九尾の末裔なので最強を目指します   作:斑田猫蔵

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鳥獣の親しむ仲には理由あり

 双睛鳥の過去話が終わると、一旦解散し今度こそ通常業務に戻る運びと相成った。あと少しで昼休憩にかぶさるという時間帯であるが、この後どうするかはすぐには決められないというのが萩尾丸の意見だった。

 どうするか、と言うのは偏光眼鏡を発注するべく工房に午後から向かうか否か、と言う事である。

 要するに、工房に向かうか否かは双睛鳥が目覚めた時の状況次第と言う事だと萩尾丸は言ったのだ。

 萩尾丸らしからぬ、強引さに欠いた歯切れの悪いやり方だ。無言のままに源吾郎はそう思っていた。彼は大天狗であり、自身が莫大な力を保持している事を十二分に自覚していた。そうした力を要所要所で振るい、他の妖怪を従えたり物事を押し進めていたではないか。萩尾丸に対して、源吾郎はそのように考えていたのだ。

 もちろん、偏光眼鏡を作るにあたり双睛鳥が動けないのであればどうしようもない事は源吾郎にも解っていた。双睛鳥自身は鳥類基準で言えば視力が低く、それをカバーするための役割と偏光眼鏡が担っているのも知っていたからだ。

 

「そんな訳でね、双睛鳥君が目を覚ましてから外出できるかどうか直接聞いてみるよ。彼が目覚めるころには紅藤様や青松丸君も戻ってきているだろうからね。行けそうだったらそのまま港町の工房に向かえば良いし、まだ気持ちが整っていないって言う返事だったら明日の朝一になるかな。

 ただ、今日向かうとなるとちょっと遅くなるから、その辺りも工房に連絡を入れておかないといけないんだけどね」

「萩尾丸さん。今日出向いたら遅がけになるのって、車で向かうからですよね?」

 

 萩尾丸の言葉に疑問をぶつけたのは雪羽だった。驚いたように萩尾丸の片眉が跳ねるのを源吾郎は見た。冷静に、時に腹立たしいほどに余裕たっぷりに振舞う萩尾丸にしてみれば中々珍しい態度だった。

 そうだけど。応じる萩尾丸の声には、疑問の色がありありと浮かんでいた。

 

「車で向かうから遅くなるとかそんな事を悩む羽目になるって僕は思うんですよ。特に、萩尾丸さんは転移術を会得なさっているんですから、それを使えば……」

「転移術はそんなに便利な物じゃないんだよ、雷園寺君」

 

 雪羽が全て言い切る前に、萩尾丸はバッサリと言い放った。ご丁寧に、呆れた様子を示すかのようにため息をついたうえで、である。

 

「転移術と言うのは向かう先を知っていればそこに対象を送り込んだり自分が移動できる術ではあるけれど、世間にはその術に対抗するための術式だって存在しているんだ。考えてみたまえ。勝手に転移術だって事で、自分の部屋に上がり込む輩がいたらたまったものではないだろう?」

 

 そう言うと、萩尾丸は雪羽のみならず源吾郎をも鋭い眼差しで眺めた。源吾郎は頬を引きつらせながら頷いた。本宅である居住区と別宅であるアパートは、一応女の子や友達がいつやって来ても良いように綺麗に整えているし、あやしい書籍や物品は目に触れないように厳重に保管している(そもそも本宅にはそう言った物は置いていない。紅藤の膝元と言う事もあり気まずかったからだ)。しかしだからと言って、勝手に上がり込まれたら確かに困る。

 視線を横にずらせば、やはり雪羽も切羽詰まった様子で何度も頷いているのが見えた。

 

「もちろん、あの工房にも転移術お断りの術式は組み込まれているだろうね。事前にアポを取って術式を解除してもらうのもそれこそ手間になるし。かといって、工房のすぐ傍の何でもない所に転移するのもスマートなやり方でもないと思ってね。その時はその時で、僕らがその場所に急に現れた形になってしまうから、それを誤魔化さないといけないだろう?

