九尾の末裔なので最強を目指します   作:斑田猫蔵

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雷獣の少年は家族を思う

 転移術によって飛ばされた先は、三國の家の前だった。門灯に照らされた下には、「園田」と刻まれた表札がぬらぬらとした光沢を放っている。三國自身には苗字が無いが、必要とあらば園田の姓を叔父は名乗っていた。

 萩尾丸の業をもってすれば、雪羽を直接三國の家の中に転移する事すら造作のない事であろう。それでも敢えて家の前に送り込んだあたりに、社会妖《しゃかいじん》としての萩尾丸の気遣いを感じたような気がした。

 更に言えば、雪羽は三國の家の合鍵を所持しており、現在も貴重品入れの中に保管していた。従って鍵を開けてそのまま入る事も出来るのだ。もちろん、急に入るなどと言う無作法な真似をするつもりは無いが。

 雪羽はともあれ、門扉にあるインターホンに手を伸ばしていた。今の時間ならば月華はもちろんいるだろう。運が良ければ春嵐や管狐の飯綱さんもいるかもしれない。月華たちはもしかしたら驚くかもしれないが、事情についてはおいおい話すとしよう。

 そんな風に思っていた雪羽であったが、インターホンを押す事はついぞ無かった。雪羽のすぐ傍に、光り輝く何かが飛来して舞い降りてきたためだ。それは攻撃してきたわけでも無いのだが、眩しさと舞い降りてくる風圧の為に、雪羽は思わず目をつぶってしまった。

 目を開けた雪羽は、その輝く何者かが雷獣である事に気付いた。雷撃を操る雷獣は、その作用のために暗がりでは光り輝く事がままあるのだ。

 その雷獣はカワウソに似た青灰色の毛並みとしなやかな二尾の持ち主だった。大きさはミニチュアダックスフントよりも二回り程大きい位であろうか。

 雪羽と目が合うと、彼女はすっと後足で立ち上がり、直立した体勢になった。獣だったその姿は、数秒も待たぬうちに人型に変化してしまう。パンツスーツ姿の女性に変化したその雷獣の事は雪羽もよく知っていた。彼女の名は天水《てんすい》という。三國の末の姉、つまり雪羽の叔母にあたる雷獣だ。

 

「こんばんは、天姉《てんねえ》……?」

「やぁこんばんは、雪羽君。平日に会えるなんて奇遇だね」

 

 思いがけずに出くわした天水と雪羽であったが、二人の態度は対照的な物だった。奇遇と言いつつも天水は驚いた素振りは見せていないし、雪羽は雪羽で少し困惑していたのだから。

 天水に見つめられ、雪羽は頷きながら口を開いた。困惑しつつも、自分がここにいる理由について叔母に語らねばならないとはっきり解っていたからだ。

 

「仕事が終わってすぐに、君も三國君たちの許でゆっくり過ごせば良いって萩尾丸さんに言われたんだ。それで、転移術でここまで送り込まれたってわけ」

「成程ね、そういう事だったんだ」

 

 雪羽の説明は簡潔な物だった。しかしそれでも、天水は納得したような、何かを察したような表情を見せたのだ。物分かりの良い大人の顔だと雪羽は密かに思っていた。

 

「それにしても、天姉と家の前でタイミングよく鉢合わせするなんて思わなかったよ。だからびっくりしちゃった」

 

 それから素直に思った事を口にする。天水はそんな雪羽を見ながら笑っていた。

 

「あはは。そうか、雪羽君は私が三國の家にやって来た事に驚いたんだね。雪羽君は週末しかこっちに戻ってこないから……とはいえ、私もちょくちょく三國の家には遊びに来ているんだ。月華ちゃんのお腹が大きかった時からお邪魔してたでしょ。あれの延長みたいなものさ」

「え、でもあの時って月姉の赤ちゃんが産まれそうだったからって事で、一時的だったんじゃないの? 最近は叔父貴の所にも来てなかったし」

「あの時は単に仕事が忙しかっただけさ。フリーのSEだから、仕事なんてものはベルトコンベヤに乗って均等にやって来る物じゃあないんだよ。でもその分、今は仕事がはけて暇に、じゃなくて余裕が出来たから、また弟夫婦の所に顔を出せるって事」

 

 はきはきした口調で天水が述べると、空いている方の手で雪羽の手を取った。ぐいと引っ張る天水の力は思いがけぬほど強く、雪羽の身体はよろけてしまった。身体能力の優れた雷獣ゆえに、転ぶという事は無かったけれど。

 

「さて雪羽君。ここで立ち話もなんだし、一緒におうちに入ろうか。いかな雷獣と言っても真冬の風に当たっていたら具合が悪くなっちゃうからね」

 

 天水が満面の笑みを浮かべる。つられて雪羽の顔にも笑みが浮かんでいた。性格や立ち振る舞いは異なれど、天水はやはり三國の姉なのだ。その事実が雪羽の心の中にぐっと迫ってきたのだ。

