九尾の末裔なので最強を目指します   作:斑田猫蔵

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質疑揺らいで狐はまどう

「要は、僕が見たあの怪しい一団に紫苑様がいらっしゃったかどうか。それこそが問題なのですよね」

 

 大妖怪たちを眺めながら源吾郎は確認するように問いかける。灰高の頭が頷くように動き、萩尾丸が目で発言を促すのが見えた。

 

「あの一団に紫苑様がいらっしゃったかどうか……それは僕には()()()()()

 

 流石にうろたえてどよめくのではないか。そう思ったものの会議室は静かなままだった。それでも紅藤たちが源吾郎の主張を吟味しているであろう事は何となく解る。

 申し訳ありません。沈黙に耐えかねて源吾郎がぽつりと漏らした。

 

「ですが、あの時の事について、僕からはそう申し上げる他ないのです。怪しい集団を見つけたのも偶然だったのですが、途中でマズいと思って引き返しましたからね。なので、あの中に僕の知っている妖怪がいたのかどうか、そこまでは解らないのです」

「島崎君。折角だから引き返した時の事も今一度僕たちに伝えてくれないかな」

 

 促すように源吾郎に言ったのは萩尾丸だった。もちろん彼にもあの時の事は話している。だから灰高に未だ伝えきれていない事も覚えているのだろう。

 

「実は、マズいと思ったのはその一団を見ている時に鴉がやって来たからでもあるんです。鴉は僕を見て啼き声を上げたんです。外はもう六時過ぎなので暗くなっていましたが、鴉はそれでも飛んでいました」

 

 源吾郎はここで一旦言葉を切り、手許に視線を落とした。

 

「その鴉が普通の鴉なのか、浜野宮様の遣いなのかは判りませんでしたが」

「いや、その鴉は確かに私の放ったものだよ」

「私もそう思うわ。いかな島崎君が人間に擬態していたと言えども、普通の鳥獣があなたに働きかける事は考えられないもの」

 

 やはりあの鴉は灰高の遣いだったのか。ぼんやりとした類推が、灰高と紅藤の言葉によってしっかりとした輪郭が形作られた。

 他にもあるんじゃないの。萩尾丸がさらに促す。

 

「些末な事、君がしょうもないと思って見落としそうな事であっても良いんだ。紅藤様も浜野宮様も、君の僅かな証言からであってもすぐに何かがお解りになられるはずだから、ね」

 

 萩尾丸のいっそ熱烈なその言葉に、源吾郎はまず気圧された。しかし次の瞬間には決意を固めたのだ。紅藤たちにさえまだ言っていなかった事がある。それを告げるべき時が今なのだ、と。

 

「……聞き覚えのある声でした」

「聞き覚えのある声というのは、()()()の声ですね?」

「は、――」

 

 女の声、という部分に反応し、源吾郎は頷きかけた。だがそこで灰高の意図に気付く。誘導はまだ続いているのだ、と。

 

「で、ですが浜野宮様! 確かに俺は()()()の声を聞いて、それで()()()()()()()と思ってしまいました。しかし、だからと言ってそれが紫苑様であると結び付けるのはおかしいと思うんです!」

 

 おのれの証言を口にした源吾郎は、そのまま自分の意見も灰高にぶつけた。源吾郎の意見もまた、上司たる紅藤と同じだ。紫苑に嫌疑をかけるのはおかしい、と。

 

「ま、まあ落ち着きたまえ島崎君」

 

 興奮を鎮めようとするかのように声をかけてきたのは萩尾丸だった。冷静なままなのか困惑しているのか判然としない顔つきである。

 

「浜野宮様も申し訳ありません。どうも島崎君も、この会議室の空気に呑まれてしまったようでして……」

 

 そしてそのまま萩尾丸は灰高に謝罪したのだ。彼はあくまでも紅藤サイドの妖怪であるというのに、だ。いや、灰高が老齢な大妖怪であるからこそ、不仲である事に目をつぶり相手を立てただけなのかもしれないが。

 私は一向に構いませんよ。謝罪を受けた灰高は、しかし鷹揚に頷くだけだった。

 

「私も私で配下や鴉たちに調査を命じておりますからね。もちろん、必要とあらば私が知っている事を提供する事も可能です。もっとも、所謂生データの状態なので、体型だっているとは言い難いのですが」

「であれば浜野宮様。あの時俺が見た一団が何をやっていたのか、大方見当はついてらっしゃるのではないですか?」

 

 灰高も調査を進めている。この言葉に源吾郎は食いついた。

 

「声と言えば、その女の人の声が聞こえる前に、その一団が何事か唱えているのを耳にしたんです。集まっていたのも目の当たりにしました。浜野宮様であれば、やつらが何をなさっていたのかご存じって事ですかね?」

 

 気付けば源吾郎は質問で質問に応じ、のみならず灰高を睨みつけてもいた。両者の目が合い、しばしの沈黙が周囲を走る。

 その灰高が笑みを見せ、口を開いたのは数秒後の事だった。体感的にはもっと長い時間が経ったようだったけれど。

 

「八頭怪の眷属、或いはその同類となるモノがあの地に封じられている。もしくはあの地から召喚する事が出来る。彼らはその()を信じ、集結していたのでしょうね」

「なっ……」

「そんな……」

「まさか、近場で……」

 

 紅藤に雪羽、そして源吾郎が驚きの声を漏らした。八頭怪の同類と言えば、暗黒神話を彩る邪神や奇怪な異形共である。凡百の妖怪であっても太刀打ちできないようなブツが近所に封じられていたとは――源吾郎の額には、今や脂汗さえ浮き上がっていた。

