九尾の末裔なので最強を目指します   作:斑田猫蔵

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その集い 恋路もテストも兼ね備え

 入り口では受付係の妖狐が三名ほどスタンバイしており、会場に入る妖狐たちはそこで名刺を渡したり芳名帳に名前や所属を書いたりしていた。玉藻御前の末裔を名乗る妖狐たちの集まりという事で、その辺りはきっちりしているらしかった。

 本物たちではないにしろ、公式に認められた団体だから、参加者の身元確認もきちんと行っているのだろう。源吾郎はそんな事を思った。そして受付係も玉藻御前の末裔を名乗る妖狐なのか、或いは単なる職員でこの会合には無関係なのか、どうでも良い事だろうにそんな事がついつい気になってしまった。

 そんな事を思っているうちに、源吾郎の所属する雉鶏精一派一行の番となった。萩尾丸の重臣に当たる六尾の女狐を先頭に、受付に通るべく三列に並ぶ。年功の高い物や役職を持つ者が先頭に並び、役職のない一般社員や年功の浅い者は後ろに並ぶという編成だ。源吾郎は最後尾だった。一般社員、それも入社一年目であるから致し方ない。

 一行は芳名帳の記載ではなく、名刺を職員妖狐に渡すという事で受付を通る事にした。そちらの方がスムーズであるし、皆それぞれ名刺を持っていたからだ。

 というよりも、源吾郎はここで拓馬などと言った一般社員であっても、萩尾丸の部下であれば名刺を作ってもらっている事を知った。

 だが考えてみれば、萩尾丸の運営する組織は妖材派遣《じんざいはけん》である。社外の妖怪や人間との接触は避けられない事を思うと、名刺を全員に持たせるのはごく自然な事なのかもしれない。

 さてそうこうしているうちに、源吾郎が名刺を渡す番となった。受付係は両手で名刺を受け取り、源吾郎の顔と名刺とを交互に眺めていた。受付係の妖狐たちも、三尾ないし四尾のベテラン妖狐である事に、源吾郎はこの時気付いた。

 源吾郎自身、四尾としての妖気を保有しているためか、他妖の放つ妖気の圧に鈍感な所がある。もちろん、三國や萩尾丸といった大妖怪クラスの妖気は流石に感じ取る事は出来るのだが……そう言った所こそが、若妖狐たちから「ズレている」と言われる要因になるのかもしれない。

 

「島崎源吾郎さん、ですね」

 

 視線を名刺と源吾郎の顔の間を何往復もしていた受付妖狐が口を開く。そうです、と源吾郎は即座に頷いた。やっぱりこの狐《ひと》も俺の事を知っているんだ。源吾郎は単純に嬉しくなっていた。

 

「ええ、島崎さんの親族なら私も存じてますよ。噂には聞いていましたが、学者の()()()に生き写しですね。確かまだ執筆活動に余念がないとかで……」

 

 知ってるって()()()かい。源吾郎は心の中でツッコミを入れてしまった。

 どうせならば玉藻御前の真なる末裔、直系の曾孫である事について言及されたかった。しかし父も父で妖怪社会の中ではある程度知名度があるから、まぁ致し方ない事なのだけれど。

 そんな事を思っていると、まとめ役である六尾の女性妖狐から声を掛けられてしまった。源吾郎は受付の妖狐に今一度頭を下げ、小走り気味に歩を進めた。拓馬はニヤニヤしながらこちらを見ているし、穂谷先輩もちょっと困ったような笑みでもってこちらを眺めているではないか。

 

 裏初午の会合は、学校で行われる行事と異業種交流会をドッキングしたようなものなのだな。穂谷先輩の説明を聞きながら、源吾郎はそんな風に思った。すなわち、最初はお偉方の挨拶とありがたいお話が待ち構えており、その後は集まった妖狐たちの交流会へと変化する。これが主だった会合の流れだと穂谷先輩は教えてくれた。

 もっとも、時には賓客を招いた講演会や、悪事を働いた悪狐の公開処刑などと言ったイレギュラーなイベントをさしはさむ事もあるそうだ。その話を聞いて、源吾郎は米田さんとのデートの時に聞いた話を思い出していた。妖狐とナレギツネの相関関係。この事に関する演説も、穂谷先輩の言うイレギュラーな行事に該当するのだろう、と。

 

「むしろどちらかというと、交流会の方が若い狐《こ》たちにはメイン行事になるかもしれないね。特に島崎君は社会妖《しゃかいじん》になったばかりだから、研究センターの外部にいる妖狐たち、それも玉藻御前に関わる妖狐たちと仲良くなっておいて損は無いと思うんだ」

 

 素直に源吾郎が頷くや否や、すぐ傍で笑い声が沸き上がった。笑っていたのは若い女狐たちである。彼女らは若く、拓馬と同年代かそれよりもやや上、と言った塩梅だった。当然のように一尾ばかりである。

 

「穂谷先輩ってば本当に真面目ですねぇー」

「そうそう。うちらだって子供じゃあないんですし、交流って言って単なる名刺交換だけじゃあないんですよ」

「こらこら、稲田さんに飯村さん。あんまりはしゃがないの。島崎君は真面目な子だから、君らの言葉に戸惑ってるじゃないか」

 

 狐娘たちの名を呼んで、穂谷先輩は彼女たちを嗜めた。源吾郎は穂谷先輩が言うほど戸惑ってはいなかった。むしろ彼女らの意味深な言葉が気になってもいたのだ。単なる真面目な交流だけではない。という事は()()()()という事なのだろうか。しかし考えてみれば、ここは玉藻御前の末裔を名乗る者たちの会合である。本物の玉藻御前の気質や、妖狐たちがその末裔を騙っている事を鑑みれば、何か裏があっても何らおかしな話ではない。源吾郎はそう思い始めていた。

