九尾の末裔なので最強を目指します   作:斑田猫蔵

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胡張安の思惑 すきま女の出自

 難しい話はこの辺りにしようか。萩尾丸はそう言うと、源吾郎と雪羽とを交互に見やった。

 

「島崎君。君は親元を離れて一人暮らしを始めたばかりだから、やはり心細かったり不安に思ったりする出来事があったりするんじゃあないかな。だけど紅藤様や青松丸君も同じ敷地に暮らしている訳だし、困った時には青松丸君とかに頼るというのも手だと思うんだ」

 

 青松丸の名を口にした萩尾丸は、僅かに困ったような表情を作って言い足した。

 

「もしかしたら、実の兄のように彼に頼るのは少し難しいかもしれないけれど」

「いえいえ。そんな事はありませんよ」

 

 やっぱり萩尾丸先輩は俺の事を恐ろしいほどに把握していらっしゃる……笑顔の裏で源吾郎はそんな事を思っていた。

 源吾郎の思う()とは、保護者や父親代わりの役割を担う存在だった。兄たちとの年齢差が大きく、しかも長兄が何かと源吾郎の面倒を見ていたがために、源吾郎の中ではそんな考えが育ってしまったのである。

 青松丸に頼るという話をした時に、敢えて実の兄を引き合いに出したのは、そうした源吾郎の思考の癖を萩尾丸が把握していたからなのだろう。もしかしたら、萩尾丸は萩尾丸で弟分である青松丸にもっとしっかりしてほしいという気持ちもあるのかもしれないが。

 それにそもそも、源吾郎は一人暮らしを始めてはいるが寂しいとか心細いという気持ちに陥った事はまだ無かった。

 元より源吾郎は、思春期を迎えた頃から早く独立したいと思っていた。別に家族と不仲だったわけではない。ただ末っ子の仔狐として、両親や兄姉に構われる事が多かったのだ。仔狐はいつまでも仔狐のままではない。いずれは成長し、牙と自立する意思を持つようになるのだ。源吾郎はだから独立した。実家という巣穴を抜け出して、新しい住まいを持つようになったのである。

 だから一人暮らしは開放感あふれるものであり、そこに寂しさを見出す要素は何一つなかったのである。ついでに言えば長兄などは度々源吾郎に連絡を入れてくるわけであるし。むしろ兄の方が弟離れできていない始末ではないか。

 そうした事まで萩尾丸が察したのかどうかは定かではない。だが萩尾丸の視線は源吾郎から外れ、雪羽に向けられていた。

 

「雷園寺君。君については健康管理も含めて僕がしっかり様子を見ているんだけれど……それでも何かあれば遠慮せずに言ってくれたまえ。君も中々音を上げないタイプだと解ったからさ」

 

 面と向かって言われても、萩尾丸先輩に直接言うのはやはりハードルが高いのでは? 無言のままに源吾郎はついついそんな事を思ってしまった。だが雪羽は素直に頷いているだけである。納得したのか、納得したふりをして胸の奥で様々な思いをうごめかせているのか、源吾郎には定かではなかったが。

 だが雪羽も源吾郎と同じくしんどい思いをしているであろう事だけは解っていた。いや、しんどさやストレスは源吾郎以上であろう。ここ半年ばかりで、彼の身にも様々な事が降りかかっている。グラスタワー事件の処遇については自業自得なので仕方がない。しかしその後の出来事は、雪羽の身ではどうにもならない事件ばかりだったではないか。それが雪羽のストレスになっているであろう事は想像に難くない。

 雷園寺家の次期当主候補になった事、そして三國夫妻の間に子供が誕生した事。これらは雪羽にとっては喜ばしい事であるのには変わりない。しかし()()()()であっても環境の変化はストレスになるのだ。そう言った意味では、雪羽は現在強いストレスにさらされていると言っても過言では無かろう。

 他に何かあるかな。教師よろしく問いかけた萩尾丸に、雪羽が即座に反応する。興奮しているのか翠眼がギラギラと輝いていた。

 

「さっきの打ち合わせでは話題に上りませんでしたが……胡張安様と僕との繋がり云々って話がどうも引っかかるんです。とはいえ、僕もさっきその事を思い出したんですけどね」

