九尾の末裔なので最強を目指します   作:斑田猫蔵

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自己評価は謙遜と無自覚のあわいに浮かぶ

 切なさの漂う空気を払拭したくて、源吾郎は思わず声を上げた。普段よりも高いトーンであったが、そんな事は構わない。

 

「今回テロリストが会場にけしかけて牛鬼は、どうやら幼体……まだ子供の個体だったんです。だからこそ、犠牲者が出るような甚大な被害は出ずに済んだというのが当局の判断なのだそうです」

 

 源吾郎は後になってから知った事なのだが、今回テロリストが妖狐たちにけしかけた牛鬼は、会場内に新たに植えられた椿の苗木に宿らせていた物なのだという。その椿の苗木を選定したのも、会場に植えたのもテロリストたちである事は言うまでもない。苗木であり、尚且つ植え込んだ時には妖力も微弱であったから、他の妖狐たちの目を誤魔化す事が出来てしまったのだろう。木を隠すには森の中とはよく言った物だ。

 この牛鬼の正体についての解説については、源吾郎も腑に落ちるものだと素直に思っていた。椿の根に牛鬼が宿るという伝承は調べればすぐに出てきたし、今思えば牛鬼の言動は随分と幼稚で舌足らずなものだった。もっとも、あの時は牛鬼の残虐な振る舞いと相まって、相手の不気味さや得体の知れなさを引き立てているとしか思っていなかったけれど。

 いずれにせよ、椿の苗木などから生じた幼体であれば、言動が幼く感じたのも何らおかしな事では無い。そんな事をつらつらと考えているうちに、源吾郎はかすかな心の痛みを感じた。

 知らず知らずのうちに、源吾郎は斃した牛鬼の事を憐れんでいたのだ。幼いうちにテロリスト連中に利用され、挙句の果てに殺された。それはやはり……源吾郎は静かにかぶりを振り、それまでの考えを払拭しようとした。真に邪悪なのは牛鬼を利用したテロリストたちではないか。それに何より、源吾郎は牛鬼に対して純然たる殺意でもって立ち向かっていた。その自分が牛鬼を憐れむなど()()であり()()に過ぎない。それこそ甘ちゃんで良い子ぶってるだけだ。後テロリストは糞だ。そんな風に思う事によって、源吾郎はセンチメンタルな気持ちを意識の片隅へと追いやった。

 その直後に思い出したのは、半妖狐の江田島の言葉だった。あの牛鬼が幼体である事、より成長した個体であればこの程度の被害で済まなかっただろう。彼もまたそんな事を源吾郎たちに言っていたのだ。

 

「子供だろうと何だろうと、島崎君たちが立ち向かった牛鬼は相当な強さだったと私は思うわ」

 

 鳥園寺さんはそう言って正面から源吾郎を見据えた。よく解らないが、源吾郎は気圧されてしまった。先程はか弱い人間の女子などと自称していた彼女であるが、その眼差しには圧があった。

 

「もちろん、それを仕留めた島崎君も十二分に強いって事ですけれど。ふふっ、ネットニュースではもう島崎君の事も大分持ち上げられているわよ。テロ行為の被害を最小限に食い止めた英雄って事でね。しかも本当の玉藻御前の末裔なんだから、尚更注目されるわよね」

「そのネットニュースは大げさに書きすぎているんです」

 

 笑顔ながらも表情の読めぬ鳥園寺さんに対し、源吾郎は言い放った。

 

「牛鬼と闘っていたのは僕一人だけじゃあありません。米田さんと、もう一人北斗って言う三尾の男狐の方と一緒に牛鬼をやっつけようとしたんです。それに結局、引導を渡したのは林崎部長なので、僕が仕留めた訳ではありません。その手前まで追い詰めたのでしょうがね」

 

 それに、源吾郎は瞳を揺らし、唇を震わせながら言い足した。

 

「十二分に強いだなんて、そんな事を言って持ち上げられると、何と言うか気恥ずかしいような収まりが悪いような、そんな気持ちになってしまいます。強いだのなんだのと言っても、所詮は妖力が多い()()に過ぎないんですから」

「……島崎君。あなた自分の強さを把握してないでしょ。もしかして無自覚系でも気取ってるの?」

 

 深刻な調子で語ったはずの源吾郎の言葉に対し、鳥園寺さんはおどけた様子で返すだけだった。雪羽もその通りだと頷いているのが地味に腹立たしい。

 とはいえすぐに言葉が出てこなかった。鳥園寺さんの言葉に対して返す言葉が思いつかないのではない。むしろその逆で、幾つも考えが浮かんでいた。だがそれを統合し、理路整然としたものにする事に対して悩んでいたのだ。

 源吾郎とて自分が他の妖狐、妖怪年齢的に同年代の若妖狐よりも抜きんでて強い事はうっすらと把握していた。戦闘向きではないと言いつつも、放つ狐火の殺傷能力は恐るべきものなのだから。

 その一方で、おのれの強さを驕り、天狗よろしく自慢げにアピールできる環境下にいるわけでは無い事もまた事実だ。研究センターの上司たちは、源吾郎たちのそうした慢心を決して赦さない。そもそも研究センターでの序列の中で、源吾郎と雪羽は仲良く最下位の座に位置付けられていた。そしてそれを源吾郎も受け入れている。自分は新入社員という立場だし、上司たちはおろかすぐ上のサカイ先輩でさえ、妖怪的にははるかに格上の存在なのだから。

 果たして鳥園寺さんは、萩尾丸や紅藤の強さをどのように評するのだろうか。彼女にもアレイという大妖怪に準じる存在が使い魔として控えている訳なのだが……そんな事を思っていると、鳥園寺さんが口を開いた。

