九尾の末裔なので最強を目指します   作:斑田猫蔵

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地下に佇むはドラゴンの魔女

 赤毛の吸血鬼に先導された一行は、萩尾丸を先頭に進む事となった。源吾郎は最後尾であるが、別に一行の序列とか年齢差とは無関係である。地下街の店舗に、更に地階に続く階段がある事に驚き、動くのが遅れたからに過ぎなかった。

 ちなみに雪羽とは異なり、源吾郎の尻尾は毛足が長くボリューミーではある。だがその尻尾が後に続く者の邪魔になるだろうという懸念は無かった。そもそも源吾郎は尻尾を隠す事を難なくやってのけるし、そうでなければ適当な大きさに縮めているからだ。現に今も、毛皮のアクセサリー程度の大きさに縮小させている訳だし。

 

「……この地下道は凄いっすね。地下にある、ガス管とか水道管に干渉しないような造りになってるみたいだし」

「凄いってそっちかよ」

 

 さも感心したような雪羽の言葉に源吾郎は思わずツッコミを入れていた。だが、電流でもって場所を探り、見えざるところをも視る能力を持つ雷獣らしい感想だとも思っていた。階段は狭く急勾配であり、尚且つ薄暗い。それでも雪羽は危なげもなく歩を進めていた。これも雷獣の力によるものであろう。

 先導する萩尾丸はどうだろうか。暗がりではあるものの、彼もまた特に危なげもなく歩を進めているらしい。

 今でこそ大妖怪・大天狗である萩尾丸だが、元々は人間だったという。従って五感は獣妖怪のそれよりは鈍いそうだ。だからこそ源吾郎は少し心配になっていたのだが、その思いはある種の杞憂に過ぎないようだ。

 

「島崎先輩。階段はもう終わりましたよ」

 

 そうこうして言う売りに、雪羽が小声で耳打ちする。しかもご丁寧にこちらを見ながらである。半妖である源吾郎が、それこそ気遣われていたのだ。

 階段を降り切った所は通路になっていた。今再び橙色の照明で照らされており、何となれば階段よりも明るい。安全な通路の方が危険そうな階段よりも明るく照らされているのは何故なのだろう。その事が気になりはしたが、それよりも壁に飾られているレリーフに、源吾郎は目が向いた。

 はがき二枚分の大きさのそれは、ほぼほぼ等間隔に並んでおり、それぞれ異なった情景が描かれていた。いずれにせよ、ドラゴンや人が描かれている事には変わりない。中にはドラゴンが描かれていないレリーフもあるにはあるのだが、そこには代わりに異形の女性の姿が描かれていた。半人半蛇の、そしてコウモリの翼を持つ女性である。

 昔話の挿絵のように簡素ながらも目を惹き、それでいて凄味のある絵ばかりだった。

 例えば二枚目の絵などは、ドラゴンが人を丸呑みにしている絵柄なのだ。間抜けな犠牲者はもう足しか見えず、周囲にはほぐれた藁束が散らばっている始末である。

 また、半人半蛇の女性が登場する者では、追いすがる男に背を向け、翼を広げて飛び立とうとしている所であった。いかにもドラゴンと言った風情の仔の手を引き、もう一方の手には宝石を握りしめている。宝石を握りしめているという所は、執念深く強調されてもいた。

――いずれにせよ、ドラゴンであらせられる店主殿らしいチョイスのレリーフだな。

 静かにレリーフたちを眺めながら、源吾郎は心の中で呟いていた。飾られたレリーフたちの示す情景や物語が、全てヴィーヴルと言うドラゴンにちなむものだと解ったからだ。

 水を飲む時は宝石の眼を護るために取り外して脇に置く。宝石の眼を奪った盗人は、あらかじめ用意した九つの藁束に身を隠す――ヴィーヴルは九つの藁束を食べきる前に死んでしまうからだ――が、愚かにも居場所を探り当てられて喰い殺されてしまう。

 或いは宝石の眼を奪われると、奪った相手に従わねばならないという。だからこそ半人半蛇の姿に変わり、盗人に夫として従ってもいたのだ。とはいえそれも、おのれの生命たる宝石を取り戻すまでの束の間の事であるが……

 源吾郎がこうしたヴィーヴルの伝承を知っていたのは、もちろん事前に下調べしたからである。ネットで拾った情報が付け焼刃である事は源吾郎も知っていたが、さりとて何も知らぬよりはマシであろう。詳しい事は、また後で書籍を当たれば良いのだろうし。