「胡張安か。ああ、君が気になったのはそっちの話なんだね」

 

 前半は真面目に後半はおどけた様子で告げる雪羽に対し、萩尾丸の表情は複雑な物だった。胡張安とは胡喜媚の息子であり、本来であれば二代目頭目として雉鶏精一派の長として君臨していてもおかしくない妖物である。だが実際には胡喜媚が存命の頃から行方をくらまし、雉鶏精一派をもってしてもその消息を掴めぬ所である。二百年前に一度接触したのが関の山だったとも紅藤たちは語っていたではないか。もちろん、萩尾丸も胡張安に対しては色々と思う所があってしかるべきだろう。

 そんな萩尾丸の気持ちを知ってか知らずか、雪羽は口を尖らせつつ言い添えた。

 

「そもそも僕は、胡張安様と何がしか繋がりがあるって事を浜野宮様に説明するためにあの時呼び出されたんですよね。でも途中で打ち合わせは打ち切られたので、今回はその話までこぎつけなかった訳ですけれど……」

 

 雪羽はそこで言葉を切ると、上目遣い気味に萩尾丸の顔を覗き込んだ。

 

「とはいえ僕も何が何だか解らないんですよ。胡張安様が結界に働きかけてくれたから、時雨たちが救出できたって事は解ってます。だけど何で俺に力を貸してくれたのか、その辺は俺にも全然解らないんです……」

「すまないね雷園寺君。胡張安の事は、彼が何を考えていて何をしでかすかについては、流石の僕にも解らないんだよ」

 

 おのれの考えをぶつける雪羽に対し、萩尾丸はただただそう言うだけだった。申し訳なさそうな表情を浮かべてはいるが、胡張安と言い放った時の語気は鋭かった。萩尾丸が胡張安に対して何がしか思う所があるのは明らかだ。

 

「僕たち雉鶏精一派が胡張安と最後に接触したのは二百年ほど前の事なんだ。もちろん君らが産まれる前の事だね。いや、それどころか双睛鳥君や三國君もまだ産まれてなかったか。

 それはさておき、雉鶏精一派と胡張安の間には、互いに干渉しないという協定を結んでいるんだ。というよりも、胡張安がそう言う協定を結べとごねた節もあるんだけどね。その代わりに紅藤様との間に子供を設けるという条件を飲んだんだから、胡張安も胡張安で中々良い性格をしているとは思うけどね」

 

 萩尾丸の笑みが皮肉気に歪む。まぁ確かに、自分を放っておいてほしいという理由だけで、好きかどうか判らない相手との間に仔を設けようなどとは普通の妖怪は考えないであろうから。

 もっとも実際には、胡琉安は人工的に作られた妖怪であり、胡張安はあくまでも父親という名義と妖力の一部を紅藤に提供したのみである。それならば実際に仔を設けるよりも抵抗感は少なかった……と言えるのだろうか。

 源吾郎は若すぎるので、その辺りの感覚はどうにも理解できなかったのだが。

 

「とはいえ、今更手のひらを返して雉鶏精一派に媚びを売るとも考えられないんだよね。彼にそう言う考えがあったのなら、もっと前にこちらに接触を図ってきたとしてもおかしくないし」

 

 少なくとも、雉鶏精一派に恩を売るためにあの時行動を起こしたわけでは無かろう。萩尾丸は思案しながらそんな言葉を絞り出した。いかにもビジネスマンらしい物言いだな。源吾郎はそんな風に思い、半ば辟易してしまった。

 

「そりゃあもちろん雷園寺家だって、雉鶏精一派の中では意味のある妖怪組織であると言えるような存在には違いないよ。だけどそれでも、雉鶏精一派に自分がメリットのある存在であると知らしめるのであれば、もっと別の相手に対して働きかけると思うんだよ。僕たち八頭衆やその直属の配下とか、それこそ九尾の末裔とかにね」

「萩尾丸先輩! 誰だってそんなに理詰めにビジネスライクに物を考えると思ったら大間違いですよ!」

 

