九尾の末裔なので最強を目指します   作:斑田猫蔵

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若妖怪の見る風景――若狐は静かに歩む

 若菜との面談が終わった源吾郎は、足許がふらつかないように注意しながら歩を進めていた。牛鬼との激闘で負った肉体的なダメージは、病院で眠っている間にあらかた回復していた。

 だが、精神的な疲労については別問題だ。若菜との面談で、源吾郎は気力と精神力をゴリゴリに削り取られたのである。

 それも無理からぬ話だと、源吾郎は思っていた。何せ八尾を具え、千年以上生きている大妖狐と相対する事となったのだから。彼女が玉藻御前に仕えていた女傑であるという事実もさることながら、その彼女と話した内容というのも重々しく、緊張をもたらすのに十二分すぎた。何せあの場で、源吾郎が秘匿していた能力を看破された挙句、大いなる邪神とは切っても切れぬ存在であると言われたのだから。駄目押しとばかりに託された彫像が重たく感じられるのも、きっと気のせいでは無いはずだ。

 

「……長くて大変な一日やったな、島崎君。お疲れさん。色々あったけれど、島崎君はよう頑張ったわ」

 

 隣を歩くミツコが顔を上げ、源吾郎を労う。彼女は先程まで軽く俯き、スマホを操っていたのだ。誰かに連絡を入れていたであろう事は明らかであるが、源吾郎は深く追求しようとは思わなかった。ミツコは社会妖として、上司に報告を入れていたのだ。そのように源吾郎は考えていたのだ。

 

「研究センターへはうちが直接送ったる。しんどいとは思うけれど、ひとまず紅藤様や萩尾丸さんたちには挨拶をして、それから部屋に戻ったらええわ。どの道研究センターに戻るころには、もう定時も過ぎとるやろうからな」

 

 源吾郎が現実改変の事を説明するのは、今日ではなく来週の月曜日あたりになるであろうとミツコは言った。木曜日などではなくて週明けになるのは、源吾郎が明日、明後日と会社を休む事を前提にしての話だ。前提というよりも確定事項になっているらしい。

 

「林崎部長。明日も明後日も休んで良いんですか?」

「休んで良いんじゃあなくて休まなあかんのや。病院の医者《せんせい》も同じ事を言うてはったはずやで?」

 

 言い放った言葉の鋭さとは裏腹に、ミツコの表情と眼差しは柔らかな物だった。ビジネス的感情やら何やらを抜きにして、彼女が源吾郎の身を案じている事がひしひしと伝わって来る。源吾郎はそれを感じ取ってしまっていた。

 

「今日はあんな事があったから気を張ってるだけやろうけれど、それでも疲労や精神的な消耗が無くなった訳ではあらへん。もう紅藤様たちには話はつけとるから、明日も明後日も堂々と休んでもらっても構わへんねんで。もちろん、休みやからいうて遊びに行ったりせんように、な」

 

 母狐のようなミツコの言葉に、源吾郎は愛想笑いを浮かべた。頬が若干引きつりはしたけれど。

 心身を休めるために早めの休日を取ったのに、遊びに出たらまた体力が消耗してしまう。或いは、有給を取っているという事なのに遊び呆けていたら、それを見ていた者たちが良く思わないだろう……ミツコの言葉には、そう言った意味が込められているのだろう。源吾郎はそんな風に解釈していた。もっとも、源吾郎も有給を取った上で何処かへ遊びに出掛けるなどと言う事などは考えもしなかった。

 それに休みの間に出歩くなと言い含めたのは、護符もない無防備な状態で出歩くのは危険だと、護符も含め源吾郎のコンディションが整うまでは紅藤の許にいた方が安全であると、暗に言われたようなものだと感じてもいた。源吾郎は本調子ではないし、身を護る護符の装備も万全ではない。そんな折に何か良からぬ輩に狙われたらそれこそ大事である。

