九尾の末裔なので最強を目指します   作:斑田猫蔵

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(モフ始め何て言葉は辞書には)ないです。


モフ始めと唐突なる妖術実験

「あはーっ、良いお風呂だったぜ島崎先輩。お風呂までありがとうございます。極論、家に戻った時に朝風呂でも良いかなって思ってたんだけどね」

「今の季節、朝風呂はあんまり良くないんじゃないの? お湯も冷えてるし、風邪でも引いたら大惨事だぜ」

 

 雪羽と共に居住区に戻ってから三十分後。そのままでもアレなので、源吾郎と雪羽は順に入浴を済ませたのだ。話し合うにしてもそのまま寝るにしてもお風呂にだけは入っておこうと源吾郎は思ったためである。

 源吾郎が上がった後に入れ違いで雪羽も入浴したのだが……タオルで水気を拭った雪羽は、何故か変化を解いて本来の姿に戻ったのである。しかもきちんと肌着とか服を着こんでいたのを見ていたから、余計に彼の動きが奇妙な物に見えてならなかった。

 

「それよか雷園寺君。どうして変化を解いて本来の姿になったんだい? 雷園寺君は確か、寝る時も人型を保ったまんまだったはずでしょ?」

 

 優しく捕まえてモフモフしてみたい。唐突に湧き上がった欲望を押し隠しつつ、源吾郎は雪羽に問いかけた。白銀の毛皮を纏う、猫ともハクビシンともつかぬこの姿こそが雪羽の、雷獣としての本来の姿なのだ。普段は人間の少年の姿であるのだが、その姿は人型と呼ばれるものである。変化の一種であり、妖怪が人間に擬態するための姿でもあった。

 獣妖怪、特に若く幼い個体の場合、活動中は人型であっても休んだり眠ったりするときは変化を解いて本来の姿に戻る事がほとんどだ。実を言えば、源吾郎も眠る時は変化を解く妖怪の一人に分類される。変化術は得意なのだが、寝る時まで変化を使うのはしんどいし尻尾が凝りそうだと思っているのだから。

 だが雪羽は違っていた。彼は眠る時や休む時でも人型を保ったままで過ごすと言っていたし、実際その通りであったのは彼をこの部屋に泊めた時に源吾郎も目の当たりにした。むしろ人間のように人型で過ごし、本腰を入れて闘う時のみ獣の姿に戻る。それが雪羽のスタイルであった。もちろん、急に失神したり大怪我をした際はやはり本来の姿に戻ってしまうが、それは例外中の例外だ。

 入浴後に本来の姿に戻った雪羽を見て、源吾郎が不思議がったのはつまりはそう言う事が理由だったのだ。しかも、前回この部屋に泊り込んだ時は、普段通り人型のまま布団に入って寝ていたのを目の当たりにしたのだから。

 

「いやその……前に泊まった時に思ってたんだけどさ、人型だったら場所も取るし、先輩も予備の布団とか用意しないといけないのがちょっと申し訳ないからさ……この姿だったら場所も取らないし、座布団とかクッションでも大丈夫だよ」

「そこまで気を遣わなくて良いのに」

 

 妙に気遣いモードに入った雪羽に対し、源吾郎はため息で応じた。

 

「別に前だって布団とか場所とか用意したから別に今回も大丈夫だよ。しかも、前と違って今は真冬だぞ。身体が冷えたら大変じゃないか」

「やだなぁ先輩。俺が……と言うか成長した雷獣が寒さに強いのは先輩も知ってるでしょ? ちゃんと今は冬毛だし」

「あ、確かに」

 

 気の抜けた様子で源吾郎が言うと、雪羽は得意げに背中の毛を逆立ててついでに三尾を立ち上げて先端だけ揺らした。尻尾の動きは機嫌の良い時の猫の動きそのままである。

 冬毛と言うのも、言われてみれば前に本来の姿を見た時よりも毛が密集しているように見える。寒さに強く暑さに若干弱いという雷獣の特性も、以前苅藻に教えてもらった所である。だからこそ狐火で炙るという技を源吾郎は考えだしたりしたのだが。

 

