九尾の末裔なので最強を目指します   作:斑田猫蔵

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竜への手土産 妖毛セット

 紅藤たちが戻ってきたのは、午後の二時をわずかに回った時の事だった。思ったよりも早く戻ってこられたのだと、源吾郎は無言のままに驚いていた。仮に今日工房に向かうとなるとおそがけになる。萩尾丸のこの言葉から、三時から四時の間に戻ってくるのだろうと類推していたのだ。

 そしてその事に驚いていたのは何も源吾郎だけではない。若妖怪である雪羽は言うまでもなく、甲斐甲斐しく出迎える萩尾丸の面にも、僅かな驚きの色が見えていたのだから。

 

「紅藤様。新年早々の挨拶回りありがとうございました。それにしても早いお戻りでしたね」

「挨拶回りと言いましても、私たちにしてみればそんなに深い意味はありませんもの」

 

 恭順な態度と共に語り掛ける萩尾丸を前に、紅藤は無邪気な様子で微笑んでいる。道士服に合わせたやや濃い目のメイクが若干崩れ始めていたが、それでも紅藤の持つ威厳のような物は損なわれていなかった。

 そもそもとして、大妖怪である萩尾丸が紅藤に相対するときに見せる態度こそが、紅藤の妖怪としての実力を物語っているのだから。

 

「あ、でも安心して萩尾丸。私たちが早く帰れたのは、峰白のお姉様が事情をくみ取ってくれた事と、帰りは転移術で戻ってきた事が上手くかみ合ったからに過ぎないんですから。

 萩尾丸も心配がっていたみたいですし、私が戻ってきた方が何かと安心できるでしょう」

「本当は青松丸君一人でも何ら問題ない状態だったら嬉しいんですがね……まぁ、世の中はままならぬものですよ」

 

 紅藤の会話に応じつつも、萩尾丸はしれっとそんな事を言ってのけた。油断していたら煽りトークになるんだな。源吾郎はまずそう思ったのだが、その割には萩尾丸の表情は何処か寂しげでもあった。しかも煽られたはずの青松丸は、特段気にせず微笑んでいるのだから尚更だ。

 

「それで萩尾丸。これから双睛鳥さんと一緒に工房に向かうのね?」

 

 ええそうです。紅藤の問いかけに萩尾丸はゆったりと頷く。

 

「双睛鳥君も、今日のうちに発注しておきたいしその手はずを整えたいと強く希望しておりましたからね。彼の状態が安定しているうちに、手早く出向いて手早く帰りたい所ではあります」

 

 そこまで言ってから、萩尾丸は源吾郎と雪羽の方をちらと見た。

 

「――ですが、今回は島崎君と雷園寺君にも同行してもらおうと思っております。顔合わせの一環ですね。二人とも玉藻御前の末裔と雷園寺家の次期当主候補ですから、そうした事も必要になって来るでしょうし。

 紅藤様。二人を同行させても構わないでしょうか」

 

 萩尾丸が最後の一言を口にしたところで、源吾郎と雪羽は思わず目配せをした。元より萩尾丸は源吾郎たちも伴って工房に向かう気満々だったのだ。無論それはそれまでの紅藤たちとのやり取りでも明らかにしているであろう。

 それでも敢えて、面と向かって紅藤に許可を取るあたりが何というか天狗らしい。そんな風に源吾郎は思っていた。

 

「二人を同行させる事には異存はないわ」

「はい。僕も紅藤様と同じく大丈夫だと思います」

 

 萩尾丸の問いに対し、返答したのは紅藤だけでは無かった。彼女の隣に控える青松丸も、源吾郎たちに視線を走らせてからおのれの意見を口にしたのだ。

 

「うふふ、工房ってヴィーヴルのセシルさんの所でしょ。ええ、彼女もドラゴンの一族に違わず宝飾品や魔道具に詳しいですから……」

「紅藤様。紅藤様がセシル様の所の工房に興味がおありなのは僕もよーく存じています。女同士で魔道具の領域では話が盛り上がるでしょうからね。ですが今回ではなくて、お時間のある時に会いに行けばよろしいかと」

