九尾の末裔なので最強を目指します   作:斑田猫蔵

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人妖は春こい狐に興味を抱く

 鳥園寺さんは簡潔な言葉で、源吾郎が術者たちの組織からも監視され、その行動が情報データとして蓄積されていた事を教えてくれた。もっとも、彼女もそこまで突っ込んだ事を知っている訳では無い。むしろ婚約者である柳澤悠斗の方が詳しいであろうとの事だった。

 ちなみにこの話について、源吾郎は戸惑ったり憤慨したりせずすんなりと受け止めた。入社したばかりならば驚いていたかもしれないが、そんな初心な心根は既に消え去っていた。

 術者たちが警戒し、源吾郎が何か妙な事をしでかさないかと監視するのは無理からぬ事だと思っていた。玉藻御前は日本三大悪妖怪の中でも最強と謳われてもいる大妖狐だ。その直系の子孫であり、生まれつき三尾で誕生したとあらば、妖怪であれ術者であれ気になるのは仕方なかろう。しかも源吾郎は妖怪としての自我を持ち、ついでに野望も具えていたのだから。

 或いはもしかしたら、そうした監視の目があったから()()、母や長兄は源吾郎を厳しくしつけ、人間としての暮らしに順応させようとしたのかもしれない。それで源吾郎の野望が潰えるような事は無かったが。むしろ一層妖怪として生き、自由気ままに暮らそうという思いが強まったくらいだ。世の中は皮肉に満ちていて、それは玉藻御前の末裔であっても逃れられないのだ。

 

「島崎君はどうしても警戒されやすいのよ。もちろん、大妖怪の血筋でその能力を受け継いでいるのもあるわ。だけどそれ以上に、()()()()()生まれ育っているから、人間社会の事にも詳しいでしょ。だから、人間に害をなそうとしたときに、普通の妖怪以上に狡猾に仕掛けてくるんじゃあないかって思われる訳なの」

「まぁ確かに、鳥園寺さんの話も一理ありますね」

 

 源吾郎が術者に警戒される理由。鳥園寺さんが口にしたその考察について、源吾郎は若干戸惑いつつも最終的には納得していた。源吾郎は就職するまで人間として暮らしていた訳だし、人間社会に疎そうな妖怪がすぐ傍にいるからだ。

 

「例えば雷園寺君とかだったら、仮に人間を襲うにしても、策とかなしにナチュラルにどーんと襲い掛かってそうだもん」

「ちょっと島崎先輩。俺は人間を襲うなんて()()()()()事はしませんよう」

「そうよ島崎君。ユキ君は人間を襲ったって記録は無いもの」

 

 妖怪たちの間ではヤンチャな悪ガキとして有名な雪羽であるが、実の所人間を襲撃するような悪事には手を染めてないという。それは雪羽が人間に対して友好的だから、という訳では無い。人間という種族に対する関心が低いためだった。それは彼が雷獣であり、しかも貴族の血を受け継ぐためであろう。妖狐や化け狸などとは異なり、雷獣はそもそも人間と関わる事が少なく、人間と関わらずとも暮らしていける。更に貴族としての矜持を持ち合わせている彼にしてみれば、か弱い人間を敢えて襲ったり苛めたりするのは、貴族としての矜持に()()()行為だと思っている節もあった。

 そう言った訳で、雪羽は人間たちの中では割合()()()()()であると思われているらしかった。人間と妖怪で評価ががらりと変わるのは中々に興味深い話である。

 それにね島崎君。鳥園寺さんはいたずらっぽく微笑みながら言葉を続ける。

 

「実はユキ君って、人間の女子から結構人気なのよね。見ての通り、中々の美少年だし。あ、もちろんそれだけじゃあないけどね」

「まぁ確かに雷園寺君は美形だけど……人間の女性から人気だなんて本当?」

「俺もよく解んないや」

 

 目を丸くしつつ放たれた源吾郎の問いに対し、雪羽も不思議そうに首を傾げるだけだった。まぁ最近治具の手入れとかちょっとした機材の修繕とかやってたからかな。そんな風に呟く雪羽の声も、ふわふわしていて輪郭がぼやけている。

