが。

 

「宗一郎兄様。もし俺の住んでるアパートが何処か解らなかったら、近場の適当な所に降ろしてくれても構わないからね。吉崎町に入れば……そこから先は歩いて戻れるし」

「大丈夫だよ源吾郎。君の暮らしているアパートなら僕もちゃんと覚えてるよ。念のためにカーナビも入れたしさ」

 

 兄さんちょっと待ってよ。何処まで源吾郎を送り届けるのか。その話がまとまりそうになっていた丁度その時、庄三郎が切羽詰まったように声を上げた。もちろん、宗一郎は不思議そうに首をかしげている。

 

「源吾郎だけどね、アパートじゃなくて職場の研究センターに送り届けた方が良いと思うんだ。今はアパートじゃなくて、研究センターの中にある社宅暮らしらしいからさ」

 

 気を利かせたつもりの庄三郎の言葉に源吾郎は絶句した。源吾郎がこっそり研究センターの居住区に引っ越していた事は、親兄姉たちには伝えていなかったからだ。引っ越したとはいえアパートは別宅として時々利用しているし、伝えたら伝えたで兄姉らから質問責めになるだろうと思って伏せていたのである。

 庄三郎が何故その事を知っているのかは定かではない。しかし宗一郎が驚いている事だけは明らかだった。

 目が合うと、思案顔の宗一郎がゆっくりと口を開いた。

 

「……そうか。今は研究センターの傍で暮らしているんだね。源吾郎、研究センターの場所は流石にうろ覚えだから、道順とか教えてくれたら嬉しいな。

 それにしても、僕たちに何も言わず引っ越していたなんて……まぁ別に構わないんだけど」

「まぁ兄上たちに姉上。あのアパートも別宅として時々使ってますんでね。ほったらかしにしている訳じゃあないんだよ」

「源吾郎も考えれば狐だものね。ねぐらが複数あった方が落ち着くのかもしれないわ」

 

 狐になぞらえた母親の言葉に、源吾郎も兄姉たちも妙に納得してしまったのだった。

 

 昼前。源吾郎は参之宮北部の小さな広場にて雪羽と落ち合った。鳩が集まる事からハト山とも呼ばれる場所でもあるが、流石に鳩の姿は無かった。いかんせん人が多いからだ。もしかしたら源吾郎や雪羽よろしく人に変化した妖怪たちも紛れているのかもしれない。とにかく大通りは人の波がゆるゆると出来ており、それ故に鳩も野良猫もこれを敬遠して何処かに避難しているらしい。

 人の波は丹塗りの見事な大鳥居を潜り抜け、その先にある社に向かっている。生田さんは昔から参拝客が多いのだ。

 

「明けましておめでとう、雷園寺君! いやはや一週間ぶりだなぁ」

「こちらこそおめでとう」

 

 社に向かう人の波はさておき、源吾郎は見つけ出した雪羽に向き合い、互いに新年のあいさつを交わした。文面でのやり取りや時に電話のやり取りもあるにはあったが、やはり対面で言葉を交わす喜びは格別だ。互いに気心も知り、術較べのみならず様々な事でぶつかり合える存在であるから尚更に。

 源吾郎は目を細めながら雪羽の様子を観察した。雷獣が寒さに強いというのは真実らしく、彼はやや軽装だった。もちろん周囲の服装に合わせてコートなどを着込んではいるが、秋物と言って遜色ないほどに薄っぺらい。首許はマフラーではなくて水色のバンダナかスカーフをラフに巻いているだけでもあった。

 雪羽は嬉しそうに頬を火照らせていたが、その顔には若干の疲労の色も見え隠れしていた。休暇と言えども彼も彼で家族サービスなり何なりがあった事は容易に察する事が出来た。

 雷園寺君。雪羽に呼びかけながら、話す内容を考えながら源吾郎は口を動かした。

 

「君もこの年末年始は忙しかっただろうに、年賀状まで書いてくれてありがとうな。まさかそんなのを用意してるなんて思わなかったから驚いちゃったよ。

 俺なんかは、『会社のヒトには年賀状を送らなくて良い』って言う紅藤様の言葉を真に受けちゃったからさ」

「驚いてくれて何よりだぜ。やっぱりサプライズは驚いて、それで喜んでくれると嬉しいからさ」

 

 源吾郎の言葉に、雪羽はにやりと笑った。いたずらっぽい、それでいて人好きのする笑顔である。源吾郎ももちろん彼のこの笑顔が好きだった。

 

「だけど先輩は気にしなくて大丈夫なんですよ。初めから弟妹達に、穂村たちとか時雨たちに年賀状を送るつもりだったんで。先輩に送ったのもまぁオマケみたいなものに過ぎないし」

