九尾の末裔なので最強を目指します   作:斑田猫蔵

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寓意に隠れし赤えりウズラ

「雷園寺君。これは一見すると単なるヒヨコに見えるかもしれないけれど、君がイメージしているヒヨコとは違うんだ。要はこのヒヨコは鶏の子供では無いんだよ」

 

 ヒヨコ発言をした雪羽に対し、双睛鳥《そうせいちょう》は穏やかな口調でそう言った。雪羽がイメージしているヒヨコとは違う。敢えて双睛鳥が言ったのはどういうことなのだろうか。

 源吾郎ももちろん気になったし疑問は抱いていたが、敢えて口出しはしなかった。木の葉の上に隠れるヒヨコについては、休憩時間にでも調べようと思っていた所だ。しかし、双睛鳥が何か知っているのであればその手間は省ける。

 自分で調べる事を放棄して怠けるつもりではない。双睛鳥の口からきいた方が、自分で調べるよりもより確証性の高い内容を得られると判断したまでの話だ。昼休みに調べると言っても、所詮はインターネットで内容を探る程度に過ぎない。より突っ込んだ事を調べるには図書館に出向かねばならない訳であるし、食堂に置かれた本はビジネス書の類か、小説の類だったのだ。

 それに年長者の話の方が、下手なネットの情報よりも頼りになる事は、源吾郎もよくよく知っていた事でもあったのだ。

 

「このヒヨコはヤマウズラ……いやエリマキライチョウのヒナだと僕は思うんだ」

 

 螺鈿細工のごときヒヨコの絵を見ながら、双睛鳥はよどみない口調でそう言った。その通りだと思わしめるような雰囲気を漂わせてはいるが、聞き慣れない鳥の名前だとも源吾郎は思った。

 

「エリマキライチョウ……雷鳥って事は、あのサンダーバードの事ですか」

 

 またも雪羽が声を上げる。雷鳥という名がお気に召したのか、その眼には興奮の色が灯っていた。

 

「雷鳥とサンダーバードは別物だって事は、雷獣である雷園寺君だって知ってるだろう?」

 

 興奮気味の雪羽にツッコミを入れたのは萩尾丸だった。その顔には僅かに呆れの色が浮かんでいる。

 

「サンダーバードは北米に生息する鳥系統の幻獣だけど、エリマキライチョウというのは幻獣ではない普通の鳥を指しているだけに過ぎないんだ。そもそも僕たちがライチョウと呼んでいる鳥は、英語圏ではターミガンと呼ばれていて、サンダーバードではない。更に言えばサンダーバードは巨大な猛禽類に似た幻獣であるけれど、ライチョウは雉の仲間だからね。全くもって別物なんだよ。そんな感じだよね、双睛鳥君」

 

 萩尾丸はそこまで言うと、双睛鳥の方に視線を向けた。怒涛の説明にタジタジとなってしまった源吾郎たちと、萩尾丸とを交互に見やりながら彼は頷いた。

 

「ま、まぁ萩尾丸さんの仰る通りですよ。だけど、雷園寺君たちがサンダーバードとターミガンをごっちゃにしちゃった事は特に気にしていないから大丈夫。雷園寺君たちは()()()ですからね、鳥類の分類についていささか覚束ないのも致し方ないでしょう。僕だって、哺乳類の分類はうろ覚えの所があるんですから」

 

 双睛鳥はフォローしてくれたらしいのだが、萩尾丸の言葉よりもある意味鋭い物だった。表情からして他意は無いし、悪意も無い事は明らかだ。しかし哺乳類という言葉を敢えて使った所で、双睛鳥たちと源吾郎たちの分断をほのめかしているように思えてならなかった。

 それはもしかしたら、センター長である紅藤が鳥類であるからこそ、余計にそう思うのかもしれないが。

 

「だけどね雷園寺君。君の言葉はある意味的を射たものだとも言えるんだ。君の言うサンダーバードは北米の幻獣だけど、このエリマキライチョウも北米の鳥だからね。君たちの知る日本のライチョウとは別種なんだ」

 