 まぁ少なくとも、大人しく自室に籠っておけという事なのだと、源吾郎は受け取った。源吾郎も源吾郎で、明日は出歩こうなどとは思わない。幸いな事に食品の蓄えはあるし、何となれば下ごしらえしたおかずが冷凍庫か冷蔵庫にあるはずだ。部屋から出ずとも一日はどうにかなりそうだ。まぁその間に、家族や雪羽から連絡が来るだろうから、それをさばけば良いだけの話だ。もちろん、米田さんに連絡を入れるのも重要な事だ。初デートの後から、源吾郎は米田さんに何くれとなく連絡を入れていた。普段は日に数回程度の連絡しか寄越さない米田さんであるが、流石に今回は早めに連絡を入れて、彼女を安心させたかったのだ。

 

「……解りました林崎さん。明日は部屋でゆっくり休みます。ですが、明後日の金曜日は出来れば出社したいと思っているんです。もちろん、体調と相談になりますが」

 

 明日の過ごし方をひとまず頭に追いやり、源吾郎はミツコにおのれの考えを口にした。休まねばならない事は説明を受けてきちんと理解した。しかし休み通しはどうにも性に合わないように思えたのだ。二日休めば土日までぶっ通しで休みになると思ったし、それこそ同じところに留まれぬと思ったのはキツネの性なのかもしれない。

 ミツコは黙って源吾郎の言葉に耳を傾けていた。解ったわ、と呟く彼女の言葉はやけにあっさりとしていて、さほど驚いた様子は見られなかった。

 

「まぁ、明日は一日休みやねんから、その時にイケるかどうかを考えて、明後日どうするか決めたらええ。とはいえ島崎君。休むにしろ出社するにしろ金曜日は早めに連絡を入れるんやで。()()()についての打ち合わせが、島崎君が出社する事で前倒しになるはずやから、な」

 

 ミツコの口にしたあの件とは、源吾郎の保有する現実改変能力の事である。能力について若菜とミツコにあらかた説明したのだが、その説明は紅藤たちの前でも行わねばならなかった。

 話を聞いていたミツコが、上手く要約して萩尾丸や紅藤に伝えれば良いのかもしれない。そんな考えもあるかもしれないが、ミツコはあくまでも源吾郎の口から紅藤たちに改めて伝える事()()が重要であると思っているらしかった。効率的か合理的かという問題ではなく、源吾郎の上司への()()が問われているのだ、と。

 もちろん源吾郎は紅藤たちに自分の能力を伝えるつもりだ。忠義云々の難しい話までは解らないにしても、だ。

 そんな風に思っていると、ミツコは何やら思案顔となっていた。

 

「打ち合わせの場に青松丸君やサカイさんは出席してもらうのは確定やけど、雷園寺君は出席してもらおうかどうか考えあぐねとる所なんや。あの子はもはや研究センターの一員と見做されとるけれど、今回の打ち合わせの内容は迂闊にあの子に聞かせるのはよろしくないとうちは思うとる」

 

 そこまで言うと、ミツコは一旦言葉を切った。

 

「別に雷園寺君が悪だくみをして、島崎君を能力ごと利用しようと疑ってるとか、そんな事やあらへん。ただ、あの子の事やからうっかり島崎君の事を外部に話してしもうても厄介やしな。まぁその辺は萩尾丸さんの方が良くご存じやと思うから、上手い塩梅に調整してくれるとは思うねんけれど」

「……そう、ですね」

 

 源吾郎はゆっくりと頷いて、視線を落とすしかなかった。

 打ち合わせに雪羽を出席させるのか否か。それを決める権限は源吾郎にも雪羽にもない。だから源吾郎たちは、上層部が決めた事を受け止める他ないのだ。

 だがそれとは別に、ミツコに釘を刺されたのだと源吾郎は感じていた。源吾郎も源吾郎で、現実改変の能力について吹聴するな、と。

 ひとまず難しい事を考えるのはこれまでだ。ミツコと並んで歩きながら、源吾郎はそう思い始めていた。

 そうして皆の許へと進み始めたまさにその時、源吾郎のスマホが震えたのだ。

 着信だ。ミツコに断りを入れつつも、源吾郎はスマホの画面を確認した。それこそ萩尾丸か雪羽から電話でもかかってきたのだと思ったのである。

 ところが、スマホが知らせたのはそもそも電話の着信ではなかった。通話アプリの方の通知だったのである。

 そちらを素早く確認した源吾郎は、一目見て驚きに目を見開き、それから柔らかな喜びに頬を緩ませた。というのも、連絡の主は米田さんからのものだったからだ。

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