九尾の末裔なので最強を目指します   作:斑田猫蔵

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昔がたりは友妖のあかし

 再び着替えてかっちりとしたスーツ姿になった源吾郎と雪羽であるが、事務所に戻ってみると自分達しかいなかった。萩尾丸は青松丸と共に双睛鳥を連れ出す準備に取り掛かっている所だ。そして紅藤は、挨拶用の道士服から普段着である白衣にそれこそ着替えている最中なのだろう。

 ちなみに、すきま女であるサカイ先輩の姿も見えなかったが、彼女は度々姿を隠す事があるので特に気にはしなかった。

 萩尾丸が手土産として源吾郎の尻尾の毛を使うとは……ぱらいその一件を思い出しつつ、源吾郎はため息をついた。そりゃあもちろん、源吾郎の血統や能力の高さを鑑みれば、尻尾の毛と言えどもプレミア品に化ける可能性はあるのだろうけれど。

 

「それにしても、週明けからきついっすね先輩」

「そりゃあそうだけど、仕方ないんじゃないかな。双睛鳥さんの事だって不可抗力みたいなものだし、俺たちだって顔繫ぎをそろそろやっていかないといけないんだろうしさ」

「先輩。別に俺だって、顔繫ぎとかがきついって思ってるわけじゃないよ。それこそ、叔父貴の所にいた時だって、他の妖怪組織の許で顔繫ぎとか顔合わせはガンガンやってたんだからさ……俺がきついなって思ったのは、萩尾丸さんの煽りトークの方さ」

 

 雪羽は表情を多彩に変えながら言葉を紡いだ。叔父の許で働いていた時の事は自慢げな笑みを浮かべていたのだが、萩尾丸の名を出した時にはしおらしく物憂げな表情になったのだ。

 

「煽りトークは萩尾丸先輩の得意技って言いたいところだけど、最近俺たちに優しかったからさ、余計に堪えたよな」

 

 あの時萩尾丸は、それとなく雪羽が過去に不摂生を行っていた事に言及していたのだ。普段の萩尾丸ならばそれ位の事は言ってのける所はある。しかしここ数か月ばかり、萩尾丸の言動は若干ソフトな物になっていた。新たな家族が増えるという事でそわそわしている雪羽の身を慮っての事であろう。

 何故か不思議そうな表情でこちらを見つめる雪羽に対し、源吾郎もまた萩尾丸の言動に度肝を抜かれた事を説明する事にした。

 

「雷園寺君も過去の事をほじくり返されてしょんぼりしているみたいだけど、俺だって刈り込んだ尻尾の毛を手土産にするって言われてビビったんだぜ? 処理に困って萩尾丸先輩に渡してはいたけれど、あんな形でご対面するとは……」

 

 源吾郎の面に渋い物が広がっていく。そして何故か、それに呼応するかのように雪羽は訝しげな様子で首をかしげたのだ。

 

「萩尾丸さんが尻尾の毛を手土産にするって事で、何でそこまでうろたえてるのさ。そりゃあ確かに抜け毛とかは自分のでも気持ち悪いって思う妖《ひと》もいるけれど、先輩は抜け毛を丸めて小鳥ちゃんのオモチャにしたりしてるんでしょ?」

「あの毛はな、()()()()()()()があった後に刈り込んだ奴なんだ」

 

 源吾郎は口早に言い捨てた。これで話は終わると思っていた。源吾郎の起こしたぱらいそでの不祥事は、第八幹部の重臣だった雪羽も知っているはずであるし、源吾郎も多くは語るつもりは無かったからだ。

 しかし雪羽は納得した様子を見せなかった。どういう意味だろうかと一層首をかしげるばかりであったのだ。

 

「何だ雷園寺君。君だって元は第八幹部・三國さんの重臣として働いていた身分だろう。去年のゴールデン・ウィークでのぱらいその件は、君だって知ってるはずじゃないか」

「そりゃあ()()()()()()()()()。苅藻さんのスパイとして、ぱらいその悪事を先輩が暴いたって事くらいね。しかもあの時って先輩も入社したばっかりだったみたいだから、とんでもない()()じゃないか。何故か大きく取り上げて貰わなかったみたいだけど」

 

 羨望といくばくかの嫉妬の色を見せながら語る雪羽を前に源吾郎は絶句した。雪羽が知っている内容は真実ではなく、萩尾丸がでっち上げたそれらしい話の方だったからである。

 実際には苅藻がスパイを放ったわけでは無いし、ぱらいそ摘発も源吾郎の快挙でも何でもない。源吾郎が一人で勝手にぱらいそに入れ込んでのぼせ上がった末の()()()に過ぎない。その事は研究センターの面々に打ち明けて始末書まで書いている。始末書は第二幹部である紅藤に提出したから、他の幹部たちにも情報が回っているはずだった。

 違う、違うんだよ……眼差しの鋭い雪羽を前に、源吾郎は小さくかぶりを振った。

 

「そうか、雷園寺君にはそんな風に伝わっていたのか。君も幹部に近い存在だから、てっきり本当の事は知っているのかと思っていたんだよ」

 

 あれは快挙でも何でもなく、個人的な不祥事に過ぎないんだ。源吾郎は臆せず雪羽にそう言った。

 

「良いか雷園寺君。君が知っているぱらいそ摘発の話は、萩尾丸先輩が即興で作った話なんだよ。末の叔父はぱらいその摘発に関わっていないし、だから俺をスパイとして送り込んだわけじゃあないんだ。ただ単に、俺があすこでフラフラしてて、その時にたまたま摘発に巻き込まれただけなんだよ。しかも……あいつらの甘言に乗って紅藤様たちを裏切ろうともした訳だし」