 

 興味津々と言った様子で工房について語る紅藤に対し、萩尾丸はややたしなめるような口調でもって応じていた。今回会うドラゴンって女性なのか。ああでも、獣妖怪や鳥妖怪にも雌雄の区別はあるのだから、女ドラゴンと言う存在もおかしくはない。そんな事を思っていると、紅藤が言葉を紡ぎ始めていた。少女めいた屈託のない笑みはなりを潜め、幾分真剣な表情で萩尾丸を見つめている。

 

「あのね萩尾丸。私が彼女の所に出向きたい云々は別に良いのよ。今回は双睛鳥さんの件で出向かざるを得なくなったという事ですけれど、セシルさんたちのための手土産は用意しているのかしら?」

 

 紅藤はそこで言葉を切ると、源吾郎たちの方に向き直る。その面には柔和な笑みが広がってはいるものの、ただならぬ気配を源吾郎は感じ取っていた。

 

「セシルさんは優秀な魔道具職人にして宝石の鑑定家でもありますが……それ以前にやはり彼女もドラゴンの一人ですからね。商売であると解っていても、自分の蓄えた財宝が減るのはどうにも我慢ならない気質からは逃れられないの。

 ましてや、彼女は宝石の眼を持つ種族になるわ。宝石の眼は彼女たちの、ヴィーブルたちにとっての生命とも同じですから、他のドラゴンたちよりも神経質になるのは致し方ない話なの」

「……要するに、双睛の兄さんの眼鏡を新調するのに、こっちもお宝を用意しないといけないって事ですよね?」

 

 やや切羽詰まったような表情で声を上げたのは雪羽だった。彼は神経質そうにネクタイを弄ったり値の張りそうな腕時計を眺めたりしていたが、数秒も経たぬうちに目を伏せてため息をついた。

 

「島崎君に雷園寺君。セシル様に支払わねばならない物については、君らが心配する事は何もないんだよ。雷園寺君の言う所のお宝は、僕の方できちんと用意しておいたんだから」

 

 言いながら、萩尾丸はビジネス鞄の中からある物を取り出した。白くて四角く柔らかそうなひとかたまりはすぐに何かは判らなかったが……ややあってから源吾郎はそれが何であるか判ってしまい、思わず頬を引きつらせた。半年以上も前に処理して忘れ去っていたそれを、こんな所で見るとは思っていなかったからだ。

 それは何でしょうか萩尾丸さん。雪羽の無邪気極まりない質問を受けると、萩尾丸はさもおかしそうに笑みを深めた。

 

「これは島崎君の尻尾の毛だよ。昨年の五月に刈り込んだそうだから、毛足の長い冬毛では無いんだけどね。とはいえ彼由来の妖力が籠っているから、丁度良い素材になるんじゃないかな」

 

 驚きの声を漏らす雪羽を尻目に、源吾郎は何とも言えない気持ちで萩尾丸の手許を眺める他なかった。柔らかそうな白いひとかたまりに見えなかったそれも、目を凝らせばチャック付きのケースにぴっちりと押し込められているのがおぼろに見えてくる。昼休憩が終わってから、萩尾丸がふらりと席を外していたような気がするが、まさかこれを用意していたとは。

 妖怪の身体の一部が魔道具の素材になるのは紛れもない事実である。血生臭い話であるが、妖怪の骨や毛皮、或いは血液などを利用したという例は枚挙にいとまがない。それこそ、セシルと言うドラゴンの持つ宝石の眼とて身体の一部と解釈できるだろう。

 特に体毛の場合であれば、相手の妖怪を殺傷する事がないため、提供する側も受け取る側も気軽にやり取りできると言うメリットがある。あの源吾郎の毛だって刈り込んだだけのものに過ぎないのだから。

