九尾の末裔なので最強を目指します   作:斑田猫蔵

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若妖怪 労苦を前に何思う

 ひとまずだ。それぞれ思案に暮れる源吾郎と雪羽に対し、萩尾丸は静かに言い放つ。

 

「紫苑様の件に関してはそんな感じかな。もちろん、僕の方でも遣いを送って調査するし、真琴様とも連絡を取って情報を集める予定ではあるのだけどね。

 だから君たちがこの案件について何か起こすべき行動というのは特に無いから安心したまえ。ただ……この事を心に留めてくれていれば御の字ってやつさ」

「要するにさ、紫苑様の仰る事とかは鵜呑みにせずに疑ってかかれって事ですか?」

 

 雪羽は翠眼をぐるりと動かして萩尾丸を仰ぎ見た。疑ってかかれ。そう言った彼の言葉はそれこそ疑念で彩られていた。

 

「そこまで極端にならなくても良いけれど、用心するに越した事は無いって話かな。もしかしたら、浜野宮様や僕の考えが単なる思い過ごしであって、紫苑様は何ら後ろ暗い事は無いのかもしれないし」

「ですが……」

「まぁええやん雷園寺。この話はこれくらいにしておこうよ」

 

 言い募らんとする雪羽に割り込んだのは源吾郎だった。もちろん源吾郎だって、紫苑が怪しい存在であるという話に心がざわついた。萩尾丸の言葉をそのまま信じていいのか解らなかった。疑念を抱き混乱しているのは源吾郎も同じだ。

 だが、このまま疑念についてほじくり返していても現時点では答えは出ない。それどころか思考の堂々巡りというか、ドツボに嵌りそうな気がしたのだ。

 疑い出したらキリが無いのだ。或いはもしかしたら、目の前にいる萩尾丸とて何か企んでいる可能性だってあるかもしれない。そんな考えに取り憑かれる事が源吾郎には恐ろしかった。

 

「……強くなろうとする者の宿命という物に、君らも巻き込まれてしまったんだろうね」

 

 静かに源吾郎と雪羽の様子を眺めていた萩尾丸がここで口を開いた。その声音は落ち着いており、そこはかとない優しさと憐みの念が籠っていた。

 すまないね。次に言い放たれた短い文言は、何と謝罪の言葉だったのだ。

 

「雷園寺君と島崎君が、それぞれ既に組織の長になる事を目指している事は僕たちも知っている。僕らも君らの能力や向上心を利用している事も否定はできない。

 だけどそれでも、君らには何かと負担を掛けてしまっていると思えてならないんだ。それが君らの目指すものの先にある以上仕方のない事なのかもしれない。とはいえ君らがまだ若い事を思うと、何とも申し訳なくてね……」

 

 さも申し訳なさそうに萩尾丸は源吾郎たちを見下ろしていた。その眼差しやその言葉に源吾郎は戸惑ってしまった。萩尾丸が優しげな態度を見せると、源吾郎はどうしても戸惑ったり心がざわついたりするのだ。それはもしかすると、余裕のある時は人を喰ったような態度ばかり見せる萩尾丸の日頃の言動故の事なのかもしれないが。

 

「本来であれば、君らもこういう難しい事には首を突っ込まずに、無邪気に自分の事だけ考えて暮らしていても咎められないような年頃だというのに、ね」

 

 萩尾丸先輩も時にはこんな事を言うんだ……普段のビジネスマンらしからぬ物言いを正面から受けた源吾郎は、まずそんな事を思っていた。隣にいる雪羽も、何とも神妙な面持ちを浮かべているではないか。

 

「やはりね、子供のうちは子供らしく過ごすべきだと僕は思うんだよ。まぁこれも、最近思い始めた持論で若い頃はそんな事なんて考えていなかったんだけどね」

 

 思い出したように言い足した萩尾丸の言葉に、源吾郎は密かに納得し始めていた。萩尾丸の過去の言葉を思い出したからである。源吾郎が十八で紅藤の許に弟子入りしたのは()()()()。いかな優秀な妖材《じんざい》であったとしても、子供のうちは子供らしく過ごすべきなのだ……そう言った事を萩尾丸はかつて源吾郎に伝えていたのだ。

 特に島崎君。萩尾丸の声と視線は、いつの間にか源吾郎に向けられていた。

 

「元より君は人間として育てられ、人間として暮らしてきただろう。もちろんそれは、君のご両親や親族の意向によるものだというのは僕も知っているけれど。

 僕が思うに、君は人間として暮らしていたとしても()()()以上の幸せを得る事は出来たはずなんだ。いや違うね。人間としての暮らしを選んでいたとしても、才能を活用して名声を得る事だって君は出来たかもしれないね」

