「新年明けましておめでとうございます。さて、今年は戌年ですね。戌と言う字は大陸では草木が枯れ果て、全てが一旦滅びるという意味であるようです。ですが、我らが第二幹部の受け売りにはなりますが、滅びがあってこそ新しいものが栄える下地になる事もまた、事実なのです。
それに、動物としての犬はあるじに忠実で勤勉、更には安産の象徴でもありますから――」
新年の挨拶にてまずマイクを握ったのは、やはり頭目である胡琉安《こりゅうあん》その妖《ひと》であった。九頭雉鶏精・胡喜媚の孫にあたる彼の佇まいは、確かに堂々としたものである。
しかしその言動には、年相応の緊張や焦りが見え隠れしており、源吾郎は目ざとくそれを感じ取ってもいた。
胡琉安はおよそ二百歳ほどである。源吾郎や雪羽は言うに及ばず、サカイ先輩や第八幹部たる三國よりも年長の妖怪だった。妖怪年齢としては、心身ともに成熟した一人前の妖怪と言っても遜色のない存在だ。
だがそれでも、源吾郎には頭目が若々しく見えてならなかった。それが源吾郎が日頃より接する年長の妖怪が紅藤や萩尾丸など――どちらも胡琉安より年長である――であるからなのか、はたまた雉鶏精一派の頭目と言う事で胡琉安に必要以上に威厳を求めているがためにそう感じてしまったのか、その理由は解らなかった。
いずれにせよ、源吾郎自身も単なる仔狐に過ぎないのを棚に上げている事だけは明らかなのであるけれど。
ともあれ、胡琉安からの挨拶はおよそ十分程度で終わった。
胡琉安に次いでマイクを受け取ったのは、進行役として控えていた第一幹部の峰白である。彼女は紅藤と異なりかっちりとスーツを着こなしており、成程デキるキャリアウーマンと言った雰囲気を漂わせていた。キャリアウーマンなどと言う可愛い物に収まるかと言えばそこは疑問はあるのだが。
「胡琉安様。挨拶として有難いお言葉を頂きまして感謝しております。
さて引き続きまして、第八幹部・三國さんより慶事のお知らせがございます」
さぁどうぞ。峰白に促されるや否や、三國が春嵐と共に会場の中央に躍り出た。リモコンか何かで操作したのであろう、彼らの背後ではプロジェクター用の白い幕がするすると垂れていく。
「皆さん、改めまして新年明けましておめでとうございます! 私事ではありますが、今年の元日に我が家に新しい家族が増えましたので……そのご報告を致します。報告の場を設けてくださった皆様には本当に感謝しています」
妻である月華が一男一女の母になった事、養子である雪羽の弟妹に当たる事などを三國は皆に伝えると、手許のリモコンをポチポチと操作した。「それでは、皆さんに僕の新しい家族の写真を見て頂きましょう!」と言う陽気な声と共に。
「あ……」
しかしながら、プロジェクターに写った画像を見た三國は、何故か驚いたように硬直してしまった。
奇妙な間と、三國の戸惑った様子に源吾郎は首を傾げた。ふと見れば、今回の紹介について詳しく知っているであろう雪羽もまた、戸惑っているように見えた。
別に、写真そのものはおかしな点は何一つない。三國夫妻と、子供である雪羽や彼の弟妹達が一緒に写ったポートレートである。赤ん坊である野分と青葉は月華の胸元に抱かれ、その左右に三國や雪羽が寄り添っている。強いて言うならば家族として春嵐や彼が連れているという猫頭鳥も一緒に写り込んでいる訳であるが……彼らも三國にしてみれば家族なのだから、特におかしな事では無かろう。
本当に、いたって真面目なポートレートだった。だからこそ、三國や雪羽が何故戸惑ったのかが一層不審だったのだ。
「――こちらは、この前の週末に撮影したものです」
呆然とする三國に代わり、春嵐が涼しい顔で解説を始めていた。
「左側の青灰色の毛並みでアライグマみたいな姿の子が男の子で野分《のわき》君と言いまして、右の金褐色の毛並みでイタチみたいな姿の子が、女の子の青葉ちゃんです。
