九尾の末裔なので最強を目指します   作:斑田猫蔵

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天狗は相乗効果を懸念する

 祝日交じりの三連休明け。平日が仕事で土日が休みと言ういつものペースが戻ってきたのだが、今日は朝から本社の方で集会があるとの事だった。

 集会と言っても大げさなものではない。新年の挨拶のために、八頭衆を含めた幹部陣と要職に就く妖怪たちが招集されているだけの話だ。

 源吾郎などは地位的には新入社員に過ぎないが、当然のようにこの挨拶には招集されていた。別に大妖怪の子孫だからだとか、ゆくゆくは研究センターの長になるからと言った忖度があったわけでは無い。

 強いて言うならば、源吾郎であれ雪羽であれ研究センターの所属であったからだろう。紅藤が率いる研究センターの妖数は、他の幹部が擁する組織に較べて圧倒的に少ない。そのため、何かあれば全員を出席させる事が出来るのだ。

 

「あ、先輩。先輩も良いスーツ着てるじゃないっすか。えへへ、それはそれで様になってますね」

「冗談はよしてくれ」

 

 本社に向かうという通達を受け、社用車の方へと向かう道中。やたらとテンションの高い雪羽にそう言われ、源吾郎は気恥ずかしそうに言い捨てた。雪羽は素直に、様になっていると思ってくれたから誉めてくれたのだろう。だが源吾郎には、むしろスーツの方が本体よりも立派なだけだと思っていた。

 このスーツは就職するにあたり、昨年の春に新調した物である。世間には就職活動に臨むにあたりリクルートスーツを持つ若者もいるらしいが、源吾郎はリクルートスーツなどは持ち合わせていない。高校生であれば、学生服がリクルートスーツの代わりにもなるからだ。

 

「あれだぞ雷園寺君。馬子にも衣裳って言うだろう。今の俺こそがまさにそれなんだよ。衣裳に着られているって言葉も世間にはあるんだからさ……」

「馬子にも衣裳だなんて……先輩も言うじゃないか。玉藻御前の直系の末裔である先輩が馬子だったら、俺とか他の妖怪たちはどうなっちゃうんだよ」

「それは単なる言葉の綾だろ。と言うか、雷園寺君は普通にイケメンだから、良い物を着たらそれこそ様になってると思うんだよなぁ……全くもって羨ましい限りだぜ」

 

 そう言って源吾郎は僅かに話題を逸らし、ついでため息をついた。お偉方への挨拶と言う事で、雪羽もまたスーツを着込んでいるのは源吾郎と同じだ。

 ただ、源吾郎と異なりスーツ姿がそれこそ様になっていた。スーツ自体も仕立てが良いわけであるが、雪羽の場合は彼自身の見た目も良い。しかもスーツ自体も彼の容貌や姿が映えるように仕立てられているから尚更だろう。子供がスーツを着た時に滑稽に見えるというありがちな事態は見事に回避されていた。それどころか、スーツ姿の雪羽は両家の子息のような品の良さと優雅さを魅せているくらいなのだ――黙って真面目な表情を保っていればの話だが。

 やっぱり見た目よな……源吾郎は妙な敗北感を抱きつつ、隣の雪羽をしげしげと観察していた。おのれの容貌にコンプレックスを抱く源吾郎ではあるが、雪羽の見目の良さに嫉妬するような幼稚な精神の持ち主ではない。ましてやグラスタワー事件の直後と異なり、互いに気心の知れた仲間になっているのだから。

 とはいえ、それでも雪羽の美貌にほのかな羨望を抱く事もまた事実だった。しかも雪羽自身はおのれの見た目におよそ無頓着で、従ってそれほどお洒落に気を遣っていないのだから尚更勿体なく感じてしまう時もあるのだ。

 

「二人とも、新年の挨拶に出席できるなんて良かったんじゃないかな」

 

 ふいに萩尾丸がこちらを見やり、源吾郎と雪羽に声をかけてきた。二人と限定した所や敢えて源吾郎たちに視線を向けた所から、彼らを対象に声をかけたのは明らかだった。

 

