九尾の末裔なので最強を目指します   作:斑田猫蔵

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万年生きたる往古の狐

「玉藻御前の先祖がどのような存在だったか知りたいだって?」

 

 観念した源吾郎から事情を聞いた萩尾丸は、さも不思議そうに声を上げた。何故今更そんな事を聞くのか。言外にそう言われているような気配を感じ取れぬほど源吾郎も鈍感ではない。

 だからこそ、源吾郎は言葉を紡ぐほかなかった。

 

「ご存じの通り、僕は玉藻御前の……いえ華陽夫人や褒姒、蘇妲己だった頃の曾祖母の来歴はある程度知っています。女媧様の許で義妹たちと修行なすっていた事も、かつては曾祖母の一族がいた事も」

 

 視線を彷徨わせつつも、源吾郎は言葉を続ける。

 

「先日、野柴君たちに会いました。もうすぐ裏初午もありますしその手の話も話題に上ったのですが、その時に彼らは代を重ねた妖狐たちであると知ったんですよ。庶民狐でありつつも、七世代、八世代と妖狐としての系譜を遡れるのです」

 

 ここまで言って、源吾郎はぐっと唇を噛んだ。

 

「――ですが僕が遡れるのは四世代までです。妖狐としての系譜は玉藻御前で途切れてしまうのですよ。確かに曾祖母と祖母は強大な力を持つ妖狐ですが、貴族として考えた時に、四世代までしか語れないのは何とも心もとない気がしたんです」

 

 思いがけずため息をついた源吾郎の脳裏には、雷園寺雪羽の姿が浮き上がっていた。雷園寺家に至っては既に十何世代も脈々と続いている名家中の名家なのだという。そんな貴族中の貴族たる雪羽が傍にいると思うと、源吾郎はどうも気後れしてしまうのだ。

 だが、そんな源吾郎の心中を知ってか知らずか、萩尾丸は顔を歪ませて笑ったのだった。

 

「おやおや島崎君。君は九本の尻尾が生え揃うよりも先に、()()になってしまいそうな勢いを見せているじゃあないか。九尾の仔と思って養った矢先に天狗になりにでもしたら、いかな紅藤様とておったまげるだろうね」

 

 妖狐が天狗になる事はあるのだろうか。そんな事を思っている間にも、忍び笑いと共に萩尾丸は言葉を続けていた。

 

「良いかい島崎君。玉藻御前の血筋という物が、妖狐たちに留まらず多くの妖怪たちにとっても最高級ブランドであるというのは君だってよぉく知っているだろう。九尾の狐はまぁそこそこの個体数はいるけれど、君のご先祖様ほどに大それた事を行った手合いはいないだろうからね。

 君の曾祖母は中国や印度で混乱をもたらし、わが国では三大悪妖怪として鬼神たちと共に都の者たちに畏れられるほどになったんだ。だというのに島崎君。その事実を踏まえたうえで、玉藻御前の先祖や来歴が如何なるものか知りたがっているんだね?」

 

 傑作だ。実に傑作だ。爆笑せんばかりの萩尾丸の言葉を、源吾郎は半ば無表情に聞いていた。彼がそう言うのは何となく解っていた気がしたのだ。

 

「君ってば雷園寺君が来てからはいくらか分別のある若者に成長してくれたかと思ったんだけど……いやはや中々に強欲な所があるじゃないか。ふふふふふ、君は九尾じゃあなくて天狗でも目指しているのかな」

「そりゃあ僕は強欲ですとも」

 

 いたたまれなくなった源吾郎は、思った事をそのまま言い捨てていた。しかしその言葉は、それこそ天狗にならんとする者が具える様な傲慢さとは縁遠い響きを伴っていたけれど。

 君が強欲なのは別に構わないよ。萩尾丸は軽い調子で源吾郎の言葉を受け取った。先程まで笑っていた様子とは異なっているのに、不思議と先程までと今の言動との間には矛盾や破綻らしきものはない。

