九尾の末裔なので最強を目指します   作:斑田猫蔵

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現れたるは招かれざる異形なり

 あらかじめ指定していた合流場所で、源吾郎は米田さんや江田島と再会する事ができた。彼らは月見団子状にセッティングされた凶悪な罠に引っかかる事もなく、また他の参加妖狐に襲撃されて余儀なくリタイアする事も無かったようだ。

 それどころか、二人とも玉を幾つも獲得し、それを惜しげもなく腰だの腕などにぶら下げているのが見えた。高所に吊るされたり、術によって隠蔽されていた物を入手したのか、或いは……玉を集めた方法は、まぁ二人のみぞ知るというものであろう。

 

「二人ともお疲れさん。おお、米田のおひいさんも、江田島も頑張ったみたいだな」

 

 手を挙げて二人に声をかけたのは北斗である。班の仲間に対して親しげな様子を魅せながらも、自分が集めた玉の数をアピールするのも忘れていない。彼が挙げた右腕には、源吾郎と共に集めた玉が幾つもぶら提げられていたのだ。

 ともあれ、北斗のいささか馴れ馴れしい態度を米田さんたちは受容した。江田島などは穏やかな笑みを北斗や源吾郎に向けているくらいだ。

 

「北斗さん。あんまりおひいさんなんて呼ばれると収まりが悪いわ。私はそんな柄じゃあ無いもの」

「ははは、それは悪かったな。だが、女に会うと誰であってもおひいさんって呼びたくなっちまうんだよ、俺は」

 

 妙にのらりくらりとした調子で北斗は応じる。この返答に思う所があったのか、米田さんはそれ以上は言い返す事は無く、ただただ静かな笑みを見せていた。

 さて源吾郎はというと、そんな北斗の言葉を聞き、米田さんの様子を見ていて気が気ではなかった。母の仕事の関係なのか、北斗は明らかに女慣れしているように思えた。そんな彼の言葉に、米田さんが強く関心を持ってしまっては大変だ。

 源吾郎はだから、提げていた玉を揺らしながら米田さんの許に歩み寄る。

 おのれの獲得した玉と米田さんが携えている玉とを交互に眺め、それから彼女の顔に視線を向けた。

 

「米田さんは六個もお集めになったんですね。もしも、もしも集めた玉が少なければ、僕の分をお譲りしようと思ったのですが……」

 

 途中で口ごもる源吾郎の言葉に応じたのは、米田さんではなくて北斗だった。

 

「はははっ。源吾郎も殊勝というか可愛らしい事を言うじゃないか。とはいえ、お前さんの性格上、班の仲間に玉を譲ろうとするのはおおよそ想像はついていたけどな」

 

 想いを寄せる相手、とは言わずに班の仲間、と言ったのは北斗なりの()()()だったのかもしれない。だが、その優しさの余韻に浸ってばかりはいられなかった。源吾郎と北斗の言葉を聞いていたのは、何も米田さんだけではなかったのだ。

 米田さんと行動を共にしていた江田島は、源吾郎と同じく大妖狐と人間の血を受け継ぐ――血の濃度は真逆だが――江田島は、源吾郎の言葉に鋭く反応したのだ。

 

「へぇ、島崎君。()()()に玉を譲ってくれるなんて、本当に気前が良いんだね。なんせ本物のお坊ちゃまだもんねぇ。本当に玉藻御前の血を引いている事もさることながら、ご実家だってかなり裕福だって噂では聞いているもん」

「あ、えと……」

 

 今にも手を伸ばさんとする江田島を前に、源吾郎は言葉を詰まらせた。米田さんにならば玉を譲っても良いと思っていたからこその行動が、まさかこのような反応を引き出してしまうとは。

 いや、玉を譲ると言い放った事こそが軽率な行為だったのかもしれない。米田さんだけに譲るのはフェアではないような気がした。たとえ一方が片想いの相手であり、他方が初対面で思い入れも何もない野狐だったとしても。

 源吾郎が戸惑い、内心でおのれの迂闊さを罵っていると、江田島は笑いながら首を振った。

 

「ごめんごめん。さっきのはちょっとした冗談だよ。見ての通り、僕も米田さんも玉はきちんと確保しているから、君に譲ってもらわなくても大丈夫。君が獲得したのは君の分だから、ね」

「はい……」

 

 大人びた江田島の言葉に、源吾郎はか細く頷くのみだった。いや、江田島は大人びているのではない。実際に大人なのだ。一尾であるが第六班の中では年かさで、米田さんよりもむしろ三尾の北斗と年齢が近いという事では無かったか。

 そして思い付きで迂闊な発言をしてしまい、それでいて相手の挙動に右往左往する自分は、未だにどうしようもなく幼かった。ただそれだけの話だ。

 

「ま、残り時間もあと少しだし、そろそろ戻ろうか」

 

 江田島はそう言ってこれ見よがしに腕時計に視線を落とす。獲得した玉の集計は試験終了後に実施される。集計が円滑に進むように、試験後は参加者は戻って来る運びとなっていたのだ。

 制限時間も残り少ないし、運営の指定した集合場所に戻ろう。江田島の提案に源吾郎は異存は無かった。のみならず、米田さんや北斗もだ。

 集めている玉が少ないとあらば、未だに血眼になって探す手合いもいるだろう。実際問題、ここに戻る道中でも玉探しに血道を上げる野狐たちの姿は見受けられた。或いは、折角得た玉を奪われないように警戒する必要もあるかもしれない。

