九尾の末裔なので最強を目指します   作:斑田猫蔵

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大妖は一世代でも成立す

 雪羽がしれっと源吾郎たちの傍に近付いている事に気付いたのは、萩尾丸の視線が微妙な動きを見せたからだった。すなわち、源吾郎から一旦離れ、中空――少なくとも源吾郎にはそのように思えた――に意味深に向けられたからである。

 

「……気付かれてしまいましたか」

 

 萩尾丸にその存在を気付かれた雪羽は、あからさまにばつの悪そうな表情を浮かべていた。

 

「別に良いんだよ、雷園寺君。僕たちは聞かれて困る様な話をしていたわけでは無いんだからね。むしろ、君も一緒に聞いた方が色々と勉強になるかもしれないね。例えば――島崎君のご先祖様の事とかね」

 

 そう言うと、萩尾丸の視線が再び源吾郎に注がれた。雪羽はもはや源吾郎の隣に控えていた。そうするのが自然な事だと言わんばかりの、堂々とした態度である。

 別に源吾郎は、そうした雪羽の態度について特に何も思わなかった。萩尾丸の事だ。今回の話し合いで雪羽に近付いて欲しくないのであれば、術なりなんなりを行使して雪羽を遠ざける事だって出来るはずなのだから。それに源吾郎自身、雪羽がくっついてくる事には抵抗は無かったし。

 

「僕たちはね、さっきまで島崎君の曾祖母である金毛九尾の来歴について少し話していたんだ。金毛九尾はおおよそ数千年生きた妖狐であって、彼女以上に永い年月を生きた妖狐や……狐神がいるって話をね。

 少なくとも、世界の始まりの頃に陰の気が凝って生まれた存在ではないって事さ」

「あ、そうだったんですね」

 

 萩尾丸の解説に、けろりとした表情で雪羽は応じるだけだった。丸い瞳をくりくりと動かすその姿をじっとりと眺め、源吾郎はため息をついた。

 

「雷園寺君さぁ、君ってば読書好きな割には大陸の伝承とか適当に覚えている節があるよね? 俺、結構前からそれが気になってしょうがなかったんだよ」

「島崎君。そんなにいきり立たなくても良いだろう」

 

 まぁまぁ落ち着きたまえ。萩尾丸はやや大げさに両手を上げ、源吾郎の動きを制した。

 

「雷園寺君が大陸の伝承について詳しくないと思うのならば、君が直々に教えればいいじゃないか。島崎君。勉強熱心にして妖怪博士の末息子である君が、大陸の伝承に多少詳しい事は僕もよく知ってるよ。

 それに、間違っている事や知らなかった事は、そうと解った時点で正せば良いだけの事なのだから、ね」

「…………」

「…………」

 

 淡い笑みと共に放たれた萩尾丸の言葉は、源吾郎たちの間に何とも言えない余韻をもたらしていた。先程までとは一転し、雪羽は恥じ入ったように視線を床に落としていた。頬は紅色に赤らんでおり、強い羞恥心が熱い血潮と共に駆け巡っているのだと、源吾郎は思った。

 間違っている事を正す。この言葉の鋭さに、雪羽は貫かれたに違いなかった。

 

「萩尾丸先輩って、結構お優しい所もあるんですね」

 

 源吾郎の口から思った事が飛び出すと、雪羽は短く声を上げつつこちらをじろりと睨んだ。強い驚愕の色が雪羽の瞳には浮かんでいたが、源吾郎は何も皮肉や当てこすりを言ったわけでは無い。

 間違っていたとしても、知らなかったとしても、そこから正せば良い。その言葉に、源吾郎は純粋に萩尾丸の優しさを見出していたのだ。

 さて萩尾丸はというと、僅かに驚いたような表情を見せてから微笑んだ。

 

「ふふふ。僕の言動に優しさを汲み取ってくれるとは。島崎君、君もやっぱり同年代の妖《こ》と接するようになってから、少しは成長したみたいだね。

 そうだとも。雷園寺君の事は大切に面倒を見ているつもりだよ。三國君たちから預かっている訳だし、きちんと育てば立派な逸材になる訳だからさ……」

 

