九尾の末裔なので最強を目指します   作:斑田猫蔵

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 残酷描写注意です。


若狐 戻りて仲間に囲まれる

 十数分足らずの短いドライブを終えた源吾郎は、車から降り立つや否や顔をしかめ、右手で鼻と口許を覆った。濃密な血の臭いを嗅ぎ取ったためだ。真冬である為に、血の臭いは広がっておらず、腐臭を伴ってはいなかった。しかしそれでも鉄錆めいた生臭さが辺りには立ち込めている。外気が冷たいからこそ、余計に血の臭いが鼻に染み渡って来る気がした。

 血の臭いの元はすぐに明らかになった。会場の入り口には、切断された妖狐の尻尾がぶら下がっていた。何本あるかは解らない。だが少なくとも十五本近くはあるだろう。金銀白黒狐色と、毛の色はさまざまであったが、いずれも乾きかけた血で所々汚れている事には変わりない。尻尾の先端の部分を上にして、切断した部分を下にした状態で尻尾たちは吊るされていた。もちろん地面は滴り落ちた血で粘っこく汚れている。そして吊るされた尻尾は、血を吐きながら死んでいった小動物のようにも見えた。

 源吾郎は口許を覆う手に力を込めた。血生臭く猟奇的な光景を前に、心臓と胃が猛烈な反応を見せたのだ。息苦しさと鳩尾への違和感を抱かせるほどに拍動が速まり、ほとんど内容物が入っていないはずの胃が、またしても吐き戻しに備えてうねり始める。

 しっかりしろ。先輩狐が手を握ったのは、ちょうどその時だった。

 

「尻尾を斬り落としてぶら下げるなんざ、まだまだ生っちょろくて()()()方さ。生皮を剥いで晒し物にしたりだとか、人間様を見習って打ち首にして晒し首にする事なんかもあるくらいなんだからさ。

 まぁ、今回はテロを起こした理由や経緯を詳しく聞き出すために、すぐには処刑せずに生け捕りにしたんだろうな」

 

 源吾郎は黙って先輩狐の言葉を聞いているだけだった。ぶら下がった血染めの尻尾のみならず、先輩狐の口にした処刑方法についても恐れおののいていたのだ。

 それでも源吾郎は、先輩狐と目が合うと居住まいを正し、決然とした様子で口を開いた。

 

「……大丈夫ですよ粟村先輩。お、僕だって九尾の末裔です。あんな、尻尾をちょん切ってぶら下げてるなんて物にビビったりなんかしませんってば」

 

 冷徹に言い放つ事が出来れば良かったのだろう。しかし実際には、源吾郎の声は上ずって震えていた。いっそ黙っていた方が良かったのかもしれない。だが放った言葉は戻りようがないのだ。

 そんな事を思っていると、先輩狐の粟村は目を細めて微笑んだ。空いている方の手が、またしても源吾郎の肩に添えられる。

 

「大丈夫だ島崎君。皆まで言わずとも君の気持は俺にも解るよ」

 

 粟村はそれだけ言うと、割合大げさな様子で腕を上げ、前方を指さした。

 

「ひとまず皆がいる所まで合流しようか。林崎部長は、まだ若菜様や運営の狐《ひと》たちと打ち合わせをしているかもしれないからね」

 

 粟村の言葉に源吾郎は頷いた。皆とは笹塚や穂谷先輩などと言った職場の先輩狐たちの事である。裏初午の会合自体は既に打ち切られていたのだが、状況見聞や残党狩りの要員として、参加した妖狐たちの多くは未だにここに留まるように命じられていた。それは雉鶏精一派に属する妖狐たちも例外ではなかった。

 

「皆も……穂谷先輩や笹塚さんたちも大変ですね。試験参加者ならいざ知らず、穂谷先輩とか粟村先輩とかは完全にとばっちりじゃないですか」

「……それもそうだな」

 

 源吾郎のぼやきに、粟村は少し間を置いてから頷いた。

 

