九尾の末裔なので最強を目指します   作:斑田猫蔵

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見抜かれたるは現実改変

 若菜が言い放った言葉の為に、源吾郎の心中は種々雑多な驚きに満たされた。もちろん、死んでいたはずの女狐の運命や現実に他ならぬ源吾郎が干渉していた事にも驚いている。

 しかし、源吾郎が一番驚いているのはその事では無い。源吾郎が最も驚いている事。それは初対面であるはずの若菜が源吾郎の能力を見抜いた事だった。現実操作、或いは運命操作と呼ばれる能力は、子供の頃に三度ほど使った事がある。しかしその事を見抜いた者は誰もいなかったはずだ。

 

「どうして、ですか」

 

 唇を震わせつつ源吾郎は問いかける。揺らがぬ若菜の眼差しにたじろぎつつも、源吾郎はぎこちなく言葉を紡いだ。

 

「どうして若菜様は、僕が現実改変の力を使った、使ってしまったであろう事に気付かれたのでしょうか。僕のこの能力を知る者は、それこそ母親くらいしかいないというのに」

 

 すぐ隣でミツコが息を呑むのを源吾郎は感じ取った。それもごく自然な事であろう。ミツコも源吾郎の持つ秘めたる能力は知らなかったのだから。

 そもそも源吾郎は、幼い頃に使っていた運命操作の能力について紅藤たちには一切語っていなかった。恩恵と同等かそれ以上の代償を支払わねばならぬ事に恐れをなし、最後に使ったあの日から決して使わないと心に決めていたからである。使わぬ能力であるからそれを敢えて説明する必要もないと感じていたし、そもそも源吾郎自身もこの能力の事は半ば忘れてもいた。

 だからミツコがこの場で驚くのも無理からぬ話だ。

 

「私も平凡な妖狐とはいえ、長生きしておりますからね。本当の神とまではいかずとも、神通力の一つや二つは具えております。それこそ、千里眼の類などもね」

 

 源吾郎の問いかけに対し、若菜は穏やかな笑みをたたえながらそう言った。源吾郎を見据える両の瞳が変化したのを感じ取る。何がどう変化したのかを言葉にするのは難しいけれど。

 

「牛鬼が斃された現場に赴いた時に、現実が改変された形跡を私は見つけたの。改変された形跡……という物については、今はそういう物があるという認識だけで構いませんわ。ともかく何が改変されているのかを辿ってみたところ、牛鬼に襲撃された藤森さんの生死が改変されていた事が判明したのです」

 

 あの二尾の女狐の名は藤森アオイというらしい。存外に清楚な名前であると源吾郎は思ったが、もちろんそれは今回の話の本筋ではない。

 

「藤森さんというのは、牛鬼に呑みこまれていた妖狐ですよね?」

「ええ、その通りです島崎君」

 

 牛鬼と遭遇した時の瞬間が、源吾郎の脳裏に浮かび上がる。衝撃的で鮮明に覚えているはずのそのシーンを、源吾郎ははっきりと思い出す事が出来なかった。脳裏に浮かぶ映像は、ノイズやモザイクが入り混じったものだったのだ――()()、藤森アオイという女狐が吞み込まれるシーンなどは。

 

「彼女は牛鬼に直接吞み込まれ重軽傷を負ってはおりますが一命を取り留めています――()()()()()()、牛鬼に呑みこまれた時には彼女は生命を落としていたのですがね」

「…………」

 

 射抜くような若菜の眼差しに、源吾郎の身体は小刻みに揺れ始めていた。

 藤森アオイは、あの茶褐色の二尾はあの時死んでいた。その言葉を耳にした源吾郎は、あの時の光景を今一度思い出していた。先程とは異なり、もはやノイズやモザイクで隠されていない光景を。ああそうだ。確かにあの時彼女は死んでいた。肉食獣よろしく生え揃った牛鬼の牙に、骨も肉もなす術もなく破砕されていたではないか。妖怪は生命力が高いと言えども、流石にあんな目に遭えば二尾ではひとたまりも無かろう。

 

「それじゃあやはり、僕は彼女を……藤森さんが死んだという現実を書き換えて、無かったという事にしたんですね」

「結果的にはそういう事になるでしょうね」

 

 若菜と源吾郎の問答を黙って聞いていたミツコが、ここで動きを見せた。源吾郎をしっかと見据えるミツコの顔には、しかし驚きの色は薄かった。むしろ何かを納得しているかのような雰囲気さえ感じられるくらいだ。

 

「もっとも、島崎君の様子を見るに、現実改変とやらは意識して行ったようには思われへんねんけどなぁ」

 

