九尾の末裔なので最強を目指します   作:斑田猫蔵

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宝石の眼は千里を写す

 改めて、萩尾丸一行とセシルはテーブルを挟んで相対する事となった。源吾郎たちの前に鎮座するのは、湯気と香りを立ち上らせるお茶である。茶器の側面には大陸風の図案が記されており、その中で湯だった菊の花が静かに開いている。

 大陸の工芸茶が出された事に、源吾郎は静かに驚いていた。てっきり紅茶が出されると思っていたからだ。ドラゴンであるセシルを筆頭に、この工房に控える者たちは欧州の出身かそちらにゆかりのある面々ばかりだったからだ。この工芸茶を持ってきたのも、ワイバーンの亜種だという羽毛に覆われたドラゴンの若者だった訳だし。

 ちなみに妖怪や魔族向けの紅茶やコーヒーは、人間向けのそれと異なりカフェインを除去し、無効化している物が流通している。従ってカフェインに弱い獣妖怪が飲んでも大丈夫な代物になっているのだ。

 緊張しないで大丈夫だよ、二人とも。ふと顔を上げるとセシルの声が聞こえてきた。湯気の向こうで彼女は微笑んでいる。先程の魔女めいた雰囲気はなりを潜め、屈託のない子供のような笑顔だった。

 

「二人とも、さっきはごめんね。萩尾丸さんと双睛鳥君はさておき、君らは初対面だったり数えるほどしか会った事が無かったりしたから、少し()()()をしちゃったんだ。試すような真似に気を悪くしたのなら謝るよ」

 

 申し訳なさといくばくかの茶目っ気を出して語るセシルの姿を、源吾郎はぼうっとしながら眺めていた。テストとはアレの事なのだろう――初めてセシルを見た時に、彼女しか視界に入らなかった事を思い返し、静かに判断を下していたのだ。

 恐らくは相手を視る事によって発動する暗示や魅了術の類なのかもしれない。自分はそういう物に耐性があると思っていたが、まだまだではないか。穏やかな表情の裏で、源吾郎はおのれの未熟さに歯噛みしていた。

 

「いえいえ大丈夫ですよセシル様。私どもは気にしておりませんので」

 

 セシルのささやかな謝罪に応じたのは、我らが大天狗の萩尾丸だった。

 

「貴女が見知らぬ相手を警戒し、用心する事は僕も知っておりますから。それに、この島崎や雷園寺も、今回のテストは彼らなりに勉強になったと思っているんです」

「そう言って頂くと嬉しいな」

 

 そう言うと、セシルはそれとなく手指を伸ばし、今一度源吾郎たちに声をかけた。

 

「そんな訳だから、緊張せずにお茶をどうぞ。地下街とはいえ外は寒かったでしょ」

 

 菊花茶《きくかちゃ》ですよね。口を開いたのはやはり萩尾丸だった。彼も工芸茶が振舞われた事には驚いていたらしく、わざわざ自分たちのために用意してくれた事に驚きと感謝の意をセシルに伝えていた。

 そんな萩尾丸の言葉に、セシルは相変わらず穏やかな笑みを崩さない。

 

「あなた方は雉鶏精一派に所属していて、どちらかと言えば中華系の魔物……いや妖怪な訳でしょう。それに世間では新年らしいから、少しでも縁起の良さそうなお茶の方が良いと思ってね。何か薬効もあるそうだから。

 まぁそれに、近所には大陸と言うか中国方面のヒトたちもたくさんいて、このお茶自体はお手頃価格で部下が買ったモノだからね」

 

 宝石商のセシル女史が言うお手頃価格は、自分たちの考えるお手頃価格とは違うのかもしれない。そんな事を思いつつも、源吾郎はここで少し菊花茶に口を付けた。思っていた以上に甘みが強い。だが、口当たりはまろやかで飲みやすい。

 萩尾丸はその間にセシルと歓談を楽しんでいた。挨拶の延長であり世間話未満であろう言葉を交わし、手土産である源吾郎の毛を彼女に渡していたのだ。

 その時、源吾郎たちはテーブルの上に置かれた瓶入りの眼球たちが何であるかを知ったのだ。言うなればそれらは全てセシルの義眼だった。ヴィーヴルはそもそも宝石の眼を取り外すからこそそれを盗まれてしまう。ならばその対策として、あらかじめ義眼をこちらで用意していたらどうか? そうした考えのもとに用意されたのだという。

