九尾の末裔なので最強を目指します   作:斑田猫蔵

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異説西遊記――万聖龍王、おおいに悩む

 龍王たちが支配する龍宮は、水のある所であれば何処にでもあると言われている。有名どころは四方の海を支配する四海龍王であるが、龍王が支配するのは海底都市だけではない。河川に居を構える龍王ももちろん存在するし、中には古井戸の中におのれの龍宮を作る龍王もいるのだ。

 一口に龍王と言えども、彼らの間にも序列はあった。収めている土地の広さや龍王そのものの神通力の多寡などと言った部分で決められるものである。

 だがそれでも、揺るがない基準が存在していた。四海龍王が龍王たちの中で最高位の存在であるという事だ。玉帝の臣下でもある彼らは、龍王の中の龍王だったのだ。だからこそ、多くの龍王たちは四海龍王を敬い、そして彼らと縁故を持とうと心を砕いてもいた。

 

 さてそんな龍王たちの中に、万聖龍王という名の龍王がいた。大唐からはるか西方に位置する碧波潭《へきはたん》に龍宮を構える万聖龍王《ばんせいりゅうおう》は、その名の通り永きに渡り碧波潭のあるじとして龍宮を護っていた。当時すでに万を超える歳月を生きており、それは妖怪はもちろんの事、龍王であっても珍しい事だった。

 しかし、万聖龍王が特異な龍であったのはそれだけでは無かった。彼は、四海龍王を敬ってなどはいなかったのだ。万聖龍王は長命の龍王であり、四海龍王よりももちろん年長だった。彼にしてみれば、四海龍王さえもぽっと出の若造に過ぎなかったのだ。

 その上万聖龍王が信仰するのは玉帝ですらなかった。万聖龍王は万聖龍王で、自身の神を信仰していた。九頭龍《くとぅるー》。瑠璃の宮殿で夢を見ながら何かを待つ大いなるもの。それこそが万聖龍王の――彼の父祖が信仰している者だったのだ。

 彼は龍王だった。しかし純血の龍ではない。()()()()()()()の血を受け継いだ存在であり、その血を残そうと画策する者のひとりだったのだ。

 もっとも、そうした事は四海龍王たちもきちんと把握していた。特に用心していたのは西海龍王であった。碧波潭は大唐から見れば西方に位置し、従って万聖龍王はおのれの管轄下にあると西海龍王は考えていたのだ。

 だからこそ、跡取り候補たる万聖公主の許に、末息子である玉龍三太子を婿入りさせようと考えていたのだった。

 

 万聖龍王の住まう龍宮の一角。普段は龍宮城らしく落ち着いた威厳に満ち満ちたその場所は、にわかに賑やかさで満ち満ちていた。

 それはやはり来客があったからだ。しかもただの客龍ではない。四海龍王の一人である西海龍王と、三太子の玉龍が賓客だったのだ。もちろんこの父子単体で訪れている訳ではなく、護衛や家臣、腰元などを伴っているのは言うまでもない。

 目的はもちろん玉龍と万聖公主の顔合わせ並びに見合いである。万聖公主と玉龍は若い家臣らと共に別室に通されており、応接間では万聖龍王と西海龍王が相対する形となっていた。

 

「西海龍王様。わざわざご子息を伴って、こんな辺鄙な所にお見えになるとは……ご足労賜ります」

「いえいえ。わが愚息は万聖龍王様のご令嬢、万聖公主様の婿になりますゆえ、龍王と言えども婿入り先に足を運ぶのが筋かと思いまして」

 

 互いに丁重な物言いではあるものの、要は腹の探り合いだったのだ。これが政略結婚である事は、万聖龍王も西海龍王も承知の上の事だ。深海ヨリ来ル者の系譜に連なる万聖龍王に対し、末息子を差し出す事で管理下に置く。それこそが西海龍王の目論見なのだろう。万聖龍王もまたその事は解っていた。ただ、婿を貰うという事でおのれを支配下に収めようとするやり口は気に入らなかったのだが。

 それにしても。西海龍王は周囲に目を走らせ、ふと疑問を口にした。

 

「……万聖龍王様は、万聖公主様を跡取りになさるんですね。ご子息が大勢いらっしゃるので、てっきりそのご子息の中から跡取りを選ぶのかと思いましたが」

「子供らの中では万聖公主が最年長ですからね。だから娘を跡取りに選んだのです。ただそれだけの事ですよ」

 

 口早に万聖龍王は応じ、西海龍王の目をしっかりと見据えた。

 

「西海龍王様。あなた様とて跡取りとして摩昂太子様を選んでいるではありませんか。それは摩昂太子《まこうたいし》様が優秀だったからではなくて、太子たちや公主たちの中で最年長だったからではありませんか。

 我が碧波潭の場合、万聖公主が最年長になります。だからこそ、娘を跡取りとして教育し、婿を貰って跡を継がせようと思ったのです」

 