 その直後、驚きおののく面々を見ながら灰高は笑ったのだ。呵々大笑のその笑いは、まさしく鴉の啼き声そのものだった。

 

「安心してください。八頭怪の仲魔がこの地に封じられているというのはあくまでも()()ですよ。あいつらはその真偽などを気にせずに真に受けたのでしょう。そして私が監視している事に気付かずにあんな事をしでかした……あくまでもそれだけの話に過ぎません」

 

 何だガセだったのか。奇怪な異形の脅威が嘘であると判明し、源吾郎は少しだけ安堵した。それは雪羽も同じだったらしい。目線があった時に、互いに目だけで笑っている事に気付いたのだから。

 しかし、会議室に広がる緊迫した空気は薄まる事は無かった。むしろ一層緊迫し、殺伐さや剣呑さが増したようでもあった。

 

「灰高のお兄様。何故先のお話がガセであると()()できるのでしょうか?」

 

 簡単な事ですよ。剣呑さを隠さぬ紅藤の問いに対し、灰高は穏やかな表情で応じる。

 

「その噂を用意したのは()()()なのですから。雉仙女殿、聡明な貴女の事だから、私から直接聞き出さずともおおよそ察しはついていたのではないですか?」

 

 不穏分子をあぶり出すために必要な事だったのです。灰高はそう言って両手を広げた。巨大な鴉が飛び立とうとしているように源吾郎には見えた。

 そんな灰高に冷ややかな笑みを見せるのは紅藤だった。

 

「灰高のお兄様も随分と幼稚な事をなさるのですね。もしかしたら、お兄様もそろそろ後任に仕事を任せて引退なさったらよろしいのではなくて? 灰高のお兄様が、長い間働いておいでなのは私も存じておりますし」

「本格的な隠居も悪くないですね。とはいえ、隠居するにしても()()()()()の件を片付けてからになるでしょうがね」

「……結局のところ、灰高のお兄様がなさりたいのは紫苑を貶めて失脚させたいって事だけでしょ。不穏分子なんて単なるでっち上げよ」

「落ち着いてください紅藤様!」

 

 言い募らんとする紅藤に対し、萩尾丸が半ば遮るように声を上げた。流石にその声には焦りの色が滲んでいる。

 

「紅藤様。お気持ちは解りますがこの会議室には島崎君たちもいるんですよ。またこの前のような事をなさるおつもりですか」

「……そうね。確かに萩尾丸の言うとおりだわ」

 

 諭すような萩尾丸の言葉に、紅藤は小さく頷いていた。内心はさておき、表面上は落ち着きを取り戻したのだと源吾郎が思った。下界の民を小馬鹿にする鴉よろしく、灰高がさらなる煽りを行わなければの話であるが。

 

「浜野宮様に紅藤様。お二人の意見はよく解りました。現時点では平行線をたどり、妥協点すら見いだせない事も。島崎君の証言は残念ながら決定打にはなりませんでしたが、参考になる点は非常に多かったのではないでしょうか」

 

 萩尾丸はそこまで言うと、打ち合わせはこの辺りで終わらせようと申し出たのだ。

 

「件の一団が何者であるか、浜野宮様の仰った妖物《じんぶつ》が本当にクロなのか。それは現時点では判断しかねる所です。ですから……私どもの方でも調査を進めたいと思っているのです。その上で意見交換を行いましょう」

「萩尾丸さんがそう仰るのならば、今回はこの辺で切り上げましょうか」

 

 一貫して様々な種類の笑みを見せていた灰高であったが、この瞬間だけはその笑みが揺らいだようだった。まだ物足りない。そう言いたげな表情が灰高の面に浮かんだのである。

 

「確かに萩尾丸さんは妖脈《じんみゃく》が広いですからね。さぞや良い情報を仕入れる事が出来るでしょうね」

「ひとまずは真琴様に引き続き協力を要請しようと思っております。彼女とその眷属たちは信用に値しますからね」

 

 萩尾丸の言葉に灰高は頷き、それから思案するように目を伏せた。視線を上げた時には、既にその両眼は鋭い眼光を放っていたのだが。

 

「研究センターの皆様。くれぐれも怪しい勢力や八頭怪の息がかかった者には気を付けるようにしてくださいね。恐らくは、この私が言っても説得力も何もない、と思っている手合いもいるでしょうけれど」

 

 灰高の言葉に、源吾郎は心中を見抜かれたような気がして居心地が悪かった。しかし何というか口調が優しく、しかも親身になっているような気がしてならなかった。違和感というには生温いそれに戸惑っている間にも、灰高は言葉を重ねる。

 

「……もっとも、あなた方ならば意外と大丈夫かもしれないとも思うんですがね。サカイさんでしたっけ、あのすきま女は八頭怪やその眷属に太刀打ちできる可能性を秘めておりますし、何より雷園寺君は一度胡張安に助けられているではありませんか」

 

 灰高の話は半ば一方的な物だった。話の内容が異質過ぎて源吾郎たちは上手く反応できなかったのだ。

 

「本来ならば雷園寺君と胡張安の繋がりが何処で出来たのかも知りたかったのですが……今日の打ち合わせはこの辺りで終わらせた方が良さそうですものね」

「そうねお兄様。申し訳ありませんが、私もかなり疲れましたので」

 

 かくして、不穏な空気を残したまま紅藤たちと灰高の打ち合わせは幕を下ろしたのだった。

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