月華様はお子様たちと共に先日退院なさった所ですが、月華様も子供たちもすこぶる元気ですのでご安心くださいませ。
まだ二人とも小さすぎるので、本社に連れてきてお披露目はまだまだ先になりますが」
春嵐がそう締めくくった所で、何故か幹部たちからどっと笑いが漏れてきたのだった。雪羽は神妙な面持ちでそれを聞いていたようであるが、ややあってから気恥ずかしそうに俯いてしまった。
※
ひととおり挨拶は終わったのだが、源吾郎たちはすぐに戻れるわけでは無かった。萩尾丸がここぞとばかりに他の妖怪たちの許に出向いて話し込み、それが終わるのを待たざるを得なかったからだ。ちなみに紅藤と青松丸はこれから胡琉安や峰白と共に各部署へのあいさつ回りを行わねばならないので別行動である。
「挨拶が終わったのに、また更にそこからちょっとした打ち合わせとか話し合いをやるなんて……やっぱり萩尾丸先輩は働き者だよなぁ」
源吾郎がぼやくと、雪羽もその通りだと頷いた。
「しかもさ、萩尾丸さんって年末年始も本当に挨拶回りとか大妖怪たちの宴席の幹事とかやってたらしいよ。俺が言うのもなんだけど、本当にバケモノみたいなお方だぜ」
「違いないね」
雪羽の言葉に源吾郎が頷いた丁度その時、三國の一団がこちらにやってきた。側近にして兄弟のように親しい春嵐が傍にいるのはいつもの事である。だが、もう一人見慣れない女妖怪も三國たちの傍にいた。三國や春嵐も大人妖怪としては若い部類に入るのだが、彼女はその二人よりもうんと若そうだった。流石に雪羽や源吾郎よりも年長であろうが、いっそ少女と呼んでも遜色ないほどに。
叔父さん! 雪羽は三國の姿を見ると喜びの声を上げた。本心から喜んでいる事は、伸びあがって先端だけピクピクと震える三尾を見れば明らかだった。雪羽の感情は時に尻尾の動きにも反映されるのだが、猫の尻尾での感情表現とおよそ似通っていた。これは雷獣に共通する特徴なのか、雪羽特有のものなのかは定かではないが。
三國も甥である雪羽に笑い返したが、すぐに視線は源吾郎やサカイさんに向けていた。
「明けましておめでとう。サカイさんに島崎君。昨年は僕の甥の事で色々とお世話になって、本当に感謝しているよ。もちろん、今年も家族ともども君らとは何かとお世話になると思うんだけど……」
「こちらこそおめでとうございます。三國さんの所も、奥様の事でお忙しいでしょうし」
三國の挨拶にまず頭を下げたのはサカイ先輩だった。普段とは異なりはきはきとした物言いである。源吾郎も何か言った方が良いだろうかとは思った。だが上手く言葉が思いつかず、おめでとうございますと言って頭を下げただけだった。
「三國さんの所も、可愛い赤ちゃんが産まれて良かったですね」
ややあってから、源吾郎の口から言葉が飛び出してきた。可愛い赤ちゃん、と言うのは源吾郎の偽らざる本音だった。野分も青葉もまだ変化が出来ないから小さな獣の赤ん坊の姿をしていたが、それが一層愛らしく感じられたのかもしれない。源吾郎はフワフワした動物が大好きなのだから。
「そりゃあ叔父さんと月姉の子供なんだ。可愛いのは当たり前じゃないか」
三國に向けて放った感想にまず食いついたのは雪羽であった。彼自身思う所があるらしく、放電した状態の尻尾を源吾郎にぺちぺちとぶつけてくる。護符による作用のためか、放電の段階で調整しているからなのか、特段痛みは無かったが。
興奮するなよ雷園寺君……眉を下げながら語る源吾郎の姿を見ながら、三國たちは笑みを深めていた。
「島崎君。雪羽もこっちに戻ってきた時はな、ちゃあんとお兄ちゃんをやってくれているんだぞ。野分も青葉も可愛い弟と妹だってな」
「……雪羽お坊ちゃまも大きくなって、立派に育ったんだなぁって僕もしみじみと思っている所なんですよ。野分君たちを見ていると、どうしても引き取ったばかりのお坊ちゃまを思い出しまして」
