九尾の末裔なので最強を目指します   作:斑田猫蔵

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叔父狐 洞察力で術あばく

 源吾郎の叔父・桐谷苅藻がやってきたのは十時五十分ごろの事だった。十一時には自宅アパートにやって来ると言っていたから、早すぎず遅過ぎぬ常識的な時間帯に訪れたと言えるだろう。

 ちなみに源吾郎は十時前からアパートに入っていた。叔父を出迎えるための諸々の準備を行うためである。妖術で一通り家具があるようにセットするのもさることながら、忙しい時にやって来たであろう叔父を歓待しようと思ってもいたのだ。

 歓待と言っても、紅茶や柚子茶などと言った暖かい飲み物を出すくらいなのだが。それでも社会妖として、来客を出迎える心得は持っておいた方が良いだろうと源吾郎は思っていたのだ。

 さて苅藻はというと、その手に小さな紙袋を提げただけのラフな出で立ちで源吾郎の前に姿を現したのだ。服装は私服めいていたが、実の所動き易く目立ちにくい、ある意味実用的な出で立ちである事は源吾郎の目から見ても明らかだった。

 

「こんにちは、叔父上。苅藻の叔父上だって忙しいのに、わざわざありがとう」

 

 苅藻の姿を見た源吾郎は、にっこりと微笑んで出迎えた。その笑顔もその言葉も、本心からの物であるのは言うまでもない。

 

「ふふふ、中々熱烈な歓待ぶりじゃあないか。可愛い甥っ子の源吾郎よ」

 

 源吾郎の言葉を耳にした苅藻もまた笑顔を見せていた。右手をゆらりと持ち上げ、手土産として紙袋を持参している事を源吾郎に示していた。

 

「俺については気にしなくて大丈夫だからな、源吾郎。可愛い甥っ子の為ならば、時間でも用事でもいくらでも捻出できるからさ。ついでにちょっとしたお茶請けも用意しておいたし」

 

 そこまで言うと、苅藻は源吾郎の顔をじっと見つめた。

 

「それにしても源吾郎。前に会った時は少し瘦せているように思えたが、また少し丸みが戻って来たみたいだな。ははは、安心したよ」

「前よりも丸くなっただって……!」

 

 源吾郎はそう言うと、おのれの両手を頬のあたりに添えた。最後に苅藻に会ったのは昨年の十一月の事であるから、およそ二、三か月前の事である。そこから丸くなったと言われ、源吾郎は恥ずかしくなってしまったのだ。肥ったのではないか、と案に言われた気持ちになったのである。

 

「叔父上。これでも肥らないように気を付けているんだ。だというのに、丸くなったなんて言うのはひどいじゃないか」

「俺は一言も肥ったとは言ってないだろう」

 

 口を尖らせる源吾郎に対し、苅藻はさもあっけらかんとした様子で言い返す。

 

「前に会った時は痩せていたように感じたから、その事でちと心配だったんだよ。源吾郎は新社会妖になったばかりで、しかも一人暮らしを始めたばかりだったからな。確かに巣立ったばかりの仔狐も、巣穴の中にいた時よりは多少は痩せる事は俺だって知ってるよ。しかし、その程度が極端すぎたら……」

「苅藻の叔父上が、俺の事を心配して下さってるのは十分に伝わったよ」

 

 山野のキツネを例に挙げて話を始めようとする苅藻に対し、源吾郎はすっと腕を伸ばして促した。

 

「叔父上。とりあえず上がってくださいな。確かにこの部屋は狭いけれど、だからと言って玄関で立ち話って言うのもあれだし」

「それもそうだな」

 

 源吾郎の言葉に、苅藻はその通りだなと頷いた。手にしていた紙袋を源吾郎に手渡すと、一旦背を向けて靴を脱ぎ始めた。もちろん、気を回して靴ベラを叔父に渡すのも忘れない。

 今回の源吾郎の言葉は、叔父に対する親切心だけで構成されているわけでは無かった。早く叔父を自室に誘導したいという意図があったのだ。

 おのれの妖術がきちんと叔父の目を欺けるのか。その事を早く知りたいという気持ちもあるにはあった。だがそれ以上に、あまりにも長く妖術を維持し続ける事が出来るかどうか、その辺りが少し不安でもあったのだ。

 今こうして玄関で出迎えている間も、家具家電を顕現させる妖術は行使され続けている。うかうかしていると妖術が切れるのではないか。源吾郎の脳裏にそんな懸念があったのだ。

 そうこうしているうちに苅藻も靴を脱ぎ終わった。ここぞとばかりに源吾郎は、苅藻を誘導したのだった。

 叔父をローテーブルの前に座らせた源吾郎は、飲み物の準備のためにコンロに向かった。本宅から持ってきたヤカンに水を入れて沸かし始めたのだ。ちなみに苅藻が所望したのは柚子茶だった。甘酒とか妖怪用の紅茶を選ぶのではないかと源吾郎は一瞬面食らってしまった。苅藻も源吾郎と同じく半妖であるが、源吾郎と異なり妖狐の血は二分の一である。柑橘類の類は苦手なのではないかと勝手に思っていたのだ。

 もっとも、源吾郎はそこまで深く考えてはいなかった。むしろ単純に、叔父が柚子茶を選んだのを嬉しく思っているくらいだった。何せ柚子茶のジャムは、米田さんとの初デートで購入した物である。源吾郎も気に入って飲んでいる物を叔父が飲みたがっている事が、素直に嬉しかったのだ。

 