 

「一般妖怪に甘んじるのならいざ知らず、君はいずれは多くの妖怪を従える身分を目指しているんだろう。であれば強欲で傲慢であっても何ら問題ないさ。僕としても、面倒を見る部下が聞き分けの良い大人しい妖《こ》ばかりだと退屈するからさ」

 

 萩尾丸はまたしてもニヤニヤ笑いを浮かべていた。源吾郎はそれを見て息を吐き、今再び雪羽の事を思った。教育係、それも仕事が終わった私生活を監督する相手がこんな塩梅であるから、雷園寺も色々と思い悩む事があるだろう、と。

 唯一の救いは、萩尾丸が無理やり相手を従わせる事に喜びを見出すタイプではないという事であろうか。そもそも萩尾丸は途方もない妖力の持ち主であるから、生半可な相手が反抗する事などまず無いのだが。

 或いはもしかすると、萩尾丸は自分の強さを知っていて、周囲の妖怪が自分に平伏するのが自然な事だと思っているのかもしれない。だからこそ、大人しく言う事を聞く妖怪よりも、多少反骨心があって逆らうかもしれない妖怪の面倒を見る事に喜びを感じるのではないか。そんな仮説が源吾郎の脳裏に浮かびもした。

 

「そろそろ本題に入ろうか。君をからかうのも中々面白いけれど、さりとてそれで時間を割くのは勿体ないもんね」

 

 何とも奔放な萩尾丸の言葉に、源吾郎は素直に頷くだけだった。そうしたほうが事がスムーズに進むと解っているからだ。源吾郎が何を知りたいか。それを手短に確認すると、萩尾丸は今再び口を開いた。先程とは異なり、思慮深そうな眼差しと真剣な面持ちで。

 

「……これはあくまでも僕の推論になるけれど、君の曾祖母は、金毛九尾は元々は普通の妖狐だったのかもしれないね。もしかしたら、普通のキツネが妖怪化した可能性もあると僕は思っているんだ。

 彼女が行ってきた所業や子孫については記録があるのに、彼女の先祖や来歴についての記録は殆ど無いでしょ。であればそう考えるのが自然かなと思ったんだけどね。いや、そもそも島崎君だって、僕の言ったとおりだと心の中では思っているんじゃあないかな?」

「金毛九尾ではないにしろ、九尾の狐の伝承は昔からたくさんあります。もしかしたら、その中にご先祖様の来歴について記されたものがあるかもしれないと思ったんです……」

 

 萩尾丸の問いに対する源吾郎の言葉は、素直な気持ちから出てきたものでは無かった。萩尾丸に少しばかり反駁したくて、過去の伝承があるなどと口走ってしまったのだ。蘇妲己だった頃の九尾の活動よりも古い伝承がある事そのものは、やはり事実なのだけれど。

 

「金毛九尾が元々は単なる狐だったとしても、やはり大昔からいた妖狐になるのではないかと僕は信じたいのです。流石に、天地開闢の頃に陰の気が凝ったものが僕のご先祖様だという話は信じてはいませんが」

「この世で最古の妖狐は狐祖師《こそし》様だって相場が決まっているだろう。いや違ったね。狐祖師様は……既に妖狐ではなくて上位の神様にランクインなさっているものね」

「こ、狐祖師様の名がここで出てくるとは……」

 

 深い驚きのために、源吾郎の言葉はしりすぼみになっていた。

 狐祖師。その名が示す存在の事はもちろん源吾郎だって知っている。この世で初めて仙道を修めた妖狐、もとい狐神の事だ。この世で初めて仙狐《せんこ》になった存在であるから、現存する妖狐たちの中で最古の存在と言っても過言では無かろう。

 ただ悲しいかな、源吾郎はその狐祖師がどれほど長い年月を生きているのか知らなかった。その辺りはぼやかされていたからだ。とはいえ、狐祖師が数百年、数千年生きた()()の存在ではない事はおぼろに解る程度であるが。