 但し、ネットで調べた情報とレリーフの物語は決定的に異なっていた。レリーフは、あくまでも()()()()()()での物語だったのだ。だからこそ、怒れるドラゴンは藁束に隠れた盗人を喰い殺している訳であるし、羽衣天女よろしく宝石を見つけ出して自由の身になっているのだ。

 とはいえ、それはごく自然な事なのだと源吾郎は受け止めていた。誰であれ、おのれの種族に思い入れがある。強く主張せずとも自分の種族が第一・一番だという気持ちは誰にだってあるからだ。妖狐たる源吾郎も、雷獣である雪羽もそうした気持ちを抱えて日々暮らしている訳だし。

 

 工房のあるじたるセシルは、通路の奥にある部屋に控えていた。応接間と作業場が融合したようなその部屋は、上階よりも広そうだとぼんやりと思った。

 さてセシルの姿であるが、レリーフにある様なドラゴンそのものの姿とも、半人半蛇でコウモリの翼を持つ半裸の女性の姿とも異なっていた。異形らしさを最小限まで抑え込んだ、人間の女性に近い姿を取っていたのだ。とはいえ、萩尾丸をも見下ろすほどの上背の持ち主であるのだが。性別を感じさせぬすらりとした体型も相まって、いかにもドラゴンらしいと源吾郎は思った。鳥妖怪や爬虫類妖怪のメスが人型になった場合、ほっそりとした体形になるか、筋肉質なアスリート体型になるかのどちらかである事が多いという。これはやはり、哺乳類とは異なり仔を授乳する機能を持ち合わせていない事に起因するのだそうだ。

 長い影を揺らめかせながら佇立する彼女は、まさしく昔話に登場する魔女のようだった。それでも、人間由来の魔女とは異なる事を、要はドラゴンであるという自身の素性をその出で立ちからほのかに示していた。

 アカデミックドレス風のローブは濃緑色から暗い藍色に緩やかに色を変えており、時折照明の光を受け、大きな鱗のように輝いていた。

 また、黒々として妙に筋張ったマントが、彼女の肩口に無造作に掛けられてあった。彼女自身はケープやスカーフを纏っているような表情であるが、畳んだコウモリの翼にも見えなくはない。コウモリの翼を持つドラゴン。確かにヴィーヴルの姿に綺麗に当てはまるではないか。

 その彼女の視線が、源吾郎たちを捉えた。僅かな微笑をたたえるセシルの顔は、やはりその二つの瞳が印象的だった。笑顔とは対照的に赤褐色の瞳は怪しいほどに輝いていた。ヴィーヴルが宝石の瞳を持つドラゴンである事を、思い知らされたような気分でもあった。

 すぐ傍には雪羽もいるはずなのだが、彼がどんな表情をしているのかまでは解らなかった。と言うよりも、雪羽の姿が視界に入らなかったと言った方がより正確であろう。源吾郎の視線と意識は、ヴィーヴルのセシルに注がれていたのだ。

 

「セシル様。新年早々お邪魔しております」

 

 奇妙に静謐な空気を打ち破ったのは、他ならぬ萩尾丸の声だった。さほど声を張り上げている訳ではない。だが彼の言葉ははっきりと源吾郎の耳に届いた。

 それとともに、周囲の視界が広がったような感覚を抱いた。と言うよりも、事ここに来て自分の意識がセシルのみに向けられているという事を悟ったくらいだった。源吾郎はだから、雪羽が隣で笛のような声音で息を呑んだ事にも気付いたし、彼女の傍にあるテーブルの上に、幾つもの眼球と思しき物――見た目は眼球そのものであるが、血の臭いは漂っていない――が入ったガラスの器があるのも発見してしまった。

 そうした状況の中でも、セシルは超然とそこにいた。但しその顔に浮かぶのは今まで見せていた怪しい微笑ではなく、客妖《きゃくじん》を迎え入れるための笑顔、営業スマイルであるのだが。

 

「いやいや大丈夫だよ萩尾丸さん。こっちはずぅっと暇な身分なんだ。だからこうしてお客サマとして来ていただくだけでもありがたいんだよ。ああ、それにしてももう新年だったんだね。道理で店員たちが浮足立っていた訳だ」

 

 萩尾丸はさも当然のように日本語で話しかけていたが、対するセシルも当然のように日本語で応じている。訛りや妙なアクセントの違いも無く、ごくごく流暢な日本語であった。

 長命な妖怪や魔物であれば、母国語以外の言語を二つ三つマスターしている事は珍しく無いのは源吾郎も知っている。日本在住の妖狐であっても中国語を覚える事は推奨されていたし、そもそも仙狐になるには世界中の鳥の言葉を覚える事が必須であるわけなのだから。