 成程そう言う事だったのか。双睛鳥の言葉を聞いた源吾郎は、腑に落ちた思いを抱いていた。似たような名前や種類の動物であっても、国や地域を隔てれば別種である事は源吾郎もよく知っている。

 これはキツネにも、更には日本国内に生息する妖狐たちにも当てはまる事だ。本州に棲むキツネはホンドギツネのみであるが、北海道にはキタキツネが、海の向こうの大陸にはアカギツネが生息している。そして妖狐たちは、アカギツネ由来とホンドギツネ由来、そしてキタキツネ由来の系統の者たちが日本には混在しているのだという。

 もっとも、妖狐として妖怪化していれば、アカギツネ由来やホンドギツネ由来と言った異なる系統同士でも子孫を残せるので、それほど神経質に区別する妖狐たちは少ないそうだが。

 実際に、アカギツネ由来である玉藻御前も、日本ではホンドギツネ由来の妖狐との間に娘である白銀御前を設けたのだから。子孫である源吾郎は、だからホンドギツネの血もわずかながら受け継いでいるのだ。

 

「これは赤えりウズラの物語のワンシーンを示した。双睛鳥君。話はそれで終わるんじゃあないかな」

 

 なおも解説を続けようとする双睛鳥に対し、萩尾丸はそう言ったのだった。赤えりウズラの物語。桃太郎や西遊記のように、すぐにこんな話と思い浮かぶわけでは無い。しかし、全く知らない話でも無いような気がした。

 萩尾丸の視線は、気付けば源吾郎や雪羽に注がれていた。

 

「赤えりウズラの話はシートン動物記の話の一つだよ。うん、ここまで解れば、君らだけでも後々の事は調べられるんじゃあないかな」

 

 半ば一方的に萩尾丸は言うと、視線を窓の向こうに転じた。

 

「ほら、双睛鳥君にももうお迎えが来たみたいだしね。思っていたよりも早い到着だけど、彼女も双睛鳥君の事が心配でしょうがなかったんだろうね」

 

 赤えりウズラ。このタイトルの物語から木の葉の上にうずくまるヒヨコの姿に辿り着くまでには、結局図書館の世話になる事となってしまった。インターネットでの情報は、源吾郎が思っていた以上に役に立たなかったのだ。もちろんシートン動物記の中にある物語として紹介されているページはあるにはある。しかし、詳しい物語の内容について触れる事は出来なかったのだ。

 市街地の栄えた所にある夜の図書館で、赤えりウズラの話を探り当てる事が出来たのは僥倖だったのかもしれない。椅子に腰を下ろしてページをめくりながら、源吾郎は静かにそう思っていた。

 木の葉の上にうずくまるヒヨコの描写は物語の冒頭に記されていた。ヤマウズラ――シートン動物記の中ではエリマキライチョウはヤマウズラと記されていたのだ――の家族を狙うキツネをやり過ごすシーンでの話である。母鳥は傷ついたふりをしてキツネの気を惹き、その間にヒナたちが思い思いの場所に隠れるという場面だった。

 その中で、隠れ場所を見つけられなかったヒナが、即興で黄色い木の葉の上にうずくまった、との事だったのだ。

 そしてそのヒナこそが、長じて赤えり息子と呼ばれる存在になるのだ。

――赤えりウズラの話は解ったけれど、何故セシル様は意味深な言葉と共にこの赤えりウズラの絵を用意なすったんだろう。

 源吾郎は無言のままにそんな事を思い、本を片手に立ち上がった。隠れていたものと巡り合う。そんな寓意が込められているのだろう。だがそれ以上の事は今の源吾郎には解らなかった。

 ひとまず本を借りて家に戻ろう。源吾郎はそう思った。本を読みこめば何か解るかもしれないし、運が良ければ紅藤や青松丸に相談する事もできるかもしれない。そんな風に源吾郎は考えていたのだった。

 

 翌日。いつものように出社した源吾郎の許に、これまたいつものように雪羽が親しげな様子で近付いてきた。

 昨晩図書館で発見し、読みこんだ赤えりウズラの話をしよう。源吾郎はそう思っていたが、雪羽が口を開く方が僅かに早かった。

 

「おはよう島崎先輩。何となく疲れた感じに見えるけどどうしたのさ」

「別に、どうって事ないよ」

 