 

「お帰りなさい。雪羽君に……今日は天水お義姉《ねえ》さんも来てくださったんですね」

 

 雪羽たちを出迎えたのは月華だった。前開きの厚手のワンピースの襟元が僅かに乱れ、彼女の身体からはミルクの匂いが立ち上っている。子供たちの面倒を見ていた直後なのだと雪羽は悟った。

 

「ただいま月姉《つきねえ》。今日は水曜日だけど、萩尾丸さんの方から叔父貴たちの家に帰った方が良いって言われて、こっちに送ってもらったんだ。天姉とはたまたま家の前で出くわしただけだけど」

 

 雪羽が言葉を切ると、天水はにっこりと微笑みながら口を開いた。その笑みは全くもって朗らかで、遠慮やためらいの色は一切無かった。

 

「しばらくぶりね、月華ちゃん。本当はもう少し頻繁にあなたの所でお手伝いとか色々やりたかったんだけど、少し前まで仕事が立て込んでいて、どうにも身動きがつかなかったのよ。その仕事もはけたし、何日かはまたお手伝いできると思うわ」

「まぁ、お義姉さん。そこまで私たちに気を使わなくても良いのに……」

 

 天水の言葉を聞いているうちに、月華の頬が薄赤く上気していった。恥ずかしがっているとも照れているとも喜んでいるともつかぬ表情は、雪羽の前ではそうそう見せぬものだった。一方の天水は、眼差しに慈愛の色を浮かべつつも、朗らかな笑みを崩さない。

 

「義妹《いもうと》の事をあれこれ思うのはおかしな話じゃあないでしょう。ただでさえ、あなたは三國の傍にいて、仕事でもプライベートでも支えてくれているんだから。ええ、あの()()()()()がちゃんと仕事をして、まっとうに暮らしているのは大体月華ちゃんのお陰でもあるんだから」

 

 月華は照れつつもおっとりと微笑み、大げさな話だと首を振っている。雪羽はしかし、この時は天水の言うとおりだと素直に思っていた。

 この家の真のあるじは三國()()()()妻の月華なのだ。対外的にはイケイケの三國が他の妖怪たちをグイグイ引っ張っているように見える節もあるが、実際には月華が何かと手綱を握り、時に夫の行動を調整する事すらあるのだ。そもそも妖力の保有量は三國に迫るものがあるし、何よりおっとりとした雰囲気とは裏腹に、恐ろしく聡明な一面を隠し持っている。ついでに言えば過去の事もあって、三國は月華には頭が上がらないのだ。

 その月華に対して一目を置いているのは雪羽も同じ事だ。三國が連れてきた甥に対し、彼女は母親代わりになろうと心を砕いていたのだから。月華のその心は、雪羽が三國に連れられてこの地にやって来た時から、今に至るまで変わらない。お腹を痛めて産んだわが子がいる今でさえ、彼女は雪羽の母親として振舞おうとしているのだから。

 

「雪羽君にお義姉さん。赤ちゃんたちなら今ごはんを済ませて、それで二人でお休み中なの。リビングのベビーベッドの中でねんねしてるから、ね」

 

 天水との話が一通り終わると、月華は笑顔を浮かべて雪羽たちに告げた。もちろん、赤ちゃんたちに触る前はきちんと手を洗うように注意されたのは言うまでもない。

 

 月華の説明通り、赤ん坊である野分と青葉はベビーベッドの中でじっとしていた。見た感じ眠っているようだが、それでも身体をゆるくCの字に曲げて、お互い顔同士をくっつけ合っているのは何とも可愛らしい。

 幼い弟妹がしっかりと成長している事は、ベビーベッドの上から覗き込むだけでもはっきりと感じられた。柔らかな産毛のような毛並みは色味が濃くなり、兄妹ながらも文字通り毛色が違う事がはっきりとし始めている。産まれたばかりはぺたりと垂れて頭頂部にくっついていた耳も、しっかりと開いているではないか。前見た時よりも、野分と青葉は大きくなっていたし、耳や手足もしっかりと成長しているように感じられた。

 そしてそれは当然の事でもある。動物が最も成長するときは赤ん坊の時だと言われているが、それはもちろん妖怪にも当てはまる。しかも雪羽が双子の弟妹に会ったのは、週末の事だった。毎日ではなく、ほぼ一週間おきに見ているからこそ、双子の成長には雪羽も目ざとかったのだ。

 

「野分、青葉……」

 

 気付けば雪羽は二人に呼びかけ、ベビーベッドの中に手を伸ばしていた。金褐色の毛並みを持つ青葉の頭と尻尾がピクリと動いたが、それ以外には特段派手な動きは無かった。囁くような雪羽の声は、まどろむ赤ん坊たちを目覚めさせるには至らなかったのだ。