 いずれにせよ、人間の女子が色めき立ったとしても、雪羽がそれで浮かれる事は()()()()()()()。それだけは男妖怪たる源吾郎にも解っていた。

 

「どちらかと言えば周りのヒトに嫌われるよりも、好かれていた方が良い事も多いだろうと俺は思うよ。とはいえ鳥園寺さん。雷園寺君に懸想している人間の女性がいるのならば、それはそれで気の毒な話です。純血の妖怪たる雷園寺君は、人間を恋人や妻にする事はまず無いでしょうから」

「あら、そんな事まで心配してくれてたの。島崎君ってば優しいのね」

 

 でも大丈夫よ。鳥園寺さんは上機嫌でニコニコしながら歌うように言い添えた。

 

「ユキ君を見て可愛いだのイケメンだの言ってる女子たちは、その事もはなから織り込み済みだもの。()()()()()()。ユキ君が自分たちに欲情しないと解っているからこそ、彼の事を存分に観賞し、心の中で愛でる事が出来るのよ。

 男の欲情の念が、女にとっては恐るべき脅威になりうる場合がある。女心を勉強している島崎君とてその事はご存じでしょう?」

「そう言う女性心理は僕も存じています。まだ理解しているとは言い難いですが」

「俺は鳥姐さんの言う事はよーく解るぜ!」

 

 真面目に返す源吾郎の言葉に被さるように、またしても雪羽が口を開く。その顔には屈託のない笑みが浮かんでいた。それこそ、人間の女子たちはそうした笑顔も可愛いと思うのかもしれない。

 雪羽が人間の女に欲情しない。鳥園寺さんが口にした事もまた事実だった。それは雪羽が人間に無関心な雷獣の貴族だからではない。妖怪の男と人間の女の間での繁殖が、()()()()()()()であるためだ。鬼や天狗などと言った人型・人由来の妖怪であればまだ起こりうる事であるが、雷獣や妖狐などと言った獣妖怪の場合、男妖怪が人間の女に子を産ませる事はまず不可能だ。

 だからそのためなのか、獣妖怪の男は人間の女を性的な対象と見做す事はまずないという。これは妖怪を知る者の中では有名な話であるし、もちろん源吾郎も知っていた。()()()()()()()()()()

 

「ともあれおぼこい感じの、それでいて無害なイケメンなんてこんな田舎じゃあ中々お目にかかれないのよ。だからユキ君の姿を見て、女子たちが色々喜んだり盛り上がったりするのも息抜きみたいな物よ。向こうだって彼氏にしたいとか、そんな生臭い事を思いながらユキ君を見ている訳でもないし、何なら私みたいに彼氏とか亭主がいる子もいる位なんだから」

 

 そうなんですね……ため息が思わず漏れるのを感じながら、源吾郎は雪羽と鳥園寺さんを交互に見やった。

 

「だからこそ鳥園寺さんも、僕たちに会うにあたって特段気構えてらっしゃる気配が無いのですね。実のところ、僕などは男二人で鳥園寺さんにお会いして大丈夫なのかなと気をもんでいたのです。柳澤さんに悪い事をしているような気がしまして」

「随分と()()()()心配りをしてくれるのね。でも悠斗さんの事は気にしなくて大丈夫よ。島崎君たちの事は悠斗さんも良く知ってるんですから」

 

 人間的。鳥園寺さんの放ったその単語を頭の中で反芻していると、左肩を軽く叩かれた。いつの間にか雪羽が隣に来ていて、源吾郎の肩を突いていたのだった。

 

「それに先輩だって、今は米田さんを彼女にしたくてしょうがなくて、その事で頭が一杯なんだろう? 鳥姐さんだって柳澤の兄さんにメロメロなんだし、俺らが会うのは別段問題ないと思うけどなぁ」

 

 あけすけに笑う雪羽のその言葉は、ある意味で妖怪らしさ全開の言葉だった。雪羽と鳥園寺さんは、互いに異性である事を意識していないからこそ、あそこまで打ち解けて親しく振舞っていたのだ。源吾郎はその事を唐突に悟った。

 

「あ、やっぱり島崎君が米田さんの事を好きだって言うのは本当なのね」

 

