九尾の末裔なので最強を目指します   作:斑田猫蔵

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半ドン狐は曇天に思う

 水曜日。未だに紅藤や萩尾丸は何かと調べ物で忙しいようだが、源吾郎は有給を使う事にした。週末に叔父が会いに来るという連絡を受けたのが、有給取得に踏み切ったきっかけでもあった。二月初旬にある裏初午についての話という事であるから、アパートの別宅に叔父を迎え入れようと思っていたのだ。ところが別宅の方は時たま出向く程度であるから、これを機に綺麗にしておこうと思ったのだ。

 そう言う準備をするのならば、ここで思い切って有給を取ったら良いのではないか。源吾郎の脳内では、そんな風にきちんとまとまった考えがあったのだ。

 ちなみに叔父たちには、源吾郎がこっそり研究センターの居住区を本宅にしている事は知らせていない。よしんば知らせていたとしても、本宅に職場関係者ではない妖怪を招くのは源吾郎としても抵抗があった。

 とはいえ一日丸々休むのは流石に気が引けたので、半日有給を申請していた。午前中は出社して、午後からは休みというスタイルである。上司たちも忙しそうだし、自分も自分で半日は仕事をしたと思えるし、何より午後からは休みなので休んだと思える。良い事づくめのように源吾郎には思えたのだ。

 

 正午を三十分ほど回った頃。休暇があと三十分足らずでやって来る事に源吾郎がそわそわしていると、雪羽がごくごく自然にこちらに近付いてきた。通常であればこの時間帯は昼休憩の時間である。雪羽も食事を摂ったばかりであろう。

 円弧を描くように源吾郎の周囲を巡回していた雪羽であるが、小さく呟いてから納得したような表情をひとり見せていた。

 

「あ、そうか。先輩は半休だからこの時間に働いているんすね」

「そうそう、そうだとも。そう言う決まりだからね」

 

 雪羽の言葉に、源吾郎は頷きつつそう言った。研究センターの勤務時間は九時から十八時である。午前と午後に十分休憩を一回ずつ挟み、昼休憩は十二字二十分から四十分設けられていた。勤務時間は八時間である。

 しかしこれは、半日出勤の時には勝手が異なっていた。半日出勤の際は勤務時間は四時間のみだ。そのため例えば午前の出勤の場合は、昼休憩を取らずに四時間通しで働かねばならない。

 源吾郎は雪羽を見やりながら、怪訝そうな表情を浮かべた。半日出勤の仕組みについては、雪羽もきちんと知っているはずだと思ったためである。何せ雪羽の方が、自分よりも社会妖経験は長いのだろうから。

 

「今思ったんだけどさ、雷園寺君だって半休のルールは知ってるんじゃないの」

「まぁね。言うて俺が使うのは、どっちかって言うと有給の方だけどな」

 

 半休よりも有給を使う。気取った物言いと態度も相まって、雪羽らしい主張だった。そして雪羽の発言はその主張だけに留まらない。

 

「先輩だって、半日休むなんてみみっちい真似なんかしなくてさ、一日休んでも良かったんじゃないの? 先輩は殆ど休まないから、有給にも事欠かないでしょ」

「丸一日休んだら、それこそ雷園寺君が寂しがるだろうに」

 

 ひとつ冗談を口にしてから、源吾郎は口許に笑みを浮かべた。雪羽もつられたのかそれとも面白いと本気で思ったのか、その面に笑みが浮かぶ。

 

「真面目な話、今は紅藤様も萩尾丸先輩たちも頑張ってらっしゃるから、そんな中で一日休むのは気が引けたんだよ。今回だって、週末に叔父が会いに来るって話だから、別宅の片付けのために休みを取ったようなものだし」

「ははは、やっぱり先輩ってお狐様なんだなって思いましたよ」

 

 源吾郎の言葉に、雪羽は感慨深げに呟いた。

 妖怪は人間などからひとからげに妖怪と見做されがちであるが、もちろん種族ごとの特性や特質が具わっていた。妖狐の特性の中には忠義の心がある。おのれが認めた相手に忠義を尽くそうとする心がけの事だった。

 源吾郎は大妖狐の血統と力でおのれの欲望に忠実に生きる事をモットーにしていたが、実の所彼の持つ忠義の心は、研究センターの面々に向けられていたのだ。雪羽がその事を指摘したのは言うまでも無かろう。

 

「それにしても、お昼なのにお昼ご飯を食べずに仕事なんてきつくないっすか? 俺、そう言うのが嫌だからフルで有給を取る事が多いんだけど」

「何だ、君はそれを心配していたのか」

 