 

 人間として暮らす。萩尾丸の言葉に源吾郎の瞳孔がぐっとすぼまった。妖狐として、妖怪として生きる事こそが源吾郎の生き様であり全てだった。萩尾丸とてその事は解っているはずではないか。

 しかし、源吾郎が言い返す暇は与えられなかった。それよりも先に萩尾丸が言葉を続けたからだ。

 

「妖怪として生きる暮らしが、人間のそれよりも過酷なのはもう既に君も解っているだろう? しかも君は単なる妖怪ではなく、組織の長になるような大妖怪を目指しているのだから尚更ね。

 君がここで働き出してからまだ一年足らずだけど、君の妖《ひと》となりというか性格は大体掴めているよ。

 島崎君。君は根が素直だし順応性と協調性も高い子なんだ。しかも上のヒトにすんなり可愛がられやすいしね。だから人間として……或いは野望とは無縁な妖怪として暮らす事も十分出来たはずなんだ。()()()()()()()()()、ね」

 

 話を聞くうちに、源吾郎は思わず唇を噛んでいた。

 萩尾丸がおのれの美点を伝えてくれた事は源吾郎もきちんと解っている。しかし野望を放棄してもやっていけるという文脈で出てきた事柄なので、素直に喜ぶ事が出来なかった。

 ふと腕に何かが触れたのを感じた。雪羽の手指だった。縋るような眼差しを源吾郎は雪羽に向けていた。彼ならば今の俺の気持ちを解ってくれるはずだ。そんな風に思いながら。

 雪羽は源吾郎と目が合うとゆっくりと微笑んだ。翠眼がやけにぎらついた歪な笑顔だった。

 

「島崎先輩。今回ばかりは萩尾丸さんの言うとおりだと俺は思うんだ。別におもねったり忖度している訳じゃない。この俺の……雷園寺雪羽としての本心さ」

 

 雪羽の声は低く、その眼差しは昏い光を放っていた。ついでに言えば源吾郎の腕に添えられた手指に力が籠る。すぐ傍にいる雷獣の少年が、仄暗い怒りの念を抱えながら源吾郎を見つめている事は明らかだった。

 

「そもそも先輩が人間として育てられた事は、そのまま人間として平穏に暮らす事こそが幸四郎さんたちの望みだった事は俺だって多少は知ってるよ。だけど、島崎先輩は親兄姉の思いや願いに背を向けて、後足で砂をかけたような物なんだぜ。ここに……雉鶏精一派にいるって事は()()()()()なんだぞ」

 

 そうだな。源吾郎の返答は至極あっさりしたものだった。と言っても、この四文字に色々な思いが籠っていたのだが。

 ふいに、雪羽と顔を合わせて間がない頃の事を思い出していた。グラスタワー事件の記憶も生々しく、互いに警戒しあい、相手の挙動を虎視眈々と窺うような日々だった。その頃の雪羽は、源吾郎に対してそこはかとない嫌悪と敵愾心を抱いていたはずだ。あまりいい思い出ではないはずなのに、思い返してみると懐かしさを伴っていた。

 後になって知ったのだが、雪羽は源吾郎の境遇を羨ましく思っていたのだ。そしてそれと同じくらい、自由奔放に生きる(ように見える)源吾郎を腹立たしく思ってもいた。

 それは雪羽の境遇を思えば無理からぬ話だ。幼い頃に母が死に、理由はどうあれ父に棄てられて弟妹達と離れ離れになってしまったのだ。父母が健在で兄姉らとも一緒に暮らしていた源吾郎の事を羨み、嫉妬し憎むのもごく自然な事であると源吾郎も解っていた。

 源吾郎はだから、雪羽の言動の中に家族への執着の強さを見出す事がしばしばあった。雪羽はまた、家族や親しい者と自分の意見が食い違ったり異なったりする事をひどく忌み嫌っていた。彼自身はそうならないように心がけていたし、親しい者たちと異なった意見を打ち出しながらも平然としている者に腹を立ててもいた。

 こうした雪羽の癖は源吾郎も既に知っていた。知った上で事を荒立てないように流していたのだ。源吾郎にしてみれば、親しかろうと肉親であろうと意見が異なるという事は当たり前の事なのだから。雪羽は源吾郎と意見が食い違うのを恐れる時があったが、源吾郎は雪羽が異なった意見の持ち主でも、それは仕方がないと思っていたのだ。