 源吾郎に対して話しかけているからなのか、ミツコの口調は普段のエセ関西弁に戻っている。だがそれ以上に、現実改変の事を()()()()()()()()()()()()事が衝撃的だった。

 

「林崎さんって、僕が現実改変や運命操作の能力を持つ事はご存じなかったんですよね?」

 

 そうやな。何のこだわりもなく頷くミツコに対し、源吾郎は更に問いを重ねる。

 

「何と言いますか、初めて知ったと仰る割には驚いている様子が見受けられなかったので……むしろ僕の方が驚いているくらいです」

 

 現実改変を行使して、一人の妖狐の死をなかった事にして彼女の生命を救った。自分で言うのもなんだが大それた能力で大それた事をやってのけたともいえるだろう。いかな萩尾丸の側近と言えども、ミツコも流石に驚くだろうと源吾郎は思っていたのだ。もしかしたら、源吾郎の前だから落ち着いた態度を演じているだけかもしれないが。

 

「確かに島崎君の秘められた能力を知ったのは今日が初めてや。だけどな、若菜様との面談の前に得られた証拠や証言から()()はとうにしとったんや。うちも牛鬼が大暴れしとった現場にはおったし、島崎君が病院に運ばれている間にも、何がどうなったのかは話は聞いとるからな。

 むしろ、病院で三時間ほど寝とった島崎君よりも、色々な事を掴んどるやろうな」

 

 ミツコは一旦言葉を切ると、源吾郎の傍らを指し示した。

 

「証拠は二つあるんや。まずはその護符。島崎君の左手首に巻き付けとった護符は突然弾け飛んだやろう? 元来その護符は持ち主の身を護るもんであり、自爆機能なんてけったいな機能はついてないんや。まぁ、紅藤様の事やから、緊急時のみに発動する隠しコマンドもあるらしいけどな」

「隠しコマンドは僕も知ってます。雷園寺君の護符で一度発動したそうなので。ですが、弾け飛んだ護符を見る限り、今回は隠しコマンドが発動した感じとは()()()()()ように僕も思ったんです」

 

 隠しコマンドの事を知っとるんなら話が早いな。源吾郎の言葉に、ミツコは静かにそう言った。

 

「それに護符が弾け飛んだタイミングもあるんや。護符が弾け飛んだのは、うちが牛鬼の頭をかち割った()の事やったやろ。闘いも終わって牛鬼も死んでしもうた後の事やから、護符が弾け飛んだのは牛鬼の攻撃を護るためとは言われへん。

 そもそも、先に言うたとおり、護符が弾け飛ぶ事自体が、あり得ざる事になるんやけどな」

 

 確かにその通りです。ミツコの第一の推理を聞いていた源吾郎は素直に頷いた。護符が本来の効果を発揮していた事は、実は源吾郎も牛鬼と闘っている間に感じていた事だった。途中で投げ飛ばされたり毒を飲まされたりと攻撃を受けたにもかかわらず、そこまで重傷にならなかったのはやはり護符のお陰だったのだから。

 そんな風に思っている間にも、ミツコは言葉を続けた。

 

「次に島崎君が倒れて……それから目を覚ました後の言動。病院の医者も言うてはったけれど、島崎君は倒れる直前に異常な興奮状態に陥って、そこから倒れとったやろ。目を覚ました後は、医者からは意識レベルについては問題ないって太鼓判は貰っとったけど、それでも藤森さんいう狐娘の安否をしきりに気にしとったみたいやし」

 

 ミツコはここで一度言葉を切ると、ふっと目を細めて源吾郎を見つめた。

 その件について裏も取ってるんやで。目を細めた狐らしい表情のままに、ミツコはそう言っていた。

 

「江田島君と北斗君やったっけ。島崎君が病院内で寝とったり会場に戻って皆と合流している間に、こっそり部下を放ってあの二人から当時の事を聞き出してもおったんや。江田島君は牛鬼を斃した瞬間に居合わせとったし、北斗君は島崎君と一緒に病院に運ばれとったからなぁ。

 ともあれ、二人とも島崎君が倒れる直前と、目を覚ました直後の事はおおよそ把握できたわ。特に北斗君からは、『島崎君は藤森さんが喰い殺されたのだと()()()()()()()らしく、その事でひどく()()していたみたいだ』という証言も得られたしな」

 

 自分のあずかり知らぬ所でそんな情報の確認が成されていたとは。ミツコもやはり萩尾丸の部下なのだ。ぼんやりとした思考の中で源吾郎はそんな事を思ってもいた。

 