 雪羽の話を聞いていた鳥園寺さんが、童女のように目を輝かせながら言い放つ。源吾郎はためらわずにそのまま頷いた。変に隠し立てする必要はないと感じたためだ。源吾郎の片思いを知る者たちは妖狐がメインであるが多いようであるし、そもそも米田さんに思いを寄せている事を隠す必要性すら感じていなかった。

 

「ええ。ゆくゆくは色々な事で鳥園寺さんにご相談しようと思っていたのですが、ご存じだったらその手間も省けましたよ」

 

 そう言えば鳥園寺さんは米田さんと会った事もあったよな。そんな事を思いながら言葉を続ける。

 

「それにしても鳥園寺さんにまで俺の恋愛事情がリークしていたとは。ははは、忍ぶ恋は色に出るとはよく言った物さ!」

 

 百人一首の句をもじったおのれの言葉に半ば酔いしれ、源吾郎は明るく陽気に笑っていた。しかし悲しいかな、鳥園寺さんと雪羽の反応は色よい物ではなかった。特に雪羽などは「いや、先輩は全然忍んでなんか無かったはずだけど」とツッコミを入れる始末である。

 

「そりゃあもうリークしまくりよ。独身の女狐たちの中で、結構話題に上っているんですから」

 

 そんな中、鳥園寺さんは割と普通のテンションで応じてくれた。妖狐の女性たちで源吾郎の恋愛話について話題に上るのは自然な事だろう。半妖と言えども源吾郎は玉藻御前の末裔である。しかも人間よりも妖狐の血の方が勝ってもいる。恋愛対象として妖狐を選び、いずれ女妖狐の誰かを妻にする――うら若い女妖狐たちがそんな風に考えるのもごく自然な事だった。そして源吾郎が誰を選ぶのか、自分が選ばれる可能性があるのかが気になるのだろう。

 

「鳥姐さんの話によると、島崎先輩が米田さんを狙ってると聞いて、女狐たちは胸をなでおろしているらしいよ。自分たちが()()にならずに済んだってね」

 

 マジかよ……悪戯っぽく微笑みながら告げる雪羽に対し、源吾郎は嘆息の息を漏らした。

 

「そりゃあまぁ俺がモテそうにない、見目も麗しくない男だって事は俺自身が良く知ってるよ。ついでに言えば半妖だし。しかし標的にならずに済んだって安心するって話は流石に傷ついたぜ。あれか、俺と付き合うのは罰ゲームか何かかと思ってるのか彼女たちは」

「付き合うつもりのない女の子たちの評価に目くじらを立てても仕方のない事ですぜ、島崎先輩」

 

 にわかにいきり立つ源吾郎に対し、雪羽は落ち着き払った様子で言い放つ。

 

「別にその女の子たちだって、島崎先輩の事が嫌いだとか、生理的に受け付けないとか、そう言う意味でそんな事を言ったんじゃあないと思うんだ。

 というのも、あの工場棟で働いている妖狐連中は、その辺を出歩けば見つかるような、庶民妖怪ばっかりなんすよ。翻って俺たちは、先祖の尊い血を護る大貴族の一族じゃあないですか。庶民狐のお嬢様がたは、半妖と言えども大貴族の血と誇りを護る島崎先輩に気後れして、それで自分が彼女や妻候補に選ばれなくて良かったって思ってるだけなんすよ」

「そっか。それなら良かったよ……」

 

 何がどう良いのかはさておき、源吾郎の胸のざわつきは雪羽の懇切丁寧な説明によってあっさりと鎮静化してしまった。

 

「ま、私や噂好きな女狐たちの話はこれくらいにしましょ」

 

 源吾郎の気持ちが落ち着いたのを見計らって鳥園寺さんが言う。若干前のめり気味になった彼女の瞳は、好奇心でギラギラと輝いていた。

 

「相談したい事って言うのは、十中八九米田さんと付き合うにあたっての事とか、自分がどう思われているかとか、デートに関する事とかでしょ。もしよければ、私に思いのたけをぶつけても構わないのよ。

 うふふ、私ももうすぐ悠斗さんと結婚するし、その前にも何人かと付き合った事もあるから、ある程度はアドバイスできるわ」

 

 親切心よりもむしろ旺盛な好奇心や野次馬根性を感じ取った源吾郎であるが、それでも鳥園寺さんに話そうと決意を固めていた。

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