九尾の末裔なので最強を目指します   作:斑田猫蔵

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それは次につながる縁となるか

 源吾郎と米田さんのデート的な出会いは、もちろん喫茶店での語らいだけでは終わらなかった。喫茶店には一時間以上滞在していたのだが、その後は腹ごなしにと港町をぶらつき、別の店で昼食に洒落込んだのだ。

 ここでお昼にしましょう。そう言って米田さんが誘ってくれたのは港町の本筋から少し離れた場所にある妖怪向けの大衆食堂だった。

 洒落た港町の中にありながらも下町の雰囲気を見せるその大衆食堂を目の当たりにした源吾郎は心底安堵していた。もし米田さんが誘った先が、オンスタグラムなどと言った若者向けSNSで「映える」と誉めそやすような雰囲気の店であったら、源吾郎は気後れしていたかもしれない。或いはテーブルマナーの厳しそうな高級レストランであったら――もっとも、初めて二人っきりになった若い男女がそんな所に向かうとは源吾郎も到底思えないのだけれど――委縮して食事を楽しむ事などできなかっただろう。

 源吾郎はもちろん、玉藻御前の直系の末裔である。しかし彼が曾祖母のように贅沢な暮らしをしているわけでは無い。実家は確かに裕福だったのかもしれないが、母や長兄は無意味に華美な暮らしを好んではいなかった。ましてや今の源吾郎は一人暮らしのサラリーマンである。贅を凝らした暮らしなどは夢のまた夢だったし、そもそもそれ以外に考えるべき事が山ほどあったのだ。

 要するに、妖狐界の貴族の血を受け継ぐ源吾郎であるが、食の好みは全くもって庶民狐と変わらぬという事だった。何となれば子供っぽいとも言われる事さえある。

 

「とっても良さそうな所ですね、米田さん」

「私の行きつけの一つでもあるんだけど……気に入ってくれて嬉しいわ」

 

 微笑む米田さんの姿は嬉しかったが、源吾郎は実はこの時複雑な気持ちになってしまっていた。昼食にと米田さんが選んでくれた大衆食堂が良さそうな所だと思っているのは本心の事だ。

 だが、何処に向かうかはほぼ全て米田さんに委ねている事に、源吾郎は今更ながら気付いたのだ。このご時世では、デートの折に全てを男が主導するという考えはもはや古いのかもしれない。年齢差のある二人であれば、性別とは別に年長者がリードする形になるのも致し方ない事なのかもしれない。そもそも源吾郎にしてみれば、デートはこれが初めての経験なのだし。

 しかしそれでも、惚れた娘に対してはカッコいい所を見せたい。そんな気持ちが源吾郎の中でくすぶっていたのだ。

 

「ほら島崎君。お腹も空いたでしょ」

「はい……」

 

 とはいえ、あれこれ難しく考える事と、空腹を感じるか否かはまたしても別問題ではあったのだが。

 

「やっぱりラットは、いや大黒ネズミはマウスと違って食べ応えがありますねぇ……!」

 

 入店してから十分余り。源吾郎たちは既に昼食にありついていた。妖狐や化け狸たちでそこそこにぎわっていた店内であるが、料理が届くのは思っていた以上に速かった。やっぱり食堂って凄いなぁ。源吾郎は妙な所で感動してもいたのだ。

 米田さんが傍にいる関係上、源吾郎は感情の振れ幅が普段より大きくなっていた。

 さて源吾郎が頼んだのは大黒ネズミのフライ定食だった。大黒ネズミというのはもちろんラットの事なのだが、大黒様になぞらえて大黒ネズミとメニューにはあったのだ。

 そのフライを一口かじり、そのボリューム感に感動していたのである。

 妖狐の好物の中にはネズミの天ぷらやフライ、唐揚げなどが存在するのだが、源吾郎もまた当然のようにネズミの揚げ物は好物だった。

 実家にいた頃は実はそれほど頻繁に口にするものではなく、むしろ入学式や卒業式などの特別な晴れの日に、母が作ってくれるようなものだった。だからもしかしたら、味そのものよりも佳き日に食べる料理という紐づけが源吾郎の脳内に出来ていたのかもしれない。