 今回雪羽が興奮しているのも、源吾郎が奔放におのれの生き様を決めた事を再確認したからなのだろう。源吾郎はそんな風に考えるだけだった。

 

「雷園寺君。この話は君とて他人事じゃあないんだよ」

 

 萩尾丸が声をかける。丁度良いタイミングだと源吾郎は思った。紅藤すら信頼を置く大妖怪であるし、そもそも若手妖怪を育成している身分であるから、そうした所は抜かりないのだろう。

 

「君が雷園寺家の当主の座を目指しているのは、三國君に強制されたからではなくて、自分の意志で当主になりたいからなのだろう?」

「そうですよ、もちろんですとも!」

 

 半ば食い気味に応じる雪羽に対し、うっすらと笑みを浮かべながら萩尾丸は続けた。

 

「三國君は縁あって雷園寺家の血を引く君を引き取ったけれど、君が雷園寺家の子息である事を利用する気なんて持ち合わせていなかったもんねぇ。そもそも、雷園寺家の威光を笠に着る事を思いつくのであれば、それこそ野良妖怪として活動していた時から利用していたはずさ。雷園寺家の姻族としてね。()()()三國君の兄姉たちは、大なり小なり雷園寺家の恩恵を受けている訳でもあるし」

 

 雪羽を引き取って育てている三國が、雪羽の血筋や地位を利用するつもりは一切無い。この事については源吾郎もよく知っている事柄だった。三國が雷園寺家の権力や威光にそもそも無関心である事は、彼の言動を見ていれば明白だ。叔父の苅藻に至っては、むしろ雪羽の心を護るために、雪羽が雷園寺家の次期当主を目指す事を容認したと言っていたくらいなのだから。

 前にも言ったと思うけれど。萩尾丸が静かに言葉を続ける。

 

「雷園寺君。君の父親はね、君がこれ以上危険な目に遭わないように敢えて雷園寺家の外に放り出したのかもしれないって話しただろう。雷園寺家とは無関係な存在として育ってほしい。そんな思いが彼にはあったのかもしれないよ。

 しかも君を引き取ったのは三國君と来ている。大勢いる親族たちの中でも、とりわけ雷園寺家の権力に無関心な彼が、ね」

「雷園寺千理は、いずれ俺に討ち取られる事も覚悟の上だ。萩尾丸さん。前にその話をなさっていた時とは内容が違う気がするのですが?」

 

 雪羽の問いかける眼差しと声音は、やはり尋常ならざるものだった。そしてそれこそが、雷園寺千理に対して抱く彼の気持ちを如実に反映しているように源吾郎には思えた。

 

「大人は一つの事柄に対して、それがのちにどうなるのか、複数の可能性や結末を同時に考える物なのだよ」

 

 凄味のある雪羽の表情を前に、萩尾丸は全くもって動じなかった。せいぜい仔猫が牙をむいたと思っているのが関の山であろうか。それに雷園寺家とは無縁に育ってほしいって言うのは単なる願望かもしれないしね。そんな文言さえ、気楽な調子で言い足す始末である。

 雪羽もまた、気付けば何とも言えない表情を萩尾丸に向けていた。もしかすると俺もこんな表情なのかもしれない。源吾郎はそう思える余裕が心の中に生まれていたのを感じた。

 そうした二人の姿を見た萩尾丸は静かに笑った。

 

「ははは。その顔を見る限り、君らの持つ野望は筋金入りのようだね。ある意味君たちらしいと言えば君たちらしいんだけど」

 

 萩尾丸はここで言葉を切り、そして真面目な表情を作った。

 

「――とはいえ、しんどかったり辛かったりしたら、時には誰かに甘えたり休んだりしても良いんだよ。才覚や能力ももちろん大切だけど、それも心身ともに健康であってこその事だからね。

 それにそもそも、君らはここ半年ばかり、色々な事件や出来事に巻き込まれてしまっている訳だし。しかもあんなのは序の口に過ぎないんだからさ」

「ええと、僕は大丈夫ですよ萩尾丸先輩」

 

 気付けば源吾郎は声を上げていた。萩尾丸が存外自分たちを心配している事を知り、何故か焦ってしまったのだ。

 

「本当にお気遣いありがとうございます。ですが心配なさらずとも、僕たちもそんなに頑張り過ぎない程度に頑張りますんで」

「萩尾丸さんも色々と気苦労が多そうですし、俺も屋敷ではお行儀よく過ごしますね」

 

 源吾郎と雪羽の言葉に、萩尾丸は微笑んだ。今度は作り笑いではなく、本心からの笑みだった。

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