「やっぱりさ、俺らは時に雷雲の許まで飛び上がる事があるから、ゼロ度とか氷点下一桁くらいだったら風邪をひいたりとかそんな事は殆ど無いんだよ。

 それにね先輩。三國の叔父貴なんかはね、敵対組織の抗争があった時に春兄と一緒に拘束されて、業務用の冷凍庫に一晩放り込まれた事もあったんだ。それでも叔父貴は文字通り涼しい顔で冷凍庫の中をやり過ごして……ついでに冷凍庫の中に入っていた冷食を食べ散らかして連中をびっくりさせたんだって。あ、もちろん後で敵対組織の連中はフルボッコにしたらしいよ。

 だからね、俺も多分、業務用冷凍庫にぶち込まれても二、三時間くらいなら大丈夫な気がするんだ」

「そもそもなんで業務用冷凍庫に放り込まれるような事態になったのさ。むしろそこが気になるよ」

 

 翠眼を輝かせながら三國の武勇伝を語る雪羽に対し、源吾郎は割と真面目なトーンでツッコミを入れてしまった。要するに雷獣は寒さに強いという話なのだろうが、いかんせん冷凍庫に放り込まれたという話題が強すぎる。

 しかし何というか、いかにも三國らしいエピソードである事に変わりがないのが何とも悩ましい所である。若き大妖怪である三國には、これ以外にも大暴れしたというエピソードに事欠かないのだ。ビルに自家用車ごと突っ込んだという話が代表例であろう。萩尾丸でさえも、元々は戦闘能力の高さに感心していたが、あまりにも無茶苦茶な戦法ばかり使うので闘いの場から彼を()()()という位であるし。

 して思えば、そんな三國に育てられた雪羽がヤンチャな悪ガキに育ってしまったのはある意味自然の摂理なのかもしれない。何となれば叔父よりもまだ()()なくらいではなかろうか。

 それはそうと。源吾郎は話を一旦脇に置き雪羽を見やった。

 

「雷園寺君たちが寒さにめっちゃ強いのは解ったよ。冬場でも戦闘訓練では動きは良かったもんね。むしろキレが増していたような気もするかな」

「先輩は何か寒がりですもんね。お狐様も、雷獣ほどではないにしろ比較的寒さに強いって思ってたんですけど」

「言うて俺は半妖だよ。毛皮だって尻尾の所しかないし……純血の妖狐の皆よりも寒がりなのかも」

 

 源吾郎はそう言ってまたしてもため息をついた。源吾郎の意識や自我は妖狐のそれに傾いている。だがどうしても、折に触れて自分に人間の血が混ざっている事を思わざるを得ないシーンに直面してしまうのだ。同年代の人間と比較した場合、源吾郎の身体能力は決して劣ってなどはいない。だが、純血の妖狐と比較すれば劣っていたり鈍かったり弱かったりする部分が見受けられる。他の妖怪たちは研究センターの面々も含めて特に気にしたりからかったりはしないが、源吾郎はそれが時に気になってしまうのだ。

 そう言う所を含めたコンプレックスこそが、源吾郎の()()としての側面でもあった。

 

「それはそうと雷園寺君。別に君が変化を解く必要はなかったんだよ。二人でも十分寝るスペースもあるしさ。とりあえず、ちょっくらこっちに来てくれよ」

 

 猫に似た本来の姿の雪羽に向けて源吾郎は手を伸ばす。雪羽は鼻先をヒクヒクと動かしていたが、何かに察したらしく口許に笑みを浮かべた。

 

「えへへへへ。島崎先輩。実は俺、先輩が俺をモフモフしたいって事は解っていたんすよ。先輩だってでっかいモフモフをぶら下げているのに、他の妖《ひと》のモフモフへの執着が凄まじいなって前々から思ってたし。

 一宿の恩義ですし、まぁ新年なのでモフ始めってやつですよ」

「バレたか」

 

 自身の思惑を言い当てられた源吾郎は、いたずらっぽく微笑んで舌を出した。モフモフした小動物を撫でたり抱っこしたいという欲求が源吾郎の中にあるのは事実なのだから。

 但し、今回は単純に雪羽をモフモフしたいと思っているだけではないのだが。

 

「そう言ってくれるのなら、お言葉に甘えて雷園寺君のモフモフ具合を堪能しちゃおうかな。本当は、ちょっとした術の練習をやってみようとも思ってたんだけどね」

「術の練習?」

 