 気遣わしげな雪羽の視線を前に、源吾郎は僅かに首を傾げた。疲れているように見えたとは少し驚いたが、雷獣というのは総じて勘の鋭い種族であるし……そう思い直して源吾郎は言葉を続けた。自分が疲れているかどうかよりも、もっと伝えるべき事があるではないか、と。

 

「それよりも雷園寺君。双睛鳥様や萩尾丸先輩が仰っていた赤えりウズラの物語を調べたんだよ。ネットでは良い情報が見つからなかったけれど、図書館に出向いたらちゃんと本もあったからさ」

「調べたって、いつ調べたんです?」

 

 仕事終わりに図書館に直行したんだ。事もなげに源吾郎が言うと、雪羽は何故か驚いた表情を見せていた。感情表現が豊かな少年である事は知っていたが、いささか大げさではなかろうか。

 

「先輩ってば本当に研究熱心というか仕事熱心だよなぁ……というか、その本の事だって俺に相談すれば融通したのに」

 

 雪羽は多少恨めしそうな表情をしていた。源吾郎が頼らなかったからという事で少し拗ねているらしい。別に良いんだよ。源吾郎はつとめて穏やかな口調で雪羽をなだめた。

 

「俺自身が気になったから調べただけに過ぎないんだからさ。それに雷園寺君。いくら君が読書家だと言っても、流石にシートン動物記までは手許にある訳じゃあないんだろう?」

 

 源吾郎の問いに雪羽は黙り込み、翠眼をゆらゆらと彷徨わせるだけだった。

 雪羽は現在萩尾丸の許にて再教育されている最中であり、平日は萩尾丸の屋敷にて謹慎中の身分だ。屋敷の中では自室をあてがわれ、多少の自由も認められているらしい。それでも彼が所持している物には制限がある事には変わりない。初期に較べて制限が緩まったと言えども、罰として雪羽は萩尾丸の許に引き取られたのだから。

 そんな状況の雪羽や、彼の保護者である三國たちの手を煩わせるのは、源吾郎の望むところでは無かった。

 ともかく赤えりウズラの話をしようじゃないか。源吾郎はそう言って、雪羽と自分自身の気持ちを切り替える事にした。

 

「セシル様が作ったレリーフでは、ヒヨコが木の葉の上に乗っかる絵だったでしょ。あのシーンはさ、物語の冒頭で確かにあったんだ。一家がキツネに狙われている時に、ヒヨコの一羽は隠れる所が無くて、それで黄色い木の葉の上に乗っかって難を逃れたんだって。

 それで、そのヒヨコこそが物語の主人公である赤えりウズラって訳さ」

「そう言う話だったのか……あ、でもそれならうろ覚えだけど読んだ事があるかも」

 

 源吾郎の言葉に、雪羽は頬のあたりを撫でつつ呟いた。赤えりウズラの物語は概ね過酷な自然と猟師との闘いの物語であった事、かつて源吾郎が幼い頃に読んだのはかなり省略された物語だと気付いた事などが、源吾郎の頭の中で駆け巡っていた。しかしそれは特に口にはしなかった。現在雪羽と話すにあたり、特に告げるべき内容でも無いからだ。

 

「要するに、セシル様は優秀な妖材《じんざい》が何処かに隠れていて、俺たちはそんな妖材《じんざい》と巡り合うかもしれない。そんな事を予見なさったのかもしれないって思ったんだ」

 

 成程ね。源吾郎の言葉に雪羽は納得したように頷いた。しかしややあってから、思案顔で言葉を並べ始めたのだ。

 

「隠れている優秀な妖材《じんざい》、か……何か手紙にあった預言の方も大分大仰な物だったけれど、こっちもこっちで気になるよな。それにしても、あのレリーフは赤えりウズラだったんだね。赤えりって()()()()()()()()()()()ような気がするけれど、一体何処で聞いたんだろう?」

 

 不思議がる雪羽の言葉に、源吾郎は答える術は持ち合わせていなかった。

 

参考文献:少年少女シートン動物記1 オオカミ王ロボ/名犬ビンゴ/ほか

(偕成社 白木茂:訳、今泉吉典:解説)

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