 しかもセシルの魔力の高さゆえか、宝石の眼と言うヴィーヴルの性質ゆえか、これらの義眼たちで物を視る事が可能なのだそうだ。何となれば、気分に応じて義眼を使う時もあるのだという。

 この説明には源吾郎は大いに驚き、隣の雪羽と思わず顔を見合わせるほどだった。自分達とは全く異なる習性を持つ存在である事は解っていた。しかし、完全に理解できたか否かは全くの別問題なのだ。源吾郎でさえコンタクトを入れる事をしんどく思う事がたまにある。雪羽に至っては目薬を差す事すら苦手なほどなのだ。従って、セシルの義眼の件には驚く事しか出来なかった。

 

「セシル様。こちらが例の、双睛鳥君の偏光眼鏡ですね」

 

 さてそうこうしているうちに、萩尾丸とセシルは本題に入っていた。萩尾丸は破損した偏光眼鏡を取り出し、セシルに差し出したのだった。

 もちろん二組の偏光眼鏡の持ち主は双睛鳥である。だが一時的に萩尾丸が預かっていたようだった。双睛鳥自身、移動中はキャリーケースの中に引きこもっていた訳であるし、萩尾丸も萩尾丸で偏光眼鏡の件について思う所があったようだ。

 偏光眼鏡が相次いで破損したのは単なる事故などではない。その事はもちろん源吾郎もぼんやりと解っていた。同じ事を萩尾丸が思っているのは言うまでも無かろう。いや、より深い考えを彼ならば持っているはずだ。

 

「これは……」

 

 二組の偏光眼鏡を目の当たりにしたセシルも、流石に驚きの声を上げていた。レンズは完膚なきまでに破損していたのだ。流石に粉微塵と言う程ではない。それでも割れて砕け、無数の破片に成り下がっているのである。

 セシルの視線は、端に座る双睛鳥にすぐ向けられた。彼はもうあの布を顔に巻いてはいない。その彼も、セシルと目が合うと緊張したように身を強張らせていた。そのこわばりは、源吾郎たちとは違う意味を持つのかもしれないが。

 

「目の方は大丈夫……だね。双睛鳥さん。付けている時にこんな事になったのならば、いかな君とてただ事ではないだろうからさ」

 

 セシルから放たれた言葉は、一も二もなく双睛鳥の身を案じる物だった。鋭角すら呈するレンズの欠片を眺めながら、源吾郎は思わず身震いしていた。付けている時にレンズが砕け散れば、それがガラスであろうと樹脂であろうと目へのダメージは相当な物だろう。運が悪ければそれこそ失明していた可能性だってあるだろう。

 妖怪は保有する妖力が多ければ、通常の動物では考えられない再生能力を発揮する事もまぁある。それでも、脳に近い器官である眼球を再生させるのは難しい事だ。

 ともあれ恐ろしい事だ……かつては眼鏡を愛用し、今でも時に眼鏡をかける源吾郎は、そのように思っていたのだ。

 

「はい、セシル様。僕の目は特に問題はありません。朗報と言うよりも()()かもしれませんがね」

 

 状況を説明する双睛鳥の顔には自嘲的な笑みが浮かんでいたが、すぐに真顔に戻った。真横からの萩尾丸の視線を感じたためらしい。

 

「一つ目は少し外しておいた間に破損してしまいまして、予備の方は寝ている間にああなってしまったのです。壊れる前兆などありませんでした。いや……そもそもこうなる事を予想していなかった僕にも非があるのでしょうが」

「そんな事ありませんってば双睛鳥様!」

 

 眼鏡破損を想定できなかった自分に非がある。そのように語る双睛鳥の姿に堪えかねて、源吾郎は思わず声を上げた。セシルや双睛鳥、そして萩尾丸の視線が源吾郎に向けられる。

 

