九尾の末裔なので最強を目指します   作:斑田猫蔵

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七尾の奸計、八尾の思惑、そして四尾は困惑す

 この度の牛鬼襲撃事件は、端的に言えば内部犯によるテロ行為そのものだった。

 実行犯の数は五名足らずと少人数であったが、だから実行犯の取り押さえが容易だった事とイコールではない。首謀者に使われていた妖狐たちは二尾から四尾程度だったものの、首謀者である男は七尾の持ち主だったのだから。妖狐の最終形態である九尾には及ばないと言えども、強大な力を保有する事には変わりない。

 妖狐は尾の数が増えるごとに力を増すという。しかも尾の数が増えれば増える程、その強さ、保有する妖力量は桁違いのものになっていく。八尾と九尾の力量差は、一尾と二尾のそれとはまったく別次元の話なのだ。妖力と共に経験や知識も蓄積しているのだから尚更だ。

 だがこの事件の厄介さは、何も首謀者が強大な力を持つ妖狐だったからという単純な話ではない。首謀者である七尾の男は、何と若菜の娘婿に当たる存在だったのだ。若菜は玉藻御前の末裔を名乗る妖狐ではないが、玉藻御前に仕えていた過去ゆえに、玉藻御前の末裔を名乗る者たちの間で一目を置かれていた。しかも彼女は千年以上生きた八尾だ。玉藻御前との関係性云々を差し引いた、妖狐単体としての実力も他の妖狐たちとは抜きんでているのは言うまでもない。

 ともあれ、裏初午において若菜の存在と影響力は絶大な物なのである。

 そしてその娘婿もまた、玉藻御前の末裔を名乗り、玉藻御前の末裔を名乗る妖狐たちのコミュニティに長らく名を連ねていたという。そうした背景があったからこそ、今回の事件はショッキングな物だったのだ。

 ひとまず件の首謀者は他ならぬ若菜の手によって打ち倒されて捕縛されたとの事であるが、会場が大きな混乱に包まれた事には変わりないそうだ。

 この一連の話が、今回発生した事件の主だったあらましだった。

 

「それでね、どうやら首謀者の男は野放図に玉藻御前の末裔を名乗る手合いが増える事が気に入らなかったそうなんだ」

「だから新参の若狐が大勢集まる試験会場に、牛鬼を放して襲わせたって事なんですね」

 

 運ばれた病院から裏初午の会場に戻る道中、話を聞かされた源吾郎はため息をついた。一尾をそれとなく身体の前方に巻き付け、そろりそろりと表面を撫でる。全くもって言葉になりませんよ。呟きながら、おのれの尻尾の毛が逆立つのを源吾郎は感じていた。

 尻尾の毛が逆立ったのは、首謀者である七尾の男や他の共犯者たちが、ことごとく尻尾を斬り落とされたと聞いたためである。妖狐の妖力が尻尾に蓄えられるのは有名な話である。その尻尾を斬り落とすというのは、妖狐を弱体化させるのに有効な手段であると言える。ましてや向こうは強大な力を保有し、残虐な事をしでかした悪妖狐だ。彼らを捕縛するために尻尾を斬る事も辞さなかったのであろう事は源吾郎とて解る。

 だがそれでも、尻尾を斬るという行為を耳にすると、恐ろしさと痛みが同時に襲ってくるような気がして仕方がなかった。相手が残虐なテロリストであり、尻尾どころか物理的に首を斬られてもおかしくない相手だと知っていたとしても。

 先導する三尾の妖狐が、源吾郎に気遣わしげな視線を向けた。彼は萩尾丸の部下の一人であり、所属は違えど源吾郎の先輩にあたる妖狐だった。裏初午の会場に戻らねばならない源吾郎を社用車で送迎するために来てくれたのだ。

 本来であればミツコがその役目を担うはずなのだが、彼女は諸般の事情で会場に留まっているのだという。

 

「事件はあらかた解決したから気にしない方が良い……と言っても、それもそれで難しいか。何せ島崎君は、思いっきり牛鬼のやつと闘ったんだからさ」

「……それもそうですけれど」

 

 三尾の先輩の言葉は優しげなものだった。だが源吾郎の気分は晴れず、より陰鬱な物へと転がってしまった。胸を圧迫する陰鬱を吐き出すように口を開き、そしてそのまま思っていた事を吐き出した。

 

「やはり今回の凶行は俺の存在も大きかったのでしょうか。あの牛鬼は半妖や力の弱い妖狐を喰い殺すようにって命じられていたんです。先輩もご存じの通り、俺も半妖で、しかも人間の血がかなり濃いみたいなので……」

「そんなに気に病むな」

 

 源吾郎の湿っぽい言葉に対し、三尾の先輩は即座に返した。笑っているかのように鼻を鳴らし、源吾郎が口を挟む暇を与えぬままに言葉を続ける。

 

「確かに島崎君は半妖だし、年齢的にも若者に分類されるわな。だが、そう言った事であんなテロ行為をして良いなんて理屈は無いからさ。とはいえ、島崎君も半妖だから雑魚、みたいな()()()を受けるような手合いじゃあないだろ。現時点でも雷園寺の坊ちゃんとやり合える訳だし。あんな事は、一尾や二尾の若造どもには出来ない事だぜ?」

 