 九尾の末裔。その言葉を耳にした源吾郎はたまりかねて声を上げた。胡張安の思惑はやはり謎である。だがそんな打算に塗れた考えを持って動いたとは考えたくなかった。

 

「そんな小難しい事なんて無かったと僕は思うんです。ただ単に、純粋に助けたかったから助けたとか、そんな事じゃあ駄目なんですかね?」

「君はそれで納得しても構わないよ」

 

 萩尾丸の言葉は優しげであるが、皮肉っぽい気配が見え隠れしていた。

 

「だがそれだと彼が何故雷園寺君に力を貸したのか、その理由が明らかにならないんだよ。表立って動きを見せなかった胡張安がこうした動きを見せたというのは、僕たちとしては受け流せない案件になるのだよ」

「……妖が動くってそんなに難しい事なんですかね。雷園寺君を助けたかったとか、八頭怪のやつの企みを妨害したかったとか、そんな単純な話じゃあないんですかね」

 

 八頭怪。源吾郎がその名を口にした時、萩尾丸と雪羽の眉が動いたのを源吾郎は見た。胡張安が八頭怪を明確に忌み嫌っているのかどうか。それは源吾郎には解らない。しかしその逆は知っていた。源吾郎と対面した八頭怪は、明らかに甥に対する嫌悪の意志を示していたのだから。

 

「胡張安が八頭怪の企みを妨害したかった、か。それも興味ぶか――」

 

 口許に笑みを浮かべ、萩尾丸が言葉を紡ぐ。だが最後まで言い切る前に、源吾郎たちの注意は萩尾丸から逸れてしまった。使いに出ていたサカイ先輩が戻ってきたのだ。出かける前との違いは、その両手に箱を抱えているだけである。しかし音もなく気配もなく姿を現したので度肝を抜かれてしまったのだ。

 サカイ先輩は故意に源吾郎や雪羽を驚かせたり怖がらせたりする事を行うような妖物ではない。ただ少し人見知りで後輩たちが自分をどう思うかに無頓着な所があるだけだ。だから彼女が何もない所から姿を現して、源吾郎や雪羽が勝手に驚く事がままあるだけの話である。

 

「ただ今戻りました! え、ええと、真冬だったんですけれど、ペットショップで活きの良いのを見繕う事が出来ました。萩尾丸さんも確認されますか?」

 

 箱を前に突き出しながら語るサカイ先輩に対し、萩尾丸は首を振った。

 

「別に確認までは良いよ。君の事だから、きちんと良いのを選んでくれたのは解っているし……それよりも紅藤様の所に行っておいで」

 

 サカイ先輩は短く返事をすると、そのまま研究センターの隙間にその身を入り込ませ、そのまま視界から消え去った。箱の中身が憐れな蛇である事は源吾郎にも解っていた。そのために彼女は使いに出されたのだし、何より箱からは匂いが漂っていた。

 萩尾丸はしばしの間サカイ先輩が消えた方を目にしていた。それから源吾郎たちの方に視線を戻す。

 

「彼女、サカイスミコが妖怪としても異質な存在である。君らは心の中でそう思っているんじゃあないかな」

 

 源吾郎と雪羽は思わず顔を見合わせた。サカイ先輩に関してはまさしくそのように思っていたためだ。だが、その事については深く追求しようと思った事はない。彼女はすきま女であり、自分とは全く異なる種族なのだ。そう思って納得していたのだ。

 

「どうやらね、彼女は鋭角ヨリ出ヅル者の血を引く存在なのかもしれないんだよ。本家本元の鋭角ヨリ出ヅル者は、僕たちとは別の世界に暮らしていて、こちらの世界に干渉するには制約があるらしいんだ。

 しかし彼らは八頭怪の親玉と、道ヲ開ケル者と対立していて、彼らの親玉は道ヲ開ケル者と互角の力を持つともされているんだ。

 もちろん、こうした事柄が、サカイさんに直接関わっているとも言い難いんだけどね」

 

 意味深な、謎めいた萩尾丸の言葉に対し、源吾郎はただ相槌を打ちながら耳を傾ける他なかったのだった。

 ともあれ自分の周囲には、味方であるか否かはさておき色々な面々が集まっている。その事を把握するのでやっとだった。

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