「藤森さんが助かったのか否か。牛鬼に襲撃された一連の事件について、島崎君がその点で混乱するのは無理からぬ話です」

 

 ミツコの推理を耳にしていた若菜がここで口を開いた。

 

「元よりあなたは藤森さんが死んでしまった事を知っています。だからこそ――意識的か無意識だったのかはさておき――現実改変の力が働いて、彼女が死ななかった事にしてしまったのです。二つの相反する、決して重ならない事柄を記憶しているのですから、混乱するのも無理からぬ事でしょう」

「生きていて尚且つ死んでいるなんて事はまずもって両立できませんものね。能力の反動と相反する記憶への混乱にて意識を失ったと考えれば、確かに合点がいきます」

 

 控えめに頷く源吾郎の隣で、ミツコは臆せず自分の意見を口にしていた。標準語に近い丁寧な言葉だったのは、源吾郎ではなく若菜に向けた言葉だったからなのだろう。そのミツコの視線が源吾郎に注がれる。

 

「それはそうと島崎君。そろそろ現実改変の能力とやらについて教えてくれへんか。島崎君の様子を見る限り、その能力について島崎君自身も何か知っとるみたいやし……」

「は、はいっ」

 

 返答した源吾郎の声は上ずっていた。現実改変ないし運命操作の能力を紅藤たちに隠していた事が、途方もない罪科であるように思えてならなかった。或いは若菜やミツコが、源吾郎の能力を濫用しようと目論むのではないかという考えが源吾郎の心をざわつかせた。

 源吾郎の持つ現実改変の能力は、望む現実を作り出すとともに相応の代償を支払わねばならないのだから。

 源吾郎の戸惑いと怯えを感じ取ったのだろう。ミツコは表情を緩めて言い添える。

 

「緊張せんでもええ。うちらは島崎君の能力をどうこうしようなんて事は思わへん。ただ現時点では、何が起きたのかについて知りたいだけなんやからな。

 それにな、この話は後々紅藤様や萩尾丸さんの前でもせなあかん事になるのは決まりきってるんや。だからその練習や思うて気軽に話したらええんや」

 

 なだめるようなミツコの言葉に源吾郎は頷いた。

 

 若干のたどたどしさ、ぎこちなさを伴いつつも、源吾郎はおのれの裡に宿る運命操作・現実改変の能力について知っている事を若菜たちに語った。

 語る事について気負っていたものの、語るべき内容そのものはそれほど多くは無かった。幼少期にその能力に気付き、私利私欲のために三度使った事。そしていずれも相応の対価を支払わざるを得なかった事。それ故に三度目に行使した直後にもうこの能力に頼らぬと心に誓った事。要約すれば、源吾郎が語った事とはそれくらいのものだったのだ。

 

「なので若菜様に林崎さん。僕のこの能力は無闇に使えるようなものでは無いのです」

 

 ひととおり説明を終えた源吾郎は、ミツコと若菜を見据えながらきっぱりと言い放った。源吾郎自身は深刻な表情を浮かべていたが、話を聞いていた若菜たちもまた真剣な表情だった。

 ややあってから口を開いたのはミツコだった。合点がいったと言わんばかりの表情を浮かべながら。

 

「成程なぁ。島崎君の持つ現実改変の能力は、改変した現実と相応の代償を支払わないとあかんねんな。そら確かに迂闊には使われへんなぁ。

 だけど、島崎君の話を聞いていて、何故あの時護符が弾け飛んだのか解ったわ。

 それは言うまでもなく――あの護符が島崎君の生命の身代わりになったんや」

「あの護符は雉仙女様が御自ら作った護符ですものね」

 

 感心したような若菜の言葉に、ミツコは頷きつつ言葉を続ける。

 

「島崎君の現実改変に()()()()の法則が付きまとうんやったら、あの時狐娘の生命を助けるには、()()()()が代償にならなあかんかったんや。しかもこれまでの話を聞く限り、等価交換は島崎君の周りで起きとったもんな。

 だからな、本来ならばあの狐娘の死を無かった事にした直後に、代償として島崎君が死んどったかもしれへんという事や。だからこそ、護符が島崎君の身代わりになったんやろう。隠しコマンドでもない、不完全でイレギュラーな動きになってしもうたんは、それこそ島崎君の振るった能力そのものがイレギュラーやったからにほかならんのや。

――まぁいずれにしても、大層な話やで」

 

 ミツコはそこまで言うと深く息を吐き、疲れたと言わんばかりに眉間の辺りを揉み始めていたのだった。

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