 近付いてきた雪羽が訝しげな様子でねめ上げてきたので、慌てて言葉を付け足した。

 

「何、危ない術とかじゃあないよ。単に変化術とかの補助をやってみたいなって思っただけだよ。ほらさ、雷園寺君って人型になる時の変化とかぎこちないし、なんか色々消耗してるなって思ったから……」

「よく解んないけれど、俺は大丈夫だよ」

 

 そこまで言うと、雪羽はそのまま源吾郎の懐に文字通り飛び込んできた。動きは素早かったが、それでも雪羽もいろいろ調整してくれたらしい。ぶつかられた感触や衝撃は特に無かったのだから。

 座り込む源吾郎の膝元に収まった雪羽の毛皮を、源吾郎はそっと撫でた。実は前にも雪羽の毛皮を撫でた事があるのだが、その時は感触を味わうまでには至っていなかった。戦闘訓練の直後、それも雪羽に初勝利した時の事だったからだ。あの時は雪羽に勝利した事に驚き、ついで集まっていた妖狐たちの雪羽への中傷めいた言葉にショックを受けていたのだから。

 

「あー、やっぱりフワフワしているなぁ。いやもう、本当に良い毛並みだぜ雷園寺君」

 

 背中の長い毛を撫でながら、源吾郎は思わず本音を漏らしていた。月並みな表現になるが、雪羽の長毛は絹のような手触りであった。毛足が長く、毛皮そのものが輝くような銀白色であるから尚更そう思うのかもしれない。

 

「へへへ、お狐様である島崎先輩にそう言われたら嬉しいな。先輩だっていい感じのモフモフなんですから」

 

 撫でられている雪羽も満更ではない様子であり、猫のように背を丸めて伸びあがり、源吾郎の手の平におのれの毛や背中を押し付けてくる。

 モフモフを堪能する、と息巻いていた源吾郎であるが、実際の所派手に抱っこしたり色々な所を触ったりするのは何となく恥ずかしかった。どうしても普段の人型の姿が脳裏をちらつくからだった。同性であり男である事は解っているし、なんなら今は人型ではなくて獣の姿だ。それでも、人の姿をしていた者の身体のあちこちを触れるのは何となく奇妙な感覚に囚われてしまう。

 

「先輩ってば控えめっすね。もっとワシワシやっても大丈夫ですからね。春兄とか、いつもずっとブラッシングしてくれますし、俺がちっさかった頃は何かと抱っこしてくれたんですから」

「それはその……春嵐さんは雷園寺君のお兄さんみたいな妖だからだろうに」

 

 尻尾をくねらせながら、雪羽は春嵐の事までも引き合いに出していた。春嵐は風生獣であるが、三國とは兄弟のように支え合っている事は源吾郎も知っていた。もちろん、雪羽とも関わりの深い妖物である。三國と月華が保護者であるならば、春嵐は親戚のお兄さんと言ったポジションであろうか。とかく礼儀正しく穏和な青年であり、源吾郎も素直に慕っていた。

 さて背中や尻尾の付け根などをひととおり撫でてモフモフ具合を堪能した源吾郎は、それとなく雪羽を床の上に誘導した。大人しく雪羽も床の上に向かうあたり、動物である犬猫とは違うのだなと妙な事を思いはしたが。

 

「それじゃ雷園寺君。術の実験をやってみるよ。君も君で人型になる所をイメージしてみてよ」

「はいよ」

 

 雪羽の短い返事を聞くや、源吾郎は雪羽の肩のあたりに手をかざした。実はあの時は単純にモフモフしていただけではない。雪羽の妖気の流れがどのような物か探ってもいたのだ。

 妖怪が保有する妖気は、さながら血液のように身体の中を巡回している。その流れに干渉する事により、様々な事が起きるのを源吾郎は身をもって知っていた。

 そして今回、それを雪羽を相手に行使するのだった。

 源吾郎の手の平から妖気が溢れ出す。煙のような妖気が雪羽の身体を包み込んだ直後、雪羽の変化が完了していた。本来の小さな獣の姿から、普段見慣れた人型の姿に戻っていたのだ。

 

「あ……もう変化が終わったんだ?」

 

