九尾の末裔なので最強を目指します   作:斑田猫蔵

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九尾は混沌を宿し子孫に遺す

「僕の妖《ひと》となりや能力を、若菜様は見ていた、いえ見てくださっていたんです、ね」

 

 源吾郎の口から飛び出した問いかけは、さながら中学一年生が和訳した単純な英文のような響きを伴っていた。敬語なども忘れ、ただただ単純なセンテンスでもって思った事を口にしただけ。全くもって社会妖《しゃかいじん》らしからぬ物言いではないか。

 とはいえ、若菜もミツコもそれを咎め立てする事は無かった。それどころか彼女らは和やかに微笑み、穏やかな眼差しを源吾郎に向けるだけだった。

 つまるところ、老齢な女狐たちにしてみれば、源吾郎は柔毛に覆われた仔狐でしかなかったのである。

 そしてそんな彼女らの眼差しに一喜一憂する余裕も源吾郎には無かった。若菜たちの眼差しに乗った感情に気付いた次の瞬間には、若菜が頷いていたからである。

 

「島崎源吾郎君。あなたは私たち妖狐の界隈で……いえ種族を問わずに多くの妖怪たちに注目されている存在なのです。もちろん、その事についてはあなたもご存じでしょうから、改めての解説は省略いたしますが」

 

 全くもって若菜様の仰る通りです。頷くだけの源吾郎に対し、ミツコは若菜の言葉に同意するべく口を開いていた。のみならず、彼女は更に言葉を続けた。

 

「何せ彼は、玉藻御前の真なる末裔ですからね。彼自身は純血ではない事、父母の教育方針により人間として育てられた事について多少気に病んでいる素振りもありますが、それを補って余りあるほどの妖力と才覚を保有している事には変わりありません」

「三花お嬢ちゃんも幼い頃から苦労していましたものね。しかも異能を持たない人間を夫にしている訳ですから、子供たちを人間として育てたのはごく自然な事だと私は思いますわ」

 

 納得した様子の若菜の言葉に、源吾郎は頷いた。源吾郎は玉藻御前の末裔である。だが半妖であるという出自ゆえに父母からは人間として育てられた事もまた事実だった。父母の教育方針は特段おかしなものでも間違った物でもないと源吾郎自身も思っている。源吾郎だけではなく、兄姉たちも人間として育つように教育されていたのだから。

 というよりも、両親は兄姉たちに行って来た教育を、末息子の源吾郎にも施しただけだと言った方が正しいのかもしれない。兄姉たちは人間として暮らすように育てられ、その教育通りに人間として生きている。

 だが源吾郎は違っていた。源吾郎は生まれつき妖狐としての気質と自我を受け継いで誕生したのだ。それは父母の教育や長兄の身勝手な願望によって揺らぐ事は無かった。だからこそ、源吾郎は妖怪として生きる道を選んだのだ。妖狐の一人として、玉藻御前に仕えていた若菜と相対しているのも()()()()だ。

 

「確かに僕の母は、僕や兄姉たちには人間として育つように望んでおりました。妖狐として生きる事が労苦を伴うと思い込んでいたためなのか、それとも父が非力な人間だったからなのか、そこまでは僕にも解りませんが」

 

 源吾郎はここでようやく口を開いた。若菜やミツコが驚かないのを良い事に、彼は更に言葉を重ねる。

 

「――まぁ、そんな教育程度では、僕の裡に宿る大妖狐を抑え込む事など不可能だったわけですがね。とはいえ、母は母でその事は察していたようですがね。いずれは子孫の中から玉藻御前の野望や力を継承したものが現れる。そんな話を母は祖母から聞かされていたようです」

 

 そこまで言い切ると、源吾郎は歯を見せて笑っていた。獣の牙を見せつけるような笑みである。玉藻御前に仕えていた若菜の事だ。半妖であると言えども母の三花は子供たちを人間として育て上げてしまったのだ。その事を勿体なく思い、腹立たしく思っているのではなかろうか。源吾郎はそんな風に思っていたのだ。

 そしてご先祖様の野望と能力を継承したのがこの俺だ。そこまで言わなかったものの、源吾郎はにわかに誇らしい気持ちに満たされてもいた。そのため、ミツコが困ったように眉をひそめていたのも全く気にならなかった。

 もっとも、玉藻御前の側近であった若菜もこの話は知っており、源吾郎の態度も言葉も軽く流されてしまったのだが。とはいえ、若菜も若菜で玉藻御前の野望と力を継承する者が現れる事を待ち望んでいたという事を知る事が出来たのだが。

 

「玉藻御前の野望や力を継承する者……ですか」

 

 しばしの間黙っていたミツコが口を開く。彼女は源吾郎と若菜とを交互に見やりつつ、口を開いた。

 

「確かに我々雉鶏精一派では、島崎の事は玉藻御前の直系の子孫として、或いは繁栄をもたらす混沌の遣いとして対外的にもアピールしている所がございます」

「あら、雉鶏精一派では島崎君の事を()()()()()と見做しているんですね」

 

 ミツコの言葉を半ば遮るような形で若菜が声を上げた。その声は明るく弾んでおり、茶目っ気溢れる少女めいたものだった。だからこそ、源吾郎もミツコも驚いて目を丸くしたのだ。

 そうしている間にも、若菜は言葉を続ける。もしよければ、源吾郎を混沌の遣いと見做している理由を教えてくれるかしら、と。そしてこの問いがそのまま命令の意図を内包している事は、源吾郎にも解っていた。

