九尾の末裔なので最強を目指します   作:斑田猫蔵

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夢見狐の目撃譚

 自分は宇宙の何処かにいるのだ。まず源吾郎が思ったのはそんな事だった。全くもって突拍子もない考えであるが、周囲の光景を見るだにそう思う他なかった。

 古びた廃トンネルよりもなお暗い闇と、その周囲にお情けとばかりに散らばっているビーズ玉のような輝きの集合体。その中に源吾郎は佇んでいたのだ。二本の足で立っているような気分だったが、果たして本当に立っているのか解らなかった。そもそもその空間に上下の区別があるかどうかすら怪しかった。

 自分が立っているのか浮いているのか。そんな事などは数秒後には些事となってしまった。それ以上に目を惹く光景が、源吾郎のすぐ傍で繰り広げられたのだから。

 

 それはありていに言えば、獣同士の争いだった。とはいえ普通の獣同士の争いではない。場所が場所であるし、二種の獣は普通の禽獣――一方は獣というよりもむしろ鳥に近かったのだ――というにはあまりにも異形めいた姿を呈していた。

 鳥めいた姿のそれは、八、九個余りの頭部と二対の翼を具えていた。一方はコウモリの翼のようであり、他方は昆虫の翅のようだった。宇宙の闇を切り裂くような鋭い声を上げ、玉虫色の羽毛をひるがえしながら敵に対して攻防を繰り広げている。

 異形の鳥が敵対している相手は、一見すると狼のように見えた。もちろんこちらも普通の狼ではない事はすぐに判ってしまった。全体的には狼の形に整えられているのだが、実際の所は無数の鋭角の集合体である。立体に見えるCGのキャラクターが、幾つものポリゴンで作られているのと何となく似ている。源吾郎はそんな風に思った。そいつの毛皮は狼らしからぬ青紫で、同じ色の粘液をそこここに滴らせていた。

 鋭角の狼が大きく口を開く。薄水色の粘液で覆われた牙や捻じれた矢印のような黒紫の舌が露わになる。そして狼の喉が震え、咆哮が轟いた。重くずっしりと響く声でありながら、時空を軋ませ切り裂くような奇妙な力を持ち合わせているようにも感じられた。

 

 傍観者たる源吾郎をそっちのけで、二体の異形はぶつかり合い、互いを喰らい合おうとしている最中であった。複数の頭を持つ化鳥は羽毛をまき散らしながら鋭角の狼を突き殺さんとし、鋭角の狼は貪欲な顎でもって化鳥を噛み殺そうとしていた。

 姿同様、彼らの闘い方も異様な物だった。化鳥に胴体を貫かれそうになった狼の身体は何の前触れもなく二つに分かれた。いや、空間を切り裂いて化鳥の背後に移動していたのだ。化鳥の方も狼に幾つもの首を食いちぎられて食い荒らされたかと思うと、数秒を待たずして逆再生するがごとく元通りになってしまう。

 どうやら鋭角の狼は空間を切り裂いて移動する事ができ、複数の頭を持つ化鳥は自分と周囲の時間を巻き戻す事が出来るらしいのだ。

 異形かつ異能。この二体の闘いは、どちらが勝利するのかは解らない。しかしどちらも途方もない能力を持ち合わせており、それらがただ闘っているだけでも周囲に影響をもたらしているであろう事だけはぼんやりと解った。というか源吾郎も巻き込まれる恐れとてあるかもしれない。

 そんな事をぼんやりと思っている間に、ふと気配を感じた。この恐るべき闘いを見守っている存在が、源吾郎以外にもいる。その事にこの時源吾郎は気付いたのだった。

 それらは源吾郎や獣たちから離れた所に控えていたようだった。しかしそれでも彼らの姿はいやにはっきりと確認する事が出来た。

 中央には玉座や脇息のような物があり、その周りを取り囲むようにして何者かが踊り狂っているではないか。それがどういうジャンルの踊りかは源吾郎には解らない。人間たちの、いや地球上に住まう生き物たちが知っている踊りとは異なった物なのだ。解らないなりにも、源吾郎の脳裏にはそんな考えがおぼろに存在していた。

 何も持たず、或いはフルートや太鼓の類を持ちながら踊り狂う面々の姿そのものも奇怪なものだった。影や煙のような者もいれば、巨大な粘菌やスライムが立ち上がったような者もいる。獣のようでありつつも、無数の触手を具えているような者もいた。

 見た事もないような姿の面々ばかりだというのに、その中に見覚えのある者を源吾郎は見つけ出した。見つけ出してしまった。

 それは楽器を持たず、尖った口吻を開いて赤子のような啼き声をあげていた。

 それは四足の獣のようであり、その毛皮は闇を纏っているかのような銀黒色を呈していた。

 それの身体の後方からは触手のような物が伸びており、その数は確かに九本で――そこまで視認したとき、源吾郎の視界が明確に揺らいだ。自分が何かに咥え上げられ、持ち上げられて何処かに運ばれているようだった。

 源吾郎の襟首を咥え上げているのは大きな獣だった。銀白色の毛に覆われた太い前足が視界に入り込む。その獣は源吾郎を包み込むように、巨大な九尾を展開しているらしかった。

 相手が九尾様だと知って源吾郎は少しだけ安堵した。だから見てしまったのだ。円陣を組んで踊る異形たちの群れを。その中にいる黒い獣の顔を。獣の顔は嫌にのっぺりとしていたが、紅く光る物が源吾郎の瞳にはっきりと映った。それがやつの眼であると源吾郎は直感した。

 だが深く考えていたのはそこまでである。そこから先は闇が遠ざかり、そもそも意識の輪郭が薄れていったのだから。

 

「――はっ、はああっ」

 

 無意味に息を漏らしながら源吾郎は瞼を開いた。視界にまず映るのは見慣れた天井だった。橙色の常夜灯が部屋の中をぼんやりと照らしている。源吾郎は布団の中にいた。首をねじれば部屋の様子がある程度見える。鳥籠は部屋の隅に鎮座しており、中にいるはずのホップが動く様子はない。姿は見えないが、つぼ巣の中で寝ているのだろう。

 あれは夢だったんだな。一通り部屋の様子を確認してから、源吾郎は安堵の息を漏らした。先程まで見ていた夢の情景が、妙にありありと浮かんでくる。自分は宇宙の中にいて、異形の鳥と異形の狼の闘いを見つめていた。いや、異形はそれだけではなかった――

 そこまで思考を巡らせ、源吾郎は考えるのをやめた。片頭痛が起きた時のような痛みを抱いたからだ。部屋がひんやりしている事にこの時気付いた。布団の中はおのれの体温で暖まっているが、今は二月の初旬である。一番寒い時期ではないか。

 そう言えば今は何時くらいだろうか。源吾郎は手を伸ばし、布団の中でスマホを弄った。午前二時四十分だった。丑三つ時とは言い難いが完全に夜中である。

 妙な夢のせいで中途半端な時間に目覚めてしまったのだ。源吾郎はそう思い、今一度寝に入る事にした。

 今日は裏初午である。玉藻御前の末裔として、玉藻御前の末裔を名乗る狐たちとの顔合わせを果たすのだ。そんな大事なイベントが控えているのに、妙な夢の事を考えている場合では無かろう。

 源吾郎は眼を閉じて、静かにそんな風に考えていたのだった。

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