「新年早々よう言うわ」

「それよか戌年だからって事で犬の絵でしたけど、先輩は大丈夫でした? 俺らは雷獣だから、別に犬だろうと狼だろうと怖くないんだ。でも先輩はお狐様だし……」

「ははは、俺も別に大丈夫だよ。まぁチワワとかポメみたいな小型犬は苦手だけど」

 

 雪羽の言葉に源吾郎もまた笑った。源吾郎へ送った年賀状が単なるオマケに過ぎない。それが雪羽の()()()()()()事は源吾郎も解っていたのだ。

――昨年は仕事面のみならず、プライベートでも何かとお世話になりました。今年もお互い切磋琢磨していきたい所存です。

 雪羽のしたためた年賀状にはそのような旨の記述があったのだ。やや格式ばった文章ではあるものの、本心からのメッセージだったのだと源吾郎は信じている。

 

「それよか雷園寺君。月華さんも無事に赤ちゃんが生まれたんだってな。おめでとう。本当に良かったな」

「うん! 男の子と女の子の兄妹なんだよ。医者《せんせい》とか叔父貴たちによると、男の子の方が鵺の血が濃くて、女の子の方が雷獣の血が濃いんだってさ。子供たちの名前は……今叔父貴が考えてる所。春兄《はるにい》とか俺も案を出してるんだけど、やっぱり自分の子供には自分で考えた名前を付けたいって言ってるからさ」

「赤ちゃんの名前は父親が考えるって相場が決まってるもんなぁ」

 

 言いながら、源吾郎はその頬に笑みを浮かべていた。猫の仔やレッサーパンダの仔のような赤ん坊を抱っこする月華の姿や、赤ん坊の名前をああでもない、こうでもないと考える三國の姿などが脳裏に浮かんだからだ。

 雪羽ももちろん春嵐や三國の姉と一緒にその家族の輪の中にいたのは言うまでもない。源吾郎のそれとは違うが、彼も家族との幸せなひとときを過ごしていた事には変わりない。

 

 二人は人ごみの多い生田さんに向かうのは断念し、楠公さんに向かう事にした。参之宮からは多少歩かねばならないが、どちらも妖狐と雷獣であるから歩くのは苦ではない。それよりも遅々とした足取りの流れに乗るよりは幾分良いだろうと判断したのである。

 

「生田さんは縁結びの神様だけど、楠公さんは家内安全だからねぇ。ふふふ、俺が今一番求めている所なんだよ。それに叔父貴や春兄は月姉《つきねえ》が無事に赤ちゃんを産めるようにって楠公さんに何度かお願いしていたらしいから、そのお礼も兼ねているんだ」

 

 相変わらず雷園寺は信心深いなぁ。楠公さんに向かう理由について語る雪羽の姿を見ながら、源吾郎は密かに感心していた。雷獣は直情的・直感的な個体が多いのは事実だ。だがその一方で信心深く、雷神などを頼りにする者も多い。或いはもしかしたら、理論に濁らぬ考えの持ち主であるから、素直により強い者に身を委ねたり信仰を捧げる事が出来るのかもしれないが。

 今更めいた話にはなるが、妖怪たちが神社や寺院には出入りできないという風説は全くの大嘘である。それらの施設と妖怪たちは対立していないし、むしろ神仏の眷属として勤務できるのは妖怪たちにとっても誉れであるくらいなのだから。

 

「雷園寺君の事だから、天神様にお参りしに行くのかとも思っていたんだけど……」

「天神様へのお参りはもう済ませてあるよ」

「成程、そう言う事だったんだな」

 

 初詣と言って一つの神社や寺院に詣でる家もあれば、正月の間に複数の神社を巡る家もある。どうやら雪羽は後者であるようだった。源吾郎も後者に当たるのだけど。

 

 楠公さんへの道のりは二人だとあっという間だった。源吾郎も雪羽も近況報告や世間話が思いがけず弾み、むしろ気が付いたら到着していた……と言う塩梅だったのだ。源吾郎も雪羽がどのように年末年始を過ごしたのかを知る事となった。案の定と言うべきなのかどうか、彼も彼なりに叔父夫婦の助けになれるように色々と働いていたらしい。日中なのに疲れているように見えたのはやはり気のせいではなかったのだ。三國の姉や春嵐たちもいると言えども、それとこれとはまた違っていたのだろう。

 また、雷園寺家現当主から年賀状が届き電話でのやり取りをしたという話は意外な物だった。次期当主拉致事件が解決してからというもの、雪羽たちと雷園寺家の絶縁状態は解消されてはいる。しかしながら、急に現当主から雪羽に直接そんな風に連絡が来るとは。

