九尾の末裔なので最強を目指します   作:斑田猫蔵

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重く深きは雷獣の愛

「父親の、事ねぇ……」

 

 雪羽の言葉を反芻し、源吾郎は静かに考えを巡らせた。表立って彼が父親の事を考えるなんて極めて珍しい話だった。

 それもこれも、雪羽の幼少期から今日に至る境遇が原因である。元々雷園寺雪羽は雷園寺家の嫡男として生を享け、実の父母の許で育っていた。しかし、先代当主だった母の死後、彼は雷園寺家から放逐されており、それ以降は叔父である三國許で養育される事となったのだ。

 雪羽の言う父親とは誰の事なのだろうか。源吾郎は雷獣たちの顔を思い浮かべながら思案した。彼が父親呼ぶ可能性のある雷獣は二人である。実の父である雷園寺千理と、叔父であり養父でもある三國のどちらかだ。

 恐らくは養父の三國の事だろうな。源吾郎は流れるようにそう思い始めた。実際問題、三國は雪羽の父親として振舞おうとしてきたし、養父である事には変わりない。二人はあくまでも叔父と甥であると言っていたが、それは雪羽が三國の事を叔父貴と呼び続けたからに他ならない。

 三國を叔父ではなく父親と見做す。雪羽がそのような意識改革を行った理由についても源吾郎はきちんと察していた。新たに弟妹が出来たからなのだろう、と。しかもその子たちは三國の実子でもある。本当の意味で三國は父親になったのだ。もちろん、雪羽の父親であろうと三國はこれまで努力してきたのは言うまでもないが。

 

「とりあえず、幸四郎さんとのやり取りとか教えてくださいよ」

「やり取りって……それ言うたら雷園寺君はやっかんだり羨ましがったりするんじゃないのかい?」

 

 父とのやり取りを話すようせっつきだした雪羽を、源吾郎は注意深く観察していた。実を言えば、父親に可愛がられている事については極力雪羽に話さないように心がけていたのだ。その話をして、雪羽の気分を害すると思っていたからだ。

 だから今回だって、せっつかれたとはいえすぐに話そうという気にはなれなかったのだ。ましてや、雪羽は感情の起伏がただでさえ烈しい所があるのだから。

 

「そりゃあ先輩の事は羨ましいっすよ。幸四郎さんは優しい人だし、その人に息子として可愛がられてるなんてさ……」

 

 やっぱり予想通りやん。そう思っている間にも雪羽は言葉を続けた。

 

「それにさ、俺だって幸四郎さんが元気になさっているかどうか、個人的にも気になったしね。あの人は俺にも優しかったから……」

 

 そういう事か。またしてもしんみりしている雪羽を見ながら、源吾郎は意を決して口を開いた。

 

「父さんなら、父も元気にやってるよ。相変わらず俺の事を仔狐みたいに可愛がってくれて、でもやっぱり一家の大黒柱で、玉藻御前の孫娘である母と夫婦になったんだって言う貫禄の持ち主だったよ。それで俺も年頃だって思ったんだろうね、父と母の馴れ初めについても教えてもらったよ」

 

 源吾郎はここでいったん口をつぐんだ。白鷺城にほど近い公園の四阿で、父が源吾郎に語って聞かせる姿を思い出したからだ。確か父と母が結婚したのだって、母に惚れ込んだ父が地味に執念深くアタックしたからに他ならない。

 して思えば、源吾郎も米田さんに即座にアタックすべきなのだ。改めておのれの恋の身の振り方について思いを馳せてもいた。

 それからちらと雪羽を見やる。父と末息子の仲睦まじい話を聞いたにもかかわらず、雪羽は嫌な顔はしていなかった。興味深そうに瞳を輝かせているだけで。

 

「もしかしたら、父さんはそろそろ孫の顔が見たいなんて事も思ってるのかもしれないんだよな。そう思ったら、やっぱり俺が頑張るべきなんだろうなとも思ったし。そりゃあまぁ順番から言えば兄たちが所帯を持つのが先だろうって思いもするけどさ、兄たちは兄たちで揃いも揃って女っ気なんて無いんだからさ」