「島崎君も雷園寺君も、去年は色々あっただろうけれど、それを頑張って乗り越えて、少しは立派になってくれたみたいだからさ。ほら、君らも大妖怪の系譜に連なっている訳でしょ? であれば幹部や重臣の皆に立派な姿を見せるのも営業活動として必要じゃあないかなと思ってね」

「全くもって萩尾丸さんのお言葉通りです」

「あ、確かにそうかもですね」

 

 萩尾丸の指摘に雪羽が凛々しい声音で応じ、少し遅れてから源吾郎も追従する。源吾郎も雪羽も、現時点では平社員相当の身分しか持ち合わせてはいない。しかしながら、大妖怪に連なる存在であり、それ故に組織内では注目の若手なのだ。良い意味でも、悪い意味でも。

 特に雉鶏精一派は縁故上等な組織であるし、源吾郎たちはおのれの血統や縁故を最大限に利用しようと目論んでいた。源吾郎は玉藻御前の曾孫であるからこそ紅藤の寵愛を受けている訳であるし、雪羽に至っては雷園寺家の御曹司にして第八幹部の養子であるのだから。

 どちらも長じれば雉鶏精一派の要職に就くであろう事は、他の妖怪たちには明白な事であるらしかった。

 

「念のために言っておくけれど」

 

 萩尾丸はもったいぶった様子で言葉を切り、笑みを深めて源吾郎たちを眺めていた。

 

「挨拶と言えども仕事の一環だから、くれぐれもお行儀よく良い子に振舞っておくんだよ。雷園寺君なら知ってると思うけれど、新年の挨拶には八頭衆の皆はもちろんのこと、普段顔を合わせない彼らの重臣や要職に就いた妖怪たちも集まっているからね。

 強い妖怪たちの中には、気難しかったり若者の節操のない振る舞いを嫌ったりするものもいるんだ。って言うか、僕が相当に若い子たちに寛容なだけなんだけどね。

 ともあれ、二人とも()()()()()()注目されちゃっているんだから、新年早々悪目立ちする事だけは控えてくれたまえ」

 

 萩尾丸先輩って寛容だったかしら。源吾郎がぼんやりとそんな事を思っていると、ふくらはぎの辺りに何かがぶつかった。隣を歩く雪羽の荒ぶった尻尾だった。

 雪羽は頬を赤くして、萩尾丸の方を睨んでいる。あからさまに怒りを露わにしている訳ではないが、戸惑ったような表情ではある。

 

「そんな、萩尾丸さんこそ新年早々ひどい事を仰るじゃないですか。そりゃあまぁ、俺はある意味前科持ちみたいなものですよ。ですけれど、俺はもう真面目にやるって、女の子とかお友達と乱痴気騒ぎ流行らないしヤンチャも辞めるって心に誓った事は、萩尾丸さんだってご存じですよね?

 何せ萩尾丸さんは、ヤンチャばっかりしていた俺を真面目な妖怪にするために、俺の教育係になったんですから」

 

 おおっ、雷園寺も言うじゃないか。切羽詰まった様子の雪羽の言葉に、源吾郎は密かに驚嘆していた。自分たちが悪さをするという前提で話を進めていた事は、源吾郎としても不愉快な所だったのだ。それを雪羽は真正面から指摘したのだ。よくぞ言ってくれたと心の中で雪羽に讃辞を送り、その一方で萩尾丸がどのように応じるのか、源吾郎は密かに様子を窺っていた。

 さて萩尾丸はと言うと、雪羽の言葉を聞いてもさほど戸惑った様子は見せなかった。相変わらず、その顔には余裕めいた笑みがうっそりと浮かんでいるだけである。

 

「もちろん、雷園寺君が過去の事を反省し、過去と訣別して真面目にやろうとしている事は僕だって知ってるよ。だけどそれは、僕が教育係として常日頃から接しているから、君の変化に気付いて、良い方向に動いているって解るだけなのかもしれないんだよ。他の皆はそんなにすぐに妖《ひと》が変わるなんて思っていないだろうし、何せ悪評なんてものは良い評価よりも浸透しやすく払拭しにくいんだからさ」

 

 それにだね。萩尾丸の視線は、事もあろうに源吾郎の方に向けられたのだ。

 