 

 雪羽から視線を逸らし、源吾郎は息を吐いた。その手はいつの間にか心臓の上に添えられていた。それでもまだ言葉を絞り出さねばならない。

 

「ぱらいその一件があって尻尾の毛を刈り込んだって言うのはそう言う事なんだよ。あの時は萩尾丸先輩だけじゃなくて、叔母とか鳥園寺さんもいたからさ……妖怪たるもの、時にはけじめをつける事が必要なんだ。雷園寺君だって解るだろ?」

 

 成程ね。ここでようやく雪羽が納得の声を漏らした。その声は思いがけぬほど柔らかい。表情も穏やかで優しげな物だった。嘲ったり馬鹿にしたりするような素振りは見受けられない。

 

「先輩にしてみれば、そう言う曰く因縁のある代物になるんだね。そうか、それならテンションも下がるよなぁ……萩尾丸さんも、そうした事を解った上で手土産にするなんて」

「それはそれ、これはこれって切り分けて考えてらっしゃるだけかもしれないけどね。しかし、雷園寺君が本当の事を知らないのには驚いたよ。君とて当時は要職に就いていたんだから、俺の不祥事は三國さん経由で伝わっていると思ったんだけど」

「ううん。そもそも叔父貴も真相を知らなかったんじゃないかな」

 

 不思議がる源吾郎を見やりながら、雪羽は軽く肩をすくめた。

 

「多分だけどさ、萩尾丸さんたちも先輩が不祥事を起こしているってみんなに知らせてもメリットがないと思ってて、それで俺たちには伝えなかったんじゃないかな。もしかしたら、叔父貴なんかは本当の事を知っていて、俺にはそれが伏せられていただけかもしれないけどね」

 

 雪羽はそこまで言うと、ふいにその面に獣めいた笑みを浮かべた。

 

「でもさ、島崎先輩の事はその頃から既に話題に上がっていたからね。本当の玉藻御前の末裔で、それに見合うだけの能力と才覚の持ち主だってね。それでいて、上司や先輩たちには従順な優等生と来ているんだからさ……そんなイメージを紅藤様たちも崩したくなかったんでしょうね」

 

 優等生か。雪羽の瞳を見つめながら、源吾郎はふっと息を吐いた。獣めいた笑みを見せる中、雪羽の瞳は嫉妬と羨望に染まってギラギラと輝いていた。その事は源吾郎にも解っていたが、特段恐ろしいとは思わなかった。

 雪羽が源吾郎の境遇や職場での待遇を羨ましく思っている事は、源吾郎も既に知っているからだ。

 

「ですが先輩。本当の事をわざわざ俺に伝えたりして良かったんですか」

 

 雪羽が静かに問いかける。先程とは打って変わり、毒気が抜けたような表情と物言いだった。

 

「俺、本当の事は島崎先輩に言われるまで知らなかったんだ。だからさ、先輩もわざわざ言わなければ……真面目な良いやつってイメージは変わらなかったはずなのに」

「俺が真面目な良いやつだって? 勘弁してくれよ雷園寺君」

 

 穏やかで素直な雪羽の眼差しにたじろぎつつ、源吾郎は言葉を紡ぐ。

 

「何度でも言うけれど、俺は君が思っているほど良いやつなんかじゃあないよ。野望の事では身内である叔父たちからも呆れられているし、そもそも俺は身勝手で怒りっぽい性格でもあるんだぞ。そりゃあまぁ、実家にいた時は人間として暮らさないといけなかったし、母親や兄の目があったから猫を被って大人しくやってたけどさ。

 それにさ、戦闘訓練でも何度君をボコボコにしてやりたいと思ったか、雷園寺君は知ってるかい? それが俺の本性なんだよ」

 

 それにだな。雪羽を見据えながら源吾郎は更に言い添えた。

 

「俺も俺で、雉鶏精一派に入社してから不祥事の合った身分には変わりないんだ。その事を雷園寺君に伏せたままでいるのは、何と言うか()()()()()()()気もしてね」

「あはは、何と言うか先輩らしい意見ですね!」

 

 そこって笑うポイントだったのだろうか。源吾郎は小首をかしげ、しかし敢えて難しい表情を作った。

 

「とはいえ、この事は君と出会ってすぐの頃は打ち明けようなんて毛の先程にも思わなかったけどな」

「あー、確かに。最初のうちは、先輩も俺の事をかなり警戒していましたもんね」

「そりゃそうさ。なんてったって……」

 

 こちとらホテルの一室に連れ込まれそうになったんだからさ。誤解しか招かないような文言を言い放とうとした源吾郎だったが、すぐに慌てて言葉を切った。ついでに業務中らしく真面目な表情を繕うのも忘れていない。

 事務所の扉が開き、先輩妖怪たる萩尾丸と青松丸が戻ってきたのだ。

 

「さて二人とも。僕と双睛鳥君は準備が整ったから、君らも車まで向かうよ」

 

 萩尾丸のこの言葉に、雪羽は弾かれたように萩尾丸の許に駆け寄った。そして彼が左手に提げていたビジネスバッグを受け取ったのだ。萩尾丸が右手で大きな車輪付きのキャリーケースを御しているという事もあるのだろう。

 だが源吾郎は、雪羽がそもそも萩尾丸の秘書、つまりは鞄持ちと言う名目で引き取られ再教育されている事を静かに思い出したのだった。

 それにしては雪羽も幾分重そうにビジネスバッグを持っているが、それは気のせいなのだろうか。

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