九尾の末裔なので最強を目指します   作:斑田猫蔵

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吸血鬼との地下街談義

「おうおう。あんたらが、雉鶏精一派の御一行サマだな」

 

 門前で控えていた男の言葉に、源吾郎はびくっと尻尾を震わせてしまった。付き添いとはいえ仕事としてここに出向いているつもりだったのに、まさかこうも砕けた調子で出迎えられるとは。

 その上、声の主である牛乳パックの男からはそこはかとない()を感じ取ってもいた。見た目に関しては、長身痩躯の男性と言う比較的ありふれたものである。強いて言うならば、日本人やアジア人ではなく、西洋人めいた風貌と暗い赤毛であるという所が特徴であろうか。服装に関しても特におかしなところはない。源吾郎たちとは異なりスーツではなくラフな衣裳ではあるが、仄暗く猥雑な地下街の事を思うとある意味相応しい衣裳にも思えた。

 彼の圧と言うのは、見た目ではない部分から感じ取った物に他ならなかった。雰囲気や佇まい、そしてその身に宿す妖力。それらを感じ取ったからこそ、源吾郎はたじろいでしまったのだ。

 

「はい。私どもが雉鶏精一派でございます。あなた方の玉座におわすセシル女史には、既にアポを入れておいたはずなのですが」

「店長が玉座におわすだって? 萩尾丸の旦那もリップサービスがお上手で」

「……セシル様、いえ工房の皆様には新年早々ご迷惑をおかけします……」

 

 源吾郎がたじろいでいる間にも、萩尾丸は件の男性に話しかけていた。赤毛の男は困ったような素振りを作って肩をすくめている。うちの店長は宝石と研究に没頭している引きこもりに過ぎないよ。であればうちのボスと同じではありませんか……萩尾丸はキャリーケースを右手に提げたまま、実ににこやかに話し込んでいる。

 源吾郎と雪羽は、互いに目配せしながらそれを眺める他なかった。会話に入り込む余地が無かったのだ。

 

「それにしても旦那。今回もこの辛気臭い地下街を、ツレと一緒に歩いてこられたんですか」

 

 もちろんですとも。さも当然のように頷く萩尾丸の顔に、にわかに疑問の色が灯った。

 

「と言うよりも、こちらに歩いて出向くほかに方法はありましたっけ? 我々が転移術で急に押しかけるのは失礼にあたるでしょうし、さりとて急用ですから、迎えに来ていただくのも忍びないですし」

「相変わらず、萩尾丸の旦那は真面目ですなぁ」

 

 赤毛の男はそう言って笑った。笑った時に、ほのかに血の臭いが漂った。

 

「いやね、この工房は店長がお気に召すようなくそ真面目な求道者連中は中々やってこないのに、店長どころか俺たちでさえ辟易するような手合いばっかりなんですよ。しかも持ち合わせも無いので冷やかし感覚ですね。何となれば、店長を討伐しようと息巻く命知らずもいるみたいですし。

 とはいえ、こちらには実害は殆ど無いんですけどね。それが何故なのかは、聡明な萩尾丸の旦那ならばお解りかと思うんですが」

 

 それにしても。潰れかけの紙パックを握りしめたまま、男は視線を源吾郎と雪羽にスライドさせていた。

 

「萩尾丸の旦那とVIP待遇を受けている双睛鳥どのはさておいてだな。ツレの坊やたち二人は、この地下街の()()()()()住民たちの洗礼を受けなかったみたいだな」

 

 赤毛の男は皮肉を言っているのだ。源吾郎はその事に気付きつつも、小さく頷いた。

 

「ええ、彼らは遠巻きに僕たちを眺めているだけでして、特に何もされませんでした」

 

 源吾郎の言葉に雪羽は頷き、やはり言葉を紡ぐ。

 

「僕と島崎君は見ての通りまだ子供……いえ単なる若者に過ぎません。ですが、大妖怪たる萩尾丸さんとつかず離れずの距離で歩いていたんですね。なので、僕らも萩尾丸さんのツレだと思って、彼らもちょっかいをかけなかったんだと思うんです」