「島崎君! 大丈夫そうで良かったです。私、めっちゃ心配してましたので」

 

 裏初午会場の一角。粟村と共に源吾郎は雉鶏精一派の妖狐たちの輪の中に合流する事が出来た。

 そして戻って来た源吾郎にいの一番に駆け寄ってきたのは、穂谷先輩や拓馬ではなく笹塚だった。走り寄る際に勢いがついてしまったのか、笹塚は文字通り源吾郎の胸元に飛び込む形となった。しかも狐姿ではなく、人型に変化した状態だ。今日は何か女妖狐たちとの物理的な接触が多いなぁ。図らずも密着してきた笹塚を見つめながら、ぼんやりと思うのがやっとだった。笹塚を引き離す事も、自分の様子が他の妖狐たちにどう見られているかも考える余裕がなかったのだ。

 ひとまずおのれの無事を告げる事が先決だ。そう思った源吾郎は笹塚の顔を覗き込んだ。

 

「笹塚さん。心配してくれてありがとうございます。見ての通り僕は大丈夫なので」

 

 笹塚の瞳に安堵の色が灯る。それを確認してから、源吾郎はやおら口を開いた。笹塚は源吾郎の身を案じていたが、それは源吾郎とて同じ事だった。

 

「笹塚さんこそご無事で何よりです。試験では途中でリタイアする事になってしまいましたが……今回ばかりはそれが()()()()のかもしれませんね。あの恐ろしい牛鬼の襲撃に巻き込まれずに済みましたので」

 

 あのテストの中盤でリタイアした事は笹塚にとっては不本意な事であっただろう。しかしその後の牛鬼襲撃事件の事を思えば、笹塚のリタイアはある意味幸運な事であるともいえる。一尾の彼女には、牛鬼と闘うなどと言う事は荷が重すぎる。

 何より牛鬼に間引く対象と見做されて捕まってしまうだろう。牛鬼は捕まえた一尾の妖狐を――そこまで思考を巡らせていた源吾郎は、そこでその事について考えるのをやめた。何か恐ろしい物を思い出してしまいそうな気がしたためだ。何より軽い頭痛さえぶり返してきた。

 こめかみや眉間を指で揉みほぐし、去来した頭痛を意識の隅に追いやる。そうこうしているうちに、笹塚が相変わらずこちらを見つめている事に気付いた。いや先程とは違う。見開かれた両目は潤み、涙目になっているではないか。

 

「島崎君。島崎君もめちゃくちゃ大変だったのに、私の事を気遣ってくれるなんて……本当に優しいんですね。真冬ですが心があったかくなりました」

「今や笹塚さんは()()()()ですもの。心配して気遣うのは当然の事です」

 

 思っていた事を口にした直後、周囲がざわつき始めたのを源吾郎は感じた。源吾郎と、彼の許に飛びついてきた笹塚の周囲には、仲間である妖狐たちが取り囲むようにして控えている。ざわつきの主はその妖狐たち、特に狐娘たちによるものだった。

 

「あら―っ。笹塚ちゃんったら島崎君に惚れたんじゃないのーっ?」

「笹塚ちゃん奥手だし初心だもんねぇ。てか思ってた以上に島崎君の言動がイケメンなんですけど」

「それじゃ島崎君狙ってみれば?」

「何言ってんのよチカ。言動がイケメンなのと彼氏にしたいのは別問題じゃない」

「そうそう。島崎ってもう米田さんしか眼中にないみたいだしさ」

 

 事もあろうに、狐娘たちは源吾郎と笹塚の距離の近さをはやし立てていたのだ。拓馬が最後にフォローを入れてくれたものの、源吾郎としては何とも気まずい物である。当の笹塚はどうなのだろうか。そう思って今一度彼女を見やる。笹塚は困惑しやや呆れた様子を見せていたが、源吾郎を見るや静かに微笑んだ。

 