「普通に暮らしているのであれば、眼鏡が、それもレンズがこんな風に砕け散るなんて事を考えたりしないはずですよ。現に僕も、就職するまでは眼鏡をかけてましたけれど、割れた事なんて無かったですし……」

「まぁ落ち付きたまえ島崎君」

 

 静かに声をかけて諫めたのは萩尾丸だった。 責ではない、そこはかとない優しさを含んだ声音である。

 

「普通の事では無いのは、僕たちやセシル様だってお解りなんだよ。だからその、改めて君が吠えたてるまでも無いんだ。セシル様に念のため視て頂いて、それからどういう事なのか教えて頂く段取りを考えているんだから、ね。

 それに島崎君。君の言う割れなかった眼鏡と言うのは、きっと樹脂製のレンズの眼鏡の事だろうね。ガラス製に比べてあれは割れにくいから」

 

 そこまで言った萩尾丸であったが、双睛鳥の眼鏡のレンズがガラス製か樹脂製かはついぞ口にはしなかった。彼の関心は既にセシルに向けられていたのだ。

 

「もちろん、この眼鏡の破損には何者かの思惑が絡んでいる事には違いないわ。それがきちんと見えたからね」

 

 もう既にセシル様はそこまで見ていたのか。源吾郎はまたしても驚いてしまった。もっとも、萩尾丸も双睛鳥もそこまで予想していたらしく、源吾郎や雪羽ほど驚いた様子は見せていない。

 セシルはしかし、萩尾丸や双睛鳥を見やると申し訳なさそうに頭を揺らした。

 

「だけど、その思惑――呪詛と呼んでも遜色は無いのだけれど――でもって眼鏡を破損させた相手が誰であるか、それはすぐには特定できそうにないんだ。生半可な術の使い手であればすぐに特定できるんだけどね。役に立てなくて申し訳ないね。それこそ、新しい眼鏡を新調する間にこれを預かっておいて、それで調べて行けば……手がかりがつかめるのかもしれないけれど」

「いえいえ。ここまで親身になってくださるとは。私どもとしても嬉しい限りです」

 

 さも申し訳なさそうな様子のセシルに対し、萩尾丸は笑顔を見せていた。

 

「セシル様のお力をもってしても特定できない相手となれば、却って何者が裏で手を引いているかは明らかですからね」

「雉鶏精一派も難儀な組織だよね。萩尾丸さんの話を聞く限り、敵が多いみたいだし。その中で組織運営を続け、あまつさえ着実に繫栄させていくなんて……私にはちょっとできないよ」

「言うて上層部は、おのれの願望を叶えるために奔走しているようなものなのですがね。とはいえ、九頭雉鶏精《きゅうとうちけいせい》の縁者である事を掲げる限り、厄介な敵は何処までも憑き纏うのは致し方ない事でもありますよ。初代頭目の胡喜媚《こきび》様は、大妖怪中の大妖怪・金毛九尾の義妹だったんですからね」

「しかも道ヲ開ケル者の子孫であり、実弟である九頭駙馬《きゅうとうふば》とも敵対していたらしいもんねぇ」

「……やはりセシル様でも、そこに行きつくのですね」

 

 九頭駙馬。八頭怪がかつて呼ばれていた名を耳にした萩尾丸は、静かな口調で問いかけていた。セシルは萩尾丸たちの様子を眺めながら、おずおずと頷いている。

 

「九頭駙馬は、いや今は八頭怪だったっけ。彼の名は私らみたいな西洋出身の魔物たちも知っている手合いはチラホラいるからね。特にここは港町だし、()()()()()()()たちとも多少は接触があるしね……」

 

 八頭怪ってそこまで有名だったのか。源吾郎が驚いて目を瞬いていると、セシルは源吾郎たちの顔を今一度眺めてから、重々しい様子で口を開いた。

 

「もちろん、今回の思惑が八頭怪の仕業なのかどうか、私もすぐには答えられない。だけど、用心するに越した事は無いよ。特にそこの仔狐君に雷獣君。君らの先には様々な物が待ち受けているのが視えてしまったから。悪い物ばかりでは無いのだけれどね」

 

 セシルの厳かな言葉に、源吾郎と雪羽は揃って頷くほかなかった。

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