 だが、源吾郎の属する第六班に関しては、最後の最後まで躍起になって玉探しを行わなくても大丈夫な状況だった。誰も彼も玉を多く集めていたからだ。それにこの面子であれば、他の班の妖狐が襲い掛かって来る事もまず無さそうだ。

 そんな訳で、一行は意気揚々と歩を進めようとしていた。

 源吾郎はその時、北斗があらぬ方向を向いていた事に気付いた。気になって問いただすと、北斗は首を傾げつつ応じる。

 

「いや……何か妙な匂いが漂って来た気がしたんだよ。とはいえ、ここは狐がたくさん集まっているし、連中が何がしかの術でも使ったのかもしれない。気のせいさ、気のせい」

 

 若狐に気を遣わせたとでも思ったのだろうか。気まずそうに北斗は言うと、そのまま何事も無かったかのように前を向いた。源吾郎も彼の言葉は少しだけ気になったが、それもほんの一瞬の事だった。

 若干修羅場めいた事はあったものの、とはいえそれもテストの範疇に留まる物だった。そうだ、これはあくまでも()()()()()()なのだ。急に何者かが襲ってくるだとか、生命に関わる出来事が発生するなどまず無いだろう。

 源吾郎はそんな風に思っていたから、北斗の口にした違和感を特にする事は無かったのだ――この時は。

 

 焦げ茶色の毛玉が猛スピードでこちらに突っ込んできた。それが妖狐だと気付いた源吾郎は、とっさに結界を貼ってそいつが躍りかかるのを防いでいた。まだ試験終了ではないから、玉を狙う妖狐ではないかと思ったためだ。

 

「くそっ、結界なんぞ貼りやがって! とりあえず結界を解いて俺の話を聞いてくれ! 緊急事態なんだ」

 

 焦げ茶色の妖狐はもちろん結界に阻まれた。今回源吾郎が展開した結界は透明な板状の物であり、特に相手を弾くような権能は付与していない。そのためなのかどうなのか、一尾は結界に額をゴリゴリと押し付けながらも吠え、言葉を紡いだ。

 緊急事態。その言葉を拾い上げた源吾郎は結界を解除した。彼の言葉を完全に信じた訳ではない。またしても罠の可能性もあるかもしれない。心の片隅では、そんな警戒心もあるにはあった。だがそれを差し引いても、一尾は切羽詰まった様子だった。

 結界が解かれても、一尾は源吾郎たちに襲い掛かって来る事は無かった。彼は獣姿のままその場に直立した。立ち上がる時に右足を庇い、かすかに顔をしかめながら。この時になって、源吾郎は二つの事に気付いた。この妖狐が腹痛女狐と行動を共にしていた妖狐である事と、その彼が血の臭いを放っている事だ。

 

「どうしたの。妖狐同士での争いでできたとは思えないほどの怪我を負っているようだけれど……」

「ば、ば、バケモノが俺たちに襲い掛かって来たんだ!」

 

 米田さんの問いかけに、焦げ茶色の一尾は絶叫した。目は大きく見開かれ、大音声を放つ口もぱっくりと裂けたように広がっている。そして一尾の右足から、またジワリと血が滲み出た。毛皮の色で解りづらかったが、右足の中ほどは赤黒い血でべっとりと濡れていたのだ。

 何をどう見ても演技や仕込みであるとは思えなかった。ところが江田島は訝しそうな表情で焦げ茶色の一尾を見下ろしていた。

 

「バケモノが襲い掛かって来たというのは、他の班の狐たちの仕込みとかじゃあないんですか?」

「そ、そんなんじゃあねぇよ! あいつは急に現れて、参加者を殴り飛ばしたり切り刻もうとしたんだ。それだけじゃない。動けなくなった狐を取り込んで……俺、俺たちはどうにもならないからって事で、姐さんに逃げるように言われて、それで……あんたらは強いから……」

 

 焦げ茶色の一尾の言葉は途中からしりすぼみになっていた。鼻先から伸びたひげが垂れ下がり、右前足で目をこすっている。彼の目には涙が浮かんでいた。

 バケモノが暴れているのは何処なのか。源吾郎が問いかけようとしたとき、江田島がまたも質問を重ねる。

 

「異常事態が発生したのなら、まず運営に連絡したほうが良いのではないですか」

「そんなっ、運営も何もそいつは少し前に、それこそ数分前に急に姿を現したんだ!」

 

 まぁ良い。ため息とともに言い捨てたのは北斗であった。

 

「俺もついさっき胸騒ぎみてぇな物を感じていたんだが、まさかそういう事だったとは――」

 

 感歎したような北斗であったが、最後までおのれの言葉を言い切る事は無かった。それどころではない状況が、こちらめがけて這い寄ってきたからだ。焦げ茶色の妖狐は尻尾の毛を逆立てて小刻みに震えている。

 狐の血と花の蜜と青葉の入り混じった奇怪で濃密な臭いをまき散らしながら、異様で巨大な何かがやって来る。それが焦げ茶色の一尾の言うバケモノであると源吾郎は確信した。

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