九尾の末裔なので最強を目指します   作:斑田猫蔵

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 残酷描写がございますのでご注意くださいませ。


血肉求めしは異形の獣

 源吾郎たちの前に堂々と姿を現したそれは、確かにバケモノと呼ぶにふさわしい異形だった。源吾郎の知る動植物とはかけ離れた、いや厳密に言えば複数の動植物の特徴を歪に掛け合わせたかのような姿だったのだ。

 まずもって巨躯の持ち主だった。ライオンや虎よりも大きく思えた。目測なので正確な大きさは解らないが、ヒグマと同じかそれ以上の体躯を具えているのかもしれない。

 バケモノの前方、上半身は強いて言うならば牛に似ていた。もちろん、源吾郎の知る牛とは似ても似つかない。草食獣である事をかなぐり捨てたかのような血に飢えた眼差しは、ギリシア神話に伝わる牛頭の王子・ミノタウロスを連想させた。体表は濃い緑色で、何より上半身だけで腕が二対あった。後方の前足はかろうじて蹄を具える牛らしさを残している。だが前方の前足はどうだろう。首の下、獣で言えば肩から伸びたそれは、歩行の為に用いる形状ではなかった。一方は研ぎ澄まされた鎌のような形状を見せ、他方は節くれだった棍棒のような形状だった。鎌には狐の血が、棍棒には狐の毛がこびりついて絡まっているではないか。

 牛めいている……と言える上半身とは打って変わり、下半身は魚や両生類などの水生生物の様相を呈していた。もっとも、水生生物と思ったのは、でっぷりと肥った胴体には毛皮の類がなく、尚且つヒレのようなものが見受けられたからに過ぎない。半透明の藍墨色のその部分も、締まりなく肥っているためかぶよぶよとした得体の知れなさを醸し出していた。魚のように鱗めいた緑色のものが生えている部位もあれば、両生類よろしく粘液を滴らせている部位もあった。但し、鱗のように見えた艶のある緑色の物は、鱗ではなくて樹木の若葉だったのだが。

 牛と水生生物を併せ持つそいつの身体には、深紅の花と艶のある葉を茂らせた枝が、ツタカズラのように絡み合っていた。真冬ながらも艶々とした緑の葉と、黄色い雄しべが目立つ紅い花は、往来で見かける椿に似ていた。もっとも、椿はツル性の樹木などではないし、異形そのものの体表から生い茂って絡みついている事も無いのだが。椿のツルは、単にバケモノに絡まっているのではなく、バケモノの身体から直接生えている物だったのだ。しかもそれは、枝をしならせ葉と花弁を揺らしながら絶えず蠢ている。葉緑体を具えた触手と呼んでも遜色は無かった。

 

 そしてそれが、源吾郎たちの敵である事は火を見るよりも明らかだった。妖狐の血の臭いを立ち上らせ、のみならずその口に狐の胴体を咥えていたのだから。変化が解け、脱力したその身体を、バケモノは喉を膨らまして飲み込んだ。バイクのエンジン音に似た鼻息と共に、何か――それが何かは考えたくも無かった――が折れるような軽い物音を耳が拾ってしまう。上半身を咥えられていた妖狐の身体は、滑るようにバケモノの身体に飲み込まれていく。後足と共にブラブラと揺れる尻尾は茶褐色の二尾だった。焦げ茶色の一尾が腰を抜かしたようにへたり込む。

 

「――、――ッ!」

 

 突如として迸ったその声は、バケモノの吠え声なのだと源吾郎はまず思った。尻尾の毛という毛を逆立てるような、いや脊柱に氷の柱をねじ込むかのような恐怖と絶望を妖狐たちにもたらしたバケモノの、獲物を捕らえて喰い殺したバケモノの、勝利と歓喜の声ではないかと。

 ()()()()。その絶叫はバケモノの吠え声などではなかった。未だ鳴りやまぬ、声とも呼べぬその哭き声には、歓喜の色など一切ない。哭き声に()()絶望の色があった。そうだ。これは慟哭だ。

 

「落ち着くんだ島崎君!」

 

 鋭い怒号と共に視界が揺れる。視界が揺れたのは肩を揺すぶられていたからだった。半妖狐の江田島の、鋭く険しい表情を浮かべた顔が、源吾郎の顔の正面にあった。

 迸っていたはずの絶叫はもう聞こえない。あの絶叫は、他ならぬ源吾郎の口から飛び出したものだったらしい。源吾郎自身には叫んでいた意識などなかったけれど。

 だがそれよりも、江田島のただならぬ雰囲気に気圧され、しかし気圧されたがために我に返ってもいた。それまで彼が温厚な態度を取っていたのも大きかった。

 

「君の気持ちは解る。牛鬼《うしおに》みたいなバケモノが現れて、参加者を喰い殺すなんて事は普通は起こり得ないんだからさ。公開処刑ならば公開処刑として、あらかじめしかるべきアナウンスがある訳だし」

「うし……おに……」

 

 江田島の言葉は途中から物騒な内容を伴っていたが、幸か不幸か源吾郎はその事を気にする余裕など持ち合わせていなかった。だからこそ、江田島が放った最も重要な単語に意識を向ける事が出来た。牛鬼。それこそがあのバケモノの正体であるのか、と。妖怪の名である事だけは解ったが、どのような妖怪なのかまでは解らなかった。

 牛鬼は知らないか。またしても江田島が口を開く。先程よりも幾分穏やかで、むしろ囁き声のようだった。

 