 気付けば萩尾丸はスマホを取り出し、何やら調べ物をしていた。源吾郎が居合わせるその前で。何をなさっているのですか。そう言って問い詰めようとしたまさにその時、タイミングよく萩尾丸は顔を上げた。

 

「島崎君。残念ながら、この僕もキツネという生物種がこの世に登場したのはいつのころなのか、はっきりとした答えを提示する事は出来ないんだ。しかし、今調べた所によると、アカギツネなどは遅くとも十三万年前には存在していたらしいんだ。或いは……イヌ科の先祖からキツネが分化していったのは、七百万年前の事ともされている。

 狐祖師様がアカギツネだったのかどうかは定かではないけれど、若く見積もっても十三万年は生きてらっしゃるという事だ。事によれば、七百万年も妖狐として、或いは狐たちの神として活躍なさっているという事だ」

「…………」

 

 源吾郎は黙って萩尾丸の言葉に耳を傾ける他なかった。万年単位での年齢考察に言葉を失っていたのだ。無理からぬ話だ。源吾郎は今年の春で十九になる若者に過ぎず、紅藤や萩尾丸のように数百年生きた()()の妖怪に対しても、とても長生きしているという感想を抱いているようなものなのだから。

 というよりも、話し手である萩尾丸にしてみても、実感の湧かぬ話であろう。萩尾丸は確か源吾郎の母よりもいくらか年長であり、三百年ほど生きているという事であるから。

 

「そう言えば島崎君。玉面公主様のお父上は、確か()()狐王様だったよね。その名からして万年生きた狐という事だけれど、キツネの先祖について考えれば、あながちおかしな名前ではないという事だね。

 そして島崎君。君の先祖である金毛九尾は、大陸では()()狐狸精とも呼ばれていた。その事は君も知っているよね?」

「…………は、はい」

 

 源吾郎は頬が火照ったり冷えたりするのを感じながら、ただただ頷くほかなかった。玉藻御前は八万年生きたという伝承もあるにはある。そんな事が脳裏をかすめたが、その事は敢えて口にはしなかった。萩尾丸の前でそんな事を口にしたら、話は余計にややこしくなると思ったからだ。いや、ややこしくなりはしない。単に源吾郎が言い負かされるだけなのだから。

 

「金毛九尾、玉藻御前が何歳だったかについても諸説あるのは僕も知ってるよ。だけど、千年狐狸精と呼ばれていた事や夫だった万年狐王様との関係性を考えてみると、やはり君のご先祖様は数千年生きた()()()の妖狐だったんじゃあないかなって思うんだよね。娘の玉面公主様だって、離婚する際に夫の許に置かざるを得なかったわけだし」

 

 所詮は君の先祖は千年狐狸精に過ぎず、万年狐王や狐祖師の足許にすら及ばないのだ。萩尾丸がそんな事を口にしたような気がして、源吾郎は思わず項垂れてしまったのだった。

 

「やっぱり、俺のご先祖様って……」

「喜んだり落ち込んだり朝からそんなに慌てなくて良いだろう、島崎君」

 

 萩尾丸の言葉に源吾郎が顔を上げたのは、その声にいくらかの優しさが含まれていたからだった。

 

「島崎君。ご先祖様が最強の妖狐で無かったとしても、そこまで凹まなくて良いじゃないか。そもそも妖怪の威光や権力は、必ずしも血筋に左右されるとは言い切れないんだよ。

 もっと言えば、一代で権力を築き上げた妖怪だってこの世にはごまんといるんだ。よく考えてみたまえ。峰白様や紅藤様は、血筋の後ろ盾が無かったにもかかわらず、雉鶏精一派の中で最高幹部に上り詰めているじゃないか」

 

 もちろん、僕もそう言う妖怪の一人にカウントされるんだろうね。そう言って笑う萩尾丸の顔は、もはや源吾郎にとっては見慣れたものだった。

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