 それでも、源吾郎は苦々しい思いで刈り込まれたおのれの毛を眺めていた。人間同様に、抜け落ちたり刈り込まれた体毛を眺めるのはいかな妖狐とて良い気分のするものではない。ましてやA6サイズのチャック袋に満タンになるまでに詰め込まれているのだ。用意した萩尾丸のそこはかとない執念すら感じられて、一層不気味だった。

 ついでに言えば、刈り込んだ毛そのものに源吾郎は複雑な感情を抱いてすらいたのだ。何せぱらいその一件で起こした不祥事のけじめとして、尻尾の毛を刈り込んだのだから。チャック袋に収まった源吾郎の尻尾の毛は、かつての源吾郎の罪科のあかしと言っても過言では無かったのだ。

 

「それが手土産なのね……良いじゃないの萩尾丸」

 

 詰め込まれた尻尾の毛を眺めていた紅藤は、屈託のない様子で声を上げた。紫の瞳を輝かせ、源吾郎本体と源吾郎の毛を交互に眺めてもいた。

 

「昔から妖狐の尻尾の毛は筆に使うのに良いと言われているものね。しかも、島崎君自身が豊富な妖力の持ち主ですし……」

「何と言っても島崎君は玉藻御前の末裔ですからね。ええ。それだけでも文字通りブランド品と言っても問題ないでしょう。玉藻御前の血統である事は僕たちも把握済みですし」

 

 何処か勝ち誇ったような笑みを浮かべる萩尾丸を、源吾郎は不思議な気持ちで見つめていた。源吾郎の血統は確かにはっきりとしたものである。しかし母方の祖父と父の二度にわたり人間の血が混ざった半妖なのだ。妖狐としての自我を具え、普通の妖狐とは段違いの強さを持つ源吾郎であるが、時々自分が半妖である事が気になってしまうのだ。

 そんな風に思い悩む源吾郎はさておき、萩尾丸は言葉を重ねていた。

 

「それに毛の質も申し分ありませんでした。島崎君はお酒にも煙草にも手を出しませんし、不摂生な暮らしに堕している訳でもありませんからね……妖力が多ければ不摂生でもやり過ごす事は出来ますが、それでも妖気の質が変わる訳ですし」

「萩尾丸先輩。不摂生はさておいて、僕が酒や煙草に手を出せないのはご存じではありませんか。何せ僕は未成年なんですから」

 

 そうだったっけ。源吾郎の言葉に萩尾丸はとぼけたような口調で応じるだけだった。妖気の質が妖怪の健康状態に左右される事は源吾郎も既に知っている。しかし源吾郎が飲酒や喫煙に手を出していない事を引き合いに出すのは違うのではなかろうか。そのように源吾郎は思ったのだ。何せ源吾郎は未成年なのだから。

 物心ついた頃から妖怪としての自我を育んできた源吾郎であるが、人間として育てられたために人間の法規に従わねばならない存在でもあるのだ。

 

「まぁ確かに煙草は狐狸妖怪は嫌がる手合いは多いけどね……でも妖怪たちの中には子供なのにお酒に手を伸ばしたりしちゃう妖もいるなぁと思ってね。雷園寺君、君だってそう思うでしょ?」

「はは、ははは……萩尾丸さん。それを俺に質問しちゃうんですか?」

 

 萩尾丸に話題を振られた雪羽は、苦笑いを浮かべながら口早に質問するのみだった。源吾郎の未成年発言の返答であると思っていたから彼も少し油断していたのだろうか。或いは話の流れは読めていたとしても、後ろ暗い事であるからうろたえただけなのかもしれないが。

 

「さて、冗談はこれくらいにしておいて、そろそろ双睛鳥君の支度を整えないとね」

「萩尾丸さん、僕も手伝いますよ」

 

 散々源吾郎と雪羽の心を言葉でかき乱した萩尾丸は、すまし顔で言い放った。手伝うと言った雉妖怪の青松丸を伴って、萩尾丸は一旦研究センターの事務所を去っていく。源吾郎は雪羽と共に、それをぼんやりと眺めるだけだった。

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