 

「あのね、この前地域の術者や妖怪たちが寄り集まった会合で、島崎君とユキ君が戦闘訓練をやってる様子を収めたビデオを観たのよ」

「そうだったんですか!」

「そう言えば、教材用にって戦闘訓練が動画撮影されてた時があったじゃん。その時のやつだね」

 

 素っ頓狂な声を上げてしまった源吾郎であるが、澄ました様子の雪羽の言葉に、その時の事を思い出し始めていた。

 確かに萩尾丸が主導して、二人の戦闘訓練の様子が動画に収められた事もあった。もちろんこれは、被写体である源吾郎と雪羽の許諾を得たうえで行われたものである。だからこそ、戦闘訓練のビデオがある事を源吾郎も知っている訳だが。

 表向きは教材用だなどと萩尾丸はのたまっていたが、実の所営利目的を多分に見込んだものであろうと源吾郎は思っていた。名の知れた大妖怪の子孫がガチンコ勝負する動画なのだ。見世物的な意味合いでも商品価値は高いであろう。しかも妖怪を殺したり痛めつけたりするような違法性のある内容でも無いから、()()()()()として流通させる事も可能であるし。

 実際に地域の術者たちの会合で視聴されたという事だが、思っていた以上に真面目な所にあの動画を販売したのだな。そんな風に源吾郎は思っていた。

 

「動画の事も思い出したよ、雷園寺君」

 

 雪羽にそう言ってから、源吾郎は鳥園寺さんの方を見やった。動画の感想について聞き出そうかどうかと思案していると、彼女の方から口を開いたのだ。

 

「もうね、あの動画を見て誰も何も言わなかったわよ。私とか新米術者とかは言うまでもなく、悠斗さんみたいなベテラン術者や、それこそ実績のある妖怪たちですらね。それだけのインパクトが、あなたたちの戦闘訓練にはあったって訳。

 二人とも……島崎君もユキ君も、私らだけじゃあなくて妖怪たちからも十分に強いって判断されているのよ。研究センターではちょっと違うみたいだから、その辺にも目を向けた方が良いかもしれないわ」

「確かに、萩尾丸先輩が連れてくる妖狐たちからも、めっちゃ強いとかそんな事は言われますね」

「俺は少し前までヤンチャしてたから、妖怪たちにも鳥姐さんみたいな術者の皆さんにも注目されてただろうね」

 

 嫌味にならない程度に心掛けつつ源吾郎は呟く。雪羽などはまるであけすけで、自他ともに認める強い妖怪である事、更にはヤンチャな悪童だった事すらも受け入れた上で笑い飛ばしている始末である。慎ましく主張する事を心掛けた源吾郎とはまるきり真逆の物言いだった。

 鳥園寺さんはそんな二人を見ながら頷いている。源吾郎たちを見る顔には、何処か悪戯っぽい笑みが浮かんでいた。

 

「そりゃあもちろん私たちも注目してるわよ。特にあなたたちは単に強いだけじゃなくて、若いのに強いでしょう。人間だって若者が暴走しちゃうこともままあるんだから、妖怪でもそういう事があるかもって心配するヒトもいるのよ。

 同じ強い妖怪でも、何百年も生きている妖怪だったら、色々と枯れてたり達観してたりするから、そんなに派手な悪さをしでかす事も無いんですけれど。

……というよりも、それだけ強かったら悪さをしでかしたとしても私たちにはどうにもできないんですけどね」

 

 おっとりふんわりしたお嬢様みたいだと思っていたけれど、鳥園寺さんも何かと気苦労が絶えないのかもしれない。源吾郎はそんな風に思っていた。しかしその彼女に、何と声をかければ良いのか解らない。そこがもどかしくもあった。

 

「まぁ具体的な事を言うとね、島崎君がその気になったら、その辺のメガバンクに一人で強盗を敢行しても成功しちゃうだろうし、白鷺城でも異人館の立ち並ぶ街道でも物理的に炎上させる事も出来ちゃうって事なのよ。そんな事をされたら、私たちも討伐するのに骨が折れるからやって欲しくないんですけれど」

「やって欲しくないも何も、そんな事を俺は仕出かしたりしませんよ……」

 

 鳥園寺さんの口から出てきた物騒な言葉たちに、源吾郎は思わず眉をひそめた。最強の妖怪になって君臨するという野望を持つ源吾郎であるが、先程の言われたような過激な事をするつもりなどかけらもない。

 

「それにそう言うのは法的にもやってはいけない事になるじゃないですか。そんな事をした日にゃあ、俺は大罪人として逮捕されて投獄されるに違いありません。こんななりでも法的には人間なので」

 

 妖狐として暮らしている源吾郎であるが、実の所()()としての戸籍を保有し、法的には()()として扱われる存在だった。従って人間社会に付随する諸々の法律に護られているが、一方で()()()()()()()()()()()()()()()()()

 鳥園寺さんは思案顔で源吾郎を見つめていたが、ややあってからその面を綻ばせた。そこに浮かぶのは安堵交じりの心からの笑みだった。

 

「そんな風に島崎君が思っているのが解って良かったわ。自由気ままに力を振るうんじゃあなくて、色々と考えて慎ましく暮らしてくれているからこそ、私たちも安心して暮らせるわけだし」

 

 まぁ鳥園寺さんたちみたいな人間を安心させるために、自分は節制して暮らしている訳でも無いのだけれど。そんな事を思った源吾郎であったが、口にしたらややこしくなるので黙ったままにしておいた。

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