「相乗効果と言うのは生き物の間でも起きる可能性があるんだよ。雷園寺君や島崎君単体であれば、お行儀よく大人しく振舞ってくれるかもしれない。だけど、二人が一緒だったらそうとも限らないじゃないか」

「そんな、僕たちはもうしょうもない事で揉めたり喧嘩したりなんかしませんよ!」

 

 巻き添えで自身の事にも言及され、源吾郎はたまらず声を上げた。源吾郎と雪羽が一緒にいるから、相乗効果で妙な事が起きるかもしれない。半ば決めつけるように言われたのだから、どうにもこうにも黙ってはいられなかった。

 

「萩尾丸先輩。昔の、会ったばかりの時と今とじゃあ状況は違うんですよ。僕と雷園寺君は同僚で……それで友達同士でもあるんです。この前だって一緒に楠公さんにお参りに行きましたし、何度か僕の部屋に雷園寺君を泊めた事だってあるんですから。

 それなのに、萩尾丸先輩は僕らが妖目《ひとめ》をはばからずに喧嘩するとお思いですか?」

「先輩……」

 

 感極まったような雪羽の声が聞こえた気がするが、残念ながら彼の表情を窺う余裕はなかった。源吾郎もまた、先程の雪羽と同じく萩尾丸がどんな顔をするかに意識を向けていたのだから。

 喧嘩する事を懸念しているなんて一言も言ってないだろう。笑い交じりに萩尾丸は応じた。

 

「君らが本当に仲良くなったのは僕とてもちろん知ってるよ。ただいかんせん君らは浮かれやすい気質の持ち主だし、しかも互いに張り合う所があるだろう。新年の挨拶と言う普段とは違う場で、どちらかが浮かれだして片方もそれに引きずられるなんて事になったらややこしいと思っただけさ」

「……萩尾丸。まだ会場にもついていないんだから、島崎君と雷園寺君をからかったりしないで頂戴」

 

 萩尾丸の物言いに見かねたらしく、紅藤がたしなめてくれた。スーツ姿である弟子たちとは異なり、彼女は大陸の女道士めいた衣裳に身を包んでいる。雉仙女と呼ばれているから妖怪仙人らしく装っているのだろう。ある意味彼女らしい衣裳だと源吾郎は思っていた。青松丸たちも彼女の服装について特に何も言わないので、いつもの事なのかもしれない。

 

「まぁちょっと、島崎君と雷園寺君に注意喚起を行っておいたんです。島崎君は新年の挨拶会には初参加ですし、雷園寺君は再教育中ですからね」

 

 やっぱり大げさすぎるんじゃあないかしら。妙にしおらしい萩尾丸の言葉に対し、紅藤は事もなげにそう言った。

 

「確かに無礼を働いたり、或いは八頭衆やその配下である誰かの不興を買ったら、いくばくかの懲罰とかがあるのは私も知っているわ。でもそんなのもたかが知れているでしょ。良くて厳重注意ですし、()()()()始末書案件とか減給処分()()なんですから」

 

 昔に較べれば、今の雉鶏精一派の皆は温厚で、血生臭い事もうんと減ったんですから。嬉しそうに、或いは何処か清々したと言わんばかりの様子で紅藤は言葉を紡ぐ。

 

「不興を買ったからと言って()()()()首が飛ぶなんて事も、飛ばされた首の持ち主の血肉が肴になるって事も、今の雉鶏精一派ではまずありえない事ですもの……胡喜媚様がご存命だった頃は、そう言う事も特段珍しくありませんでしたからね。ええ、ええ。胡喜媚様を悪く言うつもりはありませんが、雉鶏精一派も良い組織になりましたわ」

 

 首が飛ぶって物理的な意味の方だったのか……恍惚とした表情の紅藤を、源吾郎は愕然としながら眺めていた。

 と、そんな源吾郎の背中の辺りに柔らかな物がふわりとぶつかった。やはり雪羽の尻尾だった。但し今回は荒ぶっておらず、源吾郎の様子を窺って触れていたようだ。

 

「……新年会の挨拶も小一時間で終わるし、お行儀よくやろうな」

「せやな」

 

 お行儀良く、と言った雪羽の声は僅かに震えていた。もちろん、彼の言葉に頷く源吾郎もまたその身をかすかに震わせていたのだが。

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