九尾の末裔なので最強を目指します   作:斑田猫蔵

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若狐 思わぬえにしに瞠目す

「米田さんってお嬢様だったんですね。しかも、稲荷の遣いを輩出する一族に関りがあったなんて……」

 

 北斗の話を一通り聞き終えた源吾郎の唇から、思っていた事がまろび出た。普通のホンドギツネが妖怪化して妖狐となり、妖狐の一族に引き取られて育てられた。米田さんの出自についてはその程度しか知らなかった。だからこそ、北斗の話は源吾郎に大きな驚きと戸惑いをもたらしたのである。

 だがそれが本当の話なのか、実の所半信半疑でもあった。

 そんな源吾郎の気持ちが伝わったのだろう。見つめられていた北斗は、軽く首をかしげて微笑んだ。

 

「ま、俺も彼女の事を詳しく知っている訳じゃあない。だが、米田家と言えば稲荷の眷属を輩出する一族って事でちと有名だっただけでな」

「だけど僕、その事も知りませんでした」

 

 悔しさを滲ませながら呟くと、北斗は笑みを一層深めた。先程までとは異なり、嫌味な雰囲気は感じられない笑顔だ。

 

「言うて源吾郎も少し前に高校を出て社会妖《しゃかいじん》になったばかりだろう? しかも親の方針で人間として育てられて、就職してからも上司たちから丁重に扱われているんだろうからさ……そんな状態で、すぐに外の社会の事なんざ知り尽くすなんて難しいさ」

「……」

 

 北斗の言葉に源吾郎は視線を彷徨わせる。就職先で、研究センターで丁重に扱われている。その言葉が何故か心に引っかかった。

 だがその事を悠長に考えている暇は与えられなかった。北斗が両の手のひらを打ち鳴らし、源吾郎の注意をこちらに向けたためだ。

 

「ま、米田のおひいさまの事はこれぐらいにしておこうや。何も俺だって、興味のない小娘の話を延々とやりたい訳じゃあないからな。そんな訳で本題に入らせてもらうぜ」

 

 本題。その言葉を前に源吾郎は居住まいを正した。北斗の瞳孔がすぼまり、獣の瞳になったのを見届けたからだ。

 

()()()()という店があったのは知ってるな?」

「……? え、はい。知って、ます」

 

 思いがけぬ単語が飛び出してきた事に面食らいつつも、源吾郎は頷いた。北斗は小さく頷いていたが、特段驚いた素振りは見せていない。想定内だと言わんばかりの表情がその面に浮かんでいる。

 

「その店でサヨコと名乗る女妖狐が働いていたんだが、その女の事もあんたなら知ってるだろう?」

「…………」

 

 北斗の次なる問いかけに、源吾郎は思わず口をつぐんだ。サヨコの事はもちろん知っている。というよりも今しがた思い出した所だ。ぱらいそ摘発という仰々しい事件と、苦々しい思いと共に。

 何も言えぬままに、源吾郎は北斗の顔を凝視するのみだ。だが北斗にはそれで充分こちらの意図は伝わったらしい。涼しい顔のまま彼は言葉を続けた。

 

「サヨコはな、あの女は俺のお袋なんだ」

「彼女が北斗先輩の母君ですって!」

 

 思いがけぬカミングアウトに、源吾郎は堪えかねて声を上げた。ぱらいその件がまずここで持ち上がる事自体に驚いていた。それに何より、目の前にいる精悍な妖狐の男が、あのサヨコの息子だなんて。

 

「サヨコさんですか。僕も彼女とは面識はありますよ。ですが、てっきりサヨコさんは北斗先輩の妹さんか姪っ子かと思っておりました」

 

 そんな訳あるかい。北斗は大口を開けて笑い、源吾郎の肩を拳で小突いた。源吾郎は北斗のなすがままに小突かれた。攻撃などではなく、男子中学生がじゃれ合うようなノリだったためだ。