 そうなると、やはり車とか電車で向かうのが一番なんだよね。妖力の消耗も少ないし」

「はい」

「はぁ……」

 

 念押しとばかりに放たれた萩尾丸の言葉に、源吾郎と雪羽はそれぞれ返事した。源吾郎としては付け加えられた最後の一文が興味深い物だった。自分達とは比べ物にならない程の妖力量を保有する萩尾丸が、妖力の消耗を気にするのは何とも不思議だった。その辺りを考慮するのが経験を積んだ妖怪なのかもしれない、確かに妖力を消耗すれば自分も動けなくなったし。そんな考えが源吾郎の心中にふっと浮き上がってきたのだ。

 

「僕が引率者として双睛鳥君を連れていく事は確定しているんだけど、島崎君と雷園寺君もその時は一緒について来てくれるかな。君らもそろそろ各業界で名が知られるようになりつつあるから……工房の店主にも紹介したくってね。君らとは直接接点が出来るわけでは無いにしても、向こうの店主と僕は知り合い同士だし、君らも顔を覚えて貰ってデメリットは無いはずだよ」

 

 はい。ここでも源吾郎たちは返事をした。先程とは異なり、雪羽の返事は間延びした物では無かった。その横顔をちらと見ても、やはり真剣な表情になっている訳であるし。

 

「サカイさん。君は研究センターに残っておいてくれるかな。と言っても、今日出発するにしても紅藤様が戻られてからになるからそんなに気負わなくても大丈夫だけどね」

「は、はい……!」

 

 萩尾丸に話を振られ、サカイ先輩もまた短く返事を返す。留守番と言うか研究センターで内勤であると告げられた彼女は、心持ちホッとしたような表情を浮かべていた。すきま女ゆえに、他の場所に業務に出向かなくて済んだと喜んでいるのかもしれなかった。

 

「ひ、ひとまずは、私も双睛鳥さんの様子には注意を配っておきますね。ご存じの通り、私は、あの妖の能力に干渉されずに、様子を見る事だって出来ますから」

「ありがとうサカイさん。君も後輩が出来たからやる気を出してくれたみたいだね。僕としては嬉しい限りだよ」

 

 萩尾丸はそう言うとここで笑みを見せた。普段とは異なる、含みも何もない純粋な笑顔は、源吾郎にしてみればひどく新鮮な物に映ったのだった。

 

 昼休み。持参した弁当を平らげた源吾郎は、特に出歩くでもなくその場でぼんやりとしていた。出歩く用が無いからだ。それに真冬の食後と言う事もあり、眠気がじわじわと源吾郎の五体を包み込んでいた。休憩が終わるまでまどろんでいても問題は無かろう。と言うか紅藤などは昼休憩などに寝落ちしているのはよくある事だし。

 

「寝ちゃうんですかぁ、せんぱーい」

 

 そんな源吾郎の意識を現世に縛り付けたのは、後輩たる雷獣の少年の声だった。突っ伏していた顔をゆるゆると上げ、声の主たる雪羽を源吾郎はねめ上げた。さながら、不機嫌な犬のような表情に違いない。

 一方の雪羽は元気そのものと言った風情である。翠眼は相変わらずキラキラと輝いており、眠気に侵蝕されている気配は見当たらない。

 

「先輩の事なので、鳥園寺さんの所に何がしか相談するのかなって思ったんだけど。鳥園寺さんは鳥の事に詳しいでしょ? だからその、双睛の兄さんが塞いでいる事とかさ」

「鳥園寺さんは有給を取っているから今日は工場にはいないんだよ」

 

 バッサリと言い切ってから、源吾郎もむくりと半身を起こした。雪羽の声を聴いているうちに、幸か不幸か眠気が霧散してしまったのだ。

 鳥園寺さんは有給を取っている。その言葉を聞いた雪羽の表情が変化した事に源吾郎は目ざとく気付いた。そこで思った事を口にしたのだ。

 

「そう言えば、雷園寺君も鳥園寺さんと何かと会いたがるよなぁ。君は人間に興味はないって思っていたけれど……」

「言うてあの人は先輩の知り合いでもあるし、何より話が合うんだよ」

 

 疑問混じりの源吾郎の言葉に、雪羽は即座に言い返した。若干ムキになった様子を見せながら。腹を立ててしまったのだろうか。そのような源吾郎の考えは杞憂だった。と言うのも、次の瞬間には雪羽の面にいたずらっぽい笑みが浮かんでいたのだから。

 

「鳥園寺の姐さんはさ、あれでも結構ノリの良い所があるって先輩も知ってるでしょ? だからその、俺もあの人と話してたら結構面白いなって思う所があるんだよ。きっとあの人だって同じだよ。先輩は意外と真面目一辺倒だしさ」

