九尾の末裔なので最強を目指します   作:斑田猫蔵

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輝くは鴉天狗の瞳なり

 戦闘訓練後。白衣姿になった源吾郎と雪羽が事務所に戻ってみると、既に紅藤や萩尾丸の姿はそこには無かった。その代わりというべきなのか、二人を出迎えたのは青松丸だった。

 

「今日も戦闘訓練お疲れ様。冬場だからしんどかったんじゃあないかな。

 ちなみに紅藤様たちなら、もう灰高様と打ち合わせを始めている所なんだけれど……」

「もう早速打ち合わせに入ってらっしゃるんですか!」

 

 青松丸ののんびりとした説明に、雪羽が頓狂な声を上げた。彼は日頃より元気いっぱいというか感情表現が大ぶりな所がある。従って驚いた時にはこうして大げさなリアクションを取る時がままあった。いや……こうして素直に思った事を表に出すのは、ここ二、三か月前くらいからの事であろうか。

 ともあれ雪羽の動きは目立った。それこそ、遠くで別の作業をしていたサカイ先輩さえも視線を送るほどに。

 三対の瞳に注視されている事に気付くと、流石に雪羽も落ち着きを取り戻した。視線を上下左右に動かしたのち、それでも雪羽は言葉を続ける。

 

「もちろん、僕だって紅藤様たちが打ち合わせをなさる事は知ってましたよ。ちゃんとミーティングは聞いていたんですから。ですけど、こんなに急に始めるとは思わなかったので驚いたんです」

 

 ふいに雪羽がこちらに視線を向けてきたので、源吾郎も頷いておいた。元より灰高は源吾郎たちの戦闘訓練を見、それから紅藤たちの打ち合わせに臨んだのだ。戦闘訓練を終えた源吾郎たちが通常業務に戻るための支度にかかった時間は十分から十五分足らずである。その間に紅藤たちは打ち合わせに臨んだのだ。

 

「お、お師匠様も灰高様もお忙しいから、時間を無駄にしたくなかったんだってわたしは思うの」

「ひゃっ! サカイさんじゃないっすか!」

 

 気が付けばサカイ先輩は源吾郎たちのすぐ傍に来ていた。雪羽の言葉が気になり、先輩として意見を述べてくれたのだろう。もっとも、話題の中心になっていた雪羽はというと、尻尾の毛を逆立てて驚いてしまっているのだが。サカイ先輩は概ね大人しくて源吾郎たちに優しいのだが、彼女の神出鬼没ぶりには驚かされる事がままあった。

 特に雪羽によると、彼女の挙動は電流探知で読み取る事が出来ないのだそうだ。雪羽がサカイ先輩に一目を置き、時に畏れているような素振りを見せるのはそのためでもあった。

 さて青松丸はというと、確かにその通りだと何度か頷いている。

 

「そうそう。一口に打ち合わせと言っても、幹部全員の日程を調整するって言うのは難しいからね。萩尾丸さんは紅藤様や僕たちにある程度日程を合わせてくださる事はあるけれど、他の方だとそれも難しい場合もあるし……」

「だけど皆で集まった打ち合わせは先週ありましたよね?」

「たった一度の打ち合わせで完全に決まる事なんて殆ど無いんだよ」

 

 いっそ無邪気で子供じみた雪羽の問いかけに、青松丸はため息を交えつつ返答した。温和でのんびりした気質の青松丸であるが、流石に雪羽の言動の幼稚さに呆れかえり、或いは多少の苛立ちを覚えたのかもしれなかった。

 

「特に今回は、雉鶏精一派に対して……」

 

 青松丸はそこまで言うと、ハッと表情を引き締めて口をつぐんでしまった。その動きに源吾郎は不審なものを感じたが、青松丸は気にせずに再び口を開いただけだった。

 

「ま、まぁ込み入った事を君たちに話しても戸惑っちゃうだけだもんね。ひとまずは、強い妖怪であったとしても組織の内外を問わずに打ち合わせや会議で物事を決めなければならない事がある。その事だけでも心に留めておいてほしいんだ、今はね」

