九尾の末裔なので最強を目指します   作:斑田猫蔵

277 / 601
上司の居ぬ間に二尾来る

 午前十時過ぎ。月曜日のミーティングも、特に波乱もなく普段通りに終了した。研究センターの面々は既に本日の業務に勤しむべく持ち場に戻りつつある。

 もちろんそれは、新入社員である源吾郎と研修生である雪羽も例外ではなかった。

 今日の仕事の割り振りは既に萩尾丸たちから伝えられていた。であれば源吾郎はそれに従うだけである。しかし源吾郎は研究室内の雰囲気がいつもと違う事に気を取られてしまい、しばしぼんやりしていたのだ。

 

「どうしたんです島崎先輩。紅藤様と萩尾丸さんがいないんで寂しいんですか?」

 

 笑いを押し殺したような声とともに、ふくらはぎに柔らかな物が添えられた。声の主はもちろん雪羽だ。さも当然のように源吾郎の隣に佇立し、ニヤニヤ笑いと共にこちらを覗き込んでいる。ぶつかってきた柔らかな物は雪羽の一尾だった。相手の気を引く時に尻尾を当てたり巻き付けたりする行為は、尻尾のある妖怪ならばよくある事である。

 

「んだよ雷園寺。俺が年がら年中寂しがっているみたいな言い草じゃないか」

 

 そう言うや否や、源吾郎も一尾を雪羽めがけて振るった。雪羽は相変わらず笑っているのだが、水草が流れに身を任せるかのように源吾郎の尻尾を回避している。あからさまに回避しているという素振りではないから、地味に苛立ちが募る動きだった。

 そうした無駄な何往復かが過ぎた所で、源吾郎は尻尾の動きを止めた。ここで雪羽ともめても利はないと悟ったためである。というか後で紅藤たちに知られたら、源吾郎が叱責されるのは明らかな話だ。

 

「……いやさ。普段より研究センターが広いように感じてさ。それでちょっとぼんやりしてたんだよ」

 

 素直に思った事を告げると、雪羽は源吾郎と研究センターの一室に視線を走らせる。既にニヤニヤ笑いは消えていて、思案顔になっていた。

 

「言うて先輩も研究センター勤めになって一年近いもんな。そりゃあ雰囲気が違うとか、そう言うのに敏感にもなるか」

 

 思案顔のまま雪羽は言った。昨年の春、四月に入社しているから、四月になれば研究センターに所属して丸一年になる。とはいえ、雪羽も昨年八月からここで仕事を行っているので、半年近く研究センター勤めなのだが。

 

「ほら雷園寺君。今日は珍しく朝から紅藤様と萩尾丸先輩が出張なさってるでしょ。だからこの研究センターが広く感じられるのかもしれないんだ」

「…………それはまた興味深い話やな」

 

 雪羽は少しばかり間を置いてから返答した。思案顔だった彼は、僅かに怪訝そうな表情を見せている。

 

「でも先輩。今さっき俺らのいる空間を調べてみたけれど、広くしたり狭くしたりするような術は使われてないと思うよ? まぁ……俺の探知能力を欺くような術が掛けられているのかもしれないけれど」

 

 さっきの間はそう言う事だったのか。雪羽を眺めながら源吾郎は静かに思った。雷獣は優れた五感の他に、電流で物の位置関係や距離、広さ等々を読み取る事が出来るという。雷獣としての能力に秀でた雪羽も、もちろんこの能力を持ち合わせていたのだ。

 

「雷園寺君がそう言うのなら、そんな術は使われていないんだろうね」

「そりゃあそうだろうさ。まぁ確かに萩尾丸さんが狭い箱の内側を広げる様な術を使っていたから、広い部屋を狭くする術も使えるのかもしれないよ。だけど、わざわざそんな術を使う理由が見当たらないし……」

 

 何やら話が妙な方向に転がっているではないか。そう思った源吾郎であるが、しばし彼も雪羽の柳眉が動くのを見つめていた。空間を操る術の考察については一理あるためだ。

 小さな空間の中を広げる術は、それを会得した妖怪や妖怪仙人や仙人などが必要に応じて使うという。先だって眼鏡が破損した双睛鳥《そうせいちょう》を輸送する際に、小さなキャリーケースの中に彼の巨体を収めていたではないか。

 小さな空間を広げられるのであれば、逆に大きな空間を縮める事も理論上は可能なのだろう。しかし、そうした事を行う話はあまり耳にしない。小さな空間を広げる術と異なり、使用する意義が薄いからだろうと源吾郎はすぐに思った。

 特に日本は、ただでさえ狭いのだから。

 

「な、雷園寺君。色々と考察してくれたのは有難いが、ちと術の事から離れようや。もしかしたら、妖術が好きな俺のために、わざわざ空気を読んで考察してくれたのかもしれないけどさ」