「どうぞ叔父上。柚子茶が出来たよ」

 

 源吾郎は柚子茶を盆に載せて運んできた。苅藻は源吾郎ではなくて部屋の周囲を眺めていたが、甥の存在に気付くとにやりと微笑んだ。源吾郎が渡そうとする前に手を伸ばし、自分の方にあった湯呑をさっと取ってしまったのだ。

 

「叔父上、焦って取らなくても、俺がきちんと置いてあげたのに」

「良いじゃないかわが甥よ。というか客と言っても俺は叔父なんだ。そんなにお前も畏まらなくても良いだろうに」

「そうかもしれないけれど、こうしたお茶出しとかも仕事でやっていかないといけないからね。その時の癖みたいなものかな」

 

 そう言う事か。源吾郎の主張に苅藻は頷き、今度は持参していた紙袋に手を突っ込んだ。重みで大体察していたが、やはり苅藻が持参した手土産はお茶請けの類だったらしい。

 苅藻が湯呑の隣に並べたのは、個包装の酒饅頭だった。大きさは子供の拳ほどであり、表面は白くてきめ細やかなのが包装紙越しでも明らかだった。

 

「源吾郎の事だから、クッキーとかマフィンとかそんな洋風のやつの方が喜ぶかなって思ったんだけどな。でも今回は酒饅頭で良かったみたいだな。柚子茶にも合いそうじゃないか」

 

 目を細めて微笑む苅藻を前に、源吾郎は胸の奥がじんわりと暖まっていくのを感じた。飲み物を用意した源吾郎と茶請けの菓子を用意した苅藻。ただそれだけの事であるが、二人には叔父と甥の、或いは兄貴分と弟分の見えない絆のような物がある。源吾郎はそんな風に思っていたのだ。

 血縁上は苅藻は源吾郎の叔父にあたる。しかし源吾郎にしてみれば苅藻もまた兄のような存在だった。実の父よりも年長ながらも半妖であるがゆえに若々しく、実の兄(特に長兄)よりも源吾郎の妖怪的な要素に寛容に振舞ってくれる。だからこそ、苅藻の事を源吾郎は兄のように慕っていたのだ。少し年の離れた従兄のような存在にも似ているのかもしれない。

 

「そうだね叔父上。それじゃあ俺、早速頂いちゃおうかな」

 

 だけどその前に盆を片付けておかないとな。そう思って立ち上がった丁度その時、苅藻の口が開いて声が漏れ出した。

 

「だから源吾郎、甘いものもあるし暖かい柚子茶もお前が用意してくれたんだから、妙に気を張らずにお前もリラックスすれば良いじゃないか」

 

 放たれた苅藻の言葉に、源吾郎は首を傾げた。彼の言葉の意図が掴めず、それ故に不可解な言葉に思えたのだ。

 苅藻はそんな源吾郎の姿を獣の瞳でじっくりと見定め、意味深な笑みを浮かべながら言い足した。

 

「源吾郎。お前がもはやこのアパートで寝起きしている訳ではない事は俺にはお見通しなんだ。それを隠そうとして何やら術を行使しているみたいだが、流石にそんな事をやっていたらお前だって疲れるだろう?」

 

 苅藻の言葉に、源吾郎は思わず盆を取り落としかけた。家具や家電を顕現させる術には自信があった。だというのに、まさかこんなにも早く見抜かれてしまうとは。

 何で、何で解ったんだ。その疑問を源吾郎は口にはしなかった。渇きかけた唇が幽かに震えるだけだった。しかしそれこそが、苅藻の指摘に対する答えに他ならない。

 ここで苅藻の笑みが僅かに変化した。悪戯を見つけた化け狐の表情から、憐みの乗った表情にすり替わったのだ。

 

「安心しろ源吾郎。俺はいちかや宗一郎君と違って、お前の暮らしについてとやかく詮索するつもりはないから、な。お前が真面目に仕事に励んでいる事は、前会った時に十分に理解しているからさ」

 

 優しげな叔父の言葉に耳を傾けながら、源吾郎は静かに妖術を解除した。そこに在ったはずの家電や家具が姿を消した分、部屋は広くなったように見えた。それでも苅藻は動じなかったけれど。

 

「俺がここを別宅にしている事は、母上から聞いたんですか?」

「まぁ、それも要因の一つだわな。だが源吾郎。姉さんからそんな話を聞かされていなくとも、今の部屋の状態を見れば一発で解ったけどな。お前がもはや、ここで暮らしている訳ではないって事くらいはな」

「一発で、ですか」

 

 ぎこちない源吾郎のオウム返しに、苅藻はその通りだと頷いた。

 

「この部屋には生活臭がなさすぎるじゃないか。良いか源吾郎。どれだけ物が少ない部屋だろうとな、そこでヒトが暮らしていたら、相応の気配や生活臭がそこには染みつくんだよ。ははは、伊達に便利屋家業に身を置いている訳ではないって事さ」

「ははは、叔父上にはまだまだ敵わないよ……」

 

 苅藻の指摘を前に、源吾郎はそう言って力なく微笑んだ。

 源吾郎はその後、自分が今は研究センターの居住区を本宅としている事、そうなるに至った理由について包み隠さず苅藻に話した。

 もしかしなくても、そうした事は苅藻も知っている事かもしれない。しかしそれでも、便利屋として真実を見抜かれたのだから、こちらも真実を語らなければならない。そんな風に源吾郎は思っていたのだ。




 頑張って妖術を使ってごまかしたのに、洞察力で見抜かれる源吾郎君はほんと草
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