 

 源吾郎と雪羽の顔を見下ろしながら青松丸は尚も言葉を続ける。

 

「特に、島崎君も雷園寺君も()()()()事を望んでいるでしょ。僕らから見れば君らはまだまだ若いけれど、交渉事とか会議の場でのコミュニケーションとかについて思いをはせるのも良い事だと思っているんだ」

「はい」

「確かにそうですね」

 

 最後に言い添えられた青松丸の言葉に、源吾郎は素直に納得していた。横に控える雪羽も同じような感じだった。何せ自分たちの抱える野望の先にある物について青松丸は言及したのだ。組織の頂点に君臨するには、何も腕っぷしや武力だけではどうにもならない事は、源吾郎は嫌と言うほど思い知っていた。もっとも、源吾郎()()の力量であれば、組織の長になる事すら難しいのだけれど。

 後で萩尾丸に呼ばれるけれど、知っている事を話せば良いだけだから緊張しないように。打ち合わせの話について、これが最後だとばかりに青松丸は言い添えた。

 緊張しないように善処します。口ではそう言った源吾郎であるが、内心では既に緊張し始めていた。紅藤と灰高が同じ場に居合わせる。過去に二人が相争う寸前までこぎつけたあの光景を思い出し、そっと身震いしていたのだ。実の所紅藤の放った妖気にあてられて失神したために、あの時の光景は断片的にしか覚えていない。しかし恐ろしく緊迫した一幕だった事だけは今でも覚えている。

 それに雪羽はともかくとして、源吾郎が何故件の打ち合わせに呼ばれるのか。その辺りは何となく察しがついてもいたのだ。

 

 とうとう源吾郎たちも打ち合わせに参加せねばならない状況へとなった。別室で打ち合わせを進めていたはずの萩尾丸が事務所に顔を出し、御自ら源吾郎と雪羽を小会議室に来るようにと促したのである。

 やはりあの時の話だよな……半休の夜に目撃した物を思い返しながら、源吾郎は静かに歩を進めていた。一方の雪羽はというと、何故呼ばれたのか皆目見当がつかないらしい。怪訝そうな表情を浮かべてはいたものの、源吾郎に並んで会議室へと向かったのだった。

 小会議室の扉が開かれる。紅藤と灰高が長テーブルを挟むような形で腰を下ろしているのが源吾郎には見えた。灰高は見せつけるかのように穏やかな笑みを浮かべている。源吾郎のいる場所からは紅藤の表情は見えなかった。しかし頬杖をついてやや前のめりに座っているのを見ると、心がざわついた。

 

「灰高様。島崎君と雷園寺君の両名を連れてまいりました」

 

 先導していた萩尾丸が灰高に告げる。普段とは異なる畏まった声音だった。かけたまえ。灰高の天狗らしい言葉を受けて萩尾丸が紅藤の隣に着席する。源吾郎と雪羽は少し考えこんでから、空席を見つけて座る事にした。

 案の定というべきか、紅藤も萩尾丸もその面に緊張の色を滲ませていた。微笑んでいるのは灰高だけである。と言っても、それが心からの笑みなのかは定かではないけれど。

 

「しばらくぶりですね。島崎君に雷園寺君」

 

 源吾郎たちが着席するなり灰高は二人に声をかけた。その面には笑みが浮かんでおり、口調自体も柔らかなものだ。しかし源吾郎の緊張はほぐれなかった。何か裏や含みがあるのではないかと勘繰ってしまったのだ。それも無理からぬ事だった。相手は紅藤に喧嘩を売った事もある老獪な鴉天狗なのだから。

 ついでに言えば、萩尾丸も紅藤も緊張し、何かを押し殺すような表情だったのも源吾郎の胸騒ぎに拍車をかけてもいた。

 お久しぶりです。たどたどしく挨拶を返すと、灰高は目を細めてゆっくりと頷いていた。若妖怪の礼儀正しい様子は、老齢の妖怪にとって気分の良い物の一つなのだ。たとえ相手が緊張を押し殺してその仕草をしていたとしても、だ。