 何故かここでニヤリと笑った先輩の顔を、源吾郎は黙って見つめていた。

 彼の指摘通り、職場では源吾郎が半妖である事に対してああだこうだ言われる事は極端に少なかった。それはやはり、若年ながらも既に四尾の中級妖怪に到達しているほどの強さゆえの事だった。純血の妖狐と同じだと見做されている訳ではないが、それこそ妖狐仲間からは異形らしい異形、バケモノだと思われていてもおかしくはない。

 無論源吾郎も年長者から未熟である事を指摘される事はままある。だがそれは、源吾郎が弱いという事とは同義ではなかった。

 

「それに若菜様だって、島崎君とは直々に話がしたいと仰っていたんだ。そういう事って滅多にない事なんだぞ。何せあのお方は、野狐と言えども地位が高いんだからさ」

「そ、そうでしたね。若菜様は、俺に用があるという事ですもんね」

 

 若菜が源吾郎に対して話したい事がある。三尾の先輩妖狐に連れられて源吾郎が会場に戻らねばならない理由の一つだった。

 会場に戻ったら若菜との対談を行わねばならない。その事実もまた、源吾郎の背中に重くのしかかっていた。玉藻御前に仕えていた若菜から直々に指名されている事について、誇らしさや嬉しい気持ちは湧き起らなかった。源吾郎の心中にあるのは不安といくばくかの恐怖だったのだ。

 もしかしたら、牛鬼襲撃事件について自分も何がしかの嫌疑が掛けられているのかもしれない。そもそも源吾郎の祖母である白銀御前と若菜は仲違いした間柄でもある。だから実のところ、源吾郎を良く思っていないのかもしれない。何となれば、話があると誘い込んで暗殺も目論んでいるのではないか……源吾郎の心中には、そのような疑念が渦巻いていたのだ。

 おやおや。源吾郎の不安の渦をかき消すかのように、三尾の先輩はひょうきんな声を上げた。

 

「若菜様にお目通りが叶うという割には深刻な表情をしているじゃないか。上昇志向に満ち満ちた君の事だから、嬉しくてたまらないかと思っていたのだけど」

「素直に喜ぶ事が出来れば良かったのかもしれません。ただ、どうにも不安を感じてしまうんです。あの事件の事について疑われているんじゃないかとか、そもそも俺の方がこの場では()()だから、若菜様は本当は俺の事を良く思っていないんじゃないかとか、そんな考えが浮かんでしまうんです」

「そうか。そんな風に思っていたから不安な気持ちが顔に出てしまったんだな」

 

 源吾郎の言葉に、先輩狐はまず同意してくれた。物言いは柔らかく、優しく受け止められたような感じだった。彼は源吾郎をじっと見つめると、そのまま朗らかな笑顔を見せる。

 

「だがその不安も取り越し苦労ってやつさ。林崎部長も同席してくれるって言ってるから安心すると良い。それにそもそも、若菜様は初めから島崎君と話がしたいって仰ってたそうだからさ。だからな、牛鬼の事件で君を疑っているか否かという不安要素は消えただろう」

 

 源吾郎があいまいに頷く間にも、先輩狐は言葉を続ける。その面に得体の知れぬ笑みを浮かべながら。

 

「それにな、もし若菜様が本気で島崎君を害そうと思っているのなら、わざわざ呼び出してからなどと言う回りくどい事はやらないだろさ。

 ましてや君は牛鬼と闘ってぶっ倒れていたんだ。牛鬼の襲撃事件自体は、若菜様にとってもイレギュラーな事だろう。だがその時に、()()()君が息を引き取っていたとしても、事故死とかそんな所で片付くだろうしね」

 

 先輩狐の言葉の物騒さに、源吾郎は尻尾の先まで硬直するほかなかった。もっとも、相手は相手で源吾郎の様子を見るや、朗らかな笑みを見せたのだが。

 

「――まぁそれ以前に、若菜様が島崎君を害そうなどと思ったりしないと俺は思うけどな。君の叔父上や叔母上だってこの会合に受け入れてらっしゃるんだからね。それに、若菜様と言えども雉仙女様や萩尾丸さんを敵に回す事は避けたいと思ってらっしゃるだろうからね」

 

 先輩狐の話は一理ある。若菜と雉鶏精一派が敵対を望んでいない、というくだりの所は源吾郎も素直に受け入れていた。

 その名の通り、雉鶏精一派は九頭雉鶏精・胡喜媚を祖とする組織である。胡喜媚は玉藻御前の義妹であり、若菜は玉藻御前に仕えていた妖狐である。そうした関係性を思えば、若菜がわざわざ雉鶏精一派と対立する事を選択するとは思い難い。たとえ頭目である胡喜媚がこの世を去っていたとしても、だ。

 それに源吾郎の上司である紅藤や萩尾丸が、八尾の妖狐()()に敗けるような存在であるとは到底思えなかった。中間管理職的な仕事を担っている萩尾丸であるが、それでも大妖怪クラスの大天狗である事には変わりない。そもそも、妖狐にとって天狗は闘うにはいささか相性の悪い存在でもあるし。

 そして源吾郎の師範たる紅藤は、大妖怪の中の大妖怪とも言うべき逸脱した力を持つ彼女については言わずもがなである。

 

「ま、そんな訳でもうひと踏ん張りだな、島崎君」

 

 思案に耽る源吾郎の肩を、三尾の妖狐が若干勢いを付けて叩いた。痛みを伴わぬその刺激は、源吾郎の意識をも活気づける作用をもたらしているかのようだった。

 ともあれ源吾郎は、先輩狐に促されるままに、社用車に乗り込んだのである。

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