 

 雷園寺のやつ、何のかんの言っても口が上手いなぁ。さらりと自分が子供扱いされた事は一切気にせず、源吾郎は静かに感心していた。先程の言葉は厭味にならない程度に謙遜し、尚且つあるじたる萩尾丸の事を立ててもいる。雪羽は確かに少年ではあるが、ある意味源吾郎以上に世慣れした所があるのだ。

 当の萩尾丸が黙って様子を見守る中で、赤毛の男はさもおかしそうに顔をほころばせた。

 

「ふふふ。君らが良い所のボンボンだって事は、さっきの意見からでも十二分に伝わったよ。もっとも、狐の島崎君の方は初対面だけど、雷園寺君の事は前も見た事があるからさ……」

 

 地下街の妖怪たちが源吾郎たちに対して無関心を決め込んだのは、源吾郎たちの方が彼らよりも圧倒的に強いからだ。赤毛の男は淡々とした口調でそう告げた。

 

「あの住民たちは普段は思い思いに過ごしているんだけどな、ネギをしょったカモを仕留める時だけは、とんでもないチームワークを発揮して成し遂げてしまうんだよな。しかもこんな所で生活しているから、図々しい事この上ないし……

 ここだけの話、俺だって彼らに見くびられかける時がある訳だしさ。適当に一匹捕まえて少しでも生き血を吸ってやったら流石にやつらの態度も変わるだろう。だけど、毛むくじゃらの畜生共の生き血を吸うなんて、考えただけでぞっとするぜ!」

 

 このヒト吸血鬼だったんだ。源吾郎は目を瞠り、ついで半歩だけ後ずさった。日本で生まれ育った源吾郎は、本物の吸血鬼に会うのは初めての事だった。だからこそ、危険なのかもしれないと思って警戒し、恐怖心を抱いたのである。

 大丈夫だ、狐の坊や。そう笑う吸血鬼の口許からは、鋭い牙が見えたような気がした。

 

「通行料代わりにあんたらの血を吸うとか、そんな事も無いっての。俺にしてみれば、あんたらも十分獣臭い訳だからさ」

「えぇ……」

 

 獣臭い。面と向かって放たれた吸血鬼の言葉は、思いがけぬ鋭さでもって源吾郎に突き刺さってきた。血を吸われない事を素直に喜ぶべきなのかもしれない。しかしそれでも、吸血鬼の言葉は源吾郎にはいささかエッジが利いたものだったのだ。

 人間として育てられたがために大衆云々の話には慣れていないためなのか。それとも、獣臭いという言葉でもって、「毛むくじゃらの畜生」と一からげにされた者たちと一緒くたにされたという事が、大妖狐の末裔として我慢ならなかったのか。自分の事ながら、どうしてショックを受けてしまったのか、源吾郎には少し解らなかったのだ。

 さて雪羽はと言うと、笑いながら軽口を叩くだけだった。もっとも、その面には獣らしい獰猛な笑みが広がっていたのだが。

 

「まぁまぁ、若者をからかうのはその辺りにしてくれませんかね」

 

 物理的に輝いている雪羽の髪がふわりと舞い上がった所で、萩尾丸が助け舟を出してくれた。萩尾丸の視線はニヤニヤ笑う吸血鬼ではなく、何故か源吾郎たちに向けられていたのだ。

 

「獣臭いって言われた事くらいで凹んだり腹を立てたりしなくて良いだろう。本当の事なんだろうしさ。それにだね、彼は仮に君らが獣臭くなくても血を飲もうとは思わないよ。妖怪の血肉を取り込む事で強くなれるのは事実だけど、あまりにも妖力が多すぎると、却って負担にしかならないからね」

「そうだよ坊やたち。あんたらは十分に強いんだぞ。二人とも血筋の方も申し分ないみたいだしさ。それこそ、この地下街で蠢く有象無象共を取りまとめ、長として君臨する事だって訳ないんだぜ。

 どうだい? そういう仕事がやってみたいって言うのなら考えてやるけれど」

 