 

 源吾郎はそう言って、雪羽の気を引こうと大きく手を広げた。それと共に四尾も放射線状に広がり、ついでに雪羽の足や三尾にやんわりと触れた。

 

「ええとだな、俺が言いたいのはそう言う事じゃなくて……心理的というか妖気の圧的な意味で、今日は特に研究センターの中が広く感じられたって話さ。ほらさ、紅藤様も萩尾丸先輩も大妖怪だから、存在感とか妖気の圧がおありだろう?」

 

 源吾郎の言葉に、雪羽はまず驚いて目を丸く見開く。それから源吾郎を凝視し、何を思ったのかひっそりと笑い始めたのだ。

 

「へえーっ。島崎先輩も妖気の圧とか感じるんすね。萩尾丸さんたちの前でも割と涼しい顔をしているから、そう言うのに鈍いのかと思ってたんだよ」

「涼しい態度をしているって事こそが、俺の()()()()ってやつだろうね。弱い妖怪ほど、他の妖怪の妖気に敏感だって言うしさ」

「ははは、言うじゃないか~」

 

 四尾を持ち上げて不敵に笑う源吾郎に対し、雪羽もさもおかしそうに笑みを深めた。久々に自分の強さを誇示した気もするが、別に相手が雪羽なので問題はなかろう。実際に妖力の保有量だけでは源吾郎の方が勝っている。それに雪羽だって面白がっている訳であるから、これは無邪気なじゃれ合いに過ぎない。

 

「要するに、お二人の存在感と妖気の圧が凄かったって事さ」

「ははははは、やっぱり先輩ってば寂しがり屋って事なんじゃ……」

 

 結局雷園寺は俺の事を寂しがり屋だと思いたがっているな。ツッコミを入れてやろうと思っていた源吾郎だったが、口を開く事はついぞ無かった。

 事務所の入り口ドアが動き、そこから何者かが入り込もうとしている事に気付いてしまったからだ。源吾郎は尻尾の毛を逆立てんほどに驚いたが、業務中ではないかと気を取り直して居住まいを正す。見れば雪羽も同じような反応だった。

 

「――何だ何だ二人とも。狭いだの狭くないだのと話しているのが廊下の先からも聞こえると思ったら、君ら自身もおしくらまんじゅうでもやって遊んでいたのかい。ははは、君らが仲良しなのは俺も知っていたけどな」

 

 ドアを押し開けた声の主は、軽い口調でそう言いつつ、源吾郎と雪羽の二人に視線を向けた。明るい金色の二尾の持ち主であるが、髪色は普通の人間と同じく黒々としている。狐らしい細面と何処かチャラそうな風貌には源吾郎も見覚えがあった。

 

「……どなたがお見えになるのかと思ったら、白川先輩じゃあないですか!」

 

 やってきた妖狐は白川だった。未だに萩尾丸の抱える部下たちの顔と名を全て把握している訳ではないが、彼の事は流石に源吾郎も覚えていた。今年に入ってからも戦闘訓練等々でちょくちょく顔を出しているし、何より昨秋に出会った時の事があまりにも印象的だったからだ。彼はにこやかな様子で源吾郎たちにジュースを奢り、二人が油断した所で思い上がるなと毒を吐いたのだ。口蜜腹剣《こうみつふくけん》とはまさにこの事であろう。

 それは雪羽も同じだったらしい。白川の姿を認めるや、彼は何とも言えない表情を見せたのだ。だが諸々の感情を抑え込み、涼しい顔で彼を見つめ返す事になったのだが。

 

 紅藤と萩尾丸が不在なのは、二人が出張しているからである。流石にミーティングには出席してくれたのだが。いつものように八頭衆との……内部での打ち合わせではなく、外部の妖怪と接触を図るためなのだという。

 紅藤と過去に交流があった妖怪の許に出向いているという話も耳に入っていたが、詳しい所までは解らなかった。源吾郎が解るのは、自分に割り振られた業務を普段通りこなせば良い事くらいだ。

 ちなみに今回の出張とは別に、八頭衆での打ち合わせは後日行われるそうだ。というよりも、幹部たちの都合が合う日を組んでいたら、結果的に対外的な出張の方が先になってしまったという事情らしいのだが。

 そんな訳で、今日研究センターに留まっている面々は青松丸とサカイ先輩、そして源吾郎と雪羽の四名だった。青松丸はいざという時に紅藤の代行になるという地位の持ち主であるし、サカイ先輩も若手と言えども業務そのものには慣れているだろう。

 それでもこの面子だけでは心もとないと思い、萩尾丸が敢えて妖員《じんいん》を一人融通していたのだ。源吾郎たちもその話は知っていた。萩尾丸の部下で誰がやって来るかまでは知らなかったけれど。

 

「……しばらくぶりですね白川先輩。紅藤様と一緒に研究センターを留守にするから、妖材を融通して下さると萩尾丸先輩から話は聞いていたのですが、その妖員は白川先輩だったんですね」

 

 いっそ無邪気で愚直すぎる源吾郎の言葉を受けて、白川先輩はふっと鼻で笑った。

 

「先輩だからって尻尾を振らなくて良いぞ。君の事だ、どうせ穂谷さんが来てくれたら良かったのに、だなんて思ってるだろうからさ」

 

 白川先輩の言葉に、源吾郎は声を詰まらせた。どのような意図でもって発せられた言葉だったのか。源吾郎は必死でそれを探っていたのだ。顔特徴だけを見れば、笑い交じりのジョークであるようにも感じられた。しかし、白川先輩は過去に源吾郎たちに痛烈な言葉を浴びせかけているのだ。笑いの裏に敵意と憤怒を忍ばせていたとしてもおかしくはなかろう。

 更に言えば、白川先輩の言葉が図星だったからこそ、余計にうろたえたという側面もあった。

 

「白川先輩。白川先輩って玉藻御前の末裔を名乗っておいでなのでしょうか。或いは、これから名乗る予定がおありだったりとか……」

 

 何でやねん。関西妖らしい白川先輩のツッコミには、偽らざる呆れの色が浮かんでいた。

 

「そりゃあ確かに、穂谷さんとか他の若狐たちなんぞは玉藻御前の末裔を名乗っている手合いはいるにはいるぜ。だけどな、野狐だからって皆が皆玉藻御前の末裔を名乗る訳じゃあないって事は君だって解るだろう」

 

 先程よりもワントーン低い声で、白川先輩はつらつらとそう言った。やはり先程の発言は彼なりにおどけていたものだったのだと、源吾郎はここで悟った。

 そして白川先輩は視線を動かし、珍獣でも眺める様な眼差しを源吾郎に寄越した。

 

「そもそも島崎君。君は玉藻御前の末裔を名乗る狐たちが跋扈するのを嫌がっていたんじゃあないのかい。何、俺だって君の事は玉藻御前の末裔で幹部候補生として一目を置いているんだ。そんな御仁につまらない事で目の敵にされるのは御免こうむりたいんでね」

 

 そこまで言うと白川先輩は軽く笑った。源吾郎の隣にいる雪羽も、なぜかつられて笑い声をあげている。

 源吾郎は笑わなかった。真面目な表情で白川先輩を見やり、ゆったりと首を振りつつ口を開いた。

 

「はい。確かに僕も、玉藻御前の末裔を名乗る妖狐たちがいる事に思う所はありました。今は違います。もう毛嫌いなんかしていません。実際に会って話してみたら、皆頑張ってる事が解りましたからね。穂谷先輩の事を先輩狐として僕が慕っている事も、白川先輩はご存じでしょうし」

 

 そこまで言った所で、源吾郎の口許にとうとう笑みが浮かんだ。とはいえ、それは自嘲的な笑みだったのだが。

 

「そもそも、玉藻御前の末裔を名乗る妖狐たちの存在は、僕たち親族の間では黙認……いえ半ば容認されているんです。祖母や母や叔父たちがそうしたスタンスなので、僕一人が何か思ったとしても、それが覆る事なんて無いんですよ。何せ一族の中で最年少で、末席の仔狐に過ぎないんですから」

 

 仔狐。そう言った源吾郎は深々とため息をついていた。自分が仔狐扱いされるのは、何も両親や兄姉たちの間だけではない。叔父たちや叔母などの母方の親族たちからもそう思われているのだ。

 もちろん妖力の保有量だけで見れば、四尾の源吾郎は一族の中でも抜きんでた存在と言えるだろう。しかしだからと言って発言権が大きいかと言われれば、それはまるっきり別問題だったのだ。

 

「成程なぁ……まぁ、島崎君の所は親が教育熱心で、それこそ仔狐の頃からきちんと躾を入れていたという事だもんな。まぁ、人間として育てようとしていたって話も聞くし、その辺りもあるんだろうかね」

 

 親と言っても父親はもっぱら俺を甘やかして溺愛していたけれど。そんな考えがふっと浮かんだ源吾郎であったが、その事は敢えて口に出す事はしなかった。父親に甘やかされた源吾郎であるが、父親的な厳しさというものは、長兄がしっかりと請け負っていたのだから。

 見れば白川先輩も支度に入っている。きちんとした白衣を着こみだした彼の姿を見ながら、源吾郎も業務モードに入ったのだった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。