 素直に驚きの色を見せると、雪羽は何とも言えない表情で笑っていた。

 

「本決まりじゃあないにしろ、俺だって雷園寺家の次期当主になる権限が与えられたでしょ? だからその……現当主殿だって俺の事を放っておけないと思って連絡を寄越したんだろうね。次期当主にならなかったとしても、俺が雷園寺家に連なる存在である事には変わりないんだからさ」

 

 雪羽が現当主の事を父親と呼ぶ事はついぞ無かった。源吾郎は相槌だけを打って、無駄口を叩かずに話に耳を傾けるだけだった。雷園寺家の一員として三十年ぶりに認められた雪羽であるが、実の父親である雷園寺千理の事を未だに憎んでいる事を源吾郎は知っている。それに三國の許で過ごした日々の方が今となっては長いから、憎しみ云々を抜きにしても身内と言う感覚が薄れているのかもしれない。

 それでも雪羽の言葉には今までのニュアンスとは微妙に異なったものを感じていた。それが何なのか気になりはしたが……源吾郎はその事にはあえて触れなかった。雷園寺家の事柄について、源吾郎が口を挟むものではないと解っていたから。

 その一方で、雪羽は島崎家に幼い頃の雪羽の写真が残っている事に驚いていた。大昔の事を引き合いに出されて嫌がるのではないか。源吾郎の脳裏にはそんな懸念があるにはあったのだが、雪羽はむしろ喜んでいた。昔の事ながらもそうして記録として留めてくれているのだ、と。

 さて二人で大楠公にお参りをした後は、社の境内に連なる屋台を何とはなしに見て回った。源吾郎も雪羽も食べ盛りの若者であるから、買い食いの方がお参りよりも楽しく感じるのは無理からぬ事であろう。もちろん、二人とも獣妖怪であるわけだから、チョコレートやネギ類などを使った料理は買わないように注意を払っていた。

 まぁ、源吾郎はいざという時のための散薬を念のためにと母に持たされていたし、紅藤から貰った護符には有害物質を無効化する権能があるから、うっかり食べてしまったとしても大丈夫なのだろうが。

 雪羽はベビーカステラやいちご飴を買い、源吾郎はポテトフライや唐揚げを購入した。ポテトフライの屋台の男性は気前のいい人物であり、ポテトに塩を振らないでほしいという源吾郎の申し出を特に言及せずに受け入れてくれたのだ。

 ひとまず購入した物を抱え持ち、源吾郎たちは落ち着いて食べられそうな場所を探した。生田さんほどではないにしろ、楠公さんも人の流れがそこそこある。境内の中に留まる事は出来ずに、外へと流れるように促されたのだ。

 だがやはり、そこは大きな社を抱えているだけの事はある。と言うのも、境内の外に連なる通りには、それとなく簡易ベンチが点々と置かれていたのだから。源吾郎たちはそれらのベンチの一つに腰を下ろした。軽装の若者二人であるから、そんなに場所を取る訳でもない。

 

「それにしても先輩、屋台で買ったもので好みがはっきり分かれましたね」

「でも雷園寺君は焼きトウモロコシは買わなかったんだね。あれば買うと思ったんだけど」

「トウモロコシはもう家で十分に堪能したからさ……トウモロコシ団子とかね。雷獣がトウモロコシが大好きなのは先輩も知ってるでしょ。だからトウモロコシ料理も豊富なんだよ」

「何だ、そう言う事だったのか」

 

 雪羽の言葉に源吾郎はしばし笑っていたが、ややあってからポテトフライと唐揚げのカップをベンチの上に置き、それから雪羽を見やった。

 

「さて雷園寺君。俺はポテトと唐揚げを買ったんだけどさ、一人で食べるにはちと多いから君も一緒にどうかな? ポテトの方は塩を振らないようにってお願いしたから、君も安心して食べられるはずだよ」

「良いの? それじゃあ俺のベビーカステラも何個か摘まんでも良いよ」

「ありがとうな雷園寺君。お言葉に甘えさせていただくぜ」

 

 後でお金払おうか? 雪羽の分のポテトと唐揚げをカップに分けようとした時にそんな言葉が降りかかり、源吾郎は思わず手を止めた。視線をずらして雪羽を見やると、彼は真剣なまなざしで源吾郎を見ているではないか。

 

「お金だなんて大げさだな。ポテトだって唐揚げだって言うて百円とか二百円くらいの物だしさ。俺は大丈夫だよ」

「……先輩って()()()優しいよね。何の()()()もなく俺に優しくしてくれるでしょ。お礼とかお金とか、本当に良いの?」

 