 

「ふふふ。雷園寺君も島崎君も元気そうで何よりだよ。しかもただ元気なだけじゃあなくて、妖怪としてきちんと成長している事をこの目で見定める事が出来ましたからね。ええ、ええ。私も安心しましたよ」

「ありがたいお言葉を頂戴いたしまして嬉しい限りです、浜野宮様」

 

 恐ろしく慇懃な物言いで頭を下げたのは雪羽だった。灰高の言葉を脳内で吟味するあまりぼんやりとしていた源吾郎であるが、彼も雪羽を倣って頭を下げた。

 ヤンチャ小僧というイメージの強い雪羽であるが、時には源吾郎以上にビジネスマンらしい態度を見せる事もまた事実だった。実際源吾郎よりも年長であるし、曲がりなりにも社会妖《しゃかいじん》経験ははるかに長い。目上の相手に対してどう接するべきかは、彼なりにきちんと心得ているのだろう。

 もちろん、灰高が三國の行動を監督し、時に指摘を入れるという関係性も、雪羽が灰高に恭順な態度を見せる要因の一つになっているだろう。

 

「雷園寺君。一時は一体どうなるかと私も心配しておりましたが、今では立派に貴族の子弟としての風格が出ていますね。昨秋にはあなたも晴れて雷園寺家次期当主候補として認められた訳ですし……やはり、萩尾丸さんの教育の賜物でしょうな」

 

 滅相もありません。灰高に視線を向けられた萩尾丸は即答した。やはり普段の尊大さはなりを潜めていた。

 

「元より雷園寺君は優秀な妖材《じんざい》だったのです。雷獣たちの中でも名家の出身ですし、幼少の頃より叔父の許で戦闘の手ほどきを受けて育ったんですからね。

 僕が……私どもが行ったのは、あくまでも力を持つ者の心構えを教え、上手く正しく活用する方法を導いたに過ぎません。初めから、彼は九尾の末裔たる島崎君と互角以上にやり合う力量はありましたからね」

「中々殊勝な事を仰るのですね。萩尾丸君。あなたの事ですから、雷園寺君が真面目に育っているのは自分の再教育プログラムが上手く運用しているからだと自慢の二つや三つはなさると思ったんですが……」

 

 ほっほっほ、と笑う灰高の声は、鴉天狗でありながら何処かフクロウの啼き声を想起させた。源吾郎はちらと雪羽の横顔を盗み見、さも当然のように雪羽と目が合った。萩尾丸は気まずさと気恥ずかしさを織り交ぜた表情で灰高を見つめている。その顔は何故か普段よりもうんと若々しく見えた。

 

「紅藤殿も萩尾丸君も、これからが楽しみな時期なのでしょうね。念願かなって九尾の末裔を配下に引き入れただけに留まらず、雷獣の神童たる雷園寺君をも監督下に収める事が出来たのですからね。

 若くて優秀な妖材《じんざい》ですから、目をかけて自分の忠実な部下や後任になるように手塩にかけて育てるのはごく自然な事だと私は思いますよ。私自身、浜野宮家を護っていた時は息子たちや娘たちを育てるのに力を入れておりましたから」

 

 機嫌よく歌うように灰高は言葉を重ねていく。源吾郎はしかし、彼が何を言いたいのか未だに掴めていなかった。雪羽や源吾郎が優秀な妖怪であると繰り返し口にしてはいるのだが、それで嬉しさがこみ上げてくるわけでも無かった。

 灰高はもったいぶったように頷くと、思い出したように紅藤たちに視線を向け、それから源吾郎を見据えた。

 

「ですので紅藤殿。貴女が寵愛してやまない九尾の末裔たる島崎君の話を聞くべきだと私は思うのです。()()()彼が見たものが何であるか。それを聞き入れたあかつきには、私の主張が正しいのか否か、はっきりとするのですからね」

 

 源吾郎はこの時、灰高の瞳が歓喜と期待にぎらつくのをはっきりと目の当たりにした。

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