九尾の末裔なので最強を目指します   作:斑田猫蔵

254 / 601
異形ながめて地下街巡り

 まるで自分が本当の仔狐に戻ったみたいだ。雪羽の背中や揺れる尻尾を眺めながら、源吾郎はそんな事を思った。仔狐気分を感じるのは、期待と不安が入り混じり、そのせいで胸が高鳴っているからだ。遠足などと言う健やかで退屈な冒険とは違う。薄暗い神社の裏手を覗き込むような、或いは喧騒から離れた路地裏を通り抜けるような、そんな状況を何となく想起させた。

 とはいえ、今の源吾郎は一人で無責任に遊んでいるわけでは無い。これでもれっきとした仕事の最中である。この道行きに必要な妖員は萩尾丸と双睛鳥だけであり、源吾郎たちは単なるオマケとして付いて来ていたとしても。

 と、ここで雪羽が身をひねって源吾郎の方を振り仰いだ。チェシャ猫よろしく微笑む雪羽の姿は文字通り輝いていた。雷獣というのは暗い中ではぼんやりと光を放つ事があるらしい。これが雷獣自身の意志によるものである事を源吾郎は知っていた。いくら暗い部屋の中にいると言えども、眠っている時には光らないのだから。

 

「意外と楽しそうに歩いてますね島崎先輩。先輩の事だから、俺たちがいても怖いなぁって思ってるかなってちょっと心配してたんですけれど」

「その心配は余計なお世話ってやつさ」

 

 源吾郎はやや乱暴に言い捨てて、ついでに鼻を鳴らしてやった。一片たりとも不安を抱かなかったと言えば嘘になる。しかし、ニヤニヤ笑いを浮かべる雪羽に対して素直に応じるのは何となく気恥ずかしかったのだ。しかも雪羽は雪羽で、何か興奮しているようであるし。

 

 萩尾丸の宣告通り、工房へ向かうためのドライブは小一時間ほどで終わっていた。参之宮の中心街からやや外れた駐車場に車を停め、そこからは徒歩で工房に向かっている最中だったのだ。セシル女史が運営する工房は地下街の奥にあり、車で直接向かう事は到底難しい場所にあったためだ。

 従って、萩尾丸たち一行は地下街の内部を伸びる通路を粛々と進んでいる最中だったのだ。曰く歩いて十分足らずで到着するとの事であるが、仄暗いトンネルめいた地下道は、いつまでもいつまでも続いているような気がしてならなかった。

 源吾郎にしてみれば、この地下道は初めて通る道だった。妖怪や魔物たちのための通路である事は、道の両脇にたむろする異形たちの姿を見るまでもない。地下道の床や壁からは、染みついた妖気が思い出したように放たれていたからだ。もっとも、源吾郎は妖気が漂っているなぁ、と呑気に思う位であるのだが。それは萩尾丸や双睛鳥、そして雪羽とて同じ事であろう。

 通路の両脇にたむろする異形たちは、地元の妖怪や力の弱い魔物たちなどが散見された。シートの上に小物を並べただけの簡素な店を出して商売にはげむ者もいれば、子供ら同士で寄り集まり、壁に落書きをしたり()で売られている物品をいそいそと眺めたりしている者たちもいた。

 中にはまだ少女と思しき妖狐の女が、まだ目も開かぬ仔狐を胸に抱き、授乳さえしていたのだ。源吾郎はその姿をしばし目撃してしまい、ややあってから気まずさを覚えて視線を逸らした。たむろする異形たちは人型の個体が極端に少ない。妖狐などの獣妖怪も、何故か直立する獣の姿でいる事がほとんどなのだ。

 実を言えば、源吾郎が妖狐の母子を凝視してしまったのもそのためだった。幼い仔狐は言うまでもなく、母親の若妖狐も直立する狐の姿だったのだ。毛皮の上に簡素ながらも服を着ていたために、若いママ妖狐が仔狐を抱っこしているだけなのだと思い込んでしまったのである。

 狐娘を見てしまった事の気まずさを払拭すべく、源吾郎は雪羽を見据えて言い放った。

 

「ただ、この道は初めて通る道だし、色んな妖《ひと》が多いからちょっとびっくりしたってのはあるけどね」

 

 言いながら、源吾郎は地下道の周囲をぐるりと見渡した。獣妖怪や魔物などの異形たちは、相変わらず思い思いに振舞っている。しかし源吾郎たちに近付く事は無かった。彼らとてこちらの様子を窺っているであろう事は解っている。だが、源吾郎たちの視線に気づくと目を逸らし、見ていなかった体を通すが常だった。