 もっとも、何故母がマウス料理をそう頻繁に作らなかったのか。その理由は今でははっきりと解る。食材としての冷凍マウスは、他の食肉よりも段違いに高価である為だ。もちろん実家にいた頃からマウスは高いのよ、と母は言っていた気がするが、それを自分事として思い知るようになったのは実家を出た後の事だった。

 もちろん冷凍ラットもホームセンターで取り扱っている事は知っているが、ラットの方が大きいためか、冷凍マウスに輪をかけて高価だった。そんな事もあり、この度源吾郎は大黒ネズミのフライを注文したという事であった。

 大黒ネズミの味はマウスとほとんど変わらないような感じだった。しかしそのボリュームたるやマウスの比ではない。大黒ネズミ一匹で、一度にマウス五、六匹を平らげているような気分すら感じていた。

 これこそ贅沢や……源吾郎の心はしばし大黒ネズミのフライで一杯になっていた。ちなみに大黒ネズミのフライはワンコインではないが、定食なのでリーズナブルである。

 

「米田さん。このお店も本当に良いですね」

 

 源吾郎は薄いみそ汁を二口ばかり飲んでから米田さんに声をかけた。ちなみに米田さんが注文したのは鶏づくし定食である。鶏のから揚げやとり天は言うに及ばず、肝や砂肝のソテーに鶏肉のミンチボールが入った卵スープと、文字通り鶏肉がふんだんに使われた料理だった。ご飯と箸休めのサラダもセットになっているが、それでも肉肉しいメニューである事には変わりない。

 そんな料理を前に、米田さんは旺盛な食欲でもって黙々と平らげていたのだ。食べる事への執念めいたものを見せる彼女に少し気圧された源吾郎であったが、それもほんの一瞬の事だった。というのも、米田さんの本職(?)が傭兵である事、元々彼女は動物のキツネから変化した妖狐である事を思い出した為である。傭兵などと言うのは肉体労働の極みのような職業だし、イヌ科の獣が食べれるときに食べるという習性がある事は源吾郎も知っている。というか源吾郎だって、食い溜めめいた事を行う事もあり、食い溜めの後は一食くらい抜かしても問題無かったりする事があった。

 食べる手を止めた米田さんがこちらを向いたのを見計らい、源吾郎は言葉を続けた。少しだけ周囲を見やり、店員が聞き耳を立てていないか注意を払う事も怠らない。

 

「あ、もちろんさっき入った喫茶店も良かったですよ。ですけど、このお店はご飯も美味しいですし、何かホッとしますね」

 

 源吾郎の言葉に、米田さんはうふふ、と静かに微笑んだ。

 

「島崎君が気に入ってくれて嬉しいわ。私も、どっちかって言うとこういう所の方が気軽に入れるから、お気に入りなの」

 

 そうなんですか、そうなんですね……迂闊に飛び出してきそうになった言葉を呑み込み、源吾郎は軽く首をかしげるだけに留めておいた。最初に入った喫茶店もまた、彼女に相応しい場所のように思えたからだ。しかしそれを口にすべきなのかどうかは判断しかねた。

 その代わりとばかりに、源吾郎は米田さんの料理に視線を走らせた。

 

「そうですね……確かに米田さんも夢中で召し上がってましたもんね」

「ええ。やっぱり食事は大事だもの。特に私は肉体労働を専門にしてるから……」

 

 食べっぷりについて指摘するのはマズかっただろうか。そんな考えも脳裏をよぎった源吾郎であったが、米田さんを見る限りそうした懸念は杞憂だった。

 

「うふふ。私も大黒ネズミの料理は好きなの。だけど今日は鶏肉を食べたい気分だったから、鶏つくし定職を選んだの」

「鶏料理も美味しいですもんねぇ……」

 

 源吾郎は定食に手を付けつつ、互いに好みの食べ物だとか普段の食生活についていつしか話し合っていた。いつの日か米田さんのために手料理を振舞う事が出来たなら、それはどんなに幸せな事だろうか。そんな事を源吾郎は思っていた。

 