 雪羽はだから、弟妹達の頭や背を撫でる事が出来た。どちらも毛並みはふわふわとして柔らかく、体温の熱と共に甘いミルクの香りが立ち上っていた。両親ともに大妖怪でありながらも、雪羽の手と較べてもなお、弟妹達はちっぽけだった。まだ変化する事もままならぬ彼らの身体は、雪羽の合わせた両手に易々と収まるくらいの大きさなのだから。

 ああ、赤ちゃんってやっぱり小さいんだよな……そんな風に感嘆しつつも、雪羽の心は郷愁に囚われていた。長兄である雪羽にしてみれば、赤ん坊を目の当たりにしたり直接触れ合ったりする事は今回が初めての事では無かった。雪羽も十歳までは弟妹と共に本家で暮らしていた身だ。弟妹達、特に開成やミハルなどが赤ん坊だった頃の事はうっすらと覚えている。無論雪羽も幼かったが、お兄ちゃんだからと幼い弟妹達を抱っこしたり、世話を焼こうとしていたはずだ。その頃は赤ん坊もそれほど小さいとは思わなかったが……それはやはり雪羽自身も幼かったからであろう。

 すぐ下の穂村とは僅か一歳違いであるが、開成は雪羽が四歳の時に、ミハルは六歳の時に生まれた弟妹である。()()()()()()()()、極めて歳の近い兄弟だったのだ。

 雪羽の脳裏に浮かぶ赤ん坊というのは、実の弟妹だけではない。異母弟の時雨だってそうだった。但し、母親が違うという事と雪羽たちが除け者にされつつあったという事もあり、赤ん坊だった時雨は遠巻きに見つめていた記憶しかないが。

 ともかく、すぐ傍にいる野分たちを撫でていたはずなのに、雪羽はすぐ傍にはいない弟妹達の事に思いを馳せていた。

 だからこそ、弟妹達が目を覚ましてもぞもぞと動き始めた事に気付くのが遅れてしまったのだ。

 

「ミュッ、ミューイ!」

「ミュイ、ミューン……」

 

 仔猫というよりもむしろ小鳥のそれに近い泣き声が、ベビーベッドの中で迸る。雪羽がハッと我に返った時にはもう、野分も青葉も目を覚ましていた。まだ目は開いていないが、大きな頭を左右に揺らしながら手足や尻尾をばたつかせている所を見れば、起きている事は明らかだった。

 

「あらあら、野分ちゃんも青葉ちゃんも目が覚めたのね」

 

 天水や美咲(春嵐の部下であり、最近はもっぱら月華の家事を手伝っている管狐の少女だ)と共に食事の支度をし始めていた月華がこちらに戻って来た。ベビーベッドに差し入れていた手を引っ込める間もなく、月華と対面することとなってしまった。

 雪羽はここでようやく腕を引っ込めた。首を垂れたい気分だったが、月華と向き合っているのでそこまでしなかった。

 

「ごめんなさい、月姉。野分も青葉も寝てたのに、俺がちょっかいをかけたから怖がって泣いちゃったんだ」

「ううん、大丈夫よ雪羽君。野分ちゃんはちょっと人見知りなだけだし、青葉ちゃんは怖がってないんだから……」

 

 そう言う月華は既に、双子たちを抱え上げてあやしていた。野分は小さな爪で月華の服にしがみつこうとし、青葉は不思議そうに頭を揺らしながら様子を窺っている。

 そうしていると、金褐色の毛並みの赤ん坊を、妹の青葉を月華は差し出してきた。

 

「うふふ、青葉はそんなに物怖じしないから。お兄ちゃんも抱っこして御覧」

 

 良いの? と問いかける暇もなく、雪羽の手中に青葉が収まった。赤ん坊の体温は殊更に熱く、その熱は雪羽の手のひらにもしっかりと伝わっていた。

 もぞもぞと動く青葉を落とさぬように注意しながら、雪羽は自身の腕ごと青葉を胸元に引き寄せる。手足を動かしてミュウミュウと泣いているが、言われてみれば怖がっている雰囲気は無さそうだった。

 

「青葉、俺が、俺はお兄ちゃんだよ……」

 

 一方の手で身体を支え、他方の手で背中を撫でながら、雪羽は青葉に語り掛ける。その言葉が伝わったのか聞いているのか、青葉は不意に大人しくなった。心持ち顔を上げて、耳を前方に傾けているようでもあった。

 その姿に雪羽は胸の奥が熱くじんわりと締め付けられるのを感じた。青葉は、まだ赤ん坊なのに俺がお兄ちゃんだという事に耳を傾けてくれたのだ、と。そして雪羽もまた、野分と青葉の為に、立派な兄として振舞うのだと一人静かに決意を固めた。

 もちろん、そんな決意をしたからと言って、穂村たちや時雨たちの事を忘れた訳では無い。むしろ夕食が済んで団欒を終えたら、本家の弟妹達に電話を入れたくなったくらいだ。

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