九尾の末裔なので最強を目指します   作:斑田猫蔵

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野狐三尾は半妖に語る

 試験会場は屋外に位置しており、和風庭園よろしく木々が植わり小山らしい物もあった。遠方には橋の欄干が見えたから、小川や池すらあるのかもしれない。随分と大掛かりな施設である。やはり玉藻御前の末裔を名乗る団体の規模が大きいという事なのだろうか。それとも、そのように見せかけているだけで、全ては幻術に過ぎないのかもしれない。

 

「どうした源吾郎。ぼーっとしてるみたいだが」

 

 隣から声が投げかけられ、源吾郎は弾かれたようにそちらを向いた。いつの間にか並んで歩いている三尾の妖狐・北斗が胡散臭そうな表情でこちらを眺めている。北斗は浅黒い肌と精悍で少し粗暴そうな雰囲気の持ち主であった。妖狐というよりも山犬や狼の妖怪と言った方がしっくりくるほどに。それでいて腰から生える三尾は淡い金色から白銀の、優美で繊細な毛並みを誇っている。

 ぼーっとなどしていませんでした。いや、仰る通り考え事をしていたのです。相反する返答が脳内で渦巻く中で、北斗は言葉を続ける。

 

「全く、テストと言えどもいつ誰が襲ってくるか解らん状況下なんだぞ。ぼんやりして俺らの足許を引っ張るんじゃねえぞ、半妖のお坊ちゃま」

「すみません、北斗先輩」

「ま、俺はあんたの先輩になったつもりは無いんだけどな」

 

 そんな風に言いつつも、内心は満更でも無いのだろう。北斗の顔が笑みで緩むのを源吾郎は見逃さなかった。何かと源吾郎を半妖だの芋臭いガキだのと言ってはばからぬ手合いではあるが、根はそんなに悪辣では無いのかもしれない。源吾郎はそんな風に彼の事を思っていた。

 

「それはそうと、他の班の妖狐たちの玉を奪うんじゃあなくて、まずは隠されている玉を探す方にシフトするとはな。我らがリーダーは何とも穏健な判断を下したもんだ。なぁ、米田のおひいさんよぉ!」

 

 馴れ馴れしく気安い北斗の言葉に、源吾郎はぐっと眉根を寄せた。北斗の言動が他の妖狐に較べて粗暴で何処か馴れ馴れしい事は既に解っている。しかし、米田さんに対してそんな言動を行っているのを見聞きしていると心の表面が波立って仕方がなかった。何でだ。何であんたは俺の米田さんにそんな気軽な口を利いているのだ――と。不快感の正体は嫉妬と憤怒だったのだ。

 米田さんは一度だけ振り返り、北斗を一瞥してから口を開いた。その時にはもう前を向いていたし、先を進む足取りにも迷いはない。

 

「他のチームも似たような判断を下しているから、別に私が特別穏健だという訳ではないと思うわ。

 まぁそれに、今回は他の妖狐たちと相争う気分ではないって言う、個人的な理由もあるんですけれど」

 

 源吾郎の位置では米田さんの背中しか見えない。しかし、この時彼女が微笑んだように源吾郎には思えてならなかった。

 北斗は興味深そうに唸り、頬を撫でながら言葉を続ける。

 

「気分ではない、か。おひいさん。あんたの口からまさかそんな言葉が出てくるとはねぇ。米田玲香は冷静で冷徹な傭兵で、それこそ鉄の乙女ともあだ名されている事くらい、俺とて知ってるよ。

 なぁあんた。もしかしたら一緒の班になった仔狐に気兼ねして――」

「私がどう思っているのか、そんなに気になるの?」

 

 米田さんはここで歩を止めて、ご丁寧にも振り返って北斗の方を向いた。立ち止まってから振り返るまでの動きが、源吾郎の目にはひどくゆっくりとしたものに見えた。だがそれは、ある意味源吾郎にとっては僥倖だった。彼女の尻尾がピクリと跳ね上がる所や後ろで束ねた金髪が揺れる所、そして美しい横顔をじっくりと眺める事が出来たのだから。

 もっとも、向き直った米田さんが浮かべる表情には、さしもの源吾郎も尻尾の毛を逆立てる他なかったが。

 

「北斗さん。あなたは島崎君の事をこの私がどう思っているのか、それが気になるだけでしょう。そうね、彼とは面識がある事には変わりないわ。お互い阪神地区で働いているし、何より彼の叔父である桐谷苅藻さんに師事していた事もあるからね」

「かつて仕えていた師匠の甥だったら、そりゃあ可愛くもなるわな。さしずめ弟みたいな存在ってやつかねぇ」

「別にそういう事でもありませんけれど」

 

 北斗の軽口に対し、米田さんはため息をつきつつ応じる。先程の冷徹な表情が揺らいでいるように思えるのは気のせいだろうか。

 

「それにね北斗さん。私は弟なんてものはもう欲しくないの」

 

 そうだったんですか。北斗と米田さんの奇妙な問答は、ここでどうにか終わったようだった。米田さんの隣にいた半妖狐の江田島が大きなため息をつく。

 

「班分けのチーム編成は僕たちではどうにもならない事は知っていましたけれど、まさかここまで自己主張の強い方ばかり集まるとは思っていませんでしたよ」

 

 そう言う江田島先輩も自己主張強そうなんだけどな。源吾郎はそう思ったが、空気を読んで何も言わなかった。

 

 いつの間にか、二手に分かれて玉を探すという方法に我らが第六班はシフトしていた。班員が四名いるから別にそうなっても構わない。そう思っていた源吾郎であるが、いざ二手に分かれてみると何とも言えない気持ちに襲われた。端的に言って憂鬱な気分さえ覆いかぶさってきた。

 その理由はどうという事はない。組んだ相手が北斗だったからだ。いや違う。本当のことを言えば――米田さんと組めなかったのが残念でならなかったのだ。二尾の米田さんは一尾の半妖である江田島と組み、源吾郎たちとは別の方角に進んで玉を探し始めているのだ。

 

「北斗さん、本当にこの組み合わせで良かったんですかね」

「良かったも何も、もうニコイチになった所なんだからしゃあないだろう」

 

 にべもなく北斗はそう言ったかと思うと、ふいにその顔に笑みを浮かべて言い足した。

 

「――向こうは一尾の半妖と二尾だから心配なんだな? だが安心しろ。米田さんだけじゃあなくて、江田島のやつもああ見えて中々の手練れみたいだから、あの二人でも心配は無かろう」

 

 それにだな。源吾郎が言い募る前に北斗は笑顔のまま言葉を紡いだ。

 

「実を言えば、俺もお前には色々と話したい事があったんだ。だからそう言う意味ではこの組み合わせは良かったと思っている」

 

 色々と話したい事。北斗のこの言葉に源吾郎は尻尾の毛を逆立てた。これまでの彼の態度からして、友好的な内容ではないだろうと察していたからだ。さりとて、半妖である事についてあれこれほじくり返す訳でも無かろう。そうなれば話題は限られてくる。

 

「北斗先輩も、米田さんの事を狙ってらっしゃるんですよね?」

 

 もう少し探りを入れつつ問いかけようと思っていたのに、口から出てきたのは極めて直截的な言葉だった。しかも北斗は無言を貫いている。腹の中に抱えている物を吐き出せと言わんばかりに。

 

「そう言えば、米田さんに俺の事をどう思っているか敢えて聞き出そうとしてましたもんね。それって北斗先輩も米田さんの事が――」

 

 いの一番に出てくる言葉がそれかい。源吾郎の言葉を遮った北斗は、大口を開けて笑い始めた。可笑しくて笑っているというよりも、何処か皮肉げな雰囲気が漂っているのは気のせいでは無かろう。

 

「第六班として俺たちが集まった時から薄々察してはいたが、まさかお前がそこまで色ボケたガキだとは思わなんだ。確かに今はキツネにとっての恋の季節にゃあ変わりないが、やっぱり人間様の血を引いた半妖って事なんだな」

 

 人間の血を引く。この言葉を聞いて源吾郎は渋い表情を浮かべた。裏初午に参加してからというもの、普段とは異なり半妖である事を他の狐たちに指摘されてばかりである。その上北斗は人間を、年中色欲に取り憑かれた浅ましい存在であると言外に告げたようなものだった。

 その事に源吾郎は軽く衝撃を受け、そして衝撃を受けている自分自身に対して驚いてもいた。その身に流れる人間の血の事など忘れて妖狐として振舞っているというのに。しかも先祖たる玉藻御前は、淫蕩な女狐だったとされているではないか。その直系の子孫たる自分が、単なる野狐に色ボケ小僧と呼ばれて戸惑う必要などないはずなのに。

 そんな事をつらつらと思っていると、北斗の表情がにわかに緩んだ。からかった子供が戸惑うのを目の当たりにし、慌ててフォローするような表情だった。

 

「安心しろ源吾郎。別に俺は米田さんを狙ってなんぞいないからな。そもそも俺にはもう女房がいるんだよ。気立ての良い、家庭的な女狐さ」

 

 それにな。北斗はじろりと目を動かし、源吾郎の顔をじぃっと覗き込んだ。

 

「米田さんみたいな娘は俺の好みじゃない。確かに美人で頭の切れる娘かもしれんが、家庭的な温かみが感じられんからな」

 

 そんな……源吾郎は反論しようとし、ここで思いとどまって口をつぐんだ。女性が家庭的であるべし、という時代錯誤的な考えを、まさか妖狐から聞くとは予想外だった。源吾郎の中では、妖怪たちの方こそ男女の役割に縛られない存在であると思っていた。

 雉鶏精一派などは、幹部職を含む役職に就くにあたり、性別による制限は特に見当たらない。男女の別なく有能で強ければ役職に就けるという風潮である事は明らかだった。何せ雉仙女の紅藤は、研究センターの長であり、尚且つ第二幹部という重役中の重役なのだから。他の女妖怪たちだって、有能であれば重要なポストについていたし、上層部からも珍重されている。妖怪社会全体がそういう物だと思っていたのだが、実はそうでも無かったという事なのだろうか。

 そして米田さんが家庭的な雰囲気を持たぬという事についてである。これについては源吾郎は特段問題視していなかった。その時は源吾郎が家庭的な雰囲気とやらを作り出せば良いと思っていたためだ。幸い源吾郎は料理の心得もあるし、家事もある程度は覚えている。苦手な所は互いに補い合えば良いのだと源吾郎は思っていた。

 

「だがまぁ、確かに米田さんに惚れ込んでしまう男狐は多いみたいだぜ? もっとも、その裏で彼女をモノに出来ずに涙ぐむ連中が大勢いたって事になるけどな」

 

 お前みたいな野暮な半妖の仔狐じゃあ釣り合う相手ではない。そんな事をわざわざ伝えたいのだろうか。源吾郎の眼差しは、いつしかじっとりとしたものを孕み始めていた。

 とはいえ北斗もその事に気付いたらしい。またしても頬を緩ませふっと笑い、静かな調子で言葉を紡ぎ始めた。

 

「ああすまんすまん。この話はこれくらいにしておこうか。すまんな源吾郎。お前さんも初参加だから気が立っているんだろうけれど、それは実は俺にも当てはまる事だったんだよ。

 何せ俺も玉藻御前の末裔を名乗る公式な集まりに参加するのは今年が初めてだし、しかも第六班の面々は、俺以外全員良い所の子女ばかりなんだからさ」

「北斗先輩以外、全員が良い所の子女、ですか……」

 

 源吾郎は目を丸くして北斗の言葉を反芻する。その様子を眺めながら、北斗は言い足した。

 

「ああそうだよ源吾郎。何せお前さんは玉藻御前の直系の曾孫で、江田島君は広島のおさん狐の子孫だろう。そして米田さんを引き取った米田家は、稲荷に仕える妖狐を輩出するという事で有名な家なんだよ」

 

 米田さんが、米田家が稲荷に仕える妖狐を輩出する名家だって……? 思いがけぬ北斗の言葉に、源吾郎はただただ当惑するのみだった。

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