 もっとも、これも互いの力量差を鑑みれば無理からぬ話であろうが。萩尾丸や双睛鳥は言うに及ばず、一行の中で()()()()雪羽でさえ、一般妖怪基準で考えれば十二分に強い存在なのだから。

 

「そっか、ちょっとびっくりしたって程度なんだね。先輩ってばお坊ちゃま育ちだからさ、こういう所は苦手かと思ったんだけど」

「お坊ちゃま育ちは雷園寺だって同じだろうに」

 

 出自としては本当に貴族のお坊ちゃまじゃあないか。そう思った源吾郎であるが、他の異形たちの手前その言葉は飲み込んだ。若くして強大な力を持つ事、好奇な出自を持つ事が時に要らぬ悪意をもたらす事を源吾郎は既に心得ていたのだ。

 自分はさておき、雷園寺は見た目からして良い所のお坊ちゃまだもんなぁ。未だぼんやりと輝く雪羽の姿を眺めながら源吾郎は言葉を重ねた。

 

「雷園寺君。俺は確かに白鷺城下で生まれ育ったけれど、参之宮界隈には学生時代の頃から何度も足を運んだ事はあるんだぜ。それこそ、メトロ何々みたいな地下道や地下街だって、末の兄に連れられて遊びに行った事もあるくらいだし」

 

 やや鼻息の荒い源吾郎の言葉に、雪羽は感心したような表情を見せた。

 

「末の兄って庄三郎さんだよね」

「そうだよ。言うて庄三郎兄様自体も、頽廃的な物とか雰囲気が好きで、ギャラリーに顔を出した帰り道に俺を連れて立ち寄るって感じかな。ま、大人の社会勉強みたいな感じがして、俺も地下街巡りは楽しんでたんだ。他の兄たちじゃあ地下街なんぞに俺を連れていってくれる事なんてまずないからさ」

「やっぱり先輩って可愛がられてますね。父親である幸四郎さんだけじゃあなくてお兄様たちまで……妬けちゃいますよ」

「雷園寺君には可愛がられているだけのように見えるかもしれんがな、その可愛がりの中にも愛の鞭はあったんだよ。特に宗一郎兄様とかさ」

 

 さもさも羨ましそうに頬を膨らませる雪羽に対し、源吾郎は笑いながら切り返した。頬を膨らませておどけた様子を見せる雪羽であるが、源吾郎の境遇を本気で羨ましく思っている事は知っていた。父母が健在で兄姉らと一緒に暮らしている。源吾郎にとっては当たり前の暮らしこそが、雪羽が渇望してやまない物なのだから。

 だからこそ、この手の話の際は源吾郎も言葉を選んでかわさねばならないのだ。

 

「雷園寺君。言うて兄姉たちとてずぅっと俺にべったり構ってたわけじゃあないんだぜ。兄姉たちと俺じゃあ――人間の尺度で言えば――大分歳が離れていたし、だからライフサイクルとかも違ってたんだよ。姉上とか誠二郎兄様は、俺がまだ小学生とか中学生の時には独立してたしな。

 一番俺と接触があったのは一番上の宗一郎兄様だけど、むしろあの人は保護者以上に保護者だったからなぁ。あれだ、それこそ雷園寺君の所の春嵐さんみたいな感じだよ」

 

 いい塩梅に伝える事が出来たようだ。雪羽の表情を見ながら源吾郎は会心の笑みを浮かべた。春嵐と聞いた時に、雪羽が一瞬顔を引きつらせたのだ。

 雪羽にとっての教育者と言えば、やはり春嵐になるだろう。三國の側近として公私ともに傍にいる彼であるが、三國の甥である雪羽に対しては「親戚のお兄さん」に近い立ち位置で接している事は源吾郎も知っていた。ついでに言えば、甥に甘い三國夫妻に変わり、教育指導的な部分に力を入れようとしている所も窺えた。雪羽が彼の事を口うるさくも頼りになれる存在として認めている事は、彼の態度から見れば明らかな事だった。

 そう言った細かい事はさておいて、源吾郎もまた春嵐の事を年長者として素直に慕っていたのだが。

 

「春兄か……確かに春兄も『教育上良くないです』とか『子供にはまだ早いです』とかって言ってたなぁ。叔父貴と月姉がいちゃつき始めたら、それとなく俺を違う部屋に誘導するのも春兄だったし」