 源吾郎の術を受けた雪羽は、文字通り狐につままれたような表情だった。今再び胡坐をかき、手許や腕を眺めながら変化が完了した事を確認していた。

 変化術において、本来の姿から人型にシームレスに切り替わる事は妖狐や化け狸では珍しい事ではない。それこそ一尾でも変化とはそんな風に行っている。源吾郎とてそうだ。

 だが雪羽の変化は異なっていた。人型から本来の姿に戻るのは割合スムーズなようだが、獣の姿から人型に戻るまでに、色々と時間とか手間とかが掛かっているように見えたのだ。何せ大型の獣の姿に膨れ上がり、半獣の姿を経て人型になるのだから。二つの姿に行き来するのに、中間形態が雪羽には必要であるらしかったのだ。

 

「おっしゃ。成功したみたいだな。目論見通りだぜ」

 

 だが少し妖気を多く消耗してしまったか。若干頭がふらつくのをこらえながら、源吾郎は雪羽に解説した。今回は源吾郎も妖気を放出し、雪羽の変化がスムーズに行えるような実験を行ったのだ。結果として雪羽は中間形態を挟まずに人型になった。雪羽自身も特に負荷がかかった様子は無いし、そうした方面でも実験は大成功だ。

 

「前に俺が宮坂京子に変化していた時を覚えているかな。あの時、灰高様に妖気を打ち込まれて、妖気の乱れがあったから変化が解けちゃったんだよ。そうした作用を逆手に取れば、もしかしたら()の事が出来るんじゃないかなって思ってね」

「成程……まさかそんな事をヒントにして、妖術を考えるなんて」

 

 雪羽は思案顔で源吾郎を眺めている。成程とは言ってはいるものの、しかし完全に納得したという表情ではなかった。

 

「ですけれど先輩。今回は俺自身に妖気を流し込んだんじゃあないですよね。結構な量の妖気が放出されたのは俺も気付きましたけど……」

「雷園寺君自体に妖気を流し込んだりしないさ。それはやはり危険だからね」

 

 やっぱり雪羽は色々と察していたんだ。相手の勘の良さに感心しながら源吾郎は説明を続ける。

 

「俺が妖気を流し込んだのは、雷園寺君の身に着けている()()の方なんだ。護符だって術式の他に、妖力とかそう言った類のエネルギーが込められていて、それを使って色々な事をやるでしょ。妖怪に直接妖気を送り込むのは確かに危険だけど、護符ならその危険性も無いからね」

「そっか……先輩ってやっぱり妖術とかそっち方面の才能がすごいよなぁ」

 

 ここでようやく雪羽も何が起きたのかを察したらしい。彼の素直な称賛の言葉に、源吾郎は思わず照れ笑いを浮かべてしまった。

 

「そんな、雷園寺君にそこまで表立って褒められると恥ずかしいよ。そもそも妖狐は若いうちは使える術や得意な術に偏りがあるって話なんだけどね、俺は変化術とか妖術に偏っているんだよ。その代わり、攻撃術の方はとんと苦手なのは雷園寺君だって知ってるだろう。攻撃術を極めるのは漢の浪漫だとは思うんだけど、世の中と言うのはままならないよね」

「確かに……」

 

 雪羽はまだ何か言いたげな様子でニヤニヤしていたが、それ以上何か言う事は無かった。

 そんな雪羽を眺めながら、源吾郎は妖力や妖術の不思議について思いを馳せていたのだ。

 妖力と言うのはそもそも妖怪に具わっているエネルギーに過ぎず、妖力そのものに何がしかの属性や得意分野が具わっている訳ではない。その気になれば一人の妖怪であっても様々な術をまんべんなく覚え、行使する事も()()()()()()なのだという。

 しかし実際には、妖怪が得意とする術は種族や個体によって大きくばらついている。例えば雪羽は種族的にも個体的にも攻撃術に特化しているが、所謂妖術の類は殆ど使えない。妖怪のたしなみとして変化術は用いる事は出来る。しかしそれ以外の術はからっきしであり、身を護るための結界術ですら、彼単体の力ではままならないという事だ。源吾郎などは、それこそ息をするように結界術や認識阻害術を展開できると言うのに、である。

 本来は何にでも使える妖力の可能性が偏る理由は、ひとえに使い手である妖怪たちの心のありようや意識に起因するものである。何かの折に、萩尾丸がそう言っていたのを源吾郎は思い出した。

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