「まぁ、先輩と先輩のお兄様たちだったら考えも違うでしょうしね」

 

 唸るような声で雪羽の言葉に源吾郎は頷いた。不思議な事に、今回の言葉は少しばかり大人びた響きを伴っているようだった。

 

「ですが先輩、幸四郎さんや三花さんに孫の顔を見せたいって思ってるんだったら、()()()も米田さんに伝えたら良いかもですね。もちろん、先輩と米田さんがうんとなかよくなってからの事だろうけれど……先輩が半妖だって事は米田さんもご存じですし」

「それはそれで名案だな。ははは、雷園寺君。やっぱり君は頭が冴えているし切れ者じゃあないか」

 

 気を良くした源吾郎の言葉に、雪羽は何処か気恥ずかしそうな笑みを浮かべていた。

 

「俺の父親の事はこの辺にしておいてだな。雷園寺君。そろそろ君の話に移ろうじゃないか」

 

 源吾郎は表情を引き締めて、今一度雪羽に向き直った。

 

「正直なところ、父親の事を真面目に考えるって言った時は俺も大分驚いたんだ。何と言うかその、雷園寺君の所は色々あったからさ」

「ぼやかさなくても大丈夫なのに」

 

 源吾郎の言葉に、雪羽は静かに微笑んでいた。その雪羽を見つめながら、源吾郎は言葉を続ける。

 

「やっぱりさ、三國さん夫婦にも子供が生まれたんでしょ。それで、三國さんたちの事を叔父じゃなくて父親だと思うようにしようって雷園寺君も思ったのかな? 野分君と青葉ちゃんだったっけ、あの子たちも、本当はいとこだけど立場上は雷園寺君の弟妹になるみたいだし」

 

 そんなんじゃあないっすよ、先輩。源吾郎の言葉を聞くや否や、雪羽は吹き出すように笑い始めたのだ。

 

「先輩なら叔父貴の事についてだろうなって思う事は俺も初めから解ってましたよ。ですが今回俺が言った父親は叔父貴の事じゃあないんです。

 俺が言いたいのは()()()()()()()()()()()()()の事ですよ」

「そんなっ……」

 

 そっちの方だったのか。そう思った源吾郎であったが、驚きと衝撃が大きすぎて言葉が出てこなかった。雷園寺千理は確かに雪羽の父親ではある。だが、その実父を憎み抜いているはずの雪羽が、敢えて彼の事について言及するとは。

 こわごわと、源吾郎は雪羽の様子を窺った。怨敵であるはずの父の名を口にした雪羽の顔は、しかし穏やかな物だった。

 安心してください。雪羽は念押しするかのようにそう言ってのけてもいた。

 

「現当主の話をするからと言って、別に物騒な事を話すつもりはないからさ。ただ俺も、知らなかった事をこの前の休みで知る事になって、それで驚いて戸惑ったりしたから、先輩にも聞いてほしいって思っただけなんだ」

「そう言う事なら俺より萩尾丸先輩に相談した方が良いんじゃないの? あの妖、呷り散らしてくるところはネックだけど、真面目な事にはきちんと相談に乗ってくれそうだし」

「萩尾丸さんにももう相談済みだよ。だけどあの妖《ひと》は、もっと俺に揺さぶりをかけるような事を言うだけだったからさ」

 

 それは難儀な話だ。じっとりと輝く翠眼を眺めながら、源吾郎は静かにため息をついた。

 ため息をつき終わったのを見計らい、雪羽は口を開いた。

 

「知らなかった事って言うのはだな、現当主である父親が、俺を雷園寺家から放り出した時にどう思っていたのか……そもそも現当主は俺の事をどう思っているのかって事だよ。

 俺の所に、叔父貴の姉である天姉さんが来てるって話は先輩も知ってるでしょ。推測かもしれないけれどって事で、天姉さんに教えてもらったんだ」

 