「…………」

 

 付け加えられた余計な一言には何も言わず、じっとりとした視線を向けるだけにしておいた。それに源吾郎が妙に真面目な事も、鳥園寺さんに意外とノリのいい部分があるのもまぎれもない事実だ。もっとも、それは雪羽がヤンチャでチャラかった要素を持っていたり、鳥園寺さんが妙な方向の知識を蓄えたりしているという事の裏返しでもあるのだが……そこはそっとしておいた方が賢明な部分である。

 俺ってやっぱり真面目なのかな。呟いてから、源吾郎はそれとなく話題をスライドさせた。

 

「それにしても、双睛鳥さんも色々と抱えてなさってたんだね。何というか、フランクで親しみやすそうなお方だって勝手に思っちゃっていたけれど。

 あ、でも雷園寺君はやっぱり色々知ってたのかな? 三國さんとの繋がりもあるだろうし」

 

 いいや。源吾郎の問いに雪羽は首を振った。

 

「俺だって初めて知った話もたくさんあったよ。確かに叔父貴と双睛の兄さんは仲が良かったし、双睛の兄さんが別の組織でいろんな仕事をやっていた事も聞かされてはいたよ。

 だけど、込み入った事までは知らなかったから……叔父貴たちは知っていたけれど、敢えて俺には言わなかったんだろうね。俺はまだ子供だったから」

 

 遠くを見つめる雪羽の眼差しは何処か寂しげだった。

 

「でもさ、今回の話を聞いて腑に落ちた所もあったんだ。雷園寺家の当主を目指さなくても良いって何で双睛の兄さんが言っていたかとか、何で叔父貴が双睛の兄さんを何かと気にかけているかとかね。

 それまでは単に、雷獣の叔父貴とコカトリスの血を引く双睛の兄さんが()()()()()があるからなのかなって思ってたんだよ」

「似ている所って?」

 

 思わず源吾郎が尋ねると、雪羽は軽く首をかしげながら言葉を続けた。

 

「個人的というよりも、雷獣とコカトリスって種族的に似てるなぁって思う所があるんだ。雷獣は鵺から進化しているから、姿かたちの特徴が()()()()()()でしょ。それで……コカトリスはバジリスクって言う毒蛇から鶏みたいなのに進化してるしさ。しかもコカトリスはコカトリスで()()()()に進化しているし。進化したからこそ、双睛の兄さんみたいに()()()()()一族も生まれたって話だったしさ。双睛の兄さんはよく言ってたんだ。毒気が強いとその分討伐の憂き目に遭いやすいってね」

「うーむ。言われてみればそうだなぁ……」

 

 異種族同士でもスムーズに交流できるのが妖怪であるが、しかしそれでも同族や似た特徴を持つ者同士で仲間になりたがる事もまた事実である。実際問題、妖狐は妖狐でつるむ傾向にある訳だし。

 雪羽の説明を聞いていたら、確かに雷獣とコカトリスとは似通った所があるのかもしれないと、源吾郎も思い始めていた。

 だが雷獣はさておきコカトリスの事はそう詳しくはない。なのでスマホを取り出して少し調べてみる事にした。

 幾つかの記事を見ていくうちに、源吾郎はある記述を発見した。バジリスクやコカトリスの弱点は()()()であるという話だった。イタチには彼らの毒性が通用せず、相討ちと言えどもコカトリスを斃す事が出来る、と。三國は雷獣と言う獣妖怪であるが、本来の姿はグズリに、ありていに言えば()()()()()()によく似ているではないか。

 その事について源吾郎が質問すると、雪羽は妙に面白がりながら応じた。

 

「双睛の兄さんはコカトリスとしての特徴が薄まっているから、イタチやイタチみたいな妖怪を前にしても弱る事は無いんだろうね。むしろ相手には自分の毒が効かないから、傍にいても大丈夫だって思えるのかもしれない。

 そうか……そう言う事もあって、叔父貴と双睛の兄さんは()()()()のかも」

 

 やはり自分たちには、まだまだ勉強の余地がある。感心した様子で頷く雪羽を眺めながら、源吾郎は静かに思った。




 三國ニキは雷獣なのですが、雷が浄化のイメージだと思うと、毒への耐性がかなり高そうな気がするのです。
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