 何を言ってるんだ。源吾郎はそう言いかけてその言葉を呑み込んだ。先程までとは異なり、雪羽が所在なさそうな表情を浮かべている事に気付いたからだ。

 源吾郎の脳裏で様々な情景が浮かんでは消えていく。幼かった宗一郎や双葉と共に写っていた、幼子だった雪羽の姿。取り巻きである雑魚イタチとゴミパンダを従えてへらへら笑っていた雪羽の姿。そして――取り巻きをオトモダチと頑強に言い張り、裏切られたにも関わらず彼らの行状と未来を案じる雪羽の姿を。

 それから、雷園寺とオトモダチとの関係性についても思い出してしまった。雪羽はただ強大な力をもって弱小妖怪たる彼らを従えていたのではない。雪羽はきちんと彼らに見返りを与えていたのだ。それは金品だったり雪羽自身が道化として貶められる事だったりした訳であるが……いずれにせよ友人関係と言うにはいびつな物であった事には変わりはない。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。雪羽がそのように思っているのであろうから。

 だからこそ、見返りを求めない源吾郎の姿に雪羽は優しさを見出しているのだ。優しすぎて先輩が怖いよ、などと言ってのける事さえあったのだ。見返りを求めずに相手のために動く事など、源吾郎にとっては()()()()()()()()()

 でもそれを、正面から正す事は源吾郎にも出来なかった。

 

「良いんだよ雷園寺君。お金の事なんて、俺はもう就職しているんだから都合も付くしさ。それに何と言うか……別に俺は雷園寺君に何かしてもらいたいなんて言うスケベ心で動いているんじゃない。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 お前は間違っているんだ雷園寺。お金や、()()()()()()()()()()離れていくような手合いをお友達と称する事が()()()()()()()()()()。そんな奴は友達でも何でもない。見返りやお金を餌にしなくても、お前の事を気に入ってくれる本当の友達は出来るはずなんだから――源吾郎の主張はとめどなく溢れてきていたが、雪羽を見ながらそれを喉元で押さえ込んでいた。源吾郎には解っていた。雪羽が本当は自分以上に繊細な気質である事を。ましてや今は叔母のお産が終わったという事もあり、気を張っている所であろう。そんな時に強い言葉で言い募るのは悪手だと思っていた。

 そうだなぁ……ひたとこちらを見つめる雪羽を見つめ返しながら、源吾郎は慎重に言葉を紡いでいった。雪羽の思案顔を見ていると、彼の幼い頃に撮影されたポートレートに重なるように思えてしまう。

 

「……雷園寺君。もし俺に何かお礼がしたいのならさ、俺に色々な事を教えて欲しいんだ。職場では君が俺の事を先輩って呼んでくれてるけれど、本当は雷園寺君の方が年上で、妖生経験も豊富だと思ってる。何より戦闘慣れしてるじゃないか。俺だって強くなりたい。だから戦闘のコツとか妖怪としての心得を教えてくれよ、な。

 お金なんぞ貰うよりも、俺はそっちの方がよほど嬉しいよ」

 

 源吾郎が言うや否や、雪羽の表情がにわかに変化していった。物寂しげな表情から、花開くような笑みが蘇ったのである。

 

「あはは、先輩ってば面白い事を言うじゃないか。潜在能力とか妖力の多さで言えば、本当は俺なんかよりもうんと強いのに……でも先輩はまだ力を使い慣れてないし、何より優しいから中々力を振るうのが難しいのかもね」

「そこまで俺の弱点が解るのか……やっぱり雷園寺君は強いなぁ」

「まぁ萩尾丸さんの受け売りでもあるんだけどね。でも俺も、先輩が力を振るう事に慣れて躊躇わなくなったらとっても強い妖怪に化けると思ってるんだ。だってさ、現時点でも普通の狐たちはビビッて近付かないじゃん」

「ははは、そこまで言われるとなんか逆にくすぐったいな」

 

 源吾郎が笑うと、雪羽も目を細めて笑っていた。無邪気な少年の笑みとは違う、文字通り妖怪じみた笑顔である。

 

「――と言っても、先輩が強くなる間に俺だって強くなりますからね。俺だって負けず嫌いですよ。やられっぱなしは性に合わないし」

「何というか雷園寺君らしい言葉が聞けて嬉しいよ」

 

 二人の若妖怪は互いに顔を見合わせてしばし笑い合っていた。そうして今一度、目の前にいる雪羽が得難い友であると再確認した瞬間でもあったのだ。

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