 雷園寺千理は、息子である雪羽を愛していたからこそ、雷園寺家から放り出したのかもしれない。天姉さんなる叔母から知らされたという衝撃的な推測を、雪羽は淡々とした口調で源吾郎に告げたのだった。

 

「先輩もご存じの通り、俺は雷園寺家の次期当主候補でしょ? 今は時雨がいるから次期当主候補だったけれど、時雨が産まれる前までは、次期当主になる事が初めから決まっていたんだ。

 だからこそ――あの時あのまま雷園寺家にいれば身の危険にさらされる。そんな風に考えて、それでわざわざ雷園寺家から放り出したんじゃないかって。天姉さんはそう教えてくれたんだ。父一人の力では子供たちを護り抜く事は出来なかったって」

「そうか、それで――」

 

 それで雷園寺は三國さんに引き取られたんだな。そう言いかけて、源吾郎はぐっと言葉を呑み込んだ。千理のそのような思惑に乗って三國が動いたようには思えなかったからだ。幼かった雪羽を叔父である三國が引き取ったのは事実だ。だが、彼は雷園寺家現当主を含む兄姉らに対し憤り、ふがいない腰抜けだと言ってはばからない所がある。次期当主拉致事件の解決直後などは、雪羽の病室で鉢合わせした千理に物凄い剣幕で恫喝したくらいなのだから。

 

「ちなみに、三國さんはその事を知ってるの?」

「知らないよ」

 

 源吾郎の問いに、雪羽は首を振って即答した。

 

「あくまでもこの話は天姉さんの推測だからね。叔父貴はもちろん知らないし、天姉さんだって現当主がそう思っているんじゃないか、そう思っていて欲しいって事で俺に伝えた話に過ぎないんだから。まぁ、天姉さんは三國の叔父貴には本当の事を話したら良かったのにって言ってたけどね」

 

 成程な。そう思いながらも源吾郎は相槌を打つだけに留まっておいた。物語の中であれば、確かにドラマティックな展開としてありがちな物だと評する事が出来るだろう。だがこれは物語でも何でもなく、雪羽の境遇に違いないのだ。

 門外漢である源吾郎が、迂闊に何かを言えばそれは冒涜になる。何に対する冒とくなのかは解らないが、そんな考えが脳裏をかすめたのだ。

 その替わり、萩尾丸はどう思ったのかについて源吾郎はそれとなく尋ねてみたのだ。

 

「予想通りかもしれないけれど、萩尾丸さんは俺の話を聞いても全然驚かなかったんだ。あの妖《ひと》はあんな感じだって先輩も知ってるでしょ。俺が話を切り出すうんと前から、それこそ初めから現当主の思惑を知っているって言われても多分俺は驚かないよ。まぁ、その事についてははぐらかされちゃったんだけど」

「何というか、めちゃくちゃ萩尾丸先輩らしいよな」

 

 源吾郎の言葉に、雪羽は二度三度頷いた。

 

「しかもさ島崎先輩。萩尾丸さんは天姉さんが推測した事よりももっと掘り下げた事を俺に教えてくれやがったんだぜ。俺の実の弟妹達、穂村や開成やミハルを雷園寺の子供じゃなくて自分の親族だってオブラートに包んで身分を隠したのも、()()()()()()()()()の手段だったかもしれないってね。

 それと――俺や叔父貴に真相を伝えないで、自分を恨んで憎むように()()()()のも、現当主()()の思惑かもしれないってさ」

「そんな……」

 

 源吾郎はまたしても驚きの言葉を漏らした。雷園寺千理の優男めいた姿が脳裏をよぎる。雪羽を直視するのが何となく怖くて、視線を彷徨わせながらも言葉を紡いだ。

 

「現当主殿がそんな事まで考えていたなんて……疎遠だったと言えども、三國さんは自分の弟で、雷園寺君に至っては実の息子じゃないか。それなのに……恨みや憎しみを受ける事を望むなんて」