 そうでしょ雷園寺君? 話を振られた雪羽は、微妙な表情を浮かべつつも頷いた。そんな雪羽の肩に、源吾郎は思わず手を添えた。雪羽はしっかり研究室用の白衣を着こんでいたが、彼のぬくもりは源吾郎の手に伝わってきた。

 萩尾丸先輩は本当に雷園寺の事を大切にしていると俺は信じている。だから安心しろ――心の中で、源吾郎はそんな事を呟いていた。

 何のかんの言いつつも萩尾丸がきちんと雪羽の面倒を見、適切に教育している事は源吾郎には解っていた。雪羽の態度や元気そうな姿、或いはその妖気を見ればすべて明らかな事だ。

 そして萩尾丸がそうしてまめまめしく面倒を見るのは、その根底に情愛があるからだ。そのように源吾郎は信じていたし、そう思いたかった。教育好きは天狗の本能なのかもしれないが、萩尾丸が存外情に篤い所があるのではないか。そんな風に思う時がたまにあるのだ。それに、情もなく無機的に再教育を施されているだけだったとしたなら――あまりにも雪羽が気の毒すぎる。そんな考えも源吾郎の中にあったのだ。

 ああ、ちょっと話が脇に逸れてしまったね。それぞれしんみりとしている若妖怪たちをよそに、萩尾丸はとぼけたような口調で言ってのけた。

 

「それでね雷園寺君。ご先祖様の来歴を今一度おさらいした島崎君は、少し落ち込んでいるらしいんだよね。ご先祖様である玉藻御前は……金毛九尾は高々数千年()()歴史を刻まぬ存在で、自分はあくまでもその四世代目に過ぎないとね。

 さて雷園寺君。君も何か島崎君に言ってやってくれないかい。忖度は要らないよ。素直に、思った事を口にするだけで良いんだ」

 

 萩尾丸に促された雪羽の視線は、即座に源吾郎に注がれた。翠眼が揺らぎ、そして放電している訳でもないのに銀髪もかすかに揺れている。

 

「先輩、まさかそんな事で落ち込んじゃったって……マジかよ」

 

 言葉を絞り出した雪羽は、そう言って深く息を吐いていた。その顔は今や驚きよりも戸惑いが色濃く表出しているではないか。

 

「四世代目って言っても、ご先祖様の事を思えばそんなに凹まなくて良いって俺も思うよ。結局ご先祖様の玉藻御前は何千年()生きた大妖怪なんでしょ。だったらそれはそれで凄い事だって俺は思うし。

 てかさ、歴史の長さだけで言ったら、先輩の家系の方が雷園寺家よりも勝ってるくらいだぜ。雷園寺家は俺の代で十五世代目だけど、言うて二千と……二、三百年くらいだからさ」

「二千年も家系が続いているって言うのも凄いやん」

「いやだからさ、先輩の家系はその倍近い歴史があるって事だろうに。てか玉藻御前もその娘もめっちゃ長生きしてるんでしょ。玉藻御前は殺生石になっちゃったけど、その娘で先輩の祖母にあたる妖《ひと》は……若く見積もっても九百年は生きているんだろうし」

 

 絞り出すような雪羽の言葉に、源吾郎は応じなかった。別に彼の言葉を無視していた訳ではない。祖母である白銀御前について思いを巡らせていただけだ。

 実の祖母である白銀御前の事を、源吾郎はしかし多くを知るわけでは無かった。世俗を疎む彼女の気質故に、子孫である源吾郎たちの前に姿を現す事がほとんど無かったからだ。子供たちの事は夫と共に敵から護りつつ養育していたのだが、孫である源吾郎たちにはほぼ無干渉だった。

 白銀御前が九百歳くらい。雪羽がそう言った事を耳にして、祖母の年齢すら知らない事を源吾郎は思い知った。

 

「……もっとも、どちらの家系も妖怪的には極端なんだけどね。島崎君の所は初代と二代目が大分遅くに仔を設けたのは解ってると思うけれど、雷園寺家は逆に世代を重ねるのが()()()()んだ」