「私も大丈夫ですよ島崎君。島崎君は真面目な良い子だと私も思います。ですが別に、彼氏になって欲しいとか、付き合いたいって思っている訳ではないんです。島崎君と一緒になったら、色々と大変な事に巻き込まれそうな気がしますので」

 

 笹塚の直截的な言葉に、源吾郎もまた微妙な表情になった。笹塚がうっかり源吾郎に惚れたわけでは無い事が判明した事には安堵している。ただ、源吾郎が色々と大変な事に巻き込まれるという言葉は気になりはした。

 まぁ確かに、源吾郎も就職してからというもの色々な事件に巻き込まれてはいる。それはやはり、真なる玉藻御前の末裔である事、それを差し引いても源吾郎自身が強い妖怪である事に起因するのかもしれない。

 ある意味自分は危険な香りのする男と見做されているのだろうか。そんなぼんやりとした考えすらも、源吾郎の脳裏には浮かんでいた。

 

 多少の騒々しさを伴った仲間たちの歓待を受けた源吾郎は、落ち着きを取り戻すためにお手洗いに向かう事にした。若菜からの呼び出しにはまだまだ時間がかかるという事であるし、何より真冬だというのに顔が火照って仕方がなかった。冷たい水で顔を洗えば少しは気分も静まるだろう。そんな風に考えていたのだ。

 但し、お手洗いに向かったのは源吾郎一人だけではなかった。二尾の黒狐である穂谷先輩も連れ立っての事だった。

 僕も一緒に付いて行くよ。ちょっと催したからね。そんな風に笑って妖狐たちに言い放った穂谷が、ある種の護衛の為にお手洗いに同行する事を決めたであろう事は、源吾郎も何となく察していた。テロリストたちは既に捕縛されているとはいえ、会場はいつの間にか入り込んできた妖怪警察やら地元の妖怪――驚くべき事に、伏見勤めであろう稲荷の眷属らしき妖狐の姿さえあったのだ――なども集まっており、猥雑で何処か殺伐とした空気を醸し出していた。四尾とはいえ精神的には仔狐に変わりない源吾郎が、お手洗いと言えども一人でフラフラと出歩くのは危険だと当局は判断したのだろう。

 

 さてそんな事もあって穂谷と連れ立って手洗い場に向かった源吾郎は、顔を洗った事で少しばかり気分がしゃきっとするのを感じ取っていた。二人で歩いた道中では、誰かが落としたハンカチを見つけ出すという事も特にない。落としたハンカチなどはもう姿を現さないだろう。確信めいた考えすら源吾郎の頭の中にはあった。

 

「落ち着いたかい、島崎君」

 

 ハンディタオルで濡れた顔を拭っていると、穂谷先輩が隣から声をかけてきた。かれこれ百年近く生きているという事もあり、穂谷先輩の言動は他の若狐たちよりも幾分落ち着き払っていた。落ち着いた穂谷先輩の物腰を源吾郎は日頃より好ましく思っている。だが今はそれ以上にありがたい物であると感じていた。

 

「はい。やっぱり頭というか顔を冷やすと大分冷静になれますね」

「元気そうで良かったよ」

 

 源吾郎の姿を見て、穂谷先輩は明るい笑みをその顔に浮かべた。源吾郎は穂谷先輩を兄のように慕っている節はあるが、穂谷先輩も自分の事を弟のように思っているのだろうか。そんな事を考えながら、源吾郎は穂谷と共に仲間の集まる一角に戻ろうとした。

 

「おう、源吾郎じゃないか」

 

 そして、戻ろうと歩を進めているまさにその時に呼び止められたのだ。

 声の主は叔父の桐谷苅藻だった。その身からはうっすらと血と汗の匂いが漂っていた。おのれが放つ匂いには頓着せずに、苅藻はただただ値踏みするように甥の源吾郎を見つめている。

 その苅藻の左右には、源吾郎の叔母である桐谷いちかと、どうした訳か米田さんが控えていたのだった。

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