「牛鬼は西日本に伝わる妖怪なんだ。ああだけど、どちらかと言えば四国とか中国地方の方でよく伝わっているかな。僕も牛鬼の事は何度か聞いた事があるよ。広島で生まれ育ったからね」

 

 そうだったのかと、源吾郎はぼんやりとした脳髄で思った。おさん狐の子孫であるならば、広島周辺の事について詳しくておかしくはない。そして西日本でも関西と中国・四国地方では何かと異なるのは自明の理だ。

 江田島はそれから、牛鬼について手短に教えてくれた。人間どもが恐れても恐れ足りぬ異形の怪物。直接的に襲う事もさることながら、斃せば祟りをもたらし、のみならず見ただけで病を得る事さえあるそうだ。無論ヒトとキツネは異なる動物種であるが……眼前の牛鬼が敵であり脅威である事には変わりはない。

 

「或いはこの牛鬼も、斃せば祟りをもたらすのかもしれない。しかしその事を恐れて何もしないでいれば、まざまざと喰い殺されるだけだろう」

 

 江田島は囁くような声音で言うと、そっと視線を牛鬼に向けた。目の前で丸呑みにした妖狐は一匹だけであるが、そいつが捕えている妖狐は他にも二匹いた。触手のように蠢く椿のツルが、妖狐を捕えて絡め取っているのだ。喰い殺された妖狐とは異なり、こちらはかろうじて生け捕りにされたらしい。とはいえ一匹は毛皮に血が滲むのも厭わず未だ暴れまわっており、もう一匹は諦観したようにぐったりしている。しかも絡め取られた彼らは、運営である事を示す腕章を付けているではないか。

 

「運営の狐たちにどうにかしてもらおうなんて思っていたけれど、今はもうそんな悠長な事は言っていられないね。もう既に()()が出ているんだ。これ以上他の狐が犠牲にならないようにしなくては」

「ぎ……犠牲……?」

 

 既に犠牲が出ている。江田島のこの言葉に源吾郎の瞳孔がぐっとすぼまった。喰い殺された二尾の女狐を指している事は文脈からして解る。源吾郎が見た時には既に牛鬼が飲み込んでいた所であるから、どうあがいても源吾郎たちにはどうにもならなかった領域でもあるのかもしれない。

 だがそれでも――犠牲が出てしまった事を()()()()()()()()()()()()

 そんな源吾郎の思いに気付いたのだろう。今度は北斗が吠えた。

 

「江田島に源吾郎。闘うのが怖ぇなら下がってろ。代わりに運営のお偉方に泣きつくだとか、そうでなくとももっと腕の立つ狐を探し出してこい」

 

 そこまで言うと、北斗は水滴でも払うようにその身を震わせた。尻尾の毛や髪が逆立ったかと思うと、彼は変化を解いていた。白銀の毛皮に覆われた三尾の妖狐である。もちろん普通のホンドギツネよりも大きく、中型犬ほどの大きさがあった。

 控えていた米田さんも本来の姿に戻っている。オレンジがかった金色の毛並みが目に眩しい、柴犬ほどの大きさの二尾だった。そしてどうした訳か、彼女の周囲には小さな粒子が取り巻き、ふわふわと浮かんでいる。

 江田島は臨戦態勢に入った妖狐二人と源吾郎を一瞥しながら、さも申し訳なさそうに呟いた。

 

「……ありがとう北斗さん。ひとまず僕は運営本部にこの事を報告します。本部ならば、確実に腕の立ちそうな狐もいるでしょうし」

 

 言うなり、江田島はそっとこの場から離れた。へたり込んだ焦げ茶色の妖狐を抱えて。

 北斗はそれを眺めると、毛深い狐の顔にあからさまな笑みを浮かべた。

 

「牛鬼だったか。インテリ臭ぇ江田島なんぞは妙に祟りを恐れてはいたが、所詮は牛のバケモンだろう! 俺らに喰われるだけの家畜風情が、俺らを喰い殺すなんざ千年早いんだよ!」

 

 挑発的な北斗の言葉に、ここで牛鬼が吠えた。先程まで襲ってこなかったのは、こちらの様子を窺っていたからなのだろうか。凶器を具えた前足が北斗めがけて振るわれる。源吾郎はその軌道上に結界を展開させた。振り上げられた前足を押しとどめられたのはほんの数秒だけ。しかしそれでも十分だった。結界が破られたころには、北斗も米田さんもそこにはいなかったのだから。

 むしろ二人は反撃に転じてもいた。米田さんの周囲に取り巻いていた粒子が、極小の狐火であると気付いたのはその時だった。それらは弾丸のように牛鬼めがけて放たれ、着弾するや否や小爆発を起こしたのだ。

 体表と言えども身体のあちこちで受ける爆発に、さしもの牛鬼も戸惑っているらしい。その間に北斗が疾駆し、牛鬼に体当たりをくらわしている。体当たりと思ったのは源吾郎だけで、実際には牙や爪で牛鬼に攻撃を仕掛けていたらしい。北斗が立ち去った軌道上に、牛鬼の黒っぽい体液が飛び散っていたのだから。

 どうやら二人の攻撃が通るようだ。その事実をしっかりと目の当たりにした源吾郎は、少しばかり心の余裕が出来たように感じた。

 もちろん、源吾郎とて攻撃を行う心づもりではある。この中で一番強いのは自分なのに、闘わないのはおかしいだろう。そんな風に思ってさえもいる位だったのだから。

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