九尾の末裔なので最強を目指します   作:斑田猫蔵

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九尾の末裔、大いに注目される

 やっぱりこうなってしまうのか。壇上に呼び出された源吾郎は、興奮と緊張で尻尾の先まで固まってしまった。

 裏初午主催者である、お偉い妖狐からのありがたいお言葉が終わるや否や、会合初参加の妖狐たちの名が読み上げられ、新たな仲間という事でお披露目される形となったのだ。

 新たな仲間たちは、八割がたが百歳未満の若狐だった。だが中には、数百歳生きたであろう年かさの妖狐もチラホラと見受けられる。新たな仲間という事であるから、自分のような若狐ばかりかと思っていたので、源吾郎は少し不思議な気持ちになってもいた。

 だが悠長に不思議がっている場合でもない。壇上に登った源吾郎の心はそのまま緊張に塗りつぶされてしまった。横に並ぶ若狐たちが抱く緊張が伝染したのかもしれない。しかも一緒に紹介される新しい仲間の顔触れは、皆ことごとく面識のない妖狐たちだった。

 その上、席に座る妖狐たちからの視線が、情け容赦なく源吾郎たちに注がれている。その眼差しは必ずしも暖かな物とは言い切れず、好奇の眼差しであったりこちらを値踏みするような色が滲んでいたりしたのだ。友好的な眼差しなどは殆ど無かった。

 何を緊張しているんだ俺は。元々演劇部として活躍していたのではないか。そんな風におのれを鼓舞している間に、他の妖狐たちの自己紹介は終わっていた。順番として、源吾郎の自己紹介は最後になっていた。これは源吾郎が新参者の中でも最年少だった事と、ついで真なる九尾の末裔だったからという事が絡み合った結果なのかもしれない。

 

「はい、それでは最後の方は島崎源吾郎さんです」

 

 初めまして。そう言おうとした源吾郎であったが、司会進行役の妖狐(彼も玉藻御前の末裔を名乗っていた)の言葉はそこでは終わらなかった。

 

「ご存じの方もいらっしゃるかもしれませんが、島崎さんは本物、要は真なる玉藻御前の末裔でございます。そうですね、毎度主賓としてご参加して下さっている桐谷苅藻様・いちか様ご兄妹の甥にあたりまして、玉藻御前の直系の曾孫に当たるお方になります。

 元々はご両親――しかもお父上は人間ですからね――の意向によって人間として暮らしていたそうなのですが、高校卒業を機にこちらの世界に足を踏み入れたようですね」

 

 司会進行役の長広舌は何処までも続くような気がしてならなかった。だがそれでも終わった。何処からともなく咳払いが聞こえたからだ。音源の方に、源吾郎は何とはなしに視線を向ける。その妖狐は老婦人の姿をしていた。

 マイクを握っていた司会進行役は一瞬硬直し、気まずそうな表情を浮かべていた。

 

「――失礼しました。私とした事がついつい話が長くなってしまいましたね。それでは島崎さん、どうぞ」

 

 マイクを渡された源吾郎は、一歩ばかり前に進み出た。他の、既に自己紹介を済ませた妖狐たちと同じように。しかし群衆の様子は他の妖狐たちの時とは違っていた。

 

「あいつか、あいつが本物の玉藻御前の末裔なのだな」

「桐谷兄妹の甥と聞いているが……確かに妖気や仕草は似ている気もする」

「見た目は人間の父親に似たらしいぞ」

「だろうなぁ。若狐が狐姿に戻っているというのに、彼は人型を保っているじゃないか。妖狐も人間の血が混ざると極端に人間に近付くから無理からぬ話か」

「だがあの妖気とあの四尾は、人間由来とは無関係だろうに」

「苅藻兄さん、やっぱり皆源吾郎の事をめっちゃ注目してるみたいよ」

「そらそうだろうなぁ……」

 

 小声ながらも、群衆は思い思いの事をてんでに口にしていた。幸か不幸か苅藻やいちかの呟きも源吾郎は耳にする事が出来た。

 玉藻御前の末裔として注目され、そして自分たちとは違う事を露わにされようとしている。その事による圧を、源吾郎はこの時確かに感じ取っていた。

 源吾郎はマイクを握りしめ、自己紹介を始めた。

 

 自分の席に戻った源吾郎は、半ば倒れ込むように椅子に腰を下ろした。隣席の拓馬が首を伸ばし、「お疲れ様」と労ってくれた。

 

「どないしたんや島崎君。さっきは堂々と自己紹介をしてたって言うのに、今は干物になりそうなくらい疲れ切ってるじゃないか」

「だって皆、俺の事めっちゃ注目してくるんだもん。そりゃあ疲れるよ」

 