 あんたらは十分に強い。その言葉に一瞬頬を緩ませた源吾郎であるが、おのれの裡にある理性を総動員して冷静な表情に戻った。

 源吾郎は既に、自分が並の妖狐とはかけ離れた強さを持つ事を知っていた。吸血鬼の言葉もリップサービスではなく、本心が多分に入り混じっている事も。地下街云々の件も彼の言う通りであろう。力を振るうだけであれば、同年代の妖狐たちは手出しできないのだから。

 しかし、思うがままに力を振るい、お山の大将に収まる事がおのれの目標や望みではないのだ。その程度で満足できるのならば、わざわざ親族を説得して紅藤の許に弟子入りするなどと言う回りくどい事はやっていない。

 ちらと様子を窺うと、雪羽も雪羽で神妙な表情を浮かべるだけだった。彼の場合は源吾郎とは事情が少し違う。雷園寺家の権威に笠を着て、おのれの武力と権威で周囲を圧倒していた時があるにはあったのだ。それは権力者として相応しくない代物だったのだが、今の雪羽はその事もきちんと心得ている。だからこそ彼は、源吾郎以上に力に溺れる事を警戒し、恐れてもいたのだ。

 敢えて地下街のあるじにならないかと持ち掛けたのはどういう意図があるのか。源吾郎たちをテストしていたのか、それとも単にからかっていただけなのか。その辺りは源吾郎には解らなかった。ともあれ萩尾丸の前であるから、迂闊な言動は行わず、困ったような笑みを浮かべるだけに留めておいたのだが。

 ちなみにイマドキの吸血鬼と言うのは、特に人間や他の生物を襲って血を飲むわけでは無いそうだ。病院等から消費期限の切れた血液を確保するルートという物があるし、それでも口寂しい時は、スーパーで売っている牛乳などで代用しているのだという。だから牛乳パックを飲んでいたんだな。源吾郎は合点の言った気持ちになっていた。

 

 そうしたやや砕けた問答の後に、吸血鬼の男は工房に萩尾丸たちを案内してくれた。

 

「わぁ……」

「工房を通り越して博物館みたいやな」

 

 壁と同化しているかのような扉をくぐった源吾郎たちは、思わず声を上げた。多少猥雑ながらも何処か幻想的な地下街の様子を見ながらここまでやってきた源吾郎であるが、工房の中もまた外とは隔てられた別世界のようだった。

 濃いセピア色の壁やタンスや棚を照らすのは橙色の柔らかな光だった。天井の中央には洋風のシャンデリアが吊るされているのだが、それとは別に中空には火の玉らしきものも浮かんでいる。

 しかし特筆すべきは棚やテーブルの上に置かれているものたちであろう。調度品・骨董品と呼んでも遜色の無さそうな魔道具の類や、いかにも年季の入った魔導書などが割合無造作に置かれているのである。ある種の宝石らしきものも源吾郎は見てしまった。もっとも、大切に管理されているのではなく、乱雑なテーブルの隅に四つ五つ転がっているのであるが。それこそ、理科の実験で作るミョウバンの結晶か、プラスチックでできた透明なビーズ玉のように。

 もしかしたら宝石では無くて本当にガラス玉とかビーズ玉なのかもしれないが、いかにも魔女、或いは魔導士の巣窟と言った風情であった。

 

「それじゃあ、店長の許に案内するよ……付いて来てくれ」

 

 吸血鬼の男はそう言うと、源吾郎たちに背を向けた。五歩もせぬうちに屈みこみ、床の辺りを探り始める。かと思うと床の壁が半畳ばかりずれ、四角くて黒い空間が口を開けたのだ。彼はごく当たり前のようにその中に入っていった。

 この工房は地下街にあるが、更に地下室があるのか。生唾を飲みながら、源吾郎は思わず感慨にふけってしまったのだ。

 とはいえぼうっとしている暇はない。萩尾丸と雪羽は既に地下階段の方に向かっている。源吾郎も少し慌てて雪羽に追従する形となった。

 

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