 

 まぁ確かに夫婦のいちゃつきは幼子には刺激が強いだろう。しかしそこまで話す必要はあるのだろうか。心中で渦巻く考えはおくびに出さず、あくまでもすまし顔で源吾郎は言葉を続けた。

 

「流石にうちの両親は唐突にいちゃつき始める事は無かったけれど、宗一郎兄様も春嵐さんと同じ事は言いがちだったかな。

 あ、でもな雷園寺君。俺は春嵐さんの事は良い妖《ひと》だなって思ってるよ。真面目で優しいしさ。うかうかしてたら俺も注意される事もあるけど」

「ははは、春兄は俺にだって優しかったんだぜ。まぁ、最近は俺もおイタしまくってたから小言ばっかり喰らってたけどさ」

 

 源吾郎の言葉に、雪羽はそんな事を言って笑っていた。おイタしている自覚があるんじゃないか雷園寺君よ。そう言って源吾郎も笑おうとしたのだが、萩尾丸がこちらの様子を窺っている事に気付き、居住まいを正した。

 

「ま、まぁそんな訳で、兄とか兄的立場のヒトって割と真面目なやつも多いって事さ。言うて庄三郎兄様は割合マイペースで、兄らしい感じの兄じゃあないんだけどね。そこが俺としては有難い所もあるんだけど」

 

 無難な事をつらつらと述べ、源吾郎は言い切ったのだと思い込んでいた。だが雪羽がまだ何か言いたげな表情をしている事に気付くと、一度瞬きしてから言い足した。

 

「雷園寺君。君も兄と遊びたいんだったら一度誘ってみたらどうかな。君はもう俺の友達だって事は兄上たちも知ってるし、特に庄三郎兄様は、君が芸術の心得もあるって知ってるだろうから」

 

 遊びに誘うのは良いけれど、あんまりグイグイ行くのは兄上も苦手だから気を付けるように。花のような笑みを浮かべる雪羽に対し、源吾郎は念押ししておいた。

 と、ここで思いがけぬ相手から言葉が掛かった。萩尾丸のキャリーケースの内部から、双睛鳥が感慨深げな声を上げたのだ。

 

「庄三郎君の話をしていたんだね。あの子は昨年の末に僕もチラッと見たけれど、元気そうにしてたよね。元気なのって大切だもんね」

「え、あぁ、確かに末の兄は元気にやってるみたいですがね」

 

 双睛鳥の言葉に、源吾郎はたどたどしく応じた。庄三郎の事を気遣うような物言いに少しばかり驚いていたためだ。考えてみれば、双睛鳥や雉鶏精一派の面々が庄三郎の事を知っているのは妙な話ではない。源吾郎と同じく、庄三郎もまた玉藻御前の末裔なのだから。

 更に言えば、庄三郎は他の兄姉らとは異なり妖狐としての能力を色濃く受け継いでもいる。結局の所妖怪の世界を選ばなかったものの、妖怪たちが注目するのも無理からぬ話だろう。源吾郎はそう思う事にしたのだった。

 

 目的地である工房はもうすぐだ。先頭を進む萩尾丸の宣言はいささか唐突なもののように思えてならなかった。元より歩いて十分ほどであると聞かされていた。しかし地下街を歩き始めて何分くらいだったのか、源吾郎にははっきりとしなかった。ずっと長い間歩いているようにも、あっという間に到着したようにも思えた。

 それもこれも、見慣れぬ地下街の景色に目を奪われたり、道中雪羽と雑談を交えて歩を進めていたりしたからなのかもしれなかった。そうでなくとも、体感時間は餅のように伸び縮みしやすい代物なのだから。

 とはいえ、実の所そんなに歩き続けたのではないだろう事も何となく解っていた。ふくらはぎが張る感覚が特に無かったからだ。

 それはそうと、一行は工房の入り口と思しき所までたどり着いていた。入り口と断言できないのは、本当に入り口かどうか確証が付かないからだ。壁とは異なり扉らしき入り口はあるのだが、特に看板らしい物は見当たらない。その代わりに、一人の男性が扉の前に陣取るように仁王立ちしているだけである。これまでの獣めいた異形たちとは異なり、ほとんど人間と変わらぬ姿の男性だった。牛乳パックを半ば潰すような形で握りしめ、ストローを斜めに噛むような形で咥えているという事くらいしか取り立てた特徴は見当たらない。

 だが、その彼は萩尾丸たちの姿を見るやゆらりと動いたのだった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。