 言い終えてから、万聖龍王はウロコが逆立つのを抑え込んでいた。言い逃れめいたこの言で、西海龍王が納得してくれるかどうかが気がかりだったのだ。

 数多くいる息子らではなくて、一人娘である万聖公主を跡取りにした理由。それは単純に彼女が長女であるからでは無かった。子供たちの中で、最も龍の血を色濃く引いているからに他ならない。別に、龍王として龍王の血が濃い娘を贔屓しているわけでは無いし、深海ヨリ来ル者の血を引く息子らを軽んじている訳でもない。

 ただ、息子たちには息子たちの役割があると、万聖龍王は思っているだけなのだ。深海ヨリ来ル者は、基本的に旺盛な繁殖力と繁殖欲の持ち主である。しかも、その能力と意欲は同族のみに向けられるわけでもない、特にオスの場合は。

 そんな訳で、深海ヨリ来ル者の血が濃い息子らには、ゆくゆくは他種族の女妖怪たちと婚姻してもらおうと万聖龍王は思っていたのだ。

 惜しむらくは、大勢いる息子らが未だ幼く、繁殖どころか婚姻にすぐにはこぎつける事が不可能な事であろうか。その辺りは万聖龍王をもってしても、時間が解決すると言う他なかった。深海ヨリ来ル者は無限の寿命を持つ半面、心身の成熟がひどくゆっくりとしたものなのだ。それに万聖龍王自身も、大人になるまでに時間はかかったし、龍の婦人を妻に迎え入れるまでにも更に時間がかかったのだから。

 唯一政略結婚に使えそうな万聖公主だって、まだまだ龍としても深海ヨリ来ル者としても幼いのだ。何せ婿候補として西海龍王が連れてきた玉龍自体も、若者と言うよりも子供みたいな龍に過ぎないのだから。

 

「玉龍だったか……西海龍王の太子と言えども身の程を知らぬ生意気な小僧めが」

 

 夜。賓客が帰った後、万聖龍王は自室で酒を呷っていた。万聖公主と玉龍の顔合わせ、或いは見合いの結果は既に腰元から聞かされていた。

 結果は良好な物だった。どちらも互いに悪感情は抱かず、好印象を抱いたのだという。むしろ玉龍が万聖公主に惚れたようだったとも腰元は言っていた。そして、そんな玉龍に対して、万聖公主も満更ではなさそうだった、と。

 

「何が気に入らないんです父上。玉龍の王子様は、姉上と仲良くなって、結婚すれば良いじゃないですか。お、おらたちにも優しくしてくれたし」

 

 今にも杯を投げそうな万聖龍王に対し、おずおずと意見したのは彼の息子の一人だった。確か六番目の息子だっただろうか。万聖公主よりも二、三百歳も若く、従ってまだ爬虫類の子供のような姿の持ち主でもある。

 無邪気で愚鈍な息子の言葉に、万聖龍王はため息を吐いた。

 

「お前たちにはそう見えたかもしれんがな、あれはそう言う単純な話では無いんだよ。四海龍王の連中は、我らに玉龍を与えて行動を縛ろうとしているんだぞ。大いなる九頭龍を崇拝する我々を縛り付けようとは、全くもって――」

「あなた。それ以上はお話にならないで」

 

 次に万聖龍王に声をかけたのは、彼の妻だった。万聖公主や大勢いる息子らの母である彼女は、万聖龍王とは異なり純血の龍であった。従って彼女は、万聖龍王の妻でありつつも、四海龍王たちも敬わねばならぬと考えていたに違いない。

 

「郷に入っては郷に従えと言う言葉があるでしょう。九頭龍様をあなたが信仰しているのは知っているけれど、まだあのお方は眠り続けたままだと言いますし……せめてあのお方が目覚めるまでは、四海龍王の皆様に従っているように見せた方が宜しいのではなくて?」

「うむ、うむ……その方が良いのかもしれないな」

 

 妻の冷静な言葉に、万聖龍王は耳を傾けていた。恐るべき九頭龍を信仰する彼も、妻には頭が上がらないのだ。

 かくして、一悶着起こりかけたものの、万聖龍王もまた娘婿に西海龍王の三太子、玉龍を迎え入れる事について前向きに受け入れる事となった。よくよく考えてみれば、その方が深海ヨリ来ル者の系譜を繫栄させる事が出来るではないか。おのれの血と、龍王の中の龍王である四海龍王の血が孫の代で合流するのだ。万聖公主の子供らは、四海龍王の系譜になるからには、彼らも万聖龍王たちの一族を蔑ろには出来ないだろう、と。

 だが万聖龍王は知らなかった。それでもなお抱いていた、四海龍王に対する反骨心を。そしてその反骨心を、九頭鳥――彼こそがのちの九頭駙馬《きゅうとうふば》である――が嗅ぎ付けていた事を。

 

 そして物語は流転する。

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