「何かね、それこそが自分の()だと思っているんじゃないかって。萩尾丸さんはそう言ったんだ。先代当主の死に衝撃を受けたのは何も俺たち兄妹だけじゃない。むしろ、夫である現当主だって大きな衝撃を受けたに違いないってね。愛する妻を喪い、大切な息子を手放さないといけなくなったからね。

 現当主はおのれの不甲斐なさを恥じてもいて、それで()()()()()()()()()んじゃないか――萩尾丸さんはそのように考察なさったんだよ」

 

 雪羽の面には静かな笑みが広がっていた。恐ろしいほどに静謐で、それ故に恐ろしくうら寂しげな笑顔だった。

 

「俺への恨みや憎しみこそがお前の力になる――漫画なんかじゃあ結構エモい話になるのかもしれないけれど、現実世界でそんな事があったらたまったもんじゃあないよな」

 

 そう言ってから、源吾郎はある事に気付き短く謝罪の声を上げた。

 

「ごめん。さっきの言葉は軽率だったよね。雷園寺君は、雷園寺君の弟妹達もその事で相当苦しんだはずなのに、漫画のしょうもない筋書きとごっちゃにしてしまって」

 

 別に構わないよ。雪羽はそう微笑んで手をひらりと振った。

 

「俺はもう萩尾丸さんからもっとえげつない事を聞いているから平気さ。もし俺が、長じて母の仇を取ったとしても、雷園寺千理の死に様は俺の望んだようなものではないだろうってね。雷園寺千理は、きっと俺や他の子供らの成長ぶりに満足し、喜んで息子である俺に討ち取られるとね。そしてその時に、雷園寺千理は俺の事をどう思っていたのかその()()を知るだろうってね。

 その前に父親の真意を知る事が出来たのは()()な事じゃないか。そんな風に萩尾丸さんは仰ったんだよ。しかも普段の軽いノリでね」

「軽いノリで言われると、それはそれで困るよな……」

 

 雪羽が付け加えた最後の言葉に、源吾郎も困り果てて眉を下げた。軽いノリで深刻な事を話す萩尾丸の姿は容易に思い浮かんでしまう訳であるし。

 

「本当に、困るし訳が解んないよ……」

 

 気付けば、雪羽も眉を下げていた。

 

「今更父親が俺の事を愛していたのかもしれないって言われてもさ、これまでの考えを改めて素直にそうですかって受け入れるのは難しいって先輩も思うでしょ。

 それに、愛しているのに突き放すなんて事が()()()()()()()()()? 愛ゆえに突き放そうとして、俺は盛大に()()しちゃったって事は先輩も知ってるよね?」

「時雨君の事だよな?」

 

 源吾郎の問いに、雪羽は頷いた。

 

「時雨とはゆくゆくは次期当主の座を巡って相争う事になるから、優しい所は見せないで、敢えて距離を置いた方が良いって頭では思っていたんだ。でも、そんな事俺には出来なかった。やっぱり時雨は弟だし、可愛いし、素直に俺の事を慕ってくれるからさ……正月休みにも何度か電話しちゃったし……時雨は俺の事を優しいお兄ちゃんだって思ってくれているからさ……」

「時雨君は可愛かったもんな。そりゃあ可愛がりたくなるのも当然だぜ」

 

 思考の堂々巡りに陥りそうになった雪羽に対し、源吾郎は無難な言葉を投げかけておいた。

 だが心中では、雪羽に対して口にする事は出来ないが、全くもって別の事を考えていたのだ。結局のところ、現当主殿も雪羽も()()()()()()()()()()()()()()()、と。雷園寺千理が息子への愛情を隠して生きていけたのは、彼が大人で当主としての責務を背負っているからなのかもしれない。

 そんな事を、源吾郎は静かに思っていたのだ。

 いずれにせよ、雷獣たちの愛が重い事には変わりはない。

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