「そうなんですかね」

 

 ぼんやりとした声音で呟くと、萩尾丸は力強く頷いていた。

 

「二千数百年で十四代もあるという事は、代々の当主が百五十年足らずで後退しているっていう事になるんだよ。仮に百五十で当主の座を受け継いだとしても、それでも三百歳だ。隠居するには早すぎる歳だと思わないかい?」

 

 そこまで言うと、萩尾丸はこちらをぐっと凝視した。その通りだと肯定するほかなかった。話し手である萩尾丸自体は三百歳を超えているではないか。妖怪が三百歳程度で隠居などとはとんでもない話だ。

 

「まぁ、雷園寺家の話はこの辺りにしておこうか。話せば長くなる事柄だからね。済まないね、話があちこちにブレてしまって。どうにも僕は、色々な事を話したがる性質であるらしいからさ」

「別に大丈夫ですよ、萩尾丸先輩」

 

 微笑を浮かべつつ告げた源吾郎の言葉は、世辞ではなく本心からのものだった。教育好きな天狗の話が長くなる事は大体解っていた。そもそも源吾郎は末っ子だったから、兄姉や叔父たちなどの長話に付き合わされる事もままあった訳であるし。

 萩尾丸は軽く咳払いし、源吾郎と雪羽とを交互に見やった。

 

「君たちは血筋を誇る生まれだから、どうしてもそれが気になって仕方ないのは解るよ。だけど血筋や家柄が良いから無条件に出世できるとか、そう言う血統を持たない野良妖怪は一生ド貧民のままだとか、そんな単純なものではないんだよ。

 良いかね二人とも。そう言った物は一代で作り上げる事だってできるんだ。自分の実力や地位は言うに及ばず、血筋や家柄すらもね。現に紅藤様がそれを成し遂げたじゃないか」

 

 要は玉藻御前の子孫ではなく、島崎源吾郎という大妖狐として名を残す事も、自身が始祖として血と家柄を残す事も出来るのだ。二人を眺めながら萩尾丸はそう言った。俺が玉藻御前の子孫という肩書ではなく、島崎源吾郎という個人の大妖狐として名を残す事が出来る。その話に源吾郎は全身の血が熱くなるのを感じていた。

 血潮の中を巡る興奮は、源吾郎の尻尾の毛先をも震わせていたのである。

 

「そうしている妖怪の事は、雷園寺君の方が詳しいんじゃないかな。ほら、三國君などがその典型じゃないか。彼自身は野良妖怪に近い雷獣だったけれど、彼自身の活動で名を知らしめ、今では雉鶏精一派の幹部に座しているじゃないか。

――しかもそこまでやってのけるのに、()()()()()()()であるという後ろ盾を一切使わずに、ね」

「それはその通りですね」

 

 視線を泳がせつつも、雪羽は萩尾丸の言葉を受け止めていた。

 彼の叔父である三國が、しかし雷園寺家の権力に無関心である事は有名な話である。確かに事の成り行きで次期当主たる雪羽を引き取りはしたが、それはあくまでも幼子を手放す行為に憤慨したからに過ぎない。雪羽を雷園寺家の次期当主に育て上げようとしているが、それも雪羽自身が次期当主になる事を望んでいるからだ。

 だからもしかすると、雷園寺家とは無関係な存在しとして三國が雪羽を育てていた可能性とてあるのかもしれない。今となっては詮無い事とは思いつつも、そんな考えが源吾郎の脳裏に浮かぶのだった。

 とりあえず。萩尾丸は今一度声をかけた。

 

「家柄とか先祖の功績というのはあくまでも過去の話に過ぎないんだ。君らは若いし惜しむ過去なんてほんの僅かなんだから、むしろ今や未来に目を向けて精進したまえ、良いね」

 

 話はあちこち脱線していたし、そこからの締めくくりも若干雑だったのかもしれない。それでも萩尾丸は話し上手だったから、納得のいく話に落ち着いたように感じられたのだった。

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