三國の言葉の後に、感極まった様子で春嵐が呟く。案外涙もろい性質なのか、ハンカチを取り出して目元を押さえ始めている。雪羽もまた、気恥ずかしそうな、ばつの悪そうな様子で春嵐の様子を眺めていた。
そ、それにしても。新年早々しんみりした空気が漂う中、それを払拭したのはサカイ先輩のやや早口気味な呼びかけだった。三國たちの視線を受けると気恥ずかしそうなそぶりを見せたが、それでも彼女は言葉を続ける。
「三國さんが見せてくださった家族写真、結構いいお写真でしたね」
「あ、写真……?」
写真の事を指摘され、三國はここで目を丸くしていた。先程の紹介の時もそうだったが、何故か写真の事で当惑したような素振りを見せている。
「実はですね、元々は別の写真をお見せしようと三國さんはご準備をなさっていたんですよ」
戸惑う三國に代わって解説したのは春嵐だった。生真面目そうなその面に、いたずらっぽい笑みを浮かべながら。
「ただ……
「そう言う事だったのか、ハルぅ。そんな、俺に何も言わないでそんな事をするなんてイケズじゃないか」
「三國さんの為を思っての事なのですから」
三國と春嵐のやり取りを聞いていた源吾郎は、彼らから視線を外して雪羽を見やった。三國が用意していたという写真デコ済みの写真がいかなるものなのか、純粋に気になったのである。
「デコった写真? そうだねぇ、女の子がやってるプリクラみたいな感じだよ」
「そんな感じなんだ……ぷふっ」
割と真顔で言ってのける雪羽を前に、源吾郎は思わず吹き出してしまった。それならば春嵐が差し替えを敢行するのも無理からぬ話であろう、と。
※
写真の謎が判明してからも、三國たちと源吾郎たちはしばしの間歓談を楽しんでいた。その間に、三國は連れてきていた獣妖怪の少女の事を紹介してくれた。
彼女は飯綱美咲と言い、種族としては管狐になるそうだ。三國たちの部下の一人なのだが、優秀さが目立つので現在春嵐が力を入れて教育しているとの事であった。
今後はもしかしたら源吾郎たち研究センターの面々とも接触があるかもしれないので、今回挨拶会に同席したのだ、と。
「……それにしても、萩尾丸さんは戻ってこないですね。島崎君や雪羽を放っておいて話し込むなんてあのお方らしくない」
「萩尾丸様なら双睛鳥様と何やらお話していたみたいですが」
そうなの。飯綱の言葉に三國はまたも目を丸くしていた。春嵐も心当たりがあるらしく、双睛鳥の様子が普段とは違うと三國に伝えていた。具合でも悪いらしく、また顔半分を布で覆っているのが印象的であった、と。
一体何があったんだろうか。何となく胸騒ぎがした源吾郎は、雪羽やサカイ先輩の方に視線を向け、目配せしあっていた。
だがそうしてもぞもぞしている間に、萩尾丸がこちらに戻ってきたのだ。双睛鳥を引きつれて。
「ああ、待たせてしまって申し訳ないね」
開口一番、萩尾丸は謝罪の言葉をサカイ先輩たちに告げた。源吾郎はしかし、萩尾丸の言葉などはほとんど聞いていなかった。彼の言葉や佇まいよりも、その隣にいる双睛鳥の姿に度肝を抜かれていたからだ。
春嵐が言及していた通り、双睛鳥は目元を布で覆っていた。それは包帯などではなかった。手ぬぐいのように幅広で、尚且つ表面には奇妙な紋様がびっしりと描かれていたのだから。漢字ともアルファベットともひらがなともつかぬそれは、しいて言えば文字化けした羅列のようであった。
双睛鳥自身の蒼ざめた肌の色も相まって、顔を布で覆う姿は異様で、いっそ禍々しく思えてしまった。
「――見ての通りだが、双睛鳥君に少し緊急事態が起きてしまったようでね。それでその件について彼と相談していたんだ」
緊急事態。萩尾丸の口にした言葉を耳にするや、源吾郎は心臓がギュッと縮むのを感じていた。
作中では2018年になったばかりです。