 おどけたように問いかける拓馬に対し、源吾郎は力なく微笑んだ。先程は妖狐たちのひそひそ話が気になった源吾郎であるが、その辺りが許容されているのがありがたいと思い直していた。

 

「山代君だって自己紹介した時の事を思い出してごらんよ。きっと緊張していたはずだぜ」

「結構前の事だから忘れたよ。というか、俺は本当に凡狐だから、それほど注目されたわけでもないし」

 

 拓馬はそう言って、縮めていた一尾を持ち上げる。持ち上がった一尾はすぐにクタリと下に落ちた。

 自己紹介の折に、妖狐たちが必要以上にこちらに注目していた。これは確かに源吾郎が緊張した要因の一つである。しかしもう一つ、疲れる要因があった。

 それは壇上に上がっていた妖狐たち、言うなれば新しい仲間たちの源吾郎へ見せた態度。それもまた源吾郎の神経を緊張させ、精神を疲労させたものだったのだ。

 仲間などと言う柔らかく優しげな言葉を使ってはいたものの、彼らの源吾郎への態度は友好的な物なのでは断じてなかった。

 一尾の若妖狐たちはまだ良い。彼らは源吾郎の妖力の多さに委縮していただけなのだから。畏怖の念はあっても嫌悪や敵意の念は、少なくとも彼らからは感じられなかった。

 問題は年かさの妖狐たちの方である。彼らも彼らで、あからさまに敵意をむき出しにして源吾郎に接してきたわけでは無い。むしろ口調は丁寧で、源吾郎に向ける顔には笑みすら浮かんでいた――表面上は。

 だがそれでも、笑みの仮面の裏に押し隠した感情に、源吾郎は気付いてしまったのだ。もしかしたら、向こうも向こうで隠すつもりなどはじめからなかったのかもしれないが。

 

「まぁ島崎君。これもある種の通過儀礼なんだ」

 

 ひょいとこちらを向いて、そう言ってくれたのは穂谷先輩だった。彼は心底親しげな笑みを浮かべてはいる。しかしそれは、雉鶏精一派の一員として源吾郎の事を知っているからに過ぎない。そんな考えが脳裏をよぎってしまった。

 

「今日一日はしんどいかもしれない。だけどこれを通り抜ければ、君も僕らの仲間として迎え入れられるんだから、ね」

「はい。励ましてくれてありがとうございます」

 

 穂谷先輩の優しい言葉に、源吾郎はほんの少しだが元気づけられた。何のかんの言いつつも、源吾郎は素朴で単純な思考回路の持ち主なのだ。

 そうこうしているうちに、十分の小休憩が入るというアナウンスが会場内に流れた。穂谷先輩の言う通り、会員たちの力量を測るテストは実施されるらしい。参加者の選抜や組み分けについては休憩後に発表されるとの事だった。

 なお、先程自己紹介を行った新参者たちは全員参加であると前もって伝えられた。テストが何なのかは定かではないが、意気込まねばならぬ。休憩のアナウンスを耳にした直後ではあるが、源吾郎は軽く意気込んでいた。

 

 小休憩の最中。手洗いを済ませた源吾郎は、自席に戻るべく元来た道を進んでいた。その源吾郎の歩みが唐突に止まる。進む先に落とし物があるのを見つけたからだ。落ちていたのはハンカチのようだった。

 四つ折りのまま落ちていたハンカチを反射的に拾い上げる。

 ハンカチと言えども、源吾郎が普段使っている物とは全く別物である事は明白だった。元より千代紙のような繊細で色鮮やかなハンカチだと思っていたが、手触りからして普段使っている物とは違う。シルクとかそう言う奴ではないか……源吾郎はハンカチを握りしめないように、そして落とさないように気を付けながら手にした。

 もちろんこれは落とし物として、運営の妖狐に届け出るつもりである。参加者だけではなくて運営サイドの妖狐たちもこの会場にいる。彼らにこれを預ければ、裏初午が終わるころにはきちんと持ち主の元に届くだろう。そのように思っての事だった。

 

「……拾ったようだな」

「ちゃんと気付いたみたいだね、これは」

「……?」

 

 一瞬であるが、遠くで笑い交じりの囁き声が聞こえてきた。誰かが見ていたのだろうか。まさかネコババするとでも思われたのだろうか。少し不安になった源吾郎であるが、声のした方を振り返ってみても特に誰もいなかった。

 気のせいだったのかな。そう思い直し、源吾郎は運営妖狐を探す事にした。

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