 そのまま小突かれ、しかも腹を立てる素振りを見せぬ源吾郎の姿を前に、北斗はにわかに真面目な表情を作っていた。

 

「ああ、悪い。お袋の事を妹さんですか、なんて真顔で言われるから俺もついつい驚いちまったよ。俺にとってはお袋はお袋だし、ましてやあからさまに()()()()()になっちまってるからなぁ」

 

 源吾郎は神妙な面持ちで北斗の言葉に耳を傾けていた。その表情に何か察したらしく、北斗は言葉を続ける。

 

「ああそうか。変化した姿の方がイメージに残っているから、お前さんもお袋が若い狐娘だと思い込んだんだな。成程、成程。それなら筋が通るぜ」

 

 北斗は一人合点したかのように話し、そして自分で頷いている。サヨコの姿について、清楚で可憐な少女の姿として記憶していたのだと源吾郎はこの時悟った。連行されるときに脂の抜けきった古狐の姿に戻っていたのだが、その時の姿は北斗に指摘されるまで忘れていた。苦い思い出の一端という事で、意図的に忘れていたのかもしれない。

 

「ま、ある程度力を付けた妖狐は変化の術も使えるようになるからな。見てくれの姿は多少役に立つが、それが本質であるとも限らねえ。そうだろう?」

「ええ、ええ。全くもってその通りです」

 

 源吾郎の頷きは本心からの物だった。変化術が如何なるものであるかについては、若狐ながらもよくよく知っていると自負しているためだ。実際に変化術の恩恵を受けている節さえ源吾郎にはあった。何せ可憐な少女に変化して、おのれの正体を押し隠して女子たちの様子を観察する事すらあったのだから。

 性別――肉体的のみならず性自認的にもだ――をも偽る源吾郎の変化術を思えば、北斗の母の変化術はまだまだ清廉で誠実な物であろう。古狐とはいえ彼女は女なのだから。

 北斗の顔を盗み見、源吾郎はそっとため息をついた。彼の顔を眺めているうちに、サヨコの面影を見出したような気がしたためである。

 全部ご存じだったんですね。ため息の後に出てきた言葉には、はっきりとした諦観が滲んでいた。

 

「それにしても世間とは狭い物なのですね。裏初午という事で、多くの妖狐たちが各地から集まっていたと思っていたのですが、まさかサヨコさんの息子さんにお会いするとは……」

 

 繰り言めいた言葉を途中で切り上げ、意を決して北斗の顔を正面から見据える。

 

「北斗さん。やはり僕の事を恨んでおいでなのでしょうか。サヨコさんが働いていたお店は後ろ暗い事を行っていた事には変わりありません。ですがその摘発に、僕も関わっていた訳ですし」

 

 源吾郎の声は途中からしりすぼみになり、それと共に視線もふらつき始めていた。対外的には、源吾郎は桐谷苅藻の命を受けてぱらいそに潜入し、自警団の摘発を手伝ったという事になっている。大雑把に言えばサヨコが摘発されるきっかけをもたらしたような存在なのだ。

 その源吾郎に対し、息子である北斗が恨みつらみを抱いていても何らおかしくない。むしろ身内だから思う所はあるだろう。源吾郎はそんな風に考えていた。そしてその感情の暴発を源吾郎は受け止めるべきなのだ、と。

 北斗はしかし、源吾郎の問いかけを前にしても感情の揺らぎは見せなかった。さも不思議そうに目を丸くし、それから顔をほころばせて笑った。源吾郎の言わんとしている事を読み取り、その上で笑い飛ばしているのだ。

 

「はははっ。元より悪事を働いたのはお袋の方だというのに、妙な所で気を回すんだな源吾郎。安心しろ。俺は別にお袋の件でお前を恨んでいるとか、そう言う意味で思う所は特に無いさ。さっきも言ったとおり、マトモじゃあない仕事でお袋が生計を立てていたと俺も思っているし、そもそもお袋にべったりという訳でもないからさ」

 