 その若菜の命令に応じたのはミツコだった。彼女は源吾郎が混沌の遣い、繁栄をもたらす存在と見做されている理由について要約しつつ若菜に伝えたのだ。

 源吾郎の先祖である金毛九尾は、確かに傾国の妖狐・混沌と破滅をもたらす存在として恐れられていた。しかし見方を変えれば金毛九尾が破滅させたのは国王が暗愚であったからに過ぎず、正しく善なるものが栄えるために必要だった事に他ならない。

 更に言えば、紅藤たちは混沌を重んじ大切なものだと見做してもいた。混沌は無限の可能性を生み出す豊穣に通じているからだ。

 これらは上司である萩尾丸や紅藤の受け売りではありますが――一通り説明を終えたミツコは、そんな言葉でもっておのれの主張を締めくくったのだった。

 若菜はそれらの話に相槌を打ちつつ耳を傾けていた。そしてミツコの話が終わるや否や、さも愉快そうに笑みを深める。

 

「成程ね。私はてっきり島崎君の裡に宿る()()を見抜いた上で混沌の遣いであると喧伝していたと思っていたのですが……とはいえ、雉仙女様や大天狗様の解釈も中々興味深いと感じましたわ。きちんと玉藻御前様の行ってきた事も考慮なさっておりますし」

「僕の裡に宿る異能……ですか?」

 

 穏やかな調子で語る若菜を見やりながら、源吾郎はおずおずと問いかける。異能という表現がまず気になった。何となくであるが、妖怪が持つ妖力や妖術とは異なったものについて言及しようとしている気配を感じ取っていた。

 

「林崎さんに島崎君。お二人は絵本三国妖婦伝はご存じかしら。玉藻御前の、いえ玉藻御前と呼ばれるようになる金毛九尾の来歴を描いたものであるんですけれど」

「ええもちろん。ご先祖様が行ってきた事の記録ですからね」

 

 ミツコの問いかけに、源吾郎は即座に応じた。流石に源吾郎も三国妖婦伝の内容全てを把握している訳では無い。それでも重要と思しき部分は覚えているし要点として押さえてもいる。

 

「とはいえ若菜様。あの書物の記録は真実ではない事も一緒に記載されているはずではありませんでしたっけ。例えば、玉藻御前の……金毛九尾の誕生のお話などはまるきり創作だと聞き及んでおります。ご先祖様は元々は単なるキツネか妖狐であり、世界の始まりに陰の気が凝ったなどと言う大層な出自ではないと……」

 

 源吾郎はここまで言ってから、言葉を濁らせて項垂れた。大層な出自ではない。話の流れ上飛び出してきた言葉であるが、それが若菜を不機嫌にさせたのではないかと不安になっていた。

 しかし、若菜は眉をひそめたりなどはしなかった。笑みをたたえたまま、むしろ一層笑みを深めたようにさえ見えた。

 

「島崎君は勉強熱心なのですね。ええ、確かに玉藻御前様は、陰の気が凝って誕生した存在ではありません。ですが、陰の気が凝って誕生した者と縁深い事もまた事実なのです」

「一体どういう事でしょうか」

 

 若菜の意味深な言葉に源吾郎は思わず首を傾げた。

 

「天地開闢の折に、陰の気が凝って誕生した者は確かに存在いたします。とはいえそれは狐になった訳でもなく、狐のような姿ですらなかったのですがね。

 玉藻御前様は……後に蘇妲己《そだっき》や褒姒《ほうじ》や華陽夫人《かようふじん》などとも呼ばれるようになったあのお方は、その陰の気が凝って誕生した者を喰らい、その身に取り込んだのです」

 

 源吾郎とミツコは思わず顔を見合わせた。だがその間にも若菜は言葉を続けている。

 

「這い寄る混沌――それこそが玉藻御前様が取り込んだ存在なのです。原初の陰の気を取り込んだ事により、あのお方は強大な力を得る事になりました。ですが、取り込んだ混沌もまた、あのお方の中で生きていたのでしょう。

 そしてその混沌の能力は、もちろん玉藻御前様の子孫にも継承されている。島崎君。私はあなたの活躍を見て、その事を確信いたしましたわ」

 

 若菜の声は厳かな響きを伴っていた。真面目な表情のまま、彼女は源吾郎をしっかりと見据えている。瞳の透明度が増していき、源吾郎の中に宿るものを、源吾郎すら知らぬものを見透かそうとしているかのようだった。

 

「這い寄る混沌は大いなる力を持つ者であり、それが振るう権能は並の妖怪では想像も出来ぬものもあると言います。

 島崎君。あなたはその這い寄る混沌の持つ能力を使ったようですね」

「……?」

 

 源吾郎が理解しているかどうかを度外視し、若菜は厳かな口調のまま断言した。

 源吾郎はただただ驚愕し、言葉も出なかった。這い寄る混沌なる得体の知れないものを先祖が取り込んだだけではなく、その能力の一端を自分も使ったのかもしれない。あまりにも話が飛躍し過ぎており、飲み込めなかったのだ。

 うろたえ困惑する源吾郎の姿もまた、若菜の想定の範囲内だったのだろう。彼女は一度瞬きをすると説明を続けた。

 

「牛鬼に襲撃された妖狐の中で、運悪く喰い殺されてしまった狐がいたでしょう。彼女が一命を取り留めたのは、他ならぬあなたが能力を使ったからよ。そうね、それこそあの妖狐が喰い殺されたという()()()()()()()()のでしょうね」

 

 女狐が喰い殺されたという現実を書き換えた。さらりとした調子で語られた若菜の言葉は、源吾郎を強い驚愕の渦に誘い込むのに十二分な代物だった。

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