 

「ううむ、穂谷先輩。僕だって真面目ですけど、とはいえ単なる子供でも無いんです。なので、稲田先輩たちが仰っていた事、僕にも詳しく教えてくださいな」

 

 真面目な調子で源吾郎は伝えたのだが、隣にいる拓馬はニヤニヤしながら源吾郎の脇を突くのみだった。

 そうした後輩狐たちの様子に、呆れの眼差しを向けていた穂谷先輩であったが、それでも決心がついたらしく、口を開く。

 

「表向きは交流と品良く言ってはいるけれど、男女の妖狐が親しくなるための側面がある事もまた事実なんだ」

 

 真面目な気質はむしろ穂谷先輩がそうなのだろう。尻尾の毛を逆立て、冬場だというのに顔を赤くする穂谷先輩を見ながら、源吾郎はそう思った。

 

「純粋に仕事での妖脈を構築したり、気の合う仲間を探したりする妖狐ももちろんいるんだよ。だけど若い狐《こ》の中には、飯村さんたちみたいに集団見合いの一種だととらえる狐もいる事は事実さ。ああ、イマドキの言葉で言えば街コンとか、恋愛マッチングみたいな物かな」

 

 街コンなどはまだ縁遠い源吾郎ではあったが、穂谷先輩の伝えたい事は概ね理解できた。元より人間が行うお祭りの中にも、若い男女が懇意になる事を暗に狙ったようなものもあると聞いた事があるし。その辺は狐も人間も変わらぬという事であろう。

 穂谷先輩は尚も説明を続ける。

 

「半妖で、人間として暮らしてきた期間の長い島崎君にはピンとこないかもしれないけれど、キツネって今の時期が丁度恋の季節でしょ」

「その事は存じてます!」

 

 勢いごんで源吾郎は言い放ったが、それがどういう意図だったのか自分でも解らなかった。とはいえキツネの()()()が冬場であり、春に仔狐を産む事は源吾郎も知っている。繁殖期が定まっていない、というよりも年中繁殖期の人間とは確かに違う。

 

「もちろん、代を重ねた妖狐とかの場合は、動物のキツネと違って冬場だけ恋の季節になる……なんて事でもないけどね。でもやっぱり、獣の本能が僕たちにも残っているから、冬になると伴侶が欲しくなる妖狐も多くなるみたい。

 それに、動物のキツネから妖狐になった妖《ひと》たちは、僕らよりも獣の本能が強いしさ」

「獣の本能が、強い……」

 

 キツネから後天的に妖怪化した妖狐。獣の本能が強い。その言葉に源吾郎は心臓を波打たせた。米田さんにアプローチするチャンスを得た。そんな考えが脳裏に舞い降りてきたのだ。彼女はキツネから妖怪化した妖狐と言っていたではないか。夫となる男狐を求めていても何らおかしくはない。というか二度ほど源吾郎とデートしてくれているではないか。

 源吾郎の興奮は目に見えて明らかな物だったのだろう。拓馬を筆頭とした若い男女の妖狐は、笑いながら言葉を紡いでいったのだ。

 

「あははっ。そんな訳だから、島崎君も若い狐から声が掛けられるかもしれないね」

「そうそう、しかも妖力も多いし本当の玉藻御前の末裔だから、女の子にモテモテになるかもね」

「おいおい二人とも。そんな風に島崎君をからかったら可哀想だろ。こいつは実は米田さんに片想い中で、どうにか彼女をモノにしようと画策している最中なんだからさ」

「山代さん!」

 

 本当の事を言われ、源吾郎は思わず声を荒げた。拓馬たちはふざけたような笑みを浮かべ、穂谷先輩は困ったように肩をすくめた。

 もちろん、雉鶏精一派の妖狐たちは他にも十数名存在する。しかし彼らは源吾郎や拓馬たちよりも年長なので、若狐たちの騒ぎには介入などしない。せいぜい「お前ら羽目を外し過ぎるなよ」という念の籠った視線を投げかける程度だ。

 その視線に一番敏感なのは穂谷先輩である。彼は周囲を一瞥すると、軽く咳払いした。それだけで拓馬たちを含む一尾の妖狐は大人しくなった。一尾と二尾の力量差も、やはり絶対的なものなのだ。

 言い忘れていたけれど。穂谷先輩は先程よりもやや低いトーンで言葉を紡ぎ始める。

 

「この裏初午ではね、何年かに一度会員をふるい分けるテストが開かれるんだよね。不定期開催なんだけど、新規に玉藻御前の末裔を名乗る妖狐の力量を知るためだとか、長らく会員になってる妖狐たちがたるんでいないか確かめるためだとも言われているんだよね。

 ただ今回は、そのテストが行われると僕は思うんだ」

 

 穂谷先輩は源吾郎を真っすぐ見据え、言葉を続ける。拓馬たちはもはや無言だ。緊張した様子で、源吾郎や穂谷先輩を見つめているのが解った。

 

「そして島崎君。君は新参妖狐に該当するでしょ。しかも玉藻御前の末裔で……半妖ながらも実力面でも有望と見做されるだろうし。テストが開催されて、それに君が参加するであろう事はほぼほぼ確定事項だろうね」

 

 断定するかのような穂谷の言葉に、源吾郎は頷く事も忘れて聞き入っていた。その額に浮かぶ汗は、緊張の汗そのものだった。

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