 元々お袋と一緒に暮らしていたのは、仔狐だった頃の数十年だけだ。北斗はあけすけな笑みと共に言い放ち、源吾郎はますます当惑したような笑みを浮かべるのみだった。

 母親と一緒にいた数十年というのは、この場では短いひとときだったと解釈して問題は無いだろう。北斗は人間でも半妖でもなく、純血の妖狐である。既に二百歳以上生きている大人妖狐であるから、そう言う意味でも母と一緒にいたのは幼少期から少年期の限られた時期だけという事になるのだろう。もっとも、彼は親の代から野良妖怪であるらしいから、そうした境遇もさほど珍しくは無いのだろうけれど。

 だけどな源吾郎。北斗は笑顔のまま源吾郎を見据えて囁く。笑顔には違いないが、何処か含みのある笑みだった。

 

「実はこの前、収監されているお袋の許に面会に向かったんだよ。何のかんの言ってもお袋は俺の母親だからな。それでその時に、お前さんの話をお袋から聞かされたって寸法さ」

 

 北斗はそこで一旦言葉を切った。余裕たっぷりの笑みを浮かべていたはずの彼の顔には、何故か気恥しそうなものが浮かんでいるではないか。

 

「源吾郎。お袋はな、お前さんの事を良い男だと評していたんだ。演技だか何だか俺には解らんが、お袋の前で男気を魅せたんだってな? そこにまぁ……お袋は感心したというか、ちょっとよろめきもしたらしいんだよ」

 

 サヨコがあの後源吾郎に対してどのような評価を下していたのか。北斗の話を聞いているうちに、源吾郎は頬が引きつるのを感じていた。そんな表情をするのは失礼かもしれない。そんな考えも浮かびはしたが、次の瞬間には綺麗に霧散した。語り手である北斗自身も、何とも言い難い渋い表情を浮かべていたからだ。

 

「お前の気持ちは解るよ源吾郎。お袋が良い歳の古狐だって事で戸惑っているんだろう。俺も若干戸惑ったし、正直な所呆れちまった所もあるよ。息子どころか孫か曾孫くらいの年齢差があるんだからさ……職業柄、仔狐みたいな若狐と接する機会はあったとしても、な」

「孫とか曾孫ですか……ま、まぁでも、僕たち妖怪のカップルって歳の差が大きい事もあるでしょうし……」

 

 戸惑っていた源吾郎であるが、その口から飛び出してきたのはサヨコの気持ちをフォローするような文言だった。もちろん、サヨコが古狐で、息子どころか孫や曾孫さえいるかもしれないという情報には大いに驚いてはいる。

 しかしその一方で、歳の差カップルについてはそれほど驚かなくても良いと源吾郎は思ってもいた。両親も母方の祖父母も純然たる歳の差カップルだったからだ。特に祖母などは、五、六百年以上独身を護っていた事にもなる。長命な妖怪と言えども、五百年も生きていれば大勢の子孫を設けていてもおかしくはない訳であるし。

 

「何だ。ぼんやりしたお坊ちゃまかと思っていたが、中々物分かりの良い所もあるんだな」

「お坊ちゃま育ちって事は否定できないのが悔しい所です。末っ子だったので、身内からは仔狐扱いされてますし」

「まぁしかし、悪いやつじゃあないって事は少なくとも俺にも解るぜ。ははは、さっきまでは突き放したような態度を取って悪かったな。()()()()()()連中ばかりだったから、どうにも俺も心がざわついちまったみたいだし」

「別に僕は大丈夫ですよ。元々からして半妖ですし、先祖を思えばそれこそ毛並みの良い妖怪の一人になるのでしょうから」

 

 自分が暗に玉藻御前の真なる末裔である事を口にした訳であるが、それが嫌味と捉えられはしなかっただろうか。源吾郎は少し気になりはしたが、北斗はただただ穏やかに微笑むだけだった。

 もしかすると、北斗が伴侶に家庭的な女性を求めるのは、親兄弟との関係が影響しているのかもしれない。北斗に妻がいる事を思い出した源吾郎は、芋づる式にそんな考えを巡らせていた。