「米田さん。こんな時間まで僕に付き合って頂いてありがとうございます」

「良いのよ島崎君」

 

 楽しいひとときというものは永遠には続かない。始まりがあれば終わりが存在するのは致し方ない事だ。

 源吾郎と米田さんのデート的な物は、夕方前の午後四時を回った所で静かに終わりを迎えていた。大衆食堂で食事を済ませた二人は、そのまま港町を散策し、ついでちょっとした買い物に洒落込んでいたのだ。道中百貨店の中で行われている小さな展覧会を覗いてみたり、おもちゃのような建物の中でひっそりと行われていたギャラリーを冷やかし半分に眺めたりもしたのだけれど。

 そうしてぶらついた二人は、朝に合流したハト山で解散する事になった。ハト山は待ち合わせスポットとなっているだけあって駅からのアクセスも良好である。尼崎にしろ吉崎町にしろ、電車でねぐらに戻るには避けて通れない場所でもあったのだ。

 さて、別れ際に礼を述べた源吾郎であったが、それに対して米田さんは柔らかく微笑んでいた。本来は柔和な妖物《じんぶつ》なのかもしれない。そんな事を思わせるような表情だった。

 

「最初は島崎君も緊張していたみたいだけど、楽しんでくれたみたいで私も嬉しいわ」

「そんな……」

 

 米田さんの言葉に、源吾郎は思わずうろたえてしまった。米田さんが満足している事に素直に喜べばいいだけなのかもしれない。しかし今日はどうにもままならなかった。妙に気持ちが昂っているし、それでいて自分の思いを上手く表現できずにいる。

 断っておくが、源吾郎はコミュニケーションが苦手な若者ではない。六年間演劇部で活動し、しかも女子ばかり多い部内で副部長の座まで勝ち取った力量の持ち主だ。虚実が混じる場合があると言えども、コミュニケーションはむしろ得意な方だと思っていた。だが、そうした源吾郎の武器も、米田さんの前では全く効果を発揮しないのだ。

 いや、ここは雷園寺のアドバイス通り、素直に振舞った方が良いのかもしれない。笑顔の米田さんを見つめながら、源吾郎は一秒も満たぬ短時間で判断を下した。

 

「……僕ってば仕事の話ばっかりしてしまいましたので、米田さんは退屈に思ったりしなかったか、それが少し心配だったんです」

 

 相槌を打つだけの米田さんに対し、源吾郎はなおも言葉を続けた。もう少し、女の人が喜びそうな事とかが出来れば良かった――源吾郎のこの言葉に、米田さんの表情が揺らいだ。

 

「島崎君。私ね、君の仕事の話もとっても面白いって思ったのよ? 私の気を惹くためじゃあなくて、本当に仕事を頑張ろうと思っていて、それで仕事が楽しいって思ってるって事が伝わってきたから……」

 

 源吾郎の口からは間の抜けたような息が漏れ、唇は笑みというにはいささかいびつな形に歪んでしまった。米田さんはもう笑ってはいなかった。真面目な、真っすぐな瞳をこちらに向けている。

 

「でもね島崎君。頑張ってるのは良い事だけど、あんまり頑張り過ぎて無理をしたり……危ない事に足を突っ込まないように気を付けるのよ。もちろん、島崎君には紅藤様や萩尾丸様がいらっしゃるから大丈夫だと思うけれど」

「……米田、さん」

 

 気遣ってくれているんですね。ありがとうございます。そんな言葉を源吾郎は吐き出せずにいた。米田さんが、またしてもうら寂しそうな表情を見せた事に気付いてしまったからだ。

 しかも彼女の表情は、一瞬の後に変化していた。源吾郎が知っている、余裕のある年上の妖狐としての笑みが彼女の顔に舞い戻っていたのだ。

 

「島崎君。私も今日はとっても楽しかったわ。だからね、()()()()は仕事の事とかも気兼ねなく私に相談しても良いのよ!」

「あ……はい。ありがとう、ございます……」

 

 今度という事は、また彼女と会う事が出来るという事なのだ! 明るく微笑む米田さんを前に、源吾郎はまたしても心臓の拍動をはっきりと感じ取っていたのだった。

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