 それでも、セシルが日本語で応対している所には、源吾郎は不思議な感慨と感動めいたものを抱いていた。それは彼女が日本人離れした容貌で、しかも浮世離れした魔女めいた雰囲気を漂わせていたからなのかもしれない。

 そう言う意味では、紅藤と気の合う存在であるというのはその通りなのだろう。種族や出身地は異なれど、世俗とは隔絶した所に意識がある所などが実に似通っているではないか。その傍らに、世俗の雑事をこなす小間使いが控えている事も。

 

「今回はヴィペール君、いいや双睛鳥君だったかな。何か新年早々大変な事になってしまったんだよね。何でも愛用の眼鏡が壊れてしまったとか」

「ええ、ええ。そうなんですよ」

 

 萩尾丸はここでようやくキャリーケースを床に置いた。それから雪羽の方に向き直り、彼の方にそれとなく手を伸ばす。雪羽はぼんやりとした様子で首をかしげていたが、やけにゆっくりとした手つきでビジネスバッグを差し出した。

 

「彼にしてみれば、あの偏光眼鏡は手放せぬ物でしたからね。もちろん予備もあったのですが、それも日を待たずして破損したという事でして。不審な事この上ありません」

 

 ここで一旦言葉を切ると、萩尾丸は正面からセシルの顔を覗き込む。

 

「破損した眼鏡についても用意しておりますので、そちらも後で見て頂きたいのです。破損した要因について、そこに何かあるのであれば視て頂く必要がありますので」

「何かの心配をしなければならないとは、雉鶏精一派の皆も大変だね。それもまた……力のある者の宿命と言うものかもしれないか」

 

 そう言ってセシルは笑っていたが、その笑みは何処か乾いていて、そして切なさも多分に含んでいた。

 

「眼鏡を壊した犯人が判るかどうか、それも後できちんと見てあげる。だけどその前に、双睛鳥君に出てきてもらわないといけないかな」

 

 仰る通りですよね。萩尾丸は身をかがめ、キャリーケースの入り口をふさぐ留め具を外した。

 

「さて双睛鳥君。気付いていると思うが工房に到着して、今まさにセシル様の許に僕たちはいるんだ。出てきてくれるかい」

「……出てきても大丈夫ですか」

 

 キャリーケースを開けた事を告げられたものの、双睛鳥はやはりと言うべきかすぐには出てくる事は無かった。その代わりに放たれた問いは、いかにも弱弱しい口調だった。声の調子からして、先程まで眠っていたという感じでもなさそうだ。

 源吾郎はキャリーケースや萩尾丸を眺め、或いは雪羽と顔を見合わせたりしていた。さて工房の女あるじたるセシルはと言うと、さも優しそうな笑みをたたえて口を開いたのだ。

 

「大丈夫だよ双睛鳥君。実はね、私はもうこの部屋の中に結界を施しているんだ。ふふふ、気の利く部下たちにその手配を済ませているからね。

 だから出てきても大丈夫だ。君の眼が、君の持つモノがこの場にいる誰かに牙をむく事は()()()()()。この私が言うんだから、間違いでは無いよ」

「ありがとうございます。それでは失礼しますね」

 

 直後、解放されたキャリーケースから、双睛鳥の姿がゆるゆると姿を現した。その光景はキャリーケースから動物が出てくるというよりも、むしろ卵から巨大なヒナが誕生するシーンに酷似していた。何しろ双睛鳥の身体の方が、キャリーケースの三倍ほどの大きさはあるのだから。

 遠近感が狂ったような光景を、源吾郎は瞬きを忘れて眺める他なかった。幸いな事に、双睛鳥自身はキャリーケースから抜け出す事に手間取らず、この光景を眺めるのも短時間で済んだのだが。

 姿を現した双睛鳥は蛍光イエローの羽毛とコウモリの翼と蛇の尾を持つ、コカトリス本来の姿そのものだった。だがそれも一瞬の事であり、肩こりをほぐすかのように翼を動かしたかと思うと、その姿は一瞬にして青年の姿に変じていた。人型の、源吾郎にとってはもはや見慣れた姿でもある。とはいえ、コカトリスとして最大の武器である両目は、用心深く紋様の入った布で覆い隠していたのだが。

 

「あのぅ、皆さんそろそろお掛けになった方が宜しいかと思うのです。ええ、お客さんですし、飲み物もお出しいたします」

 

 あ、そうだったね……工房の隅で一部始終を見ていたらしい従業員から声が上がる。セシルはそこでハッとしたような表情を作り、萩尾丸たちに座るように促したのだった。

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