 気づかわしげな雪羽の表情に、源吾郎は合点がいったような気分になっていた。雷獣は哺乳類妖怪の中でも代謝率がかなり高い。従って雷獣は他の獣妖怪よりも大食漢であり、しかも消化器官の都合上小鳥のように少しずつ回数を分けて食べねばならないのだという。ましてや雪羽は肉体的にも育ち盛りである。その彼にしてみれば、昼食の時間が遅れるというのは多大なるストレスになるのだろう。思えば休憩時間なども、ちょっとした物を飲食しているくらいなのだから。

 その辺りの感覚は、それこそ子供雷獣らしい悩みや懸念ともいえるだろう。

 だがその懸念は、妖狐の半妖である源吾郎には当てはまらないのだが。

 

「俺は大丈夫だよ雷園寺君。ご存じの通り妖狐だからね。狐は……というかイヌ科の肉食獣は、多少は食い溜めが出来るから、毎度毎度ご飯にありつかなくても大丈夫なんだ」

 

 納得と当惑の色を交互に見せる雪羽を眺めながら、源吾郎は腹の辺りをちらと見やった。

 

「それに今しがた空腹の波が抜けた所だしね。もっと言えば、食べたい時に食べる様なライフスタイルだったら、俺なんぞ一気に肥っちまうかもしれないんだよ。体型からしてあれだしさ」

 

 まぁ就職してからは少しは絞ったんだけど。心の中でそんな事を思っていると、雪羽はようやく納得したらしく、朗らかな笑顔を源吾郎に向けたのだった。

 

「そう言う事なら大丈夫そうっすね。ははは、何というかお狐様らしいし、島崎先輩らしい言葉っすね」

 

 源吾郎が別宅に向かったのは、昼の二時前の事だった。昼食を摂ったりホップの様子を眺めたりしている間に小一時間ほど経っていたのだ。

 手早く昼食を作り、まったり昼食を摂り、そしてのんびりとホップの様子を観察する。別宅に向かうまでの源吾郎の挙動はこのような物だった。

 ちなみに、ホップは源吾郎の存在に目ざとく気付き、せわしない様子でこちらの様子を窺っていた。ホップなりに普段と違う事を感じ取っているらしかった。確かに源吾郎はこの時間帯にいる事は滅多にない。厳密に言えば土日はいる事もあるのだが。

 籠から出て遊んだりしないだろうか。そう思った源吾郎がたわむれに籠の入り口を開けてみたりもしたが、ホップがそこから飛び出してくる事はついぞ無かった。ただただ、黒々とした瞳で飼い主の様子を窺っていただけだったのだ。

 はからずとも、ホップが規則正しい生活を送っている事を源吾郎は知る事となったのである。

 

 ちょっとしたお掃除セットをバッグに詰め込み、ママチャリでもって町内を疾駆した源吾郎の姿は、幸いな事に白眼視される事は無かった。というよりも、彼を目撃したヒトがほとんどいなかったと言った方が正しいであろうか。

 平日の昼日中と言えば、ほとんどの人間が仕事だの学校だのに出向いている最中であろう。もちろん主婦や主夫もいるかもしれないが、彼ら彼女らとて買い物や家事などで忙しいであろうし。

 加えて言えば、今にも雨が降りそうな曇天である事もまた、町内に人が少ない要因だったのかもしれない。鳥たちの姿は、鳩や鴉や雀の類はあちこちで見かけたのだけど。

 久しぶりに訪れた別宅――元々はここで居を構えていたのだが――のアパートは、思っていた以上に小ぢんまりとしていた。研究センターの本宅とほぼ同じ面積であるのだが、こちらの部屋の方がいくらか広く感じられた。別宅として使用するにあたり、ほとんど物を置いていないからだ。元々一人暮らしだからと家電も棚も小規模なものを用意していたのだが、今ではそれらの多くも本宅に移動させていたから尚更であろう。

 

「うーむ、思っていたよりも侘しいなぁ」

 

 異常がないか視線を走らせているうちに、源吾郎は思わずそんな言葉を口にしていた。夏に珠彦や文明と共にここで遊んだこともあったが、その時はこの部屋が侘しいとは夢にも思わなかった。

 或いは今が真冬で、しかも灰色の雲に覆われた曇り空であるから、尚更そう思うのだろうか。

 とりあえず、そこここに積もったホコリの掃除でもするか。なすべき事を手早く決めた源吾郎は、空気を入れ替えるために窓を開けた。

 ベランダの傍には雀たちがたむろしていたらしい。甲高く大きな声を上げると、集まっていたはずの雀たちは四方に散った。その遠くでは鴉の啼き声も聞こえる。

 真冬であると言えども、一月ももう下旬を迎えている。鳥たちは来るべき春に備えて集まっているのかもしれない。湿っぽくもひんやりとした冬の空気を感じながら、源吾郎は静かにそう思っていた。




 主人公を一人暮らしにしようとすると、どうしても18歳以上にしちゃうんです。そんな訳で源吾郎君も18歳です。ちなみに親とか兄とかがアパートの保証人になってそうです。
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