 

 江田島や米田さんの班と合流するにはまだ時間がある。源吾郎は北斗と共に会場内を巡回していたのだが、玉は幾つか集める事が出来た。

 玉を集めたと言っても、他の参加者から奪ったものではない。会場の何処かに隠されていた物を見つけ出しただけだ。隠されていると言っても木の根元に転がっているとかそんな単純なものではない。認識阻害の術を掛けられたうえで土中に埋められていたり、五、六メートルの高さの大樹の枝にぶら下げられていたりしたものだった。

 一尾程度の若狐ならば取る事を断念するような場所にある物たちであったが、源吾郎と北斗は協力してそうした玉を手に入れる事が出来た。変化術よりも劣るものの、妖術の行使は源吾郎の得意分野である。しかも妖力の保有量も多いため、多少粗があっても望む結果を得る事が出来たのだ。

 また、北斗も二百年以上生きた妖狐という事で経験も妖術も豊富である。源吾郎の術を補佐したり、逆に北斗が率先して玉を得るのを源吾郎が補佐したりと、ごく自然に連携を取った動きとなっていた。

 

「ふむ。源吾郎、やっぱりお前さんは妖術の心得があるみたいだな。半妖と言えどもここまでできるとは大したものだぜ」

「ありがとうございます、北斗さん」

 

 手に入れた玉の二つ三つを源吾郎に渡しつつ、北斗は素直に源吾郎の事を褒めた。褒められるのは確かに気分が良い。だが今は嬉しさよりも気恥ずかしさの方が先立ってしまった。研究センターで、散々未熟者だとか若狐だと言われている癖が表出してしまったのかもしれない。

 

「まぁ、流石に空を飛んだり身体を浮かせる術は会得していないので、高い所にある玉は狐火で撃ち落とすか、結界を使って上によじ登っていくしかないんですけどね」

「そもそも普通の野狐でも宙に浮く術を会得している奴は少ないからなぁ。というか結界を踏み台代わりに使うなんて、中々発想が面白いな」

 

 気付けば源吾郎と北斗は幾つもの玉をぶら下げながら妖術の話に花を咲かせていた。北斗は妖術に特化した妖狐ではないものの、長く生きているので色々な術を知っている。そんな彼をもってしても、源吾郎の操る妖術は興味を惹くものだったらしい。

 そして源吾郎の妖術が、妖狐たちの間をもってしても奇抜だと思われるのは、やはり日頃の戦闘訓練の影響が大きかった。この最近は、戦闘訓練の相手としてあてがわれるのは雪羽ばかりである。喧嘩慣れ戦闘慣れした雷獣とやり合うには、やはり同族の妖狐とやり合うのとは違った戦略を取らねばならない。雪羽は苦も無く宙を舞い、上空から襲撃する事すらやってのけるのだから。

 そうした妖術談義も終盤を迎えた頃、源吾郎たちの斜め前にある茂みがもぞもぞと動き、一人の妖狐が飛び出してきた。若い娘に変化した女妖狐である。見慣れぬ顔である。彼女は勢いよく飛び出してきたように思えたのだが、源吾郎たちの前でひざを折り、腹を抱えてうずくまった。

 

「すみません! 私、急にお腹を壊しちゃって……も、盲腸かもしれません……!」

「そんな、それは大事じゃないですか!」

 

 盲腸かもしれない。若い女狐の言葉に、源吾郎は驚いて声を上げた。試験中に腹痛を起こすとは何たる災難であろうか。

 

「北斗先輩! 急いで運営の狐を呼ばないといけないですよね」

 

 運営の妖狐を呼んで、彼女の容態を診てもらわないといけないはずだ。そう思って焦る源吾郎とは裏腹に、北斗は妙に醒めた表情を浮かべるのみだった。

 北斗の表情に眉をひそめていると、彼は大股気味に歩を進める。その眼差しはしかし